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「安保法制」が安倍首相の志と違ったものになってしまった理由

プレジデントオンライン / 2020年12月23日 9時15分

2020年9月16日、メディアに向かって話す首相官邸に到着した安倍晋三首相(当時) - 写真=AFP/時事通信フォト

安倍政権は集団的自衛権を容認するよう憲法解釈を変更した。だが、その実態は、「安倍政権の政治的遺産」といえるものではないという。外交ジャーナリストの手嶋龍一氏と作家の佐藤優氏は「連立政権を組む公明党の支持母体である創価学会に配慮せざるを得なかった。その課題は菅政権に引き継がれている」という――。

※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『菅政権と米中危機 「大中華圏」と「日米豪印同盟」のはざまで』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■自民党候補にとって、公明票は命綱

【佐藤】菅総理が、安倍さんから政権を引き継ぐにあたっては、公明党との連立が前提だったことは当然にしても、将来、維新との関係をどうしていくか、これは需要なポイントでした。

【手嶋】自民党の一部には、橋下徹元大阪府知事を閣僚に起用するのではという観測もありましたからね。連立の組み替えはないにしても、自民・公明・維新の連携強化は、憲法改正に向けて重要な布石になりますから。

【佐藤】連立を組む党の意向がどれほどのものか。コロナ対策の給付金を巡る問題で、われわれは嫌というほど見せつけられました。

【手嶋】公明党は、「低所得世帯に30万円」という自民党案に「ノー」を突き付けました。そして「一律10万円の給付」の公明案で押し切ってみせました。この変事こそ、「30万円」案を主導してきた岸田政調会長の総理の芽を潰すことにもなりました。

【佐藤】だからと言って、自民党内には、公明党を切って捨て、連立の相手をより政策的に近い日本維新の会に組み替えるべしといった意見はあまり聞かれません。現下の小選挙区制では、接戦となった時には自民党候補にとって公明票は命綱ですから。

■「強いパイプ」菅総理の政治的な凄みになっている

【手嶋】国家の基本的な骨格を定める憲法の改正にあたって、戦力は保持しないと明記した第九条の条項を残しながら、自衛隊を合憲として明記するという奇妙な自民党案が出てくるのも、結局、創価学会に根強いパシフィズムとの妥協の産物に他なりません。

【佐藤】安倍政権が続いていたら、大胆に連立を組み替えて、本格的な憲法改正に乗り出した可能性は捨てきれませんでしたが、菅さんが政権の浮沈を賭けて大胆な決断に踏み切る可能性は大きくありませんね。そもそも、「菅派」という自前の派閥を持たない菅さんは、「公明党との強いパイプ」を武器に、自民党内に睨みを効かせているわけだから。実際に、公明党の支持母体である創価学会の佐藤浩副会長とは、極めて良好な関係を築きあげ、これが菅さんの政治的な凄みになっているんです。

【手嶋】「コロナ給付金」の問題は、公明党が連立の解消も辞さないと押し切った分かりやすい例です。これに対して、集団的自衛権の憲法解釈を変更した安保法制では、自民党が水面下の折衝で公明党の主張にぐんと歩み寄ったケースでした。これなどは、日本のメディアがきちっと検証しておくべきなのですが、見るべきものがありません。

■安保法制に残った“不本意な縛り”

【佐藤】安倍総理の辞任会見でも、憲法改正は「志半ばでできなかった」と無念の思いを滲ませていましたが、任期中の憲法解釈の変更でも思いを遂げられなかったという思いがあるのでしょう。

【手嶋】安保法制は何とか成立させたが、公明党との折衝のなかで、安倍さんにとっては不本意な“縛り”をかけられてしまったと受け取っているのでしょう。

【佐藤】2014年7月の閣議決定で、集団的自衛権の行使にあたっては、以下の三つの要件がつけられました。

1.我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること。
2.これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと。
3.必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。

こうなると、「集団的自衛権を容認するよう憲法解釈を変更した」といっても、その実態は、個別的自衛権の解釈を少しだけ拡げたものに留まったとも言える内容ですから、安倍政権の政治的遺産にはならなかったと思います。少なくとも、安倍さん自身は、そう考えているはずです。

【手嶋】そのように、安保法制が、安倍総理の志と違ったものになってしまった理由は明快です。繰り返しますが、自民党が連立政権を組んでいる公明党のパシフィズム、さらに言えば、創価学会の平和路線に配慮せざるを得なかったからです。

■21世紀の日本の安全保障を左右する問題だ

【佐藤】安保法制に対する公明党のスタンスは、『公明党に問う この国のゆくえ』(田原総一朗/山口那津男、毎日新聞出版)という本の山口発言を読めば明らかですよ。

〈安倍総理は、アメリカが武力攻撃された場合、日本が集団的自衛権を行使できるようにしたかったのだと思います。いわゆるフルスペック(全面的)な集団的自衛権です。(略)公明党はフルスペックの集団的自衛権を決して許してはいけない、何があってもこれに歯止めをかけなければいけないという立場で、断固として反対し続けました〉

公明党の山口代表は、同じ本で、安保法制について「集団的自衛権限定容認とは言っていますが、実のところは個別的自衛権であると思っています」とまで言い切っています。

自由民主党本部
写真=iStock.com/oasis2me
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/oasis2me

【手嶋】これは、日本の連立与党が、といった当面の政局を超えた、21世紀の日本の安全保障を左右する重要な問題に関わってきます。中国が海洋強国を呼号して尖閣諸島に、台湾海峡に迫り出してきているなか、有事に備える日本防衛の選択肢を拡げておくべきところを、厳しい見方をすれば、自ら手を縛ってしまったとも言えると思います。現実の安全保障は、法制という名の紙の上で生起するわけでも、国会論戦で作戦を策定するわけでもありません。あくまで想定を超えた事態が進行するなかで、瞬時にそして前例のない決断を強いられるのですから。

■公明党にとって、菅政権は「御しやすい」

【佐藤】山口さんが勝利を勝ち誇ったように語る一方で、安倍さんはいたたまれない思いだったはずです。自身の「一丁目一番地」たる安全保障問題で、換骨奪胎の妥協を余儀なくされてしまったのですから。こうした経緯から明らかになってくるのは、連立政権の内部で、じつは公明党がいかに大きな実権を握っていたのかという現実です。公明党は、外から見ている我々が想像する以上に、現実の政策の遂行にかなりの影響力を持ち、実際に行使していたと認めるべきでしょう。

手嶋龍一・佐藤優『菅政権と米中危機 「大中華圏」と「日米豪印同盟」のはざまで』(中公新書ラクレ)
手嶋龍一・佐藤優『菅政権と米中危機 「大中華圏」と「日米豪印同盟」のはざまで』(中公新書ラクレ)

【手嶋】公明党の側からすれば、右派の政治思潮を体現する安倍政権に較べて、菅政権はイデオロギー色が希薄なだけに、より御しやすい側面があるのでしょう。その分だけ、菅政権は、重要な政策課題で公明党により妥協を強いられることになる。憲法改正という大きな政治目標を抱える安倍さんだったからこそ、公明党とも「ここまでは譲れない」という境界線があったのですが、菅さんには明確な政治理念が見当たりません。そうなると、菅政権は、公明党と妥協を重ねていくうち、連立相手にぐっと引き寄せられてしまう可能性が出てきますね。

【佐藤】ええ、気がつけば、菅政権は、公明党が実行したい政策を実現し、公明党支持者を喜ばせる「機関」になりかねない。そうなれば、「自・公政権」ならぬ「公・自政権」の出現になる。そういう可能性を「フィクション」として切り捨てるわけにはいかないと私は見ています。

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手嶋 龍一(てしま・りゅういち)
外交ジャーナリスト、作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表、ベストセラーに。『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年東京都生まれ。作家・元外務省主任分析官。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、在ロシア日本大使館に勤務。2005年から作家に。05年発表の『国家の罠』で毎日出版文化賞特別賞、翌06年には『自壊する帝国』で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『修羅場の極意』『ケンカの流儀』『嫉妬と自己愛』など著書多数。池上彰氏との共著に『教育激変』などがある。

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(外交ジャーナリスト、作家 手嶋 龍一、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

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