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孤独と絶望の20年「重度障害児と老親ケア」で睡眠障害を患う46歳女性が、それでも笑顔になれる瞬間

プレジデントオンライン / 2020年12月19日 9時0分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyonntra

生まれながらの障害を負った22歳の息子の歯磨きや入浴、食事などを介助している46歳の女性。この20年以上、夫や親など近親者がバタバタと倒れ、そのすべての介護をワンオペで担った。今、睡眠障害や軽い鬱を患っているものの、めげずに日々を生き抜く女性の精神の拠り所となっているのが、栃木県出身のお笑いコンビの漫才と淡水魚・海水魚の飼育だ——。
子育てと介護が同時期に発生する状態を「ダブルケア」という。通常、子育ては両親が行い、介護は親族が行うのが一般的だが、昨今、両方の負担が1人に集中することが少なくない。肉体的にも精神的にも過酷なダブルケアは誰にでも起こり得る。取材事例を通じて、それに備える方法や、乗り越えるヒントを探っていきたい。
(前編の概要)
現在46歳の女性は22歳時に結婚後すぐに妊娠・出産。生まれた息子は最重度知的障害・自閉症だった。言葉が出ず、人とコミュニケーションが取れず、暴れることもあった息子のケアに日々が忙殺される中、夫も親たちまで病に倒れていく。だが、不幸はその後も続いた。

■自閉症の息子と鬱病の夫、体が不自由な実母・義母との5人同居生活

2020年1月。9年前に夫を亡くして以降、一人暮らしを満喫していた89歳の義母が庭先で転び、肩を骨折。肩にボルトを入れる手術を受けるため、入院することになる。

生活が不自由になった義母は、手術前と手術後の合計半年間、関東地方在住の清水陽子さん(仮名・46歳・既婚)の家で同居することになった。4LDKの自宅内には、最重度知的障害・自閉症の息子(22歳)と、その介護を一手に引き受ける清水さん、上司によるパワハラで鬱病になり休職中の夫(52歳)の3人家族、さらに清水さんの母親(69歳・脳梗塞の後遺症で言語障害)、そして義母という5人の同居生活が始まったのだ。

清水さんは炊事・洗濯だけでなく、「息子には恥ずかしくて頼めない」という義母の背中を毎晩流し、頭を洗ってあげるなど、献身的に介助した。

幸い嫁姑仲は良く、義母は、自分が入院しても見舞いにも来ず、お盆とお正月くらいしか顔を見せない娘(清水さんの義理の妹)のことを「あの娘はダメね」と、不満をこぼした。母親と義母も、ちょうど20歳の年齢差があるためか、お互い好意的だった。

コロナの第1波も去った7月になると、義母の肩は完治し、自分の家に帰宅。再び母親と夫と息子、4人での暮らしに戻り、一息ついたのもつかの間、義理の母は鬱病を患ってしまう。月に2回、心療内科への通院が必要になり、退職した夫が様子を見がてら連れて行くようになった。

■コロナ第3波が始まった11月、母の認知機能が急激に低下した

第3波が始まった11月。さらに追い打ちをかけるような出来事が起こる。

母親が「お腹が痛い」と訴え始めたのだ。清水さんは心配し、母親と同じ部屋で眠っていたが、夜中に何度も起こされ、早朝に嘔吐で目が覚めた。

「これはまずい」と思った清水さんは、息子を施設に預けると、母親を連れて病院へ。母親は脾臓が腫れて、炎症を起こしていた。血液検査の結果も良くないため、そのまま入院に。医師には、「2週間ほどで退院できる」と言われたが、その3日後、突然母親の意識がなくなり、別の病院へ転送。さまざまな検査をしたが異常は認められず、夜には元の病院へ戻った。

医師によると、症状は安定したが、認知機能の急激な低下が見られているとのこと。現在も予断を許さない状況だ。

■子育てと複数人の介護を同時に担当する辛さ……

清水さんの息子は22歳になった。現在も、朝晩の歯磨きと入浴は清水さんが全介助し、食事と服の着替えは一応自分でできるが、食事は手づかみで、服は前後ろや裏表になっていることが多い。

「息子は今でも大きな建物に入るのが嫌で、入ると大絶叫します。食べられるものがすごく限られていて、好きなものでもパッケージや味がリニューアルすると、途端に食べなくなってしまいます。睡眠もまとまらず、夜中や早朝に起きてしまうこともしばしばです」

息子は現在、障害者福祉施設に通っている。軽度の障害者は簡単な作業を行うが、障害が重い息子は作業量が少なく、主にレクリエーションをしてお昼ご飯を食べ、掃除をして帰ってくる。

機嫌よく通ってくれる間はいいが、夏に大好きな水遊びが中止になると、機嫌が悪くなり、2カ月ほど通ってくれなかった。

一方、夫は回復傾向とはいえ、うつ病で心療内科に通院を継続。現在は国家資格取得を目指して勉強中だ。

「息子が小さかった頃、夫は仕事で朝から晩までいなくて基本私のワンオペ。肉体的にも精神的に参っていた私は、夫を気遣うこともできず、会話もありませんでした。障害のある子の親御さんは離婚率が高いのですが、うちはよく離婚しなかったなと思います」

ストレスを感じる女性
写真=iStock.com/kieferpix
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

■お笑いコンビU字工事の漫才…私が笑うと、息子の精神も安定

養護学校でできたママ友とは、現在も、同じ悩みを共有してきた戦友のような仲だ。

「ママ友とよく、『私が倒れたらどうなるんだろう?』っていう話をしているんです。みんな、障害のある子どもに頼れないことはわかっているので、『最悪みんなで一緒に住まない?』って話してます」

睡眠障害や軽い鬱を患っているとはいえ、清水さんから感じられる明るさやおおらかさは、長い間苦労や不安を経験し、その時々に自分で考え、解決や納得をしてきたからこそ得られた賜物のように思う。

「息子はテレビがついているとすぐに消してしまうのですが、15~16年ほど前に偶然お笑いコンビ・U字工事の漫才を見て笑ったところ、息子もつられて笑い、それからはお笑い番組は見るようになりました。私が笑うと息子も笑い、息子の精神も安定しました。彼らには感謝しています。当時は笑うことを忘れるほど辛かったけれど、今は、めったにできない経験をしてきたからこそ、ちょっとやそっとじゃ動じない落ち着きや、人間としての深みが得られたのかなと思えるようになりました」

そんな清水さんの癒やしは、息子が7歳のときに持ち帰ってきた金魚から始まった、淡水魚と海水魚の飼育だ。水換えが大変だが、やり終えると気持ちがスカッとするという。

「今は、気になることがあったらインターネットで調べることができますが、私が息子を生んだときは、まだパソコンもスマホも普及していませんでした。最近、『うちの息子の小さい頃の話を書いたら、今のお母さんたちの助けになるのでは?』と思い、ブログを始めました。私のように育児で悩んでいるお母さんがいたら、『大丈夫よ』と声をかけてあげたくて……。徐々に療育制度が整いつつあるので、お子さんに必要とされる分野の療育を、躊躇せず、1日も早く受けさせることが大切だと思います」

■これから息子と夫、2人の母親の4人の介護をすることに

一人っ子の清水さんは、確実に母親の介護をすることになる。

すでに89歳の義母も、いつ要介護状態になってもおかしくはない。夫の姉はあてにならず、清水さんが介護をする可能性は高い。

しかし清水さんには、最重度知的障害の息子がいる。子育てと介護でダブルケアだが、実際はたった1人で息子と2人の母親、夫も入れれば4人の世話をすることになる。

集中する負担を、少しでも軽減することはできないだろうか。

2018年にソニー生命保険株式会社が実施した「ダブルケアに関する調査」によると、全国の大学生以下の子どもを持つ30歳~55歳の男女1万7049人に、“子育て”と“親(または義親)の介護”が同時期に発生する状況である「ダブルケア」について聞いたところ、全体で約3割の人がダブルケアを経験していた。

ダブルケア経験率は年齢が上がるにつれて高くなり、50代女性では約4割以上が経験していた。さらに、ダブルケアに対する備えとして行っている(いた)ことを聞いたところ、「特になし」が4割近く。「ダブルケアに対する備えとして行っておいたほうが良かったと思うこと」の1位は、「ダブルケアの分担について親族と話し合う」だった。

多くの人が、ダブルケアに対する備えをしないまま、ダブルケアを経験することになってしまっていることが伺える。

また、ダブルケアのキーパーソン205人に、キーパーソンとなった理由を聞いたところ、男性は約6割が「自身の希望で主に関わりたい(関わりたかった)」と回答しているのに対し、女性は「自分以外に主に(介護)できる人がいない(いなかった)」が6割強と、「自身の希望で主に関わりたい(関わりたかった)」の4割強を上まわる結果となった。

薬物中毒
写真=iStock.com/kyonntra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyonntra

■多くの人が準備期間なしでダブルケアに突入する

加えて、同調査では、ダブルケアラーの8割近くが「公的介護サービスは不十分」、7割強が「公的子育て支援は不十分」と回答。ダブルケアラーの多くが、介護施設や保育施設の入所基準にダブルケア加点をするなど、ダブルケア世帯に配慮した介護施設入所基準にすることや、介護も育児もあわせて相談できる行政窓口の設置、ダブルケア経験者が地域で直接相談にのってくれる場、ダブルケア当事者が地域でつながる場を望んでいることが明確になった。

清水さんも、ダブルケアに対する備えなどする間もなく、ダブルケアをキーパーソンとして経験することになってしまった。もちろん、ダブルケアの分担について親族と話し合う暇などなかった。

今でこそ息子の養護学校時代のママ友がいるため、孤独感や不安感を抱えることは少くなったが、ダブルケアについて話せる相手はなかなかいない。

清水さんには、「難しいかもしれないが、優先順位をつけて、何よりも自分を大切にしてほしい」と伝えずにはいられなかった。

※編集部註:2020年12月19日公開時に、リード文でお笑いコンビU字工事の出身地を茨城県としていましたが、正しくは栃木県でした。訂正してお詫びいたします(2021年1月15日11:00追記)

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)
ライター・グラフィックデザイナー
愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。

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(ライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)

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