「8人で会食」GoTo政策を自ら台無しにした菅政権の正念場
プレジデントオンライン / 2020年12月18日 17時15分
■後手に回ったと言わざるを得ない
ここへ来て、ようやく政府が“Go Toトラベル”を全国一斉に一時停止すると決めた。期間は、12月28日から2021年1月11日までだ。その間、“Go Toイベント”事業も停止される。コロナウイルス感染の再拡大の勢いを見ると、今回の決定はいかんせん遅い。政府の対応は後手に回ったといわざるを得ないだろう。
また、政府は5人以上の会食を控えるよう国民に求めたにもかかわらず、菅首相は8人ほどで会食していた。内閣支持率が低下するのは当然かもしれない。政権の支持基盤が揺らぐことは、国の経済にとっても決して良いことではない。今回の対応が菅政権の命取りにならないことを願いたい。
ワクチンがない中で感染拡大を阻止するために、移動の制限は有効な方策の一つだ。それが国民の健康と生命、さらには経済を守ることにつながる。わが国では感染症の専門家らが、Go Toトラベル事業の見直しなどの感染対策を政府に求めた。しかし、政府の対応は遅れ、医療体制は逼迫している。医療の現場からは悲鳴さえ聞こえてくる。
菅首相としては、宿泊・交通などの産業分野への打撃を考慮しての措置なのだろうが、Go Toトラベル事業を早期に停止すべきだっただろう。むしろ、同事業だけが悪者扱いになってしまうことも懸念される。今回の措置は今後の政策運営に無視できない影響を与える恐れがありそうだ。それは長い目で見たとき、国全体のプラスにはならないだろう。
■北海道と大阪へ自衛隊が派遣される事態に
11月以降、国内で新型コロナウイルスの感染第3波が深刻化している。わが国は、何よりも国民の安全と健康を第一に考え、対策をとらなければならない状況を迎えている。
感染第3波では、新規感染者数だけでなく、重症者数と、亡くなる方の数ともに第1、第2波を上回っている。新規感染者数と重症者数が増加した結果、医療の逼迫懸念が高まっている。医療関係者からはコロナ感染者が増加することによって一般患者の治療が難しくなることへの危機感が表明されている。また、北海道旭川市と大阪市には自衛隊の看護官が派遣された。事態の緊急性は増している。
■事業の一時停止は迅速に行うべきだった
感染が拡大した要因の一つとして各地での人出の増加は軽視できない。12月中旬時点での各地の主要駅や空港周辺の人出は、緊急事態宣言が発出された4月7日を上回っている。
Go Toトラベル事業は感染再拡大の一因だ。東京都がGo Toトラベル事業に追加されて以降は、京都府や石川県、長崎県をはじめとする国内観光地への人の往来が勢いづいた。見方を変えれば、新規の感染者や重症者が増加し、新型コロナウイルスが人々の健康や社会と経済に与えるマイナスの影響が増大しているにもかかわらず、感染のリスクを過小評価し、楽観してしまっている人は相当数いる。
コロナ禍における世界各国の事例を踏まえると、集団免疫が獲得されていない状況下で人の移動が活発化すれば感染者は増加する。ドイツや米国の状況はその良い例だ。わが国では、Go Toトラベル利用者の中から感染者が出ている。無症状の感染者もいる。感染経路の特定も困難になっている。
医療の逼迫懸念が高まる状況下、政府は何よりも国民の健康と生命を守らなければならない。そのためにはソーシャルディスタンスの強化は不可避であり、Go Toトラベル事業の一時停止をはじめとする感染対策は迅速に行われなければならなかった。
■なぜここまで遅れてしまったのか
菅政権の意思決定が遅れた要因として、菅政権が感染対策に取り組む一方で、経済活動の維持にもこだわり政策の優先順位が揺らいだことが指摘される。
菅政権が経済を重視した背景には、コロナショックによって業況が悪化した飲食、宿泊、交通などへの打撃を避けたいとの思惑があったと考えられる。デジタル化が遅れるわが国の経済にとって、人の移動が制限されることの影響は大きい。特に、飲食などへの打撃は深刻だ。Go Toトラベル事業は、政府が補助を行うことによって外食や宿泊需要を喚起し、関連産業の需要下支えに重要な役割を果たした。
また、年末年始は飲食や宿泊、交通関連の事業者にとって重要な書き入れ時でもある。その状況下、政府は感染対策の重要性を認識しつつも、経済的な悪影響を恐れるあまりGo Toトラベル事業の一時停止に二の足を踏んでしまった。
■党内の政治的な利害を無視できない
また、今回の遅れの一因には政治的な要因も絡んでいるかもしれない。与党内には飲食や観光などの産業を重視する声がある。菅政権はそうした党内の意向にも耳を傾けなければならなかった。
地方経済の振興に大きな影響を与えたインバウンド需要が蒸発した状況下、国内の観光需要を喚起することは各地の経済を支えるために不可欠だ。それが、政治家への支持にも影響する。ある意味、菅首相は党内の政治的な利害に忖度せざるを得ず、リーダーシップを発揮することが難しかったといえる。
感染対策を徹底しなければならないことは、新型コロナウイルス感染症対策分科会の提言で示され、政権内でもその重要性は共有されていた。その一方で、Go Toトラベル事業を見直すと、需要の低下に直面した事業者にさらなる下押し圧力がかかる。結果的に、経済活動の継続を優先する考えが感染対策を上回り、政策運営の意思決定が後手に回った。政府は人々の命を守ることが経済を守ることにつながることを、明確に理解できていなかったといえるかもしれない。
■事業再開が遅れれば景気回復の足枷になる
Go Toトラベルの一時停止という政策決定が遅れ、菅政権の支持率は低下している。その影響は軽視できない。
![京都](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/9/670/img_29cc2bdaff196bba594205d13975f3681344383.jpg)
内閣支持率の低下は、政府に対する人々の信頼感の低下そのものだ。政府への不信感が増せば、政策の効果は発現しづらくなる。それは、社会と経済の安定にマイナスだ。感染第3波によって経済の下押し圧力が高まる状況下、政策への信任低下は避けなければならない。
冷静に考えると、Go Toトラベル政策は、わが国経済の持ち直しに相応の効果を発揮した。感染が落ち着いた上で各種Go To事業を推進することは、経済の下支えに重要な役割を発揮する可能性がある。しかし、今回の対応が後手に回ったため、政策に対する世論の反感が高止まりし、事業再開がスムーズに進まない恐れがある。それが現実のものとなれば、わが国の景気回復にとっては大きな足枷(あしかせ)だ。政府は、今回の対応の遅れによってGo To政策が悪者扱いされてしまうことは避けなければならない。
■必要な支援や補償は惜しんではならない
問題は、政権発足から日が浅いこともあってか、菅政権のコロナ対策が鈍いことだ。その上、菅氏が8人ほどで会食していたことが明らかになり、支持率への影響は免れないだろう。
逆に言えば、菅政権は、これ以上、社会の不安を高めないために今回の教訓を生かさなければならない。そのためには、言動の一致はもちろんのこと、専門家のアドバイスなどをもとにして政権全体が客観的かつ明確に政策の優先順位を認識しなければならない。その上で、菅首相が中心となって社会の多様な利害を調整してリーダーシップを発揮し、時機を逃さずに必要な政策を実施しなければならない。
今、政府は何よりも人々の健康と生命を最優先しなければならない。そのためにソーシャルディスタンスの強化は重要だ。その経済的な打撃を緩和するために、必要な支援や補償は惜しんではならない。それがコロナ禍における経済運営の基本的な考え方だろう。反対にそうした取り組みを進めることが難しいようだと、世論の内閣支持率は低迷し、社会全体での利害調整は難しくなるかもしれない。菅政権は正念場を迎えている。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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