「人口あたりの職員数は全国最少」コロナと戦う大阪の保健師がいま訴えたいこと
プレジデントオンライン / 2020年12月22日 9時15分
■コロナ対応の要…保健所は減らされ続けてきた
「コロナウイルス感染拡大が始まった頃、保健師の逼迫(ひっぱく)ぶりが取り上げられるようになりましたが、保健師の数は元から全く足りていません」
こう訴えるのは、大阪府の職員で「大阪府関係職員労働組合」委員長の小松康則さん(49)だ。
小松さんは11月、オンライン署名サイト「Change.org」で大阪の現状を発信。多くの人たちから賛同を集めた。
「この時間、この後の時間、そして僕が眠っている時間も、命の最前線で身を粉にして、いろんなものを犠牲にして働いているたくさんの保健所職員、府職員、労働者がいます。まだまだ小さな声かもしれないけれど、声を上げ続けることできっと届く、きっと変わると思っています」
■コロナに忙殺される保健所…その役割とは
1991年から2018年の間に、全国の保健所は45%、職員も19%減った。
これまで小松さんは大阪府との交渉で、今の職員の数では災害などの危機が起きた時に必要な対応ができなくなると再三訴え続けてきた。しかし、返ってくる答えは毎度「条例で決まっている」「公務員を増やせば府民から反発の声が出る」ばかりで、その声は全くくまれてこなかった。
現場の保健師たちも「公務員は少ないほうがいい」という世間の風潮の中、なかなか声を上げることができずにいたという。
そもそも「保健師」がどんな仕事をしているのかを把握している人は少ない。
保健師は、いわゆる「公務員」。同職に就くには、看護師国家試験合格後、指定された養成所で1年以上の学科を修了し、さらに保健師国家試験に合格する必要がある。それがゆえに保健師には「元看護師」も多いが、大阪府のあるベテラン現役保健師によると、仕事の内容は全く違うという。
「看護師は病院で医療をする、いわゆる“迎え入れる看護”。それに対し、保健師は“向かっていく看護”。難病や障害、ターミナルケア(死を目前にしたケア)など、いわば入院患者よりも病状の重たい在宅患者を看るため、その患者家族の人生も含めた『生活支援』がメインの仕事になります。在宅での医療がゆえに世間からは見えず、保健師の存在はなかなか知られにくいのが現状です」
■保健所の仕事は「コロナ」だけではない
新型コロナウイルスのPCR検査で一時的に注目された保健師だが、彼らの仕事はコロナ対応だけではない。
「保健所の業務は感染症対策以外にも、母子保健、難病、精神保健など多岐にわたり、多様化する健康課題のニーズを受け、年々より高い専門性が求められています。指定難病の対象拡大、増加傾向にある虐待ケースへの対応、自殺予防対策、薬物やアルコール依存症対策など、新たな課題へも対応し、個別支援や地域の体制づくりに取り組むとともに、災害時の健康危機管理のための管内医師会等との調整、管内医療機能の役割分担を進め、住民が困らない医療提供のための医療懇話会の整備など、医療体制の地域整備も進めています」
「今から自殺します」という命ギリギリの電話の対応も保健師の仕事だ。そんな電話が掛かってきた時はどうするのか、前出の現役保健師に聞いたところ、電話は切らず、切らせず、とにかく会話を長引かせるのだという。
「その間、メモか何かで周りの職員にその旨を伝えて現場に向かったり、関係機関に連絡したりするなどの連係プレーを取ります。1件何かが起きると、一気に何人もの保健師が動くことになるため、現場は常に緊張し、そして逼迫しています」
■「公務員を減らすべき」その風潮が招いた保健所削減の失策
保健所でこれだけ多種多様なケースに対応するので、保健所には保健師だけではなく、行政職(事務職)、精神福祉相談員、薬剤師、食品衛生監視員など、さまざまな資格をもった方々が働いているという。
小松さんは、「こういう一人ひとりの存在も国民の皆さんには知ってほしい」と訴える。
しかし、そんな彼らの存在や業務内容を知らない・知ろうともしない国や国民からは、「血税」意識があるからだろう、一様に「公務員を減らすべき」「公務員はより少ないほうがいい」という声があがる。
こうした風潮に押され、保健所は既述の通り激減。必然的に保健師も減らされ、自治体によっては過去に新卒を採用しない年もあったという。
「大阪府でも29あった保健所・支所が15にまで減らされました。その後、6つの保健所が中核市に移行され、現在は9保健所に。大阪市も24の保健所が1カ所になっています。団塊の世代の保健師が退職し、最近は保健師を採用しているが、計画的な採用を行っていないので、専門性の高いベテラン保健師、専門職が少ない実態があります」(小松さん)
そんな状態の中で勃発したのが新型コロナウイルスの感染拡大だった。
■コロナ禍の保健師…休みゼロ、残業時間は180時間超
先に紹介した通常業務に加え、保健師にのしかかるコロナへの対応は、感染の疑いのある人の検体採取、陽性と診断された人の搬送付き添いや、濃厚接触の疑いがある人への連絡など、実に多岐にわたる。
濃厚接触者への健康観察は、1日2回するところも。感染者や濃厚接触者が増えれば彼らがすべき聞き取り調査の量も膨大になるため、アプリなどでの対応も検討されたが、現場の保健師はその対応には反対だという。
「本人が大丈夫だと言っていても、声の感じや話し方、話す内容で察する異常もあるため、直接話を聞くことが大切。仲のよかった夫婦が、2週間の健康観察で険悪になることも。そういった際のフォローも保健師がやっています」
細かなケアが必須の現場。コロナ前からベテラン保健師も人手も足りない中の対応を迫られた保健師たちには、それゆえ労働時間が過労死ラインをはるかに超える職員も多い。
前出の保健師も、「4月は1日も休みがなく、時間外勤務が180時間を超えた」という。が、さらに小松さんはこう付け加える。
「これは、あくまで『保健所にいた時間』です。保健師は、電話が鳴れば自宅にいても飛んでいく。急変や差し迫った相談によって夜中1時に帰っても夜中3時に電話で起こされることもありますから、実際はもっと長いはず」
■現役保健師が危惧する「コロナ関連死」
現在保健師が危惧しているのは「コロナ関連死」だ。とりわけ、外出自粛によって体が弱り、外に出られなくなった高齢者の「コロナ鬱」や、それに関連する自死には強い危機感を抱いている。
現に今年10月の自殺者は昨年より600人多い2000人超。同月のコロナ感染者数の死者よりも多い。保健所に入る自死関連の相談者も例年より多いとのことだ。
こうした現状から、現場には"上"から「丁寧に相談を聞くように』という指示が下りてきたという。
「指示されるまでもなく、もちろん丁寧な対応を心がけていますが、コロナ業務もやりながら手薄になってしまわないか心配しています」(前出保健師)
多様化する社会構図の中、複雑な悩みや問題を抱える国民はこれまで以上に増加している。にもかかわらず、国はおろか国民からも「無駄」扱いされているというのが彼ら保健師の現状なのだ。
■いま大阪で起きていること
国や本庁からくる現場への指示には、昨日までこのやり方でよかったのに、今日からはこのやり方に変えないといけないというケースもある。多い時には本庁からくる10~20本のメールにも目を通して対応に答えないといけない。
コロナへの対応は無論、皆が初めての経験であることに鑑みると、多少の混乱は想像の範疇を超えないが、こうした現場の負担は、上の「鶴の一声」によって左右されることが非常に多い。
「吉村(大阪府)知事が毎日のようにテレビに出て、まだ決まっていないことや現場に情報が行き届いていないことなども発言していたため、それに関する問い合わせも多かった」(小松さん)
不満のはけ口になっている現場には、「PCR検査がどうして受けられないのか」「大阪市の対応はどうなっているんだ」「コロナ病棟なんて建てるな」という問い合わせがひっきりなしにやってきた。
「イソジン発言」などによるクレームさえも保健所にやってくるという。
一方、忙しい保健師は、テレビを見る時間すらなく、ニュースをその電話で知ることもしばしば。そのため深夜、帰路で乗る電車では、その日にどんなニュースが流れたのか、翌日の電話対応のためにネットニュースですべてチェックしているのだそうだ。
逼迫する現場。人が足りないと声を上げ、なされた対応は「派遣社員」の投入だった。これに対し保健師は「パフォーマンスだ」と断罪する。
「もちろん役に立っていることもあるが、彼らに専門的なことをさせるわけにはいかない。現場は仕事を教える時間すらありません」(前出保健師)
さらには今秋、顧客サービスが徹底している大企業の社員の能力を生かして保健所業務をフォローアップする体制をつくるべく、コロナの影響で苦境が続いている航空会社などと業務提携を検討する案が浮上。現場は呆れかえったという。
保健師に専門的な知識が必要であるという現実を、「上」はあまりにも知らなすぎるのだ。
■逼迫の根源
大阪府には2012年、橋下大阪市長(松井府知事)時代に「職員基本条例」ができた。
同条例では、職員を5段階で相対評価することとあわせて、職員数の管理目標を5年ごとに決定するということを決定。この計画に沿って府は職員を減らしていった。
さらに大阪府は、職員の絶対数も決まっているため、保健師を増やすのならばどこか別の職員を削らねばならない。それがゆえに現場の職員がすぐに増やせない状況にあるのだという。
「人口10万人当たりの職員数が一番少ないのが大阪(※)。"日本一スリム"を「功績」として謳ってしまっている中、現場の職員たちはこうして過酷な環境に晒されているんです」(小松さん)
※筆者註:府の職員基本条例に基づく職員数管理目標の対象範囲(一般行政部門+学校以外の教育部門+公営企業等会計部門)(12月26日20時30分追記)
コロナウイルス感染拡大初期、吉村知事が「仕事や判断が速い」と国民から評価される中、それに翻弄されていた現場。
「昨日常識だったことが今日非常識になる。結局現場を何も分かっていない。現場にも一度も見に来たことがない」と訴える。
■「せめて保健師がどんな仕事をしているか知ってほしい」
逼迫した状況でも、その内情を知られない保健師。
コロナ感染初期こそ「彼らの奮闘ぶり」は取り上げられてきたものの、医療従事者の状況を伝えるニュースは医者や看護師に関することがほとんどで、保健師の仕事内容は深く報じられてこなかった。
そんな現状を前出の保健師は、「元々日の目を見ない仕事ですから」と笑うも、その声には寂しさが隠せない。
「コロナ禍では、医療従事者に称賛や激励の声が送られる。一方、生活支援を担っている保健師には、光が当たらないものです。称賛や激励の言葉は望んでいないが、せめて国や国民に保健師がどんな仕事をどのくらいしていて、どんな状況にいるのかを知っておいてほしい」(同保健師)
「何より悲しいのは、『公務員が真面目に働いていない』という趣旨でバッシングを受けること。決して楽して給料がもらえればいいなんて思っていないんです」(小松さん)
何も知らない国民が闇雲に放つ「公務員は少ないほうがいい」の声により、現場が逼迫している現実。
無知ほど罪なものはないと思い知らされる。
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フリーライター
元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化祭、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆や講演を行う。
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(フリーライター 橋本 愛喜)
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