佐藤優「米国からすれば自民党・二階幹事長の中国重視は一線を越えている」
プレジデントオンライン / 2020年12月21日 9時15分
※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『菅政権と米中危機 「大中華圏」と「日米豪印同盟」のはざまで』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■菅総理は外交に不安を感じているのではないか
【手嶋】安倍さんが前回の大統領選の直後にニューヨークのトランプ・タワーに乗り込んで、シンゾー・ドナルド関係を築きあげたこともあって、菅総理も政権の発足直後から、アメリカ大統領選の動向を神経質なほどに気にしています。しかし、共和党政権であれ、民主党政権であれ、東アジアの要である日本を粗略にしてはやっていけないという強気の姿勢で臨んでほしいと思います。いまや日本を向こう側に押しやって、東アジアの安定は考えられません。しかし、「外交は大丈夫か」と聞かれると、菅総理はややむきになって反論する場面があります。不安の表れなのでしょう。
【佐藤】アメリカ大統領選挙については後ほど論じたいと思いますが、次の政権が、共和党であれ、民主党であれ、より強硬な対中姿勢をとることは確実です。当然、アメリカが東アジアの「出城」と考える日本に出現した菅新政権にも、同じように厳しい対中政策を求めてくるでしょうね。
【手嶋】対中国政策は、日本外交の今後を左右する最重要の課題です。日本は日米同盟に拠りながら、南シナ海に、尖閣列島に、中印の国境に、そして宇宙攻勢を続ける中国をいかにして抑え込んでいくか。米中の対立が一層険しくなっている時だけに、菅外交の舵取りは容易ではありません。
■ポンペオ国務長官が訪日した狙いは「中国の抑え込み」
【佐藤】2020年10月6日には、東京で「日・米・豪・印」の4カ国外相会談が、開かれました。アメリカのポンペオ国務長官は、トランプ大統領が新型コロナウイルスに感染するという異常事態のなかで、敢えて日本を訪れました。菅総理にとっても、主要国から要人を迎えて対面で会談し、外交デビューを飾る初めての舞台となりました。
【手嶋】アメリカのポンペオ国務長官の訪日の狙いは明らかでした。太平洋からインド洋にかけて、さらには中印の国境地帯でも、大きな軍事力と経済力を背景に攻勢を続ける「習近平の中国」をこの地域の大国を糾合しながら抑え込みたい。そのための絆を一層強めていくというものでした。キーワードもたった一つ。「自由で開かれたインド太平洋」でした。
【佐藤】中国の習近平政権が掲げる「一帯一路」構想に対抗して「自由で開かれたインド太平洋」をぶつけたわけですね。
【手嶋】その通りです。従来、インドのモディ政権は、中国の覇権には反対の姿勢をとってきましたが、アメリカの反中国包囲網には必ずしも与していませんでした。しかし、2020年の夏からヒマラヤの山岳地帯で中国の人民解放軍との武力紛争がきっかけとなって明らかに対応を変えました。まずは、日・米・豪・印の外相が、東京に集まって危機意識を共有し、4カ国の外相協議を定期化して、やがて緩やかな対中国同盟を目指していきたいというのが、ポンペオ国務長官の狙いだと見ていいと思います。
■アメリカが警戒する二階俊博幹事長という存在
【佐藤】それだけにアメリカ側は、菅新政権のキングメーカーである自民党の二階俊博幹事長が、対中融和派であることに神経を尖(とが)らせているのでしょうね。日本国内の右派勢力からは「媚中派」というレッテルまで張られています。
【手嶋】この問題については、総裁選のさなかから、東京発の情報を通じて、米政権の首脳陣は、二階幹事長の中国寄りの姿勢を承知しています。菅内閣が、与党の要に「対中融和派」の人物を据えながら、アメリカと共同歩調をとって毅然(きぜん)とした対中姿勢を示すことができるのか。ポンペオ国務長官は、今回の一連の協議を通じて、日本側の感触を直に探ったものと思われます。
【佐藤】菅総理が、中国のことは二階幹事長の意見を尊重しながら進めるといった対応をとれば、日米同盟には波瀾要素が生まれてしまいますね。
【手嶋】そう思います、じつは「対中国政策」こそ、菅外交にとって極めて危険な地雷原になる恐れがあります。
■すでに一線を超えている二階幹事長
【佐藤】二階幹事長は、「一帯一路」で一線をすでに超えてしまっていますからね。
【手嶋】この「一帯一路」構想は、習近平政権にとっては一枚看板ともいうべきものですから、日米両国がこれにどう応じるのか、これまでも極めて重要な外交課題になってきました。習近平政権の「一帯一路」は、中国が建国以来、初めて世界に示した「大中華圏」構想というべき性格をもっています。ですから、アメリカは、民主、共和の両党の違いを超えて、この構想に賛成し、支持することはありませんでした。
【佐藤】ところが、日米同盟の一方の当事者である日本ではここ数年、アメリカとは異なる動きが出ていましたね。
【手嶋】ええ、自民党の二階俊博幹事長は、故野中広務元幹事長の対中人脈を引き継ぐ形で、中国共産党とのパイプ役を担ってきました。2017年5月が一つの節目になりました。習近平政権は、北京で開いた「一帯一路」の国際サミットに二階さんを招いたのです。このあたりの北京の外交センスはなかなかの切れ味です。
【佐藤】二階幹事長は、単に政権党を代表して北京に出かけていっただけではない。当時の安倍晋三総理の「親書」を携えていったんですね。
【手嶋】それによって習近平主席との会見を果たしたのです。「安倍親書」は、日中双方にとって極めて重要な外交上のツールになりました。中国側もなかなかにしたたかで、在京の中国大使が事前に親書の中身を知りたいと持ちかけ、当時の今井尚哉秘書官が親書の内容を明らかにしたところ、中国側から「これでは不十分だ」と一度は突き返されてしまいます。
■中国の要求を受け入れた「安倍親書」
【佐藤】安倍親書には「一帯一路」構想へ日本がどう応じるか明確にされていなかったからですね。
【手嶋】その通りです。その結果、日本側は中国の要求を容れる形で、「一帯一路を支持する」と中身を書き換えてしまいました。言い訳程度に「自由で開かれたアジア太平洋に背馳しないなら」といった条件は付されていたのですが。日本政府は、この「安倍親書」を通じて、習近平政権が進める「一帯一路」構想に明確な支持と協力を表明してしまったわけです。これに反対する安倍外交の司令塔、谷内正太郎国家安全保障局長は、今井秘書官との軋轢を深めることになり、谷内辞任の伏線となったのです。この一件によって「日本は揺さぶれば操れる」という誤ったメッセージを北京に送ることになってしまったのです。
【佐藤】この「安倍親書」は、その後の安倍総理の中国訪問と、習近平国家主席の国賓としての訪日招請に繋がっていったのですから重要ですね。
【手嶋】アメリカ側では、安倍・トランプ関係が良好であったため、政権の内部から、あからさまな「親書」批判は出なかったものの、東アジア外交を担う人々の間でも、日本側のこうした動きに神経を尖らせていたことは言うまでもありません。
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外交ジャーナリスト、作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表、ベストセラーに。『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。
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作家・元外務省主任分析官
1960年東京都生まれ。作家・元外務省主任分析官。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、在ロシア日本大使館に勤務。2005年から作家に。05年発表の『国家の罠』で毎日出版文化賞特別賞、翌06年には『自壊する帝国』で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『修羅場の極意』『ケンカの流儀』『嫉妬と自己愛』など著書多数。池上彰氏との共著に『教育激変』などがある。
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(外交ジャーナリスト、作家 手嶋 龍一、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)
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