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「一時金辞退でも解消しない」眞子さまと小室さんが永遠に叩かれ続ける2つの理由

プレジデントオンライン / 2020年12月25日 11時15分

勤務先で取材に応じる小室圭さん=2017年5月17日、東京都中央区(写真=時事通信フォト)

秋篠宮家の眞子さまと小室圭さんの結婚問題は、なぜ国民の大きな関心事となったのか。評論家の真鍋厚氏は「理由は2つある。ひとつは令和の国民にも皇室を神聖視する意識があるから。もうひとつはコロナ禍の国民が全員一致で攻撃できるいけにえを欲したからだ」という――。

■小室さん問題には単なる「ゴシップの消費」以上の衝動が潜んでいる

2020年を振り返ってみて、最も全国民の耳目を集めた人物はやはり小室圭さんをおいて他にはいないでしょう。

もし筆者が街頭に出向いて、通りすがりの人にマイクを向ければ、以下のような答えが返って来ることが容易に想像できます。

「小室佳代さんが元婚約者から借金した400万円をうやむやの状態にした不誠実な対応のまま結婚するのは国民の納得が得られない」
「約1億4000万円の一時金が小室家の借金返済に使われるかもしれず、そのようなお金目当てと疑われる結婚は素直に祝福できない」
「小室家はあの手この手で皇室に食い込もうとしているのではないか。一時金ばかりか『皇女』になる眞子さまの収入や、親戚関係になることで得られる便益狙いではないのか」

ここに書かれていることはテレビや週刊誌で報じられている情報や、それに基づく疑惑などから必然的に導かれるごく一般的な反応といえるものですが、関心が異常に高いだけでなく激しい感情が伴っていることに注意が必要です。ここには単なるゴシップの消費にとどまらない衝動が間違いなく潜んでいます。

そもそも普通に考えて、ここまで国民的な注目を独り占めすると同時に、すさまじいバッシングの標的にされる人物は、近年相当珍しいケースといえます。大量殺人を犯したわけでもなく、危険運転で多数の人を死傷させたわけでもないにもかかわらず、そのような事件の容疑者や被告をはるかに上回る怒りや憎悪の対象となっているからです。

■日本人にとって最も強い「神聖モジュール」が皇室

これは一言でいえば、国民の皇室を敬愛し、神聖視する意識の強さの表れといえます。いわば「聖域が侵犯されている」とみなして、直観的に嫌悪の感情がもたらされるのです。

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写真=iStock.com/RobertPetrovic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RobertPetrovic

道徳心理学者のジョナサン・ハイトが展開している議論が参考になります(『社会はなぜ左と右にわかれるのか 対立を超えるための道徳心理学』高橋洋訳、紀伊國屋書店)。ハイトは、人間の道徳心は6つの道徳基盤によって構成されていると考えました。「ケア」「公正」「自由」「忠誠」「権威」「神聖」です。それぞれが進化のプロセスにおいて獲得された認知モジュール(脳内にある小さなスイッチのようなもの)で、様々な文化ごとにその内容は異なっているといいます。

なかでも「神聖」のモジュールは、もともとは病原菌などの「汚染を避ける」という適応課題によって出現したとされ、それが多様な意味を含む「不浄の忌避」へとその範囲が拡大していったのです。

ハイトは「〈神聖〉基盤は、悪い意味でも(汚れている、あるいは汚染しているので)、良い意味でも(神聖なものを冒瀆から守るために)、何かを『手を触れてはならないもの』として扱えるようにする」と述べています。恐らく日本人にとってこの神聖モジュールが最も強烈に作用しているのが皇室なのではないかと思われるのです。

ハイトは言います。

「なぜ人はごく自然に、もの(国旗、十字架など)、場所(メッカ、国家の誕生にまつわる戦場の跡など)、人物(聖者、英雄など)、原理(自由、博愛、平等など)に、無限の価値を見出そうとするのか? 起源はどうであれ、神聖の心理は、互いに結束して道徳共同体を築く方向に人々を導く。道徳共同体に属する誰かが、その共同体の神聖な支柱を冒瀆すれば、集団による情動的かつ懲罰的な反応がきわめて迅速に起こるはずだ」(前掲書)

つまり、ここにある「共同体の神聖な支柱」こそが、皇室(像、イメージ)なのであり、「集団による情動的かつ懲罰的な反応」とは、今回の小室家バッシングであることが明白になるのです。

■神聖モジュールの「嫌悪の感情を瞬時に爆発させるポテンシャル」

普段人々は口に出して「皇室は神聖不可侵」などと言ったりはしませんが、令和の時代に入ってもなお、この神聖モジュールは、皇室という日本のロイヤルファミリーに、しっかりと結び付いていることが確認できるだけでなく、嫌悪の感情を瞬時に爆発させるポテンシャルを秘めているのです。「不道徳な輩が皇室という最も神聖な空間に入り込もうとしている(もしくは汚そうとしている)」というわけです。

小室家バッシングが皇室である秋篠宮家に飛び火している理由についても、内部の者が「冒瀆」に手を貸していると認識されたからと考えれば何ら不思議な現象ではありません。

しかも、この一連の騒動は、ハイトが言及した道徳基盤の「公正」「権威」「忠誠」のモジュールにも密接に関連しており、公正は欺瞞や詐欺(=借金問題など)、権威は階層制の否定(=皇室への強引なアプローチ)、忠誠は集団に対する背信(=国民の声に反する態度)によって情動が突き動かされた側面もあります。要するに、6つの道徳基盤のうちの4つのスイッチを作動させる要素を持つ、極めて人々の反感を買いやすい出来事だと結論付けることができるのです。

これがまず国民的な関心事の深層にあると推測される「聖域の侵犯」仮説です。

■もう1つの要素「生(い)け贄(にえ)にすることで個人を結束させる」

もう1つ見逃せない重要な点は、「パンとサーカス」ではありませんが、国民がこぞって参加する娯楽の面があることです。これは簡単にいえば、特定の誰かを生(い)け贄(にえ)にすることで、バラバラになっている個人を結束させるということです。

ここでは歴史家のルネ・ジラールの供犠(くぎ)論が役に立ちます。

ジラールは、動物やヒトを神々に捧げる供犠を、共同体の内部で生じる個々人間の争いや暴力、怨恨、敵対関係を解消する「予防手段」と捉えました。一種のスケープゴートです。芸能人のスキャンダルや、凶悪犯罪の裁判以上に、多くの人々が盛り上がることができるゲームと化しているのです。

まったく縁もゆかりもない個人が「皇室の敵」と認定した小室家を話題にすることで、日本という大きなコミュニティの一員であることが観客席で観劇するかのように実感できるのです。これは、行き場のないストレスや不満で社会が分裂するのを防止する、国民的ないけにえという強力な安全弁による社会の統合といえます。

しかしながら、この熱狂は一時的なものに過ぎず、メディアが上演する期間が終わってしまえば、途端に目の前から消え失せることもまた事実です。これを社会学者のジグムント・バウマンは「クローク型共同体」と呼びましたが、その真意は観客席で観劇している間(クロークに荷物を預けている時間)だけ感情を共有するはかないものだからです(『リキッド・モダニティ 液状化する社会』森田典正訳、大月書店)。見ず知らずの他人が供犠によってつながる「血祭りの共同体」といえます。

■一時金の辞退や皇籍の離脱で済む問題ではない

わたしたちにとって「聖なるもの」は、通常あまり意識されることはありませんが、皇室をめぐる今回の異様なまでのバッシングは、人々の心に極めて強力な新聖のスイッチがあること、それが皇室の聖性とシンクロしていることが改めて浮き彫りになったと思われます。また、コロナ禍で社会状況が悪化していく中で、全員一致で攻撃できる生(い)け贄(にえ)を欲し、ガス抜きしたいと望む傾向が後押ししています。

これらの視点を踏まえると、この常軌を逸した狂騒曲は決してただの空騒ぎなどではなく、心理的に恐らくかなり根深い背景要因があることが推定され、神経を逆なでするアラームが発動し続ける限りはどこまでも暴走する危険性すらあります。これが税金を使う・使わないといったレベルの調整で抑えられるようには到底思えません。

そのため、結論としては、仮に眞子さまが一時金を辞退したり、皇籍を離脱したりしても、本質的には小室・秋篠宮両家の接近、「聖域の侵犯」問題が解決されない限りは、いかなる処方箋も有効ではない可能性が否めないのです。

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真鍋 厚(まなべ・あつし)
評論家、著述家
1979年、奈良県生まれ。大阪芸術大学大学院修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。単著に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)。

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(評論家、著述家 真鍋 厚)

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