「自分の死後もひきこもりの娘に家賃収入を残したい」そんな80歳母をたぶらかす不動産会社の悪知恵
プレジデントオンライン / 2020年12月20日 9時15分
■80歳母親「娘には兄弟姉妹がいません。頼れる身内もいません」
無職の長女(53)と二人で暮らしている母親(80)はその胸の内を語りだしました。
「長女には兄弟姉妹がいません。頼れる身内もいません。私(母親)が死んだ後も何とか生活できるように、お金の見通しを立てておきたいのです」
「なるほど、わかりました。では、お金に関する基本的なことから順番にお話していただいてもよろしいでしょうか?」
筆者はそう言い、母親から聞き取りをすることにしました。
長女 53歳
母親 80歳
※父親は半年前に死亡
■財産
現金預金 2500万円
自宅土地と家屋 ほぼ価値なし(周囲は畑だらけでほとんど価値はないとのこと)
東京に賃貸マンション1室 1500万円(仮に売却をした場合。諸経費などは考慮せず)
■収入
母親の年金収入 手取り 月額換算で約18万円(老齢年金と遺族年金の合計)
賃貸マンションの収入 手取り 月額5万2000円(管理費、修繕積立金、管理委託料、固定資産税などを控除した後)
長女 収入無し
■支出
基本生活費 月額約18万円
固定資産税など 月額換算で約3500円
■53歳になる長女はこれまでの一度も働いたことがない
母親は高齢で働いていませんが、年金月18万円に加え、家賃収入が月5万余りありました。財産も現金で2500万円。長女との暮らしに月18万円かかっていますが、家計はゆとりがあります。
一方、53歳になる長女はこれまでの一度も働いたことがありません。聞けば、小さい頃からおとなしく、周囲になじめなかったそうです。自己主張をすることもなかったためか、中学生の頃にいじめの標的にされてしまいました。
最初は陰口くらいだったのですが、抵抗しない人間だとわかるといじめはどんどんエスカレート。授業中に本人にわざと聞こえるように「バカ、死ね」などと言われる状況が毎日続きました。教員も「面倒なことはご免だ」といった様子で、まったく助けてくれません。
授業中は黙って下を向き、体を震わせながら屈辱に耐え、休み時間になるとトイレに駆け込んで一人泣く。教室に返ってくると鞄や教科書がゴミ箱に捨てられていた、ということも何度もありました。そんな状況では勉強に集中できるはずもなく、成績もどんどん落ちていきました。
そんなある日、自宅で長女の感情が爆発。「もう学校に行きたくない。このまま死んでしまいたい。だからお母さん、あたしを殺して!」そう大声で泣き叫びました。驚いた両親は長女を自宅で休ませることに。しかし、長女の様子は一向によくなりませんでした。
その後、長女は「田舎にある祖父母の家で過ごしたい」と申し出たため、その通りにしました。学校に行けなくなってしまった長女を祖父母は温かく迎え入れてくれたそうです。長女は祖父母とともに穏やかに過ごしてきました。
■母親亡き後の長女の収入は計月11万7000円だが…
それから数十年後。祖父母が亡くなったため、まずは母親が田舎に移住。父親は仕事をリタイアした後に移住をしました。両親の移住をきっかけに、元住んでいた自宅は売却。その資金で東京に賃貸マンションを購入したそうです。それを現在、貸して収入を得ているのです。
長女は現在もたまに感情の起伏が激しくなることもあるようですが、心配するような精神的疾患はないとのこと。国民年金の支払い状況を確認したところ、20歳からずっと両親が納付してきたそうです。60歳まであと7年なので、このまま納付し続けたいとのことでした。
以上の話をふまえると、長女が65歳からもらえる老齢基礎年金は月額で約6万5000円。さらにマンションの家賃収入が月額5万2000円。母親亡き後の長女の収入は、合計月11万7000円になります。母親亡き後は、引き継いだ貯金(現状2500万円)を少しずつ取り崩しながら生活をしていけばお金の面では何とかなりそうだ、という見通しが立ちました。
そこで筆者は母親に告げました。
「月額11万7000円の収入があれば、お金の心配はそれほど深刻にお考えいただかなくても大丈夫だと思います。もちろん、今後も家賃収入が入り続けるといった条件つきですが……」
「そうなんです。実はそのことについてもご相談があるのです」
母親はそう言い、筆者にある資料を手渡してきました。
■ひきこもりの娘を抱える80歳母親をたぶらかす不動産会社の悪知恵
母親から受け取った資料は、ある不動産会社の提案書でした。母親はこれまでの経緯を語りだしました。
「半年前に主人が亡くなった後、私が東京に所有する賃貸マンションを相続しました。しばらくしてから、主人が生前お世話になっていた不動産会社のA社からある提案を受けたのです」
母親が受けた提案とは次のようなものでした。
「今の賃貸マンションは古くなってきたので、次の契約更新では家賃を減額する方向でご検討いただかなければならないかと思われます。(無職の)ご長女の将来のことも心配でしょうから、家賃収入はできるだけ多い方がよいですよね。そこで、家賃収入を増やすため、賃貸不動産の買い替えをしてみてはどうでしょうか?」
そこまで母親の話を聞いた筆者は、資料に目を移し物件の情報を確認してみました。
※購入資金は現在のマンションの売却1500万円と850万円のローンでまかなう
※売却や取得に伴う諸経費は別途かかる
■物件購入後の収入と支出の予定(月額)
家賃収入 7万9000円
(支出)
マンション管理費および修繕積立金 6500円
不動産会社への不動産管理委託費 3500円
ローンの支払い 7万3597円
※ローンは12年間支払う
※固定資産税の金額は不明
■ローン返済期間中の赤字額は累計66万、ローン返済総額は約1060万
筆者は資料を基に電卓をたたきました。液晶画面に表示された金額を見て、筆者は驚きを隠せませんでした。
「この提案だと月額4597円の赤字になってしまいます。しかも、ここからさらに固定資産税も支払いますよね? それについてA社は何と言っていたのですか?」
「ローンは12年で終わるので、長女が65歳になった時に公的年金受給と同時に家賃収入も得られるように設定しました、と言っていました。それまでの赤字は先行投資だとも……」
※ローン返済期間中の赤字額は累計66万円、850万円のローン返済総額は金利を含め約1060万円。
「この物件で契約をしてしまったのですか?」
「いいえ、まだです。手付金も払っていません。提案を聞いて『何かがおかしい』ということは何となく分かるのですが、他に相談相手もおらず困っていました。やはり提案された物件しかないんでしょうか? 他に何か良い物件はないのでしょうか?」
「残念ながら私は不動産の専門家ではないので、具体的な物件のアドバイスをすることはできません。ですが、知人に働くことが難しいお子さんに理解のある不動産業者がいます。その者にも協力してもらって、ご家族にとってより良い物件をご紹介することができるかもしれません。それを基に比較検討していただく、というのはどうでしょうか?」
「はい。ぜひそのようにお願いします」
「では、ご長女にもその旨お伝えいただき、ご了承を得てください。ご確認が取れた後、すぐに行動に移しますね」
後日、長女からも了承が得られたので、筆者は知人の不動産業者にも協力してもらうことにしました。
■「いくら何でもこんな提案はあり得ない! あまりにもひどすぎる」
母親からA社の資料を預かった筆者は、知人の不動産業者T氏のもとを訪れました。不動産業者のT氏は資料をざっと読んだ後、怒りの感情をあらわにしました。
「いくら何でもこんな提案はあり得ない! ご家族のことを何も考えていないんじゃないの? あまりにもひどすぎる」
興奮するT氏が落ち着くのを待って、筆者は質問をしてみました。
「もう少し良い物件は探せそうですか?」
「それは可能だと思います。ですが、まずはご家族のニーズを把握することが先ですね」
そこで筆者は、面談でヒアリングしたご家族のニーズをT氏に伝えることにしました。
・母親亡き後、長女の生活費の一部に充てたいので家賃収入は今後も得たい
・ローンは組みたくない
・できれば家賃収入は今よりも多くしたい
■「家賃収入を娘のために」老親の願いはかなえられるのか
T氏はしばらく考え込んだ後、こう答えました。
「難しいかもしれませんが、ご家族のニーズを満たすような物件を探してみます。お母様亡き後もお金の心配をしないで済むようにしてあげたいですし」
「ぜひお願いします。良い物件が見つかりましたら、すぐにご家族にもお伝えしたいと思っています」
「分かりました。できるだけ早く見つけるようにしますね」
そこまで話したところ、筆者はある不安を口にしました。
「もしA社からお母様に契約をするように促す連絡が入ったら、どうすれば良いでしょうか?」
「手付金も支払っていませんし、契約書も交していませんから、もし問い合わせがあったら『もう少し検討したい。時間をください』とでも言っておけば大丈夫でしょう。その間に何とかします」
「わかりました。それではお母様にもそのようにお伝えしておきます」
それから1週間が過ぎた頃。T氏からご提案できそうな物件が見つかったとの連絡が入りました。筆者は母親に連絡を取り、再び面談をすることにしました。
■「そんなに家賃収入が増えるんですか。でもなぜ2物件買うんですか」
面談当日。筆者とT氏は母親の自宅を訪ねました。ひきこもりの長女も話を聞きたい、という希望があったからです。リビングに案内されると、すでに長女は椅子に座って待っていました。顔色はそれほど悪くなく、挨拶をする様子にも特に違和感はありません。
4人で軽い日常会話を交わした後、T氏は、2種類の資料をテーブルの上に広げました。
「ご家族にご提案させていただく物件はこの2つになります」
■価格 780万円
■物件購入後の収入と支出の予定(月額)
家賃収入 6万2000円
(支出)
マンション管理費および修繕積立金 1万3000円
固定資産税 月額換算で4150円
手取り収入は4万4850円
【物件②】
■価格 720万円
■物件購入後の収入と支出の予定(月額)
家賃収入 6万円
(支出)
マンション管理費および修繕積立金 1万3500円
固定資産税 月額換算で3825円
手取り収入は4万2675円
資料に見入っているご家族にT氏は説明をしました。
「買い替えする2つの物件はいずれも中古で、購入額は合計で約1500万円。つまり、所有している東京のマンションを売却することで購入でき、ローンを組む必要はありません。家賃収入は2つの物件合わせて月12万2000円(※)で、管理費や固定資産税などを引いた手取りで月8万7525円。今よりも月約3万5000円のアップです」
※不動産会社A社の物件の場合、家賃収入(諸経費や固定資産税を除く前)は月7万9000円だったので、収入額に月4万円以上の開きがある。
■家賃収入は2物件合わせて月12万2000円、月約3万5000円アップ
それを聞いた母親は目を丸くしました。
「そんなに増えるんですか! でも物件を2つ購入するんですね。それには何か理由があるのですか?」
「はい、もちろんあります。それは退去リスクの分散です。お客様(店子)が退居された後、次のお客様が入居するまで多少時間がかかってしまいます。もちろん、その間の家賃収入はありません。1物件だと家賃収入が途絶えてしまうので、そのリスク回避をするためです」
「なるほど、そうなんですね。ちなみに、これらの物件は長い間空室になる可能性はありますか?」
「それは何とも言えません。ですが、これらの物件は駅近でファミリータイプなので人気はあります。2つとも10年以上ご入居されている物件(店子が現在もいる)ですし、長くお住まいになっていただける仕様になっています。また、仮に空室になってしまった場合でも、(不動産業者である自分たちが)できるだけ早く次の方がご入居できるように手配いたしますのでご安心ください」
「それは心強いです。あと、お願いがあるのですが、不動産管理や確定申告、入居者とのトラブル対応もそちらにお願いをすることはできますでしょうか?」
「はい、大丈夫です。委託管理料として2物件分で月額3280円を頂戴しますが、それでよろしければこちらですべて対応します」
それを聞いた母親はほっとした表情を見せました。
■不動産を買い替える際にかかる税金は…約90万円
安堵する母親には悪いと思いつつ、筆者は少し気になることがあったので、あえてそれを口にしました。
「不動産を買い替えるので、登録免許税や不動産取得税もかかりますよね? どのくらいの金額になりそうですか?」
それに対してT氏はこう答えました。
「はい、登録免許税と不動産取得税が2物件で合計90万円ほどかかります。これらのお金は貯蓄から取り崩す形になるでしょうか」
母親はあまり気にしないといった様子で応じました。
「それらのお金は仮にA社の物件を購入する場合でもかかりますよね? もちろん同じ金額ではないでしょうが。ですが、買い換えによってかかってしまうお金であれば、それは仕方がないことだと思います。大丈夫です」
■長女が65歳になるまでの12年間で約1000万円たまる
さらに、長女のお金の見通しを立てる上で退居リスクに備える必要もあると感じた筆者は、ご家族にある提案もしておきました。
「家賃収入のほとんどを貯蓄されると思われますが、その貯蓄の一部を別会計で管理するようにしていただく方が望ましいです。なぜなら、退居が発生するとその部屋はリフォームをする必要があるからです。ですので、毎月の家賃から1万円くらいはリフォーム用資金として別会計で管理することもご検討ください」
「はい、わかりました。そのようにします」
ここまでのお話をふまえ、筆者はお金の見通しを立てることにしました。
■長女が「65歳になるまで」の貯蓄予定額
家賃の手取りから不動産管理委託料と毎月1万円のリフォーム用資金を除くと約7万4000円。長女が現在(53歳)から65歳になるまでの貯蓄予定額は7万円4000円×12カ月×12年で約1000万円(母親が存命で、母親の年金収入があることが前提)。
■長女が「65歳になった後」の手取りの見通し(月額)
・老齢基礎年金 6万5000円
・2物件の家賃 12万2000円
合計 18万7000円
(支出:諸経費など)
・2物件の管理費、修繕積立金 2万6500円
・2物件の固定資産税(月額換算) 7975円
・不動産管理委託料 3280円
・リフォーム用の貯蓄 1万円
合計 4万7755円
(長女の手取り)
約13万9000円
筆者は家族に告げました。
「ご長女は65歳になるまでの12年間で貯蓄が少なくとも約1000万円たまる可能性があります。お母さまがお亡くなりになったとしても、ご長女は65歳以降も年金と家賃収入(諸経費を除く)で月計13万9000円の収入があります。試算をすると、仮にご長女の生活が65歳から平均余命の89歳まで続いたとすると、月々の生活費が17万3000円を超えなければお金の心配はそこまで深刻にならずに済みそうです」
■不動産の受け渡しも無事完了した後、母親から一通のメールが
それを聞いた母親は長女に視線を送り、その後T氏と筆者をしっかりと見据えました。
「そこまで私たちのことを考えていただき、大変感謝いたします。ご提案していただいたこの物件で検討してみたいと思います。ですが、ご連絡までもう少し時間をいただいてもよろしいでしょうか? 長女とも話し合ってみたいので」
長女も黙ってうなずきました。
「はい、構いません。なお、これらの物件はすでにご入居者様がお住まいなので、内見はできませんが、外からご覧いただくことはできます。その際はご同行いたしますので、どうぞお気軽にお申し付けください」
T氏はそう答え、その日の面談は終了しました。
面談から2週間がたった頃。家族の希望でT氏の提案物件で契約をすることになりました。契約を交わした後、T氏からA社に事情を説明してもらったので、特にトラブルになることもありませんでした。
不動産の受け渡しも無事完了し、初回の家賃が母親に振り込まれた頃。母親から一通のメールが筆者のもとに届きました。そこには母親の感謝の言葉がつづられていました。
「その節は大変お世話になりました。本日、家賃の振込を確認いたしました。A社からの提案を受けた時はどうしたものかとすごく不安になりましたが、先生方にご相談して本当に良かったです。おかげさまで家賃収入も増えたので、長女も少しは安心できたようです。本当にどうもありがとうございました。今後もいろいろとお世話になることがあると思いますが、その時はどうぞよろしくお願いいたします」
母親のメールを読んだ筆者は「ご家族のお役に少しは立つことができたかな?」と思い、ほっと胸をなでおろしました。
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社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー
平成23年7月に発行された内閣府ひきこもり支援者読本『第5章 親が高齢化、死亡した場合のための備え』を共同執筆。親族がひきこもり経験者であったことからひきこもり支援にも携わるようになる。ひきこもりのお子さんをもつご家族のご相談には、ファイナンシャルプランナーとして生活設計を立てるだけでなく、社会保険労務士として利用できる社会保障制度の検討もするなど、双方の視点からのアドバイスを常に心がけている。ひきこもりのお子さんに限らず、障がいをお持ちのお子さん、ニートやフリータのお子さんをもつご家庭の生活設計のご相談を受ける『働けない子どものお金を考える会』のメンバーでもある。
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(社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田 裕也)
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