「GoToが原因だ」「GoToは悪くない」そんな対立からサヨナラする方法
プレジデントオンライン / 2020年12月28日 11時15分
■「8割おじさん」コロナに振り回された一年
本日から来年1月11日にかけて、観光支援策「GoToトラベル」が全国一斉に停止となりました。
菅首相は14日に「全国一斉停止」を表明する直前まで、「ずっと継続する」などと言っていたのが、急転直下的に意見を変えたのは、世論で判明した支持率の急降下により、「空気を読んだものなのかなあ」と「ゲスの勘繰り」をしております。が、まあ、賛成意見と反対意見の拮抗している状態に対して、結論をはじき出すというのが政治家の役目とはいえ、相当悩ましいことなのでしょうなあ。
いやあ、ほんと新型コロナウイルスが猛威を振るい続けた一年となりました。
今年2月の「ダイヤモンドプリンセス号」から感染者が出たあたりの頃は、まだ私はひとごとで、「4月ぐらいには収束するだろう」というようなイメージでいました。従来のインフルエンザと同じような感覚で、季節が過ぎ去れば自然に消滅するか、消滅しないまでも感染者の数も逓減(ていげん)してゆくようなものと思っていました。
が、そんな考えは、まったくもって甘いものでした。以降、落語や講演、要するにリアルに人に会う仕事が8割方飛んでしまうという意味での「8割おじさん」に、私はなってしまっていました。
そこで強制的にできてしまった空白の時間を埋めるべく、『安政五年、江戸パンデミック。』というこのご時世ならではの著書を始め5冊の本の出版、そして来年5月に書籍化の決定している「初小説」という新ジャンルへの挑戦などと必死に、坂口安吾流に言うならば「あちらこちらいのちがけ」の日々ではあります。
■談慶が選ぶ今年のキーワードは「分断」
秋口以降になって、ようやく「落語などの伝統芸能は満席にしてもいい」というお達しが出ました。落語の仕事も回復しつつはありますが、そうはいっても「肩やひじが触れるような満席の空間」に対して、まだお客さまも抵抗あるような塩梅で、私のみならずなかなか客席が埋まらない日々が続いています。
会場入り口での検温、手指の消毒はもちろんのこと、各演目が終わり、演者が入れ替わるごと行われる「換気タイム」の励行など、「ニューノーマル」態勢もデフォルトとなりました。
人間の慣れというものは恐ろしいもので、近頃では「空席が当然」というようにすら受け止められるようにはなってきました。
ま、とにもかくにも、今年を振り返ってしみじみ思うのが、「分断」という言葉ではないでしょうか?
■正義の自粛警察が活躍する「現代社会」
最前に挙げた「GoToトラベル」にしても、「賛成派」と「反対派」の意見とで二分していました。否、日本ばかりではありません。海の向こうのアメリカでも、「トランプ派」か「バイデン派」かなどと、真っ二つに「分断」され、バイデン氏が大統領になるのが確実になった現在でも、いまだにトランプ派の選挙への不信感や不満がくすぶっているようです。
「自粛警察」なる言葉も流行りました。
感染予防の観点による行政側からの営業時間短縮などの自粛要請に応じない(と判断された)お店などに対して、「自粛しろ」などの貼り紙を貼ったりするなど軋轢を加えるというのですから、「自粛に応じる側(守っていると思っている側)」と、「応じていないと思える側(守っていないように見える側)」とのある意味「分断」であります。
一面的な正義感に駆られてしまっての行為なのでしょうが、とても世知辛い空気感が漂ったものでした。
![険しい表情でこちらを指さすマスクとフェイスシールドをつけたスーツの中年男性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/f/670/img_efbf7ebff7f4e593352c1bc013d0f1dd305588.jpg)
「GoToトラベル」しかり、「感染予防対策」と「景気浮揚対策」とがいわゆる「トレードオフ」になっているからでしょうか。いや、すべてを「トレードオフ」の概念に当てはめようとし過ぎて、ギスギスしちゃっているから、分断状態にならざるを得ないのかもしれません。
だからこそ、こんな時にこそ、落語に耳を傾けてみてはいかがでしょうか?
■ダメ人間しかいない「落語の世界」
無論、落語なんか絵空事です。現実離れしてはいますが、それを産んだ江戸という時代は、現代のような「分断」基調のコミュニティではありませんでした。落語の登場人物たちのようなダメな人間しかいないようなのんびりしたコミュニティは、江戸の市井の人々の活写でもあり、それは分断とはかけ離れていた社会だったと推察します。
分断社会とは、言ってしまえば、自粛警察しかり、「マジメ」か「不マジメ」かの二元論社会のことです。
明治以降、この国は「優と劣」、「善と悪」、など「白か黒か」の二元論で発展してきました。西洋文明は二元論とはとても親和性があり、それに伴い工業化が浸透し、「優はOK、劣が×」という号令の下駆け足で先進国の仲間入りを果たしました。学歴社会がその労働力供給の下支えとなると同時に、そんな二元論を数値化し、可視化したものが偏差値としてさらに君臨するようになりました。
翻って、江戸時代は二元論とは真逆の「一元論」でした。
「善か悪か」とか「優か劣か」とかではなく、「善も悪も」、「優も劣も」、すべてを受け入れるおおらかさこそが一元論の世界観です。
落語は、そんな日本人が本来持っていた一元論の価値観を体現した誇るべき芸能ではないかと私は確信しています。つまり「真面目」とか「不真面目」とかではない、「非マジメ」なポジションからの視点だからこそ落語は面白いのではないかと。
■全員が少しずつ損する大岡裁きの「ゆるさ」
「三方一両損」という落語があります。
金太郎という左官職人が往来で3両の金が入った財布を拾います。中にあった書付を見て持ち主の大工の吉五郎に返しに行きます。江戸っ子である吉五郎は「もはや手から離れたものだから俺の金じゃないから、金は受け取れねえ!」と言い張ります。しかし、金太郎もまた江戸っ子であり、「冗談じゃねえ、そんな金もらうわけにはいかねえ!」と突っぱねます。両者言い張る中、奉行所に持ち込まれることになり、大岡越前(大岡忠相)が裁くこととなります。
越前は、どちらの言い分ももっともで、一理あると認めます。そこで、自らの1両を加えて4両とし、2両ずつ金太郎と吉五郎に分け与えるという沙汰を下します。つまり、金太郎は3両拾ったのに2両しかもらえず1両損、吉五郎は本来3両落としたのに2両しか返ってこないので1両損、そして大岡越前は裁定のため1両支払ったのでありました。
つまり三方が一両ずつ損し合おうという発想です。まさに「ゆるさそのもの」ですよね?
![江戸時代の銀行](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/1/670/img_b1cde82acb9818aebb7a6e1aaa78abc5307544.jpg)
■「向こうには向こうの言い分がある」
無論、これはあくまでも落語で、フィクションそのものですので、そのまんま援用させるべきだなどと言っているのではありません。そんなのは荒唐無稽です。
ですが、そうではなく、この落語のバックボーンにあるような緩やかな気風を、われわれのご先祖さまたちは抱いていたんだよなという具合に思いをはせてみることで、昨今の「分断」からくるギスギス感は幾分緩和されるのではないでしょうか、という一落語家からの提案なのです。
大岡裁きのような鮮やかな裁定はあくまでも理想ですが、「向こうには向こうの言い分がある」と一瞬でも相手を思いやることで、世知辛い拮抗関係が穏やかになるのではないでしょうか?
「感染予防対策か、景気浮揚か」という二元論ではなく、「感染予防対策も、景気浮揚も」、どちらも大事なものとしてその妥協点を見出してゆくことで、より平和的になれるのではと、感じています。
■今年は本当にお疲れさまでした
不マジメでは社会が台無しになりますが、では、マジメは素晴らしいものだからといって、それを極め切ってしまうとどうなるのでしょうか? その先にあるのは「戦争」です。
![立川談慶『安政五年、江戸パンデミック。 江戸っ子流コロナ撃退法』(エムオン・エンタテインメント)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/6/200/img_96bf0bd831dd1c8d7f385e5ccdd272e7292295.jpg)
落語を聞けば、コロナが治るわけでも、ワクチンになるわけでもありませんが、少なくとも笑うことで精神衛生上健康になります。それらを積み重ねてゆくことで、ワクチンや特効薬開発までの当面の時間稼ぎはできるのではと確信しています。
落語を聞いてそれらを中和する「非マジメ」ポジションを堪能してみましょう。
今は亡き師匠・立川談志は言っていました。「人間の作った世の中だ。解決できないことはない」と。
日本国民のみなさん、今年は本当にお疲れさまでした。来年は素晴らしい一年になりますように。落語はいつも日本人のそばにいますよ。
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立川流真打・落語家
1965年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ワコール勤務を経て、91年立川談志に入門。2000年二つ目昇進。05年真打昇進。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』など。2021年1月13日(水)18時半から国立演芸場にて新進気鋭の浪曲師、玉川太福さんを招いての独演会を開催。初笑いにぜひ。
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(立川流真打・落語家 立川 談慶)
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