「政治家や芸能人に伝えたい医学的真実」マウスガードで人前で話してはいけない
プレジデントオンライン / 2020年12月20日 11時15分
■医療機関で「マウスガード」を見たことは一度もない
マウスガードを日常よく目にするようになりましたが、医療者である私が初めてマウスガードを見た時の違和感を、皆様にどうしても届けたく今回記事を書くことにしました。
その違和感はおそらく感染対策という観点から湧いて出た違和感なのだと思います。なぜなら、私がこれまで勤めてきた複数の病院・クリニック・在宅医療の現場で、医療者がマウスガードのみを装着して患者様と接しているところを、一度たりとも見たことがないためです。
■マウスガード会見で覚えた違和感
あれは、政治家の方が記者会見をした時に装着されているのを見たのが初めての機会だったと記憶しています。そして、マウスガードを装着して、雄弁にお話しされる政治家を記者の方が囲いながら取材をしている映像を目の当たりにして、私自身は違和感を覚えました。
日本でも新型コロナウイルスが流行し、緊急事態宣言などで緊張感を持って政府も国民も正体不明のウイルスと向き合っている最中のことでした。そのような状況で、医療者としては感染対策に皆様がそれぞれに懸命に取り組む姿にある意味連日感動することもありました。
私の住んでいる東京では、通勤時の電車内が混み合っているとはいえ、静寂に包まれ、ほとんどの方がマスクを装着しています。
あまり海外の状況と国民の日常生活レベルの行動に関して比較するデータや知見を持ち合わせてないですが、多くの方が賢明に真摯にできることに全力で取り組んでいるのを痛感し、日本で生活する方の真面目さを日々感じておりました。そんな感染対策に取り組む多くの国民の姿に、ひそかに一内科医として感動していました。
そんな中、堂々とマウスガードをしながら記者会見などメディアに露出されている著名人を見て、違和感を覚えたのです。
冒頭で述べたとおり、医療現場で医療者が装着していないマウスガード、その脆さについて述べたいと思います。
■飛沫の拡散を抑えられないマウスガードの脆さ
感染リスクという観点で言えば、医療従事者が非医療者よりもリスクが高いことは言うまでもありません。感染予防に関して、医療者はより慎重な対応をとっているかと思います。例えば、本年のインフルエンザワクチンを一つ具体例として挙げましょう。
高齢者のみならず医療従事者も優先的にインフルエンザワクチンを接種する方針を政府が打ち出していました。つまり、医療者は感染症という病においてハイリスクな立場にあることを表しているかと思います。
その医療者が医療機関内でマスクではなく、マウスガードを装着していることはありません。これは、感染症の対策という観点から標準的な予防策になっていないことを改めて認識するための情報になるのではないでしょうか。
■裏付けられた効果…予防効果の高いマスクはどれか
では、実際に医療者がマウスガードではなく、マスクを装着しているわけですが、そのマスクにはそもそもどのような効果があるのでしょうか?
『New England journal of Medicine』という医学界で最高権威の雑誌に次のような動画が掲載されております。マスクの有無による飛沫の程度を検証した動画です。
マスクなしとマスクありで会話した場合の飛沫の拡散を比較しております。通常の会話でも飛沫があり、感染が伝播することが予測できることから、症状の有無にかかわらず、3密な状況などにおいて、全ての人がマスクをする「ユニバーサルマスク」という概念が普及しております。
このユニバーサルマスクによって、中国の北京で家族内感染が低下した報告(BMJ Glob Health. 2020 May;5(5):e002794.doi: 10.1136/bmjgh-2020-002794.)や米国でマスク装着の義務化で新型コロナウイルス患者が減ったという報告(Health Aff (Millwood). 2020 Aug;39(8):1419-1425.)も出ており、マスクの効果を裏付けるような結果が出ております。
では、次に述べたいのは、どんなタイプのマスクに予防効果があるのか? 今回問題提起したマウスガードも実は予防効果が証明されているのではないかと疑問に思われる方もいらっしゃると思います。
ここに示すのはマスクの種類による飛沫の濾過の程度の違いを見た研究です。(Sci Adv. 2020 Sep 2;6(36):eabd3083.)写真に提示したマスクが今回の検証に用いられたマスクです(図表1)。ほとんどのマスクはサージカルマスクやN95マスクといった医療機関で使用されるマスクと同様の濾過(ろか)効果があったようです。
ただし、11番や12番のタイプの予防(バンダナやネックウォーマー)は何も装着していないのと同程度であり、感染対策としては不十分であるという結果が出ております。
■飛沫の「吐き出し」も「吸い込み」も防げない
残念ながら、この研究における検証されたマスクの中に、マウスガードは含まれておりませんでした。構造上、検証の余地もないと言えるかもしれません。マウスガードを直接的に効果が乏しいと言える研究ではなかったようです。
ただし、それだけでは納得しきれない読者の方もいらっしゃるかと思います。そこで、日本から出た研究を紹介させてください。マウスガードや通常のマスクの装着による飛沫の程度を比較した研究です。これは、国立大学法人豊橋技術科学大学の研究結果になります。
マスクやマウスガードの効果を図表にまとめてあります。飛沫を他者に浴びせてしまう、あるいは他者からの飛沫を吸い込んでしまう程度に関して、予防なしの状態と比較して、どの程度マスクやマウスガードなどの装着によって予防できるのかが、具体的に示されております。
マスクによって飛沫の予防に効果がある一方で、マウスガードやマウスシールドはマスクよりも効果が乏しかったことが研究結果からわかります。
春先のようにマスク不足で騒がれた状況と現時点では大きく異なり、マスクも手軽に安価で入手できる状況下において、マウスガードが感染の対策として優先して使用される価値は乏しいと言えるでしょう。
■今こそ装着方法の再点検を…予防効果を高める6つのポイント
マスクに関する予防効果を述べてきましたが、そのマスクの装着が適切ではないことを内科医として街中や診療所内でよく見かけます。予防方法として重要なマスクの装着方法に関して改めてここで復習をしましょう。
2.付ける際、外す際、耳にかかる部分を持つ。マスクの表面を触ったりしない。
以下は、使い捨てマスクの場合の注意点を列挙します。
4.マスクの上部の針金は、鼻に沿うようにしっかり曲げて折る。ここがスカスカの方もよくお見受けします。ワイヤーの跡が残るくらいしっかりと顔の輪郭に沿わせて閉鎖空間を作ることが大切です。
5.顎まで覆われるようにヒダの開きを調整する。こちらも顎の途中でマスクが止まっている方もいらっしゃいます。しっかりと広げて、顎まで覆って使用しましょう。
最後に布マスクについても注意点をまとめときます。
■「正しいマスク」を実践している人は約2割だけ
改めて復習すると、自らのマスクの装着が十分ではない、適切ではないという方も多いのではないでしょうか? 2020年9月に東京医科大学の町田先生らが報告している本邦の成人のマスクに関する知識を聞いた調査があります。(Int J Environ Res Public Health. 2020 Sep 6;17(18):6484.)
この調査では、下記の表にまとめたWHO推奨の正しいマスクの使い方の遵守率は38.3~83.5%でした。これらの項目全てを実践している人は23.1%のみだったようです。これは本邦においてまだまだマスクに関する正しい知識と行動が求められると言えるのではないでしょうか。
1.隙間ができないように鼻と口を覆う
2.使用中はマスクの表面に触れない
3.外すときは表面を触らずにひも部分を持って外す
4.マスクを外した後や表面を触ってしまった後は手を洗う
5.マスクが湿ったら交換する
6.使い捨てマスクを再利用しない
7.使い捨てマスクは外したら捨てる
適切なマスクの装着方法の理解や行動が十分ではないという現状を考慮すると、もしかすると皆様がマウスガードの装着にさほど違和感なく過ごされているかもしれないとも、私は思いました。
こちらに示しWHOの7つの正しい使い方や先の自衛マニュアルの図表を見れば分かる通り、マスクがマスクとして効果を最大限発揮するための方法・装着の意義を理解すると、おのずと皆様もいかにマウスガードでは感染対策として力不足だと認識できるのではないでしょうか。
また、3密な環境において、マスクではなくマウスガードの装着が感染対策として不十分であることも理解できるのではないでしょうか。
■表情を共有することはとても大事なことだけど…
これまで医師として日常診療に携わる中で、できるだけ笑顔をはじめとする表情に、かなり意識を注ぎ診療してきたつもりです。診察室に迎える初診の患者様に、少しでもリラックスして話しやすい雰囲気や空間を提供し、それが結果的に診断や治療に円滑に向き合い患者様の健康に寄与するものだと信じておりました。
しかし、このコロナ禍において、そんなことを求める人は皆無になってしまったことでしょう。医療者がマスクを外して、診察室で笑顔を振りまいて患者様を待ち望んでいたら、皆様Uターンでご帰宅されてしまうことでしょう。この現状でどなたも医師の笑顔より感染を懸念した安全な医療を希望されていることと思います。
一方で、この世界には多くの職種が存在し、そこで生まれる多様な表情を待ち望んでいる方がいらっしゃいます。表情の変化を捉えたい・捉えてほしい・それらに価値がある職種が無限に存在することを私は、認識しています。
前述の政治家の方もおそらく何かを訴えるためにそのスピーチにおいてマウスガードを使用したのかもしれません。ドラマやお芝居などで活躍されている俳優の方の表情がマスクで半分以上覆われていたら、視聴者として非常に残念なものになってしまうでしょう。聴覚障害の方にとって、会話している相手の口の動きがマスクで覆われていることの不便さも問題になるかもしれません。
■マウスガードはマスクの代わりにはならない
ここまで感染対策という観点で、お話を進めマウスガードの脆さをある種批判的に吟味しておりました。しかし、リスクを少しでも減らすためにそれを有効に活用されている方がいらっしゃることでしょう。通常のマスクではなく、マウスガードをつけざるを得ない状況にある方がいらっしゃるのも事実でしょう。
なので、一律に否定するつもりもありませんが、この記事を通じて、マウスガードを装着した上での言動には注意があるという認識を少しでも多くの方に持っていただければと感染症専門医として述べておきたいです。
マウスガードをつける方も、つけている方と接触する方もこれまで記述してきた内容を十分に理解した上で接触を図るべきでしょう。
マウスガードを装着している方とのコミュニケーションは十分な距離をとって、密な空間を避けながらとることをお勧めしたいです。マウスガードをつけていればマスクの代わりになるとは考えにくいことを強調したいです。
いずれにせよ、この時代を生きる一人の人間として、マスクによって顔の半分程度を覆い、表情を共有できない世の中に生きていることを極めて残念に思うこともありますが、今後も適切に感染対策を講じながら皆様が少しでも健やかに、穏やかにお過ごしできることを願っております。
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KARADA内科クリニック医師 日本感染症学会専門医 日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医 日本内科学会認定総合内科専門医
2010年東京医科大学卒業、東京医療センター初期研修を経て、同病院総合内科で後期研修を行う。その後、5年間北海道の医療過疎地域での診療経験もあり、医師として患者や医療機関やその地域に対してお手伝いできることがないか常に考えながら行動することをモットーに地域医療に従事してきた。現在は、KARADA内科クリニックに勤務。東北大学医学系大学院博士課程に所属し、臨床のみならず研究にも従事している。
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(KARADA内科クリニック医師 日本感染症学会専門医 日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医 日本内科学会認定総合内科専門医 田中 雅之)
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