「cakesは叩かれて当然」と思う人が、ネットを"死んだ土地"に変えている
プレジデントオンライン / 2020年12月24日 11時15分
■インターネットに文章を発表すると「嫌な気持ち」になる
「御田寺圭の不都合な深層」と題した連載まで与えてもらった身分でありながら、このようなことを述べるのは気が引けるのであるが、しかし率直な心情を綴らせてもらうと、私は近頃、インターネットに文章を発表することで、楽しい・嬉しい・心地よいといった気分を得るよりも、不快感やいらだちを覚えることの方が残念ながらずっと多くなった。
いや、より正確にいえば「オープンでフリーなインターネット」に文章を発表するときにこそ嫌な気持ちになることが多くなった。――これはおそらく、私にかぎった話ではなく、かなり多くの文筆業者たちに、少なからず同意を得られるのではないかと感じている。オープンでフリーなインターネットになにか文章を出すとき、ワクワクする気持ちや、多くの人に見てもらえる場に発表できてうれしいという気持ちよりも「叩かれませんように」「炎上しませんように」とばかり考えてしまうか、あるいはそもそも書くこと自体を躊躇するようになっている。
■「cakes」で頻発していた炎上騒ぎ
近頃頻発していた「cakes」というウェブメディアでの炎上騒ぎを眺めながら、私はさらにそのような実感を強めていた。同社ではまず、連載していた人生相談系のコラムが炎上し、次にホームレスのもとを訪ねてその生活の実情をリポートした記事が炎上、さらに声優・文筆家の浅野真澄氏の連載企画がcakesの判断によって取り下げになってしまった件が大きな火柱を上げた。ごく最近のことなので、覚えている人も多いだろう。
短期間で大きな炎上を重ねるにつれ、cakesというメディアそれ自体に対するバッシングの風潮がSNSを中心に形成されていった。
あさのますみ『cakes炎上と、消滅した連載』(2020年12月9日)より引用
浅野氏の連載中止について、「自死」は扱うテーマとしてセンシティブすぎる――というのが会社側の連載取り下げの理由説明であったようだ。そこでは、昨今頻発してしまったcakes記事の炎上案件とはあくまで無関係であることが繰り返し強調されていた。
取り下げ判断に至った意思決定プロセスの真相は部外者からはわからないが、しかしひとりの書き手の視点からすれば「炎上は関係ない」という編集側の繰り返しの言明がかえって不信感を強めてしまったようにも見える。
個人的な意見を言えば「炎上が関係ない」ことはまずないだろうと思われる。立て続けに炎上が発生しなければ、おそらく浅野氏のエッセイはそのままcakesでの連載企画が通っていたはずだ。実際のところ、他の「ハイリスク」あるいは「センシティブ」な内容を含む連載企画についても、cakesから打ち切りの判断が下されているようだ。
■メディア側にも「炎上しやすい話」を載せる動機がない
cakesが「ハイリスク」「センシティブ」などといった理由によって連載企画を次々に取り下げる判断は、たしかに書き手側からすれば「やってられない」と不満のひとつも言いたくなるようなことではある。
個人的にも、かりそめにも表現を鎬(しのぎ)にしている会社なのであれば、センシティブであろうがアグレッシブであろうがアンチポリコレであろうが、それでなにか批判が生じたくらいで動揺せず、超然としているくらいの気概を持ってもらいたいと思っている(その点でいえば「リベラル社会が直面する『少子化』のジレンマ」とか「『#スガやめろ』と大合唱する人たちをこれから待ち受ける皮肉な現実」といった、リベラルで高学歴でアンチ自民党系の人びとがもっぱら声の大きいインターネットで、こうした記事を果敢にリリースしてくれたプレジデントオンラインを尊敬せずにはいられない。これからも炎上に負けず、多様なオピニオンを掲載するメディアとして胸を張っていただきたい)。
しかしながら、メディア側にも少なからず言い分がある。可燃性の高いジャンルをいまの時代にあえて「オープンでフリーなインターネット」で掲載することのメリットがほとんどないことも事実だからだ。カネにもならないセクションでわざわざ炎上するのはバカげている。経営的判断からすれば一定の合理性があるだろう。
■「cakesだから叩こう」という風潮ができている
また、このような一連の騒動のなかで「cakesは悪い会社なのだからとりあえず叩こう」という風潮が一部でできあがっていることも無視できない。
ただ、cakesがこんなに「クリエイターが伝えたいものを載せるために、一定のリスクを受け入れる」ことに及び腰になってしまったのには、最近の「cakes=悪、という先入観にもとづいて、cakesのコンテンツを炎上させることを是とするネットの一部の人々」の影響があると思います。
明らかに「これはひどい、という案件」もあるのだけれど、先日のホームレスの記事などは、媒体が違えば、ここまで批判されなかったのではないか、という気がするのです。
いつか電池がきれるまで『あさのますみさんの連載消滅の件で、「またcakesか!」と思った人たちへ』(2020年12月10日)より引用
メディアを利用する人びとの中には「ノーリスクで叩ける対象を探そう」という目的でメディアをパトロールしている者が少なからずいる。そうした対象を見つけてはSNSで拡散して「炎上」を引き起こす、あわよくば社会的に制裁を加えたり、立場を失わせたりすることまでもを目論む、いわゆる「キャンセル・カルチャー」の仕掛け人となっている。
■「センシティブだけど重要な話」を書きづらくなっている
日に日に治安が悪化していくなかで、「センシティブでアグレッシブだが、しかし重要な示唆に富む話」をオープンでフリーなインターネットに書くインセンティブが、cakesどころか既存のウェブメディアのほとんどすべてで失われつつある。
「厳しく苦しく深刻で語弊があるかもしれないが、しかし伝えなければならない大切なこと」は、オープンでフリーなインターネットに公開してしまえば、そのようなメッセージを受け取る「真摯な読者」よりもずっと多くの「みんな見てくれ!!! コイツはこんな最低で最悪で人権感覚の欠如したことを書いているぞ!!!」という低劣な「犬笛吹き」を招来してしまう。「ホームレスの実態やその生活のリアルを同じ目線で伝える」ことを目的とした挑戦的なテキストでも「ホームレスを珍獣扱いして人権を軽視している連中がいるぞ、みんな集まれ!」という文脈を添えてシェアする人間を制御できない。
■「課金」にするだけで、炎上を免れられる
「不届き者を見かけたら、もっとも可燃性の高い行間の読み方をして、それをシェアした人間が優勝」というのがいまのオープンでフリーなインターネットでもっぱら行われるコミュニケーションとなっている。
このような状況においては、だれでも読めるような場所に「センシティブでアグレッシブな側面を含むが、しかし重要な話」を出す理由が急速に失われていく。そのようなことをしてもメリットはほとんどなく、リスクばかりがいたずらに高まってしまうからだ。当たり障りのないことを書く情報量ゼロの記事か、最初からSNSの自警団を憤慨させてページビューをかき集めることが狙いの「炎上マーケティング」のいずれかばかりが量産されるようになる。
私はこうしたオープンでフリーな場所以外に、「note」というメディアでも記事を書いている。しかしそこでは私は一切不快な思いをしたことがない。理由は言うまでもない。そこでリリースされる記事は月額購読制であるからだ。
■インターネットは「きれいでなにもない場所」になる
わずかな額でもよいから、課金による入場制限をかける――ただそれだけで、なんの炎上もない。なんの誹謗中傷もない。「可燃性の高い文脈」を添えてシェアするような、犬笛を吹く者もいない。書き手も、読み手も、全員が快適な、穏やかで平和な空間が提供されているのである。当初はごく限られた人しか「有料のゲートの向こう」にある快適さを知らなかったが、しかしいま、私の周辺だけでもじつに多くの書き手がその事実に気づき始めている。
ここでなら「センシティブでアグレッシブな側面を含むが、しかし重要な話」をいくらでも書くことができる。オープンでフリーなインターネットから離れれば離れるほど、快適で平和で有益な活動の場を手に入れられる。これが現在のインターネットの、まぎれもない真実の姿である。
インターネットを回遊すれば「不届き者」を見つけることはたやすい。見つけたその「不届き者」について、SNSでセンセーショナルな文言を足してシェアすれば、近頃はすぐに着火する。小さな種火が育ち、大きく火柱を上げれば、その「不届き者」を社会的に制裁、あわよくば抹殺することさえできるかもしれない。「世直し」気分に浸れてスカッとするだろう。多くの人との連帯感を高められるだろう。自分に寄せられた賞賛や共感に心地よくなれるだろう。
だがそれは、インターネットという豊かな牧草地の土壌を少しずつやせ細らせ、草ひとつ生えない死んだ土地へと向かわせる営みである。
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文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』を2018年11月に刊行。Twitter:@terrakei07。「白饅頭note」はこちら。
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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)
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