「家中がウジとハエだらけ」悲惨な孤独死現場を片づけて初めてわかったこと
プレジデントオンライン / 2020年12月18日 15時15分
■キャリア8年でも「これほどの数のハエは見たことがない」
2020年12月――。
その現場には、数百、もしかすると数千かという、おびただしいハエの死骸があった。
60歳男性は戸建て1階リビングの、窓際で死亡していたそうだが、ハエはその場所だけでなく台所や風呂場、トイレなどまで飛び回っていたらしい。1階の床のあらゆる場所に死骸が落ちていた。これまでゴミ山はたくさん見てきたし、もはやそこに尿や便が混じっていても驚きはしないが、大量のハエの死骸に遭遇するのは初めての経験である。その家の庭から室内をのぞいただけで私は帰りたくなった。
男性の死因は脳疾患で、見つかるまで死後1カ月が経過していた。男性は一人暮らしで、近所の人が「異臭」を感じて通報。80代の母親が遠方から駆けつけて本人確認をした。そして葬儀会社からの紹介で、室内の清掃と全ての物の処分を生前遺品整理会社「あんしんネット」に依頼したとのことだった。
私がこの現場で働く10日ほど前、あんしんネットの社員である平出勝哉さんが特殊清掃(遺体の腐敗でダメージを受けた室内の原状回復する清掃作業)を行っている。平出さんはアルバイト期間を含めて8年間この仕事をしているが、「これほどの数のハエは見たことがなかった」と振り返る。
「すごかったですよ。夜に、僕ともう一人の社員二人で室内に入ると、もう壁が真っ黒になるくらい、びっしりハエが止まっているんです。プシューッと殺虫剤をまくと、断末魔というかハエが泣き叫ぶんです。そしてぼとぼと下に落ちていく。床でハエがのたうちまわる」
■「死後発見が3週間を超えると、悲惨な状況になる」
同社事業部長の石見良教さんによると、「死後発見が3週間を超えると、悲惨な状況になる」という。
「死後1~2日程度なら、問題はありません。しかし、夏場は死後3日すぎると遺体の腐敗が進んできます。冬場でも数週間たてば臭いが漂います。やがて遺体は溶けていき、体液や血液が流れ出て床も大変なことになります。そしてその臭いに引きつけられてハエがたかり、卵を産み付けるのです」
卵がかえればウジになり、2週間ほどすると成虫=ハエになって飛ぶ。すると今度はそのハエがまた卵を産み付け、どんどんウジがわき、さらに室内にも多くのハエが飛び回る。石見さんが経験した中では、室内にハエが“大きな渦”を描いて飛び回っていた現場があったという。その時は玄関越しに高音の羽音が出て、入室する前から異様な雰囲気だったとか。
今回の現場は特殊清掃が終わっていたため、「外からの羽音」はしなかったが、室内はハエの死骸の山だった。
■「これは死臭です」
室内に一歩足を踏み入れると、すえたような、独特の臭いがする。ほかのゴミ屋敷で体験してきた食品の腐敗臭や下水のような臭いとは違う。それは言い換えると、生っぽい、“人が生きていた臭い”なのだ。
「あぁ、これは“死臭”です」
と、先に入室していた平出さんがこちらを振り返り、事も無げに言った。
床に視線を移すと、特殊清掃からずいぶん日がたっているのに、まだピクピクと動くハエがいる。
今回の作業員は計6人。社員の平出さんと大島英充さん、アルバイトの男性3人、そして私だ。
男性宅は1階にリビングと台所がつながった12畳程度の一部屋、トイレ、風呂場があり、2階に3部屋という4LDKの間取り。一人住まいとしてはかなり広いが、物はそれほど多くない。遺体があった1階リビングを私とアルバイトのAさんで、2階をアルバイトの大枝祐明さんと三井雄介さんで担当し、室内の物をすべて撤去する作業に取りかかった。
なお社員の大島さんは、トラックの前で待機し、皆が運び込むダンボール(廃棄物)をトラックの中に積む係。現場チーフである平出さんはご近所への挨拶や、さまざまな段取りで各所忙しく動き回っている。
■ビニール越しにおびただしいウジと卵が見えた
“ご近所の目”があるため、カーテンが閉められた薄暗い部屋の中――作業靴の上からゴミ袋をかぶせた状態で室内に入ったものの、歩くたびにハエを足で踏みつぶしている感触がある。「突然死」であったためだろう、リビングのテーブルにはコップが置かれ、その中にはコーヒーがなみなみと入っている。もちろん、その上にもハエの死骸がいくつも浮いている。
部屋の一角には、透明なビニールで密封された畳が立てかけてある。男性が亡くなった場所はリビングに置かれた畳の上だったというが、平出さんが特殊清掃の際にその畳の密封と、周りに付着した体液のふきとり作業を行ったそうだ。ビニール越しにおびただしいウジと卵が見えた。鳥肌が立つ。
「じゃあ、家電類を片付けてください」
Aさんに言われて、いつものようにダンボールを作り、その中に室内の物を入れていく。断っておくが、これまで私はどの家でも「泣き言」を口にしたことはない。だが、今回は何かを動かすたびに隙間からハエの死骸がボトボトと落ちてくるので、何度も小さく叫び声をあげてしまった。
■これほど「人の尊厳」を奪われる状況を受け入れられるか
1時間もすると、室内がだいぶ片付いてきた。続いてリビングに隣接する台所に着手する。洗剤や調味料などの液体類はシンクで流す必要がある。水道の蛇口をひねった時、その排水溝に数十匹というハエの死骸がたまっていることに気づいた。
その排水網を取り除いてしまうと、近くのハエも排水溝に落ちていきそうだったので、たまっている死骸を取り除くことができない。仕方なく、水を流しながらハエの死骸の上に液体類をどんどん流して処分していく。ハエの死骸が洗剤の色に染まっていった。
「こんなメモ書きがありましたよ」
Aさんが見せてくれた。室内から「××に騙された。死んでしまえ」という、誰かを呪うような紙がいくつか出てきたのだ。亡くなった男性の筆跡のようだった。文面から、相手を心底恨んでいた様子が伝わってきて、部屋の空気が重くなった。
誰かを恨みながら、ここで一人でパソコンでできる仕事をし、誰とも会うことなく、息絶える。遺体は放置され、ハエがたかり、住んでいた場所がハエの死骸でいっぱいになる。たとえ「自分の死後はどうなろうと関係ない」と思っている人でも、これほど“人の尊厳”を奪われる状況を受け入れられるだろうか。
■「“もしも”に備えることが最期に自分の尊厳を保ちます」
長年、数多くの現場を見てきた石見さんは、「せめて2日以内に発見されるような人間関係を」と話す。
「目玉からウジが出てくるような状況では、お葬式でちゃんと顔を見てお別れするということが難しくなります。死後、普通に葬儀を営め、お見送りができることを考えると、自分が死んだら数日以内に発見されるような、社会的コミュニケーションが必要でしょう」
高齢者だけでなく、48歳の一人暮らしの男性が死後3カ月経過したゴミ部屋で発見されたこともあったという。中年層といえども仕事場でのストレスや挫折、配偶者との死別や離婚、リストラなど、精神的に孤立してしまい、気づいたらゴミ部屋に住んでいることがある。そしてそれが孤独死にもつながりやすいのだ。読者には、自分の“もしも”をイメージしてほしい。そして「人とのつながり」を維持し、「身の回りの整理」を進めることだ。
「もしも自分が認知症などで介護を受ける状態になったら、もしも災害が起きて物につぶされたら、もしも突然死したらと考えて、できる限り身の回りをスッキリさせておいたほうがいい。“もしも”に備えることが最期に自分の尊厳を保ちます」(石見さん)
通常の生活をしている独身者なら、遺品の量は約3トン分。理想的にはその半分の1.5トンで旅立ちたい。今回の現場は、2トンより少しだけ大きいトラックで収まったので、物の量はほぼ一般的だったといえる。これがゴミ屋敷だと「1ルームの部屋で2トントラック5台分」ということもある。
■誰かがやらなければこの室内はきれいにならない
全ての物を撤去し、ガランとした室内ではハエの死骸だけが残った。特に窓の溝には死骸が大量につまっていて、ホウキではなかなか取ることができない。
「掃除機で吸うしかないでしょう」
と言われ、しぶしぶ私は掃除機を片手に室内でハエを吸う係になった(なお使用した掃除機は、衛生上廃棄処分になる)。掃除機の吸い込み口から、まだピクピク動いているハエを吸い取る作業はあまりいい気分がしない。だが、誰かがやらなければこの室内はきれいにならない。トイレや風呂場にまで落ちているハエを私はひたすら掃除機で吸い取っていった。
それが終わると、平出さんがすべての部屋に人体に無害の消毒・消臭剤をまいて作業終了となる。
外に出ると、アルバイトの作業員が思い思いのことを口にしていた。
「これでご近所の人も一安心だろうなぁ」
「でも俺は今日の作業、やだったよ。なんか重苦しくて」
「うらみつらみがすごかったよね」
■「人格が変わってしまうのではないか」と思うほどの臭い
私は彼らに話しかけた。
「これまでつらかった作業はなんですか?」
「それはもちろんションペットを処分することですよ」
と、Aさん。ションペット(尿の入ったペットボトル)は強烈な臭いを放つため、現場での処理ができず、あんしんネットの会社にもちかえることもしばしばある。そしてペットボトルのフタを開けて一本ずつ中身をトイレに流すのだ。
「地獄みたいな作業ですよ」
「目が痛くなりますよね」と、大枝さん。
ションペットの廃棄は、社員の平出さんも「連続して200本のションペットをトイレに流す行為がつらかった」と話していた。“自分の人格が変わってしまうのではないか”と思うほどの臭いで、作業後は精根尽き果てたという。
彼らは、どんな心境でこの仕事をしているのだろうか? 美談ではない本音が聞きたいと私は思った。次回、彼らの胸の内に迫る。(続く。第8回は12月25日に配信予定)
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ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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