男の「脱ぎっぱなし」「出しっぱなし」の"ぱなし癖"がなおらないのはなぜなのか
プレジデントオンライン / 2020年12月22日 15時15分
※本稿は黒川伊保子『息子のトリセツ』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■「遠くを見る」男性脳、「近くを見る」女性脳
脳には、同時にできないことが山ほどある。
同時にできないなら、「とっさに、どちらを使うか」をあらかじめ決めておかないと危ない。
「遠くを見る」と「近くを見る」は、二者択一である。
「遠く」と「近く」は、同時には見られない。近くも遠くも見ようとすると、全体をぼんやり見るしかない。広範囲に何かを探すときや、スポーツや射撃などの特殊な見極めの場面では、それもまた有効な手段なのだろうが、その状態では、直接的なアクションを起こすことは難しい。
というのも、遠くの目標を注視するときと、近くの愛しいものを見つめて心を寄せるときでは、まったく別の脳神経回路を使うのである。誰もがどちらも使えるが、誰も同時にはできない。
脳内部の神経線維ネットワークを可視化した神経回路図を見ると、前者の使い方をするときは、脳の縦方向(おでこと後頭部を結ぶラインに沿って)が多く使われ、後者の使い方では、右脳と左脳をつなぐ横方向の信号が多発する。「電子回路基板」として見立てたら、明らかにまったく別の装置である。
この世には、とっさに「遠く」を選択する脳と、とっさに「近く」を選択する脳とがある。多くの男性が前者に、多くの女性が後者に初期設定されている。すなわち、「遠くの目標物に照準を合わせる」仕様と、「近くの愛しい者から意識をそらさない」仕様に。
理由は、明確でしょう?
男性脳は狩り仕様に、女性脳は子育て仕様に、初期設定されているのである。そのほうが、生存可能性が上がり、かつ、より多くの遺伝子を残せるからだ。
■男たちの「ぱなし」癖の秘密
どちらが上とか下とかはない。どちらも、人類に不可欠な機能である。
男女は、同じ脳を持ちながら、とっさに「別の装置」としてカウンターバランスを取り合うペアなのである。
家族に危険が迫ったら、片方は、遠くの危険物に瞬時に照準が合って対処でき、もう片方は、目の前の大切なものから一瞬たりとも意識をそらさないで守り抜く。大切なものは、二つの機能が揃わないと守れない。
「とっさ」が違うからこそ、素晴らしい。
けれど、「とっさ」が違うので、イラっとしやすい。
とっさに、遠くの目標に潔くロックオンする男子たち。
だから、トイレに行くときは、トイレしか見えない。風呂に入るときは、風呂しか眼中にない。
目の前の汚れたコップをついでにキッチンに持っていこうとか、さっき脱ぎ捨てたシャツをついでに脱衣場に持っていこうとか、つゆほども気づかないのだ。結果、やりっぱなし、脱ぎっぱなし、置きっぱなしの「ぱなし」癖。いくら注意しても、同じことを繰り返す。
あれはやる気がないのではない。とっさに「遠く」を選択する脳の、麗しい才能なのである。このロックオン機能がついているから、男たちは狩りが上手いのだ。
■脳の「遠くを見る癖」が生む強み
ヒトが集中して注視できる範囲は、視界の中の「親指の爪ほど」の大きさと言われている。遠くの獲物を注視しているときは、当然、足元は見えないし、見ているわけにもいかない。だって、「あの獲物を狩ろう」と決めたのに、「足元のバラや苺」に気を取られていては、狩りはできないでしょう?
目標に潔くロックオンして、それを見失わない。視覚野のその癖は、思考の癖にも、話し方の癖にも反映される。
高い目的意識と客観性。その利点は、山ほどある。理系の教科は、このセンスがないと楽しめない。事業開発においても、この能力は高く評価される。つまり、できるビジネスパーソンの要件なのである。
もちろん、女性も、この使い方ができる。キャリアウーマンはもちろんのこと、デキる主婦は、この能力をめちゃくちゃ使っている。「残り物で手ばやく美味しい料理を作る」とか「絶妙の収納システムを考案し、いつでも部屋を整えておく」とか、ベテラン主婦たちが軽やかにやってみせるこれらの技は、脳の「遠く」と「近く」をすばやく交互に使わないとなしえないからだ。
実は、こういう家事タスクこそ、人工知能の最難関なのである。将棋の名人に勝つことより、凄腕主婦になるほうがずっと難しい。毎日、家に「足の踏み場がある」ことに、ほんと、もっと感謝してもらいたいものである。
■欠点を消したら、長所は弱体化する
男たちは、「遠くを見る」能力で、荒野を駆け、森を開拓し、闘って家族を守り、子孫を残してきた。数学や物理学の新発見を重ね、橋を架け、ビルを建て、宇宙にも飛び立つ。
しかし「近くが手薄」なので、家の中では、優秀な男性脳ほど、役立たずな感じが漂う。「ぼんやりしがちな、ぱなし男」に見えてしまうわけ。
脳が子育てモードにシフトして「一生で最も気が利く状態」になっている母脳としては、気になってしょうがない。いきおい、「こうしなさい」「早くしなさい」「ほらほら」「どうしてできないの!」と急せき立てたくなってしまう。
とはいえ、「近くを注視して、先へ先へ気が利く」脳の使い方を強制すると、無邪気に「遠く」を見られなくなって、先に述べた長所「宇宙まで届く冒険心や開発力」は弱体化してしまうのである。
あちらを立てれば、こちらが立たず。これが、脳の正体=感性領域の特性だ。欠点をゼロにしようとすると、長所が弱体化する。
息子の脳に、男性脳らしさを根づかせてやりたかったら、その弱点も呑のみ込むしかない。
■「息子のトリセツ」基本のキ
というわけで、まずは、息子の一生の「ぼんやり」と「ぱなし」を許そう。
息子のトリセツの、基本のキ。息子育ての法則の第一条と言ってもいい。
「息子のために多少はしつける」はあってもいいが、女性脳レベルを目指して、いきり立たないこと。しないのは、やる気がないのでも、思いやりがないからでも、人間性が低いのでもなく、できないからだと肝に銘じること。
ついでに、夫のそれも許すと、家庭生活は、かなり楽になる。
男と暮らす。男を育てる。それは、「男性脳」の長所に惚れて、欠点を許すということなのである。
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脳科学・AI研究者
1959年、長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学科卒業。コンピュータメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、“世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。近著に『共感障害』(新潮社)、『人間のトリセツ~人工知能への手紙』(ちくま新書)、『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)など多数。
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(脳科学・AI研究者 黒川 伊保子)
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