「60粒で12万円の若返りサプリ」内科医が"タダでも飲まない"と断言するワケ
プレジデントオンライン / 2020年12月19日 15時15分
■若返り効果が期待されているNMNだが…
NMNサプリメントが話題になっています。
アンチエイジング、若返りの作用があるなどとして、サプリメントの製造販売業者やインフルエンサーが商品として販売しています。また、若返りだけでなく、糖尿病をはじめとしてさまざまな疾患に効果があるとも主張されています。
もし本当なら少々お高くても摂取してみたいところですが、現時点で入手できる情報で判断する限りでは、私なら摂取しませんし、家族にも勧めません。無料でも嫌です。
そもそもNMNとは何でしょうか。
物質名「ニコチンアミドモノヌクレオチド」で頭文字をとってNMNと呼びます。摂取されたNMNは体内でNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)に変化します。
NADはさまざまな代謝に関わる重要な補酵素で、その働きの一つに老化に関わる遺伝子であるサーチュイン遺伝子(長寿遺伝子)の活性化があります。NADの合成経路は複数あり関係する物質も多く複雑ですが、ものすごく単純化すると以下です。
NADは抗老化研究のターゲットとして研究が盛んです。
加齢や特定の病気で体内のNADが減少することが知られており、何らかの方法でNADを増やしてやれば抗老化の作用や病気の予防・治療ができるかもしれない、というのは妥当な仮説です。
だったらNADを直接摂取すればいいのではないか思いますが、NADそのものは分子量が大きく摂取してもうまく体内で利用されません。NADを増やすためのさまざまなアプローチがあり、NMNはその一つです。
■ヒトに対する実験も十分なものではない
動物実験では期待できる結果が出ています。マウスに対し12カ月間、体重1kgあたり100mgまたは300mgのNMNを投与すると、通常の飼料のみを与えられた対照群と比べて、加齢に伴う体重増加が抑制され、身体活動が活発になり、インスリン感受性が改善しました(※1)。
この実験結果だけを見れば、みなさんはNMNを効果のある物質だと思うかもしれません。
もし、私がサプリメントの製造販売業者なら、いい結果が得られたマウスの実験結果を強調して、あなたがマウスではないことにはなるべく触れないようにします。
動物実験では有望でも、ヒトで試してみたらそうでもなかったという事例は数多くあります。
坪野吉孝先生の「健康情報を評価するフローチャート」が参考になるでしょう(※2)。ステップ1の「具体的な研究に基づいているか」はクリアできますが、ステップ2の「研究対象はヒトか」の答えは「いいえ」で、「ヒト試験の報告を待つ」に相当します。
「ヒト試験は行われている」という反論が予想できますが、おそらくそれは、NMNの単回投与での安全性評価のことでしょう。10人の健康な成人男性を対象に100mg、250mg、500mgのNMNを1回だけ経口投与し有害な効果を観察できなかったという研究です(※3)。
業者のサイトでは「安全に投与できることをヒトで確認」などと書いてありましたが、女性や病気の人に対して安全かどうかはわかりません。
健康成人でも長期間摂取して安全かどうかもわかりません。10人ではわからなかったけれども、100人に1人に副作用が出るかもしれません。
※1 Long-Term Administration of Nicotinamide Mononucleotide Mitigates Age-Associated Physiological Decline in Mice
※2 出所=国立健康・栄養研究所の「科学的根拠に基づく情報」との向き合い方(Ver.191101)
※3 Effect of oral administration of nicotinamide mononucleotide on clinical parameters and nicotinamide metabolite levels in healthy Japanese men
■「効果」ではなく「安全性」についての実験しか行われていない
この原稿を執筆していたころ、新型コロナワクチンが海外で承認され使用されはじめたニュースが流れてきました。
新型コロナワクチンの臨床試験では数万人に接種した上で数週間観察し、ワクチンに関連した重篤な有害事象が起きていないことは確認されていますが、それでも実際に使ってみて思わぬ副作用がおきるかもしれないことを念頭において慎重に観察されています。
サプリメントなら10人に対して単回投与しかしていなくても「安全に投与できることをヒトで確認」なんて書けてしまいます。このようなことを前提にすると、この売り文句がいかに頼りないかがお分かりいただけると思います。
なお、NMNについては同じ研究グループで長期投与の健常者に対する安全性確認試験(第Ⅱ相試験)が進行中です(※4)。まだ結果は出ていません。
しかも、あくまで主目的は安全性の確認であって、効果を確認する研究ではありません。私が調べた範囲内では、NMNの効果を検証する臨床試験は発表されていませんし、そもそも予定すらあまりない、という状態です。ヒトにおける長期投与の安全性が確認されていませんので当たり前です。
※4 UMIN000030609、『生体内物質Nicotinamide mononucleotideの長期投与の健常者に対する安全性確認試験(第Ⅱ相試験)(Nicotinamide mononucleotideの機能性表示食品開発を目指したメタボリックシンドローム関連指標改善の臨床試験)』
■減っているからといって増やせばいいわけではない
そもそも、「NADは加齢に伴い減少するため、NADを増やせばアンチエイジングの効果がある」というのは仮説にすぎません。減少しているから補えばいい、という安直な考えは時に危険です。
実例で説明するのがわかりやすいでしょう。鉄は赤血球に含まれているヘモグロビンの材料であり、鉄分が不足すると貧血になることはよく知られています。
鉄欠乏性貧血では、血液検査で血清中の鉄の数値が低くなります。ただ、血清鉄が低下している貧血がみな鉄欠乏性貧血とは限りません。
「慢性疾患に伴う貧血」でも同じように採血検査で血清鉄が低下し、基準値以下になります。しかし、貧血の原因である慢性疾患をそのままにして鉄だけ補給しても貧血はよくなりません。人間の体は複雑で、検査で数字が低いからといって補充してやればいいという単純なものではないのです。
よくならないだけならまだしも、減少している成分の安易な補充はかえって病気を悪くすることもあります。慢性疾患に伴う貧血の原因は、感染症や自己免疫性疾患などの炎症ですが、鉄剤の補充はこれらの疾患を、とくに細菌による感染症を悪化させます。
ヒトが進化してきた環境では細菌感染症はありふれた病気で、体は病原体に対する対抗手段を発達させました。
鉄はヘモグロビンの材料であると同時に、細菌が増殖するために必要な資源でもあります。炎症が起きると鉄の吸収や利用が抑制されるのは感染症に対する体の防護反応だと言われています(※5)。
体を鉄不足にすることで貧血にはなりますが、細菌に対しては兵糧攻めになります。いわば肉を切らせて骨を断つ、といったところでしょうか。細菌が利用できないようせっかく体が血清鉄を低く保っているところに鉄を投与すれば感染症が悪化してしまいます。
※5 Evaluation of iron deficiency as a nutritional adaptation to infectious disease: an evolutionary medicine perspective
■がんを悪化させる可能性も指摘されている
ひるがえって、加齢に伴うNADの減少はどうでしょうか。
NADの低下が加齢の原因であれば、NADを増やすNMNサプリメントはアンチエイジングの有益な作用があるでしょう。
しかし、血清鉄の減少が感染症に対する適応的な反応であるのと同様に、NADの減少が何らかの有害な現象に対する適応的な反応であれば、NMNサプリメントの摂取はかえって害をもたらします。
サプリメントを売りたい人たちは言及しませんが、NADを増加させるとがんを悪化させる可能性が指摘されています(※6)。
がん細胞はエネルギーを酸素に頼らない代謝経路に依存し、NADはその代謝経路でも重要な役割を果たしています。がん細胞によってはNADを合成する酵素が過剰に発現していて、細胞内のNAD濃度が高いことがわかっています。
また、NADを合成する酵素を阻害するとがん細胞の増殖が抑制されます。がん治療薬の候補として、がん細胞のNADを枯渇させる物質が研究されているぐらいです。
※6 NAD Metabolism in Cancer Therapeutics
■副作用も分からず服用するのは賭けでしかない
これは私の個人的な推測ですが、加齢に伴って体内のNADが減少するのは、がんに対抗する防護反応かもしれません。
NADが体によい働きしかしないのであれば、体は年齢に関係なくどんどんNADを合成すればいいのです。私たちの体がそうしないのは、何か理由があってのことではないでしょうか。
たとえば、がんのリスクが小さい若いうちはNADレベルを高く保ち、がんのリスクが大きくなってきた年齢に達すると、がん細胞に利用されないよう少しずつNADレベルを低くするよう調節している、とか。
ただ、少なくともマウスではNMNががんを引き起こすなんて現象は観察されていませんので、私の取り越し苦労かもしれません。
ですが、当然のことながらマウスとヒトは違う生き物です。本当に大丈夫かどうかは、NMNサプリを摂取した人たちを長期観察して、どのようながんがどれぐらい発症するのか数えてみないとわかりません。
アンチエイジングの効果があるほうに賭けて、NMNサプリを摂取したい人は自由にそうすればいいですが、私はやめておきます。もちろん、家族や知り合いにも摂取することを勧めません。
■適切な条件のもとで臨床試験をするべき
それにしても、ヒトに対する効果も害もよくわからないままNMNサプリが販売され、消費されている現状はたいへんにもったいないと思います。
NMNを摂取している人の中から、がんにかかったり、亡くなったりする人も必ず出てきますが、それを数えるシステムはなく、NMNのせいなのか偶然なのかわかりません。何人がどれぐらいNMNを摂取しているかのデータもありません。
このままではNMNの効果や害がどれぐらいあるのかわからないままです。
ビジネスの観点から言えば、臨床試験で有効性や安全性が確認されなくても、「いい感じの宣伝文句」で多くの人たちを釣ってたくさんサプリメントを売るのが最適解でしょう。
ですが、医学の観点からはきちんと臨床試験で効果を検証するのが望ましいです。よい結果が得られればより多くの人に使ってもらえますし、効果がないとわかればそれ以上無駄金を使わなくても済みます。
NMNを研究している専門家たちも、効果に期待はしつつもヒトへの応用は今後の研究が必要という認識を示しています。
■業者の売り文句にだまされてはいけない
NMNサプリメントを勧めているのは非専門家で、多くはサプリメントの販売から利益を得られる人たちです。金銭的な利益がからむと情報提供もゆがみます。よい結果が得られた動物実験やごく少人数の安全性試験を強調し、潜在的なリスクには触れません。
業者にもよりますが、びっくりするぐらい高価なNMNサプリメントも売られています。なかには、60粒で12万円という商品もあります。有象無象のサプリメント業者にではなく、真面目に研究している研究者にお金が流れて、しっかりした研究がなされるようになることを願います。
NMNについて分かってることはおおよそ以上になります。効果も害も不明確なわりに高価なため、現状ではNMNサプリメントをおすすめしません。お金さえ出せば楽に健康になれるという、うまい話はそうそうあるものではないです。業者の売り文句にだまされないようにしましょう。
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内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』(内外出版社)。
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(内科医 名取 宏)
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