「タブーを斬ればいいわけじゃない」ナイキのCMとDHCの会長発言の決定的な差
プレジデントオンライン / 2020年12月18日 15時15分
■炎上で話題になったナイキのCM
在日韓国人だからと、差別されることを恐れて本名を名乗れない男の子。
チマチョゴリを着て、街中で目線を気にする少女。
ちぢれた毛をいじられて、言い返せない褐色の生徒。
けれどスポーツの世界ではみんな平等で、みんなが救われる。
そんなテーマのCMがある。
これはSNSで話題になった、ナイキのCMだ。
話題になっただけではない。炎上もした。私の見解では一方的な炎上というよりも賛否両論といった形だが、批判の多くは「日本にはそんなひどい在日韓国人・朝鮮人差別はない」というものだった。
■大炎上したDHC会長の発言
確かに、ナイキのCMでは差別が直接的に描かれていたようにも思える。いきなり髪を引っ張るような差別があるなどと、信じられない人もいただろう。
他方、日本には歴然とした人種差別、在日外国人差別がある。化粧品販売の大手である、DHCグループの吉田嘉明会長の署名入りで掲載された「ヤケクソくじについて」という2020年11月付の文章にはこんな言葉がつづられていた。
「サントリーのCMに起用されているタレントはどういうわけかほぼ全員がコリアン系の日本人です。そのためネットではチョントリーと揶揄されているようです。DHCは起用タレントをはじめ、すべてが純粋な日本企業です。」
※出典(2020年12月16日時点):ヤケクソくじについて
![画像=DHCのウェブサイトより](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/5/670/img_c515d73a9957ce998c5eab977734803a252833.jpg)
これを受けて、12月16日にはTwitterで「#差別企業DHCの商品は買いません」がトレンドに上がるほど批判的投稿が相次いだ。
「こんな外国人差別は日本にないはずだ」と吹き上がるのも、「こんな差別を許せない」と怒るのも同じ日本のSNSだったというわけだ。もとい、日本では差別があるはずがない、だから差別的言動をする人間を徹底的に許さない、という潔癖な価値観がここに垣間見える。
■ナイキのマーケティングにおける成功と改善点
筆者は政治的にはリベラルであり、人種差別には猛烈に抗議する。ナイキのCMに登場した在日コリアン差別も、身近で知人・友人が経験してきたものに近かった。だから私のような経験を持つ人間にとって、ナイキのCMは刺さるものだった。
これは私が、動画をみてすぐに反応した投稿である。個人的にナイキへの好感度は大きく上がり、購入したいと強く思わされた。
私のようなファンを増やした一方で、マーケターとしての目線に戻ると、さらなる改善点もあったと考えている。というのも、ナイキのCMはあまりにも表現が尖っていたため、一部の視聴者を突き刺してしまったからだ。
マーケティング用語に「インサイト」というものがある。簡単に説明すると「隠れた本音」という意味だ。人は普段、世間体や好感度を気にして発言する。
たとえば、好みの恋愛対象を聞かれて「胸さえ大きければなんでもいいです」とか「親が気に入る相手なら、あとは何でも構わない」などと公に言える場面は限られるだろう。正直すぎる人は、社会から見れば危ない人だ。だから人は日常的に、本音をうまく隠して生きている。
こうしたインサイトは、消費者のヒアリング調査を丹念にしていくと見えてくる。「実はこの人、家事が全然好きじゃないな」だとか「クルマに興味があると言っているけれど、本音は男同士の関係で褒められたいからいいスポーツカーを探しているな」といった本音を洗い出すのが、マーケターの醍醐味でもある。
こうして掘り出されたインサイトを突くCMは、得てして大ヒット商品へつながる。消費者が本音で求めているものへ、届くメッセージになるからだ。
■「オブラート」が薄すぎたナイキのCM
しかし、インサイトは「使用注意」な道具でもある。あまり直接的な言葉でインサイトを突くと、人は怒りを覚えるからだ。
たとえば、本音(インサイト)では「世間体のために結婚したい」人がいたとしよう。その方へ「この結婚式場なら親御さんもお喜びになりますよ」は的確に刺さるはずだ。親の目こそ、世間体を表す一番の鏡だからである。
だが、代わりに「世間体を気にするならここ! 友達にも自慢できる!」と言われたらどうか。「私はそんなつもりじゃない」と怒りを招くのではないだろうか。インサイトは本音だからこそ、オブラートに包んで伝えなくてはならない。
![こちらを指さす男性の手](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/d/670/img_ddba0f22ae9c89b19fb17809ff3117ea392663.jpg)
そして、ナイキのCMはオブラートが薄すぎた……というのが私の見方である。もし同じCMでも「知っていましたか、日本にはまだ差別があることを。こんなふうに自分の子どもがいじめられていたら、あなたはどう感じますか」と遠回しに伝えられていたら、怒りの声は少なかっただろう。
しかし、ナイキは「あなたも差別者だ」と視聴者を刺した。その結果、自分は差別などするはずがない、と信じたい一部の人たちの怒りを招く結果となった。
ナイキのターゲット選定は正しかった。DHCの例が示す通り、日本に差別があるのも事実だ。ただし、「あなたは差別をしている」と、指摘されたい人はいない。そこまでが日本人のインサイトであったにもかかわらず、ナイキのコミュニケーションはその点への配慮はなかった。結果的に、ナイキは既存の顧客の一部を失ったかもしれない。
■それでもナイキのCMが日本では最先端な理由
ナイキのCMは日本市場において最先端でもあった。なぜなら「差別をするような消費者は、われわれの顧客ではない」と明確に示したからだ。
日本では顧客を失うことを恐れるあまり「誰にでも受ける」ことを意識しがちだ。しかし、誰にでも受ける広告は、得てして誰にも刺さらないものになる。ナイキのCMは一部から反感を招いたが、逆に反差別意識を持つ顧客をファンにした。
ナイキは以前にも同様の反差別キャンペーンを展開している。WWD JAPANによると24時間で4300万ドル(約47億5000万円)のメディア露出価値を得た(※)。今回もおそらくは、日本で大きな露出価値を獲得できたはずだ。
新たなファンが他のブランドからナイキに乗り換えることで、ナイキは顧客の人生で購入するスポーツウエアの金額分だけ、1つのCMで稼いだことになる。CMの費用対効果としては、十分すぎるほどだろう。
ナイキのCMは炎上してしまったが、反差別という明確なメッセージを消費者に伝えることでブランドイメージを補強することに貢献したのである。
(※)ナイキのコリン・キャパニックを起用した“炎上”広告が、広告誌の最優秀賞を受賞
■DHCのメッセージに欠けていた「差別主義者への配慮」
ここで冒頭に挙げた、DHCの例に戻ろう。
DHCはこの文章を掲示したことで、実際に在日朝鮮人・韓国人に差別意識をもつ人からも避けられる製品になってしまった。なぜなら、多くの人は差別意識を隠しておきたいからだ。
反差別は公に表明しやすいが、「人種差別最高!」とは言いづらい。現代日本において、差別意識は存在することすら隠しておきたい本音……インサイトなのだ。
にもかかわらず、DHCはそれを公に掲げてしまった。このまま炎上が続けば、下手をするとDHCを選ぶだけで「あの人ってもしかして……」と言われるリスクすら抱えてしまう。
仮にDHCが差別主義者をファンに加えたいなら、何重にもオブラートに包んだ表現が求められていた。「日本を愛する心を胸に、日本の健康を支えたい」くらいが、相応の表現だっただろう。
しかし、DHCもまた、オブラートに包まないメッセージを届けてしまった。しかもそれは、消費者が隠したいインサイトだった。そのため、ナイキ以上にファンを失う結果になってしまったと考えられる。
■尖っていてもファンを獲得できる広告は作れる
差別を扱う表現は、とてもセンシティブだ。だが、炎上するからといって差別問題から目を背ける広告ばかりが世に出るのも、これまた臭い物にふたをするだけだろう。
マーケティングのインサイトにまつわる概念がもっと広まっていれば、どんな主義主張であれファンを獲得する広告は作れたはずだ。
インサイトを的確に刺せば、ものは売れ、ファンは増える。この騒動をきっかけに日本市場を担当する社員のマーケティング・スキルが磨かれ、日本により尖った、そのうえで燃やされない広告が増えることに期待したい
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1987年生まれ。慶應義塾大卒。P&Gジャパン、LVMHグループで合わせて約4年間マーケティングを担当。その後は独立し、主にキャリアや恋愛に関するライターや、マーケターとして活動。著書に『就職活動が面白いほどうまくいく 確実内定』や『モテたいわけではないのだが ガツガツしない男子のための恋愛入門』などがある。
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(ライター トイアンナ)
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