アイリスオーヤマの最年長社員が「67歳の社長室長」であるワケ
プレジデントオンライン / 2020年12月23日 15時15分
■20代前半に起業→32歳で売却「夢とロマンと安定志向」
アイリスオーヤマの最年長社員、社長室室長の阿部一義(67)の経歴は一風変わっている。
「20代の前半に代理店を立ち上げました。当時は起業欲が強くて、20人もの従業員を雇っていたんです。代理店の後、仙台市内で飲食店を経営していました」
飲食店はうまく行っていたにもかかわらず、32歳の時に売却を決意する。自営業は不安定だ。近くに競合が出店しただけで、夜も眠れなくなる。そろそろ潮時かと思っていたとき、脱サラして店をやりたいという人が現れたので渡りに船と売り払ってしまった。
「ところが、次の仕事を考えていなかったんですよ(笑)。たまたまアイリスの面接を受けにいったら、大山会長(健太郎。当時は社長)が直接面接をして下さった。この人は日本の商習慣を根本から変える人かもしれないって、感動してしまったのです」
1986年のことである。当時のアイリスの売り上げは約30億円、2020年売り上げ見込みは約6900億円だから、わずか230分の1の規模に過ぎなかった。
「大山会長の夢とロマンに魅力を感じて入社したわけですが、本音を言うと安定志向もありました。仕事は9時5時で、2人の子供と触れ合う時間もたくさん取れると思っていたのです。自営業は夜も昼もありませんから」
しかし時代は、リゲインの「24時間戦えますか」のキャッチコピーが大流行(88年)した、バブルの絶頂期である。阿部はモーレツサラリーマンと化して、文字通り猛烈に働いた。
「わずか入社8カ月で新潟営業所の所長に抜擢されました。宮城県内に家を買ったばかりだったので焦りましたが、まあ、行ってみてから考えようと……」
■ずっと人脈作りを心がけてきた
その後の阿部は、営業部門とマーケティング部門の間を往復するサラリーマン生活を送ることになる。マーケティング部門では、アイリスを飛躍的に成長させた大ヒット商品、クリア収納ケースを担当した。
「収納ケースの中が見えるようにしたのは大山会長の発案でしたが、それをベースに、蓋が半分だけ開く商品とか、衣装ケースの中に除湿剤が入っている商品とか、新商品を次々に提案していきました。出せば飛ぶように売れるので、本当に楽しくて仕方ありませんでしたね」
もちろん失敗作もなくはなかったが、阿部のマーケティング時代は総じて順風満帆であり、アイリス自体も右肩上がりの成長を続けていた。
ヒット商品の連発には、時代背景やアイリス独自の商品開発の仕組みが影響している面もあるだろう。だとすれば、阿部のサラリーマンとしてのコア・コンピタンスとは、いったいどこにあるのだろうか?
「人脈でしょうね。新潟営業所の所長に抜擢された時から、人脈作りを心がけてきましたから」
■出会った人の95%は気が合う人
阿部は1995年から中部支店長、東北北海道支店長を歴任し、なんと2009年に社長室に異動になってからも一時期は東北北海道支店長、中部支店長を兼務していたという。
「社長室は仙台本社にありましたから東北北海道を見ることはできましたけれど、仙台にいながら中部支店長兼務というのは、正直言ってびっくりしました」
アイリスは「メーカーベンダー」という独特の仕組みを持っている。問屋を通さずに小売りに直販することによって、流通コストを圧縮するシステムである。このシステムを機能させるには、小売店のトップやバイヤーと濃密な関係を築くことが不可欠になる。
阿部が新潟営業所の所長になった当時、アイリスはまだまだ弱小メーカーでブランド力も乏しかったから、小売店に食い込んでいくのは簡単ではなかった。
「人間対人間で買っていただく時代でしたよね。食事を共にすることも少なくありませんでした。ゴルフのコンペにもよく行きましたけど、そこで培った信頼関係が大きな商売につながったこともあるし、プライベートでもお付き合いいただくような、深いつながりを頂戴したこともあります。
今はブランド力も向上し、『なるほど家電』を中心に商品力もあります。新商品や企画、売り場提案をしっかり行えば売り上げにつながりますが、ゴルフのコンペに誘われたらなるべく顔を出すとか、行けないなら行けないなりに誠意を持ってお断りをするとか、そうしたつながりは大切にしてほしいと思いますね」
「人間対人間」の商売において、商売を成立させるために最も重要なものとは何だろうか。
「人間力ですよね。じゃあ人間力とは何かといったら、『こいつから買いたいな』と思っていただけるかどうかですよ。人間関係って、入り口は好きか嫌いかですが、こちらがつながりを大切にしているうちに信頼関係ができてくる。それには時間が必要なんです。私はバイヤーさんと信頼関係を作るために、人一倍努力したと思います」
好き嫌いは、努力では変えられないと思うが……。
「先入観をもたず誠意を持って接する努力をすることで、出会った人の95%は気が合う人になりました」
阿部が長い年月をかけて築き上げた広く強固な人脈は、現在の社長室長としての仕事にも遺憾なく発揮されている。社長室長の仕事の中心は、会長、社長の代理を務めることにある。会長、社長が多忙で出席できない会合に代理出席し、会長、社長の代わりに得意先のトップを訪問してアイリスの直近の情報を伝える。
訪問先の幹部には、かつて阿部と一緒に仕事をしたバイヤーや商品部長が大勢いるから、何かと話が早い。裏返して言えば、得意先にとって阿部は「融通が利く」人間なのだ。
「今回のコロナ禍でマスクが不足したわけですが、得意先のトップから私のところに『何とかマスクを回してくれないか』って直接電話がかかってくるわけです。嬉しいですよね。可能な限り誠意を持ってお応えする。これがまた信頼を深めることにつながっていくんです」
■「きっと阿部室長がいなくなったらすごく寂しい」
この阿部的な“人間力”を、まざまざと実感した経験を持つ部下がいる。社長室で約8年間、阿部のもとで仕事をしていた塚邊里江である。塚邊がよく記憶しているのは2015年、阿部とともにアイリススペシャルコンサートの事務局を務めたときのことである。
「仙台フィルハーモニー管弦楽団さんとの打ち合わせから、チケット販売、当日のオペレーションまで一連の仕事を担当しましたが、私の力ではどうしてもチケットを売り切ることができなかったのです。阿部室長は有言実行の人なので、やると言ったことをやらないと非常に厳しいのですが、この時は、『じゃあ電話1本入れとくから』の一言でチケットを捌いてしまいました。こういうパワーは私にはないし、いくらがんばっても届かないことだと思います」
どうやら阿部が得意な「人間対人間」の仕事は、若い社員にとって最も苦手な分野であるらしい。
「私の場合、1本のメールから新しい仕事をスタートさせることが多いのですが、メールだけではうまくコミュニケーションが取れない面があります。だからといって人脈を作るために阿部室長のように時間を割けるのか、あそこまで深く人と関わっていく覚悟はあるのかと問われたら、そういう自信もないんです」
昭和な仕事のやり方だと言えばそれまでかもしれないが、若い社員たちは、阿部的な仕事のやり方に違和感を覚えつつも、一方では頼りにせざるを得ないというアンビバレントな感情を持っているのかもしれない。
「阿部室長は仕事と楽しみをうまくリンクさせているから、いつも元気で明るいですね。誰にでも明るく話しかけちゃうキャラの人って少ないから、きっと阿部室長がいなくってしまったらすごく寂しいと思います」
■普通に仕事ができることが一番
いかにも猛烈サラリーマン風の阿部だが、仕事観を尋ねてみると意外な答えが返ってきた。
「普通が一番だと思いますね。40代の頃までは血の気も多かったから、営業でも開発でも頂点に立ちたいなんて思っていましたが」
2つの大きな出来事が人生の価値観を変えていった。
1つ目は1997年のことだった。その年は、新設された大連工場のお披露目パーティーが予定されていた。阿部は中部支店長として、招待したVIPに対応しなければならかった。そのパーティーの開始直前、仙台の家族から電話が入ったのだ。家族に大きなアクシデントがあったという。
「目の前が真っ暗になりましたが、欠席はできませんでした。私の様子がおかしいのを当時の専務に見抜かれて、別室で注意を受けました。その時、仕事は何のためにするのだろうと考えてしまいました。家に帰ったら家族が揃っていて普通に仕事ができることって、なんて素晴らしいことなんだろうと」
2つ目は2011年に東日本大震災を仙台本社で経験したことだ。幸いなことに家族も自宅も無事だったが、東北地方に想像を超える大きな被害をもたらした。阿部は大津波によって多くの尊い命が犠牲となった悲惨な現実を目のあたりにした。
「夢のない話かもしれませんが、大震災を経験して平凡な日常が大切であることを痛感しました。だから、普通に、平凡に仕事ができることに感謝し全力で仕事を行う事が一番だと思うんです」
同時に阿部は、自社の商品がいかに生活者を支えているか、アイリスオーヤマがいかに社会貢献している企業であるかを再認識し、さらに頑張っていこうと決意を固くしたという。
■パワーアップする大山会長「私が疲れたなんて言えない」
阿部はいつまで仕事を続けるつもりだろう。
アイリスの定年は60歳。それ以降は再雇用という形になる。阿部のように65歳を超えても一線で勤め続けている例は現状ではほとんどない。
「大山会長に出会って会社の成長を一緒に体験させていただいたことは、私の一生の財産です。以前は65歳までと考えていたし、若い人に活躍の場を譲らなければという思いもありましたが、75歳の会長はますますパワーアップしている。私が疲れたなんて言えませんよ」
会社側にしてみれば、大山会長に心酔している阿部のような社員は、会長の“腹心の部下”として、余人をもって代えがたい存在なのだろう。
趣味は広く浅く。妻と一緒に旅をしながら、神社の御朱印を集めるのもそのひとつだ。
「昔はいろんな願い事をしましたけれど、いまは、家族みんなが無事でいられますようにと、それだけですね」
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ノンフィクションライター
1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』 (朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』(朝日新聞出版)などがある。
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(ノンフィクションライター 山田 清機)
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