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ドコモの格安プラン発表を「政府介入だ」と批判する人が知らない事実

プレジデントオンライン / 2020年12月16日 15時15分

データ通信容量20ギガバイトで月額2980円の新料金プラン「ahamo(アハモ)」を発表するNTTドコモの井伊基之社長=2020年12月3日、東京都渋谷区 - 写真=時事通信フォト

■政府の介入に賛否両論あるが…

NTTドコモが携帯電話(スマートフォン)の新料金プラン“ahamo(アハモ)”を発表した。5G対応で料金は月額2,980円、データ容量は20ギガで、1回につき5分までの無料通話がつく。同社が新しい低料金プランを発表した背景の一つには、政府の介入がある。

経済学の創始者といわれるアダム・スミスはその著書『諸国民の富』の中で、「わたしたちは、自分自身の利益を追求することによって、より有効に社会全体の利益を高めることができる場合がある」と説いた。それを根底に、伝統的な経済学は市場には多数の需要者と、供給者が存在し、それぞれが等しく情報を持つという“完全競争”を前提に、有限な生産要素が市場メカニズムによって再配分され、その結果として経済が成長すると考えてきた。

しかし、現実の社会はそうした理屈通りではない。わが国の携帯電話市場はそのよい例だ。わが国の通信大手3社の営業利益率は20%を超え、シェアは99.7%と寡占状態にある。賛否両論あるものの、寡占化する市場を改善するために、政府が一定の介入を行って企業間の競争を促し、より公平・公正な市場環境を目指す発想は大切だ。

■寡占市場で値下げを始めると何が起きるか

菅政権は、携帯電話市場に介入して、大手3社による寡占化を是正しようと取り組んでいる。それは経済全体での厚生を高めるために必要な取り組みといえる。

伝統的な経済学の理論では、完全競争が成立している市場では、“神の見えざる手”に導かれるかのようにして需要と供給が均衡して価格が形成され、経済全体にとって最善の状態が達成されると考えられてきた。そうした完全競争の市場では、個々の供給者と需要者の行動が変わったとしても価格には影響がない。政府は市場に介入すべきではない(人々の自由な経済活動を尊重すべき)とされる。

しかし、わが国の携帯電話市場は、NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクの3社の寡占状態にある。寡占とは、少数の企業が市場の大部分を占有する状態のことだ。寡占状態にある市場で、1社が携帯電話料金を引き下げてシェアの拡大を狙ったとしよう。すると、競合する企業は対抗措置として低価格の料金プランを打ち出してシェアの維持と向上を目指す。その結果、価格競争が激化し、最終的に寡占化した市場で獲得されてきた高い利益率(超過利潤)は低下する。

そうした展開を避けるために、寡占が続く市場(競合相手の顔が見える状態)において、各社は自社のシェアを維持し、価格の維持を重視するようになる。

■3社の利益率は消費者の負担で支えられてきた

データを確認すると、わが国企業の中で携帯電話3社の利益率はかなり高い。それに加えて3社の利益率の水準は、事実上、横並びだ。2021年3月期の上期決算における営業利益率は、NTTドコモが24.7%、KDDIが23.2%、ソフトバンクが24.3%だった。

それに対して、財務省が発表した法人企業統計調査(2020年7~9月期)によると全産業(金融保険業を除く)の平均的な営業利益率は2.8%だった。資本金の規模が10億円以上の企業の場合、利益率の平均は3.9%だった。業種別にみると製造業が2.9%、非製造業が4.6%だ。それを見ると、携帯大手3社の利益率がいかに高いかがよく分かる。見方を変えると、携帯電話大手3社の高い利益率は消費者の負担によって支えられてきた。

スマホを操作する男性
写真=iStock.com/kohei_hara
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kohei_hara

■料金プランは諸外国と比べて割高

わが国の世論調査の結果を見ると、菅政権による携帯電話料金引き下げへの期待は高い。また、2020年3月に総務省が実施した『携帯電話の料金等に関する利用者の意識調査』によると、回答者の4割が料金は高いと感じ、安いと感じている回答者の割合は2割だった。携帯電話各社の料金体系が社会の納得を得ているとは言いづらい。

また、総務省が発表した『電気通信サービスに係る内外価格差調査』を見ると、国際的に見てわが国の携帯電話利用料金は中から高水準にある。特に、20GBの料金は国際的に見て高い。2GB、5GB、20GBのいずれの容量においても、わが国の利用料金はロンドン、パリ、デュッセルドルフを上回っている。消費者の不満と価格水準をあわせて考えると、料金引き下げの余地はあるだろう。

本来であれば、公正取引委員会が寡占状態の解消に向けて行政調査や意見聴取を行い、料金の引き下げに向けた議論を進める。公正取引委員会は、わが国携帯電話料金体系の背景には、端末と通信サービスのセット販売や、“2年縛り(2年間の通信サービスの継続利用を前提に料金を割り引く販売方法)”などがあると指摘してきた。

■格安スマホ業者との競争促進にもつながる

ただし、公正取引委員会の調査には時間がかかる。また、客観的に寡占状態の問題を企業に示し、理解を得ることも容易ではない。それは、米GAFAMなど大手IT企業の巨大化を食い止めることの難しさを見ればよく分かる。

このように考えると、前政権での官房長官時代から菅氏が携帯電話料金の引き下げを重視したことには、相応の説得力がある。今回の政府介入は、競争の促進にもつながるだろう。NTTドコモは政府の要請への対応に加え、若年層ユーザー獲得のために新料金プランを発表した。それは他の大手2社や格安スマホ業者と呼ばれる“仮想移動体通信事業者(MVNO)”の危機感を高め、価格に見合ったサービスの提供や、新しい通信技術の開発への取り組みが進むだろう。

コロナショックによって世界経済のデジタル化(DX)は加速している。消費者にとって価格と技術面で満足のいく通信サービスやインフラの整備は、わが国がDXに対応するためにも欠かせない。

■個々人がより満足できる環境を目指すべき

以上から確認できることは、経済運営における“修正資本主義”の重要性が高まっていることだ。修正資本主義とは、企業は利潤だけを追求するのではなくゴーイングコンサーン(継続していく前提)として社会的責任を果たしていかなければならず、そのために政府は必要に応じて市場に介入して公平な競争環境を目指すべきとの考え方だ。なお、1947年、経済同友会は修正資本主義の重要性を主張し、企業は株主価値の向上と同時に、従業員および社会への責任を全うすべきとの見解を示した。

通信サービスは、水道や電気同様に国民の日常生活に欠かせない。携帯電話をはじめとする通信インフラの強化は、わが国の安全保障にも関わる。そうした点を踏まえると、本来、携帯電話各社は、国民=利用者が納得できる料金で携帯電話サービスを提供しなければならない。その上で、より大容量かつ高速の、付加価値の高い通信サービスを求めるユーザーには相応の料金水準で通信サービスを提供し、個々人がより満足できる環境を目指すべきだろう。そうした発想は、社会との持続的な関係を目指すために有効といえる。

■修正資本主義の考え方は重要性を増している

消費者サイドからの要請によって大企業に変革を求めることは容易ではない。また、企業経営者の宿命として、毎期毎期の業績拡大を実現するために、一定のシェアと利益率を守らなければならないという心理が強くなることも避けられない。供給者と需要者のより良い関係を目指すために、適切と考えられる形で政府が市場に介入するケースは増えるだろう。過度な介入は企業の経営を混乱させる恐れがあるため注意が必要だが、自由放任の発想だけで社会と経済の長期の安定を目指すことは難しい。

コロナショックを境に、世界各国で企業の優勝劣敗が一段と鮮明化している。米GAFAMなど競争力のある企業はさらに大きなシェアを手に入れて寡占が進み、特定の企業が社会に与える影響力は増している。感染第3波によってわが国の経済はかなり厳しい状況を迎えている。政府が限られた財源をより有効に使って経済の再生を目指すために、環境の変化に合ったルールの策定と、適切な形で政府が市場に介入することの意義は高まっている。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

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