「業界の珍現象」なぜハーゲンダッツが一番売れるのは12月なのか
プレジデントオンライン / 2020年12月23日 11時15分
■巣ごもり消費で家庭用アイスクリームは特需に
新型コロナウイルスの影響で例年とは様変わりしたが、それでも年末年始商戦が続いている。宴会などが自粛となるご時世ゆえ、総じて、在宅で楽しむ食品の売れゆきがよい。
全国各地のスーパーやコンビニで買える「家庭用アイスクリーム」はその代表格だ。巣ごもり消費の影響で、業界では春から夏に“マルチパック特需”が起き、4~7月は市場全体で対前年比約102.9%(インテージデータ)を記録した。マルチパックとは、複数の個数が紙箱や袋に入った商品をさす。
近年は夏だけでなく冬に楽しむ消費者も増え、データによっては「夏アイス65%:冬アイス35%」(※)の割合になるという。
だが、昔から12月に最も売れるブランドがある。「ハーゲンダッツ」だ。
1984年に日本に上陸して以来、昨年までの36年間、12月の売り上げが最も多い、いわば“冬の女王”――。そんなブランドだが、クリスマスを彩るアイスクリームケーキは積極展開しない。
なぜ、こうしたイベント型商品を出さなくても12月によく売れるのか。その理由をマーケティングの責任者に聞き、合わせて消費者心理も探ってみた。
※定番商品のほか、夏アイスは春夏向け商品、冬アイスは秋冬向け商品が中心となる。
■カップアイスクリームで「スイーツ感」を訴求
「もともとハーゲンダッツは冬の需要が強く、今年も秋冬向け限定商品をミニカップやクリスピーサンドで発売しています。過去にはアイスクリームケーキを販売しており、意識はしていますが、現在は一般的な商品でスイーツ感を打ち出すのが基本姿勢です」
ハーゲンダッツ ジャパンの黒岩俊介氏(ブランド戦略本部マネージャー)はこう語る。長年ブランド戦略を担当しており、さらにこう話す。
「消費者調査では、お客さまも満足されており、カップアイスクリームで十分な価値が提供できていると考えています。ブランドの歴史の中で、徐々に商品を進化させ、例えば2007年から展開したカップアイス『ハーゲンダッツ アイスクリーム ドルチェ』シリーズでは、ティラミスやクレームブリュレ、木苺のミルフィーユといった商品で、スイーツ感を訴求してきました」
この秋冬の期間限定品として、11月17日にミニカップ「ショコラトリュフ」(希望小売価格295円+税)という商品を発売した。
「コク深いミルキーなホワイトチョコレートと、優しい甘さのミルクチョコレートを重ねた2層構造にしました。冬ならではの濃厚なアイスクリームです」(黒岩氏)
昨年12月には「苺とブラウニーのパフェ」(同価格。現在は販売終了)を出すなど、状況に応じてスイーツ感覚の商品を打ち出す。
年間での売れゆきトップ3「バニラ」「ストロベリー」「グリーンティー」など定番の8商品に加え、季節性を打ち出した期間限定品で展開するのが、現在の同社の基本戦略だ。
■かつては「アイスクリームケーキ」を販売していた
「アイスクリームケーキは、店舗展開をしていた時代は販売しました。日本での発売当初、売り上げの大半は『ショップ』と呼ぶ専門店が中心でしたが、ショップ事業は2013年に終了。現在はご存じのように、国内各地の小売店で買える商品となっています」
2004年、当時の同社女性幹部に取材したことがある。ショップ事業を展開中の時代で、すでに売り上げ全体に占めるショップの売り上げは「6%」にすぎなかった。だが、それでもショップは「ハーゲンダッツのファンづくりには不可欠な存在」と話していた。結局、その後9年、ショップ事業を継続したことになる。
「ショップの店内で販売していたアイスクリームケーキは完成品ではなく、ケーキ本体にソースなどが添えられており、お買い上げ後、自分で仕上げるスタイルでした。その一方で、2003年には、ミニカップで『カスタードプティング』を発売。2004年にはコンビニ限定で『パルフェ』という商品(当時399円)を発売するなど、小売店向けの商品も深めてきました」
ミニカップ「カスタードプティング」は2003年から2005年まで期間限定で販売後、2018年12月に期間限定品として復活した。「点」ではなく「線」や「面」で見ると、ハーゲンダッツの取り組みが分かるだろう。
■青山の1号店が行列文化を生んだ
今でも「高級アイスクリームの代名詞」と思われるのは、日本上陸後のブランド戦略による。
名前からは欧州発祥に思えるが、実は米国生まれのハーゲンダッツが、1984年に日本に上陸した際に直営店を構えたのは、東京・青山だった。
地下鉄外苑前駅に近く、青山通り(国道246号線)に面したこの店は、オープン当初から若者を中心に店外までお客が並び、東京都内における「行列文化」のさきがけとなった。翌1985年、西麻布に1号店ができた「ホブソンズ」が加わり、店で食べる高級アイスクリーム文化が芽生えたのだ。
ちなみにハーゲンダッツ1号店が入居した当時のビル名「プラザ246」は、“テナント不毛のビル”とも言われた。超一等地にありながら、それまで入居する各テナントの売り上げが伸びなかったのだが、それを同ブランドが変えた。
1984年といえば、前年に「東京ディズニーランド」(現・東京ディズニーリゾート)が開業し、若者を中心に海外の文化を取り入れつつ、異日常空間での楽しみ方が浸透していった時代だ。
飲食店では、東京・瀬田(世田谷区)に通称「アメリカ村」と呼ばれた、ファミリーレストラン「イエスタディ」や「プレストンウッド」などがアメリカンな店舗を構えていた。仙川(調布市)の「ストロベリーファーム」を加えたこれらの店も「異日常空間」だった。
■自粛疲れの「憂さ晴らし的な消費」で選ばれた
現在のハーゲンダッツの話に戻ろう。全体で年間売り上げ500億円弱のメガブランドは、コロナ禍の2020年、業績が苦戦し、一時、対前年比を想定以上に下回ったという。
「日本中が外出自粛となり、どうなるかと思いましたが、若い世代から支持が戻り始めました。5月以降は好調が続き、7月の冷夏にもあまり左右されず、それ以降は順調に推移しています。自粛疲れの中で商品が支持を受けたと考えています」
マーケティングの世界では「消費者はどんどん変化する」と言われるが、コロナ禍の消費者心理は、総じて「先行き不安」と「気分転換」が入り交じったように感じた。
例えば食品では、巣ごもり当初、レトルトカレーは「この機会だから」と高価格品も動いたが、長期化を認識し始めてからは格安品や特売品の比重が高まった、とも聞いた。
一方で、自粛疲れによる憂さ晴らし的な消費もあった。嗜好品のアイスクリームは、主食や副食とは違う購買心理が働いた、ともいえそうだ。
■帰省する家族のためにまとめ買い
ところで、なぜハーゲンダッツは12月に売れるのだろう。
「一般的なアイスクリームに比べると濃厚で価格も高く、ごほうび需要もあると思います。12月は最も売れますが、特別なプロモーションをしてきたわけではありません。例えば、年末年始の人が集まる機会でのご利用や、仕事帰りに立ち寄れるコンビニで買うアイスクリームの贅沢品として、選ばれてきた感もあります」
その年末年始が、今年は帰省客などの移動需要が期待できない。
インビジブル・ファミリー(見えざる家族)と呼ぶ消費形態がある。例えば、リタイア世代の夫婦が嗜好品をまとめ買いすることだ。自分たちだけで消費するのではない。離れて暮らす息子や娘一家が帰省した際に、みんなでその商品を楽しむ。
もともとの意味は「近距離に住む身内」のようだが、少し柔軟に解釈すると、遠距離の身内に加えて、友人・知人が集まる食事会などもこの消費形態に近いだろう。
その際に、まとめ買いされるアイスクリーム=ハーゲンダッツの需要は高かった。
「そうした需要が期待できないのは事実ですが、一方で、自宅で過ごす時間は増えています。コロナ禍の今年のお盆の需要も好調でした」
■「手の届く贅沢」は今年も手堅い
冒頭で「年末年始商戦が続く」と記したが、今年目立つのは「おうちで××」という販売訴求だ。近年、年の瀬や年明け三が日に休業する大手小売店や飲食店も出てきた。外出自粛の影響で、この年末年始はより目立つかもしれない。
消費者側の視点では、1人で楽しむ「個食化」も進む。「自分へのごほうび」という言葉や消費も、昔に比べて回数が増え、ごほうび商品も低価格化してきた。
2017年冬、「ハーゲンダッツ ジュエル アイスクリームケーキ」という商品が、東京・目黒区の「ストールレストラン」で限定販売された。同店ではカットケーキ(1290円)が提供され、持ち帰りならホールケーキ(6200円)も注文できた。
そうした取り組みも、ここ数年は行っていない。高級アイスクリームとはいえ、ミニカップなら1個200~300円台で買える。そんな「手の届く贅沢」を掲げてきたハーゲンダッツにとって、追い風となる冬になりそうだ。
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経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)
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