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「宇宙予算の6%で大成功」歴史的快挙を遂げた"はやぶさ2"のすごいコスパ

プレジデントオンライン / 2020年12月17日 9時15分

探査機「はやぶさ2」から分離された試料カプセルの到着を受け、記者会見する宇宙航空研究開発機構(JAXA)の津田雄一プロジェクトマネジャー=2020年12月8日、神奈川県相模原市のJAXA相模原キャンパス - 写真=時事通信フォト

■「ミッションを完全完遂できた」

小惑星探査機「はやぶさ2」のカプセルが12月6日、6年ぶりに地球に帰ってきた。地球から遠く離れた小惑星まで飛行し、試料を採取して再び地球へ戻るという、難しい技を実現できたのは、今のところ世界でも日本の「はやぶさ」初号機と「はやぶさ2」だけだ。

科学探査で世界のトップの地位を確保したかに見える日本だが、一方で「日本は宇宙先進国の地位から脱落しかねない」と危惧する見方も広がっている。日本の宇宙開発は進んでいるのか、それとも遅れているのか。

「はやぶさ2」は2014年の打ち上げ後、順調に飛行を続け、小惑星「リュウグウ」に2回着地、人工クレーターも作り、砂や地中の物質を採取した。JAXA宇宙科学研究所の津田雄一・プロジェクトマネジャーは15日の記者会見で「計画を完全に完遂できた」と報告した。

地球以外の天体から試料を持ち帰る「サンプルリターン」は、米欧中国など各国も取り組んでいる。NASA(米航空宇宙局)もこの10月、小惑星「ベンヌ」に探査機を着地させて試料を採取した。2023年に地球に戻ってくる予定だ。NASAと言えば、長年、日本が師と仰ぎ、お手本にしてきた組織。その大先輩を追い越し、2回も小惑星探査を成功させた。

■初号機の感動物語から10年

「はやぶさ」と聞くと、10年前に地球に帰還した初号機を思い出す中高年世代も多いだろう。2003年に打ち上げられ、小惑星「イトカワ」に着地、試料を採取した。エンジンの故障、通信途絶などさまざまなトラブルが起き、満身創痍の状態になったが、予定より3年遅れの2010年にカプセルを地球に戻し、探査機自体は大気圏再突入の際に燃え尽きた。

地球帰還が近づくにつれ、科学や宇宙に関心がなかった人まで巻き込む大ブームが起きた。トラブルでぼろぼろになりながらも宇宙を「1人」で旅する「はやぶさ」初号機の姿に、自分の人生を重ね合わせるサラリーマン、「はやぶさ君」と呼んで応援する人。仕事を終えて最後は燃え尽きたことも、感動を呼んだ。

一方、「はやぶさ2」は、こうした「ドラマ」は乏しかった。というよりも、ドラマにしないことがチームの目標だった。初号機の失敗や経験を生かして技術や設計を磨き、運用訓練を重ねた。その努力が結実した。「はやぶさ2」を率いる津田氏は「100点満点で言えば1万点」と表現した。

■政府は「欧米に後れを取り始めている」と危機感

あのNASAに後追いされたぐらいだから、「日本は宇宙大国になった」と言いたいところだが、宇宙開発全体に目を向けると、様相が違ってくる。

今年6月に政府は、今後20年を見据えた10年間の宇宙政策「宇宙基本計画」を改訂した。政府が、どんな衛星やロケットをいつ頃打ち上げるかなどの政策を記載した文書だ。その中で今回、危機意識を強調した。例えば「宇宙産業のゲームチェンジが起こりつつある。我が国の宇宙機器産業はこの動きに遅れを取りつつある」「我が国の宇宙機器産業は(中略)欧米に遅れを取り始めている」「世界で技術革新が急速に進む中、我が国では将来のビジョンが十分に描けず、先進技術への挑戦も停滞している」……。

今、世界の宇宙開発は変動期にある。中国、インドなどの宇宙新興国が台頭し、米国などの宇宙ベンチャー企業は価格破壊と呼ばれる安価なロケットや衛星作りに乗り出している。そんな情勢にもかかわらず、衛星やロケットを製造する日本の産業界は、世界の動きを先取りしたり、新しいことに挑戦したりする気持ちが薄い。その結果、遅れが目立ってきているというのだ。

地球を周回する貨物宇宙船
写真=iStock.com/3DSculptor
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/3DSculptor

確かに、ここ数年を振り返ると、中国が「量子通信実験衛星」を打ち上げたり、欧州が衛星の技術を高める「オール電化衛星」を実用化したりするなど、海外は先進的な取り組みを進め、日本の先をどんどん走っている。

■技術は進んでいるのか、遅れているのか?

「世界のトップランナー」と「宇宙先進国の地位から脱落」。落差の原因のひとつに、「発想」や「伝統」の違いがある。それは「予見可能性」という言葉と、「やってみなければ分からない」という言葉に象徴される。

日本の宇宙産業界は、国の衛星やロケットなどの官需に長年にわたって依存してきた。産業界が国に求めるのは、政府がいつどんな衛星やロケットを打ち上げるかという「予見可能性」だ。それによって必要な製造ラインや人員が割り出せるので、安心して投資できる。

同じ衛星のシリーズ化も求める。例えば、日本版GPSと呼ばれる「準天頂衛星」は、当初は衛星3基を一組にして目的の機能を発揮させる予定だった。それが4基になり、今では7基を目指している。北朝鮮のミサイル発射を機に導入された「情報収集衛星」も4基を一組にして機能を果たすはずだったが、データを中継する衛星などを含め今は10基体制を目指す。全く同じものを作り続けているのではなく技術の進歩なども取り入れてはいるが、発想、価値観、手法が固定化されやすい。

一方、「はやぶさ」初号機、「はやぶさ2」を生んだJAXAの宇宙科学研究所は「やってみなければ分からない」と、新たなことに挑戦する伝統がある。その分、大きな失敗もするが、それを糧にして取り組みを続ける。

■「できるはずがない」と見る人が多かったが…

「はやぶさ」初号機の計画は1980年代半ばに始まったが、あまりに複雑で欲張った計画に「できるはずがない」と見る人が多かった。

プロジェクトを率いた川口淳一郎・JAXAシニアフェローは、物静かな印象の人だが、ひとたび口を開くと、熱い思いがほとばしり出る。「教科書に書いてあることは古いこと」「高い塔をたててみなければ、新たな水平線は見えてこない」など、新たな挑戦への意義や意欲を説く。

「はやぶさ」初号機の成功によって「ぶれないリーダー」として一躍有名になり、経営者向けの講演会に招かれるなど、科学だけでなく、さまざまな分野へ影響を及ぼした。

宇宙研のプロジェクトは、研究者が提案するたくさんの候補の中から、議論を戦わせて理詰めで選定する。そのハードルを越さないことにはプロジェクトにはならない。「予見可能性」型の宇宙開発は政治のトップダウンで決まっているが、宇宙研はボトムアップだ。

プロジェクトになった後も、大企業が失敗を恐れて引き受けない斬新なアイデアを実現するために、高い技術を持つ町工場を探して部品などの製造を頼むこともある。大手企業のエンジニアも、発注先というより現場の仲間として、プロジェクトに携わり実行していく。

手作業をする職人の手元
写真=iStock.com/GI15702993
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GI15702993

■約6%の低予算を有効に「しゃぶりつくす」

そして予算だ。日本の宇宙予算約3600億円は、準天頂衛星、情報収集衛星をはじめとする各種衛星、ロケット、国際宇宙ステーション(ISS)などさまざまなものを含めた総額だ。そのうち、宇宙科学に投じられるのは200億円弱で、全体の約6%だ。宇宙科学研究所の予算は191億円で、その中から「はやぶさ2」をはじめ、水星磁気圏探査、火星の衛星の探査、小型月着陸機、深宇宙探査などさまざまなプロジェクト、開発、研究に配分する。

研究者は常に予算不足だと言う。何かやろうと思えば、知恵を絞らざるをえない。宇宙科学の関係者たちはよく「しゃぶりつくす」という表現を使う。探査機や衛星を打ち上げる機会は限られているので、その機会には思いっきりさまざまなことを試す。「はやぶさ2」が、カプセルを帰還させた後、余力を使って別の小惑星へと新たに旅立ったのもその一例だ。目的の小惑星に到達するだけでなく、宇宙での耐久性などを調べる狙いがある。

■「日本ブランド」のイメージ向上になる

「はやぶさ2」のカプセル帰還後の記者会見で、「人類への生活にどのような影響をもたらすか」という質問が出た。プロジェクトの担当者たちは「将来、宇宙の鉱物資源利用を可能にする」「地球に衝突可能性がある小惑星などから地球を守る『惑星防衛』に役立つ」などと答えた。一般の人から見ると、「かなり先のこと」と思わせる話だ。

太陽系の成り立ちや宇宙の起源などの研究に役立てられることはもちろんだが、効果が大きいのは、日本の宇宙開発ブランドのイメージ向上だろう。政府と産業界は、海外へ宇宙技術の売り込みを続けているが、「あの、『はやぶさ』の日本」と分かってもらえる。月、火星探査などを国際協力で進めていく際にも、独自の技術を持っていることが、交渉を有利に進める「武器」になりうる。

■「挑戦的なことをやらなければ実用も生まれない」

イノベーション(技術革新)とよく言われるが、何がヒットするか最初から分かっているわけではない。「はやぶさ」初号機を率いた川口淳一郎さんは、「はやぶさ」の節電技術を、エネルギーの有効利用や家庭の節電などに生かそうと試みている。

宇宙開発はすぐに役立つものではないが、一般の人々から支援してもらうためにも、地上生活に役立つ成果は積極的に使う必要がある、と考えるからだ。だが「それは本来の目的ではない。挑戦的なことをやらなければ、実用も生まれない」と言う。

日本の科学技術力低下が指摘されて久しい。すぐに産業や経済に直結しなくても「基礎研究」を重視する必要性がノーベル賞研究者などから唱えられている。それと似た構図が宇宙開発の世界にもある。

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知野 恵子(ちの・けいこ)
ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長を経て、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆してきた。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。

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(ジャーナリスト 知野 恵子)

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