中国が東南アジアに押し売りする「中国製コロナワクチン」の怪しい背景
プレジデントオンライン / 2020年12月23日 15時15分
■中国では未承認だが、UAEで先行して承認
新型コロナのワクチンをめぐっては、英国で2日、米ファイザーと独ビオンテックが共同で開発したワクチンが世界で初承認され、すでに10万人を超える市民が1度目の接種を済ませた。次いで、米モデルナ製ワクチンに対し、米食料品医薬局(FDA)が緊急使用を許可した。
一方、中国でもワクチン開発が進められている。現在までに、中国国外で5種類のワクチンの臨床試験が行われている。そのうちシノファーム製ワクチンは、12月9日にアラブ首長国連邦(UAE)で世界で初めて正式承認された。
「世界で初めて」とは、中国でも承認されていないということだ。シノファーム社はUAEでの臨床試験を7月に実施。9月にはすでに緊急使用の認可をUAE政府から取り付けていた。UAEでの臨床試験では「86%の有効性が確認された」とされている。
■インドネシアは120万回分を輸入したが…
中国はこのような「ワクチン外交」に積極的だ。例えば死者数、感染者数が東南アジア最多となるインドネシアは、12月中に中国・シノバック製のワクチン120万回分を輸入。さらに1月以降に180万回分が到着する運びだという。
中国製ワクチンの安全性を危惧する声も広がっているが、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は「自らがワクチン接種の第1号となる」と国民向けに動画で呼びかけ、不安の払拭(ふっしょく)に努めている。
東南アジア各国にとって、中国の存在は外交的に非常にセンシティブな存在だ。中国は南シナ海の領有を主張する「九段線」を設け、さらに人工島に「空港」を設置するなど、存在感を高めている。
インドネシアも例外ではない。最近も中国漁船がインドネシアの排他的経済水域(EEZ)へ侵入するトラブルがあった。しかしルトノ・マルスディ外相は「中国とのワクチンでの協働は、政府の南シナ海政策に影響を与えるものではない。それとこれとは別の話」と明言。ワクチンの導入を積極的に行うという立場を明確にした。
■「一帯一路」関係国に売る中国の狙い
中国は「一帯一路」のスローガンを掲げ、国際的なインフラ投資計画を複数国との間で繰り広げている。中国は資金力の弱い国に融資を進め、港湾や鉄道、道路などの建設を持ちかけ、社会インフラの強化を進めている。しかし、建設費の返済ができなくなると、建設したインフラそのものを中国が債権として押さえるという事例もあり、各国で問題視されている。
同じように中国は、「資金力の弱い国」にワクチンの提供を提案している。これについてAFP(12月17日)は「気前の良さは100%利他的なものとはいえない。中国政府が求めているのは外交上の長期的な見返りだ」と指摘。つまり、一帯一路で中国が行った「多額の融資と債権の取り立て」と同じようなことがやがて「ワクチンの見返り要求」という形で起きる懸念があるというわけだ。
AFPは記事で「この戦略には、新型コロナ流行初期の中国政府の対応への怒りや批判をかわし、中国のバイオテクノロジー企業の知名度を上げ、アジア内外での中国の影響力を強化・拡大するなど、複数のメリットがある」と述べ、中国がワクチン外交を今後強力に進めていくのではないか、という見方を示している。
■王毅外相が提唱した「健康のシルクロード」
中国の「ワクチン外交」には「健康のシルクロード」という呼び名もある。
中国の王毅外相は12月11日、「2020年の国際情勢と中国外交」と称する演説を実施。「世界経済の回復加速に助力する」をテーマに今後の方針を示す中、「一帯一路の質の高い共同建設の推進に力を入れ、健康シルクロードなどの建設を加速する」と指摘した。
コロナ禍は欧州で、まず最初にイタリアで感染が広がった。そもそもイタリアは中国人の出入りが多いため、欧州のどこよりも早く中国からウイルスがもたらされても不思議はない。中国はコロナ対策に喘(あえ)ぐイタリアの保健当局を支援する目的で、人や物資を送った。中国政府はこうした「国際協力・衛生支援の施策」について、「健康のシルクロード」と呼んでいるのだ。
その後中国は6月に入り、「一帯一路国際協力ハイレベル会議」なるオンラインイベントを実施。その際には、24カ国の外相をはじめ、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長も出席している。
■アリババはワクチン供給拠点を建設
王毅外相はこの会議の席上、「健康のシルクロード」について、「新型コロナウイルス対応で重要なワクチンや医薬品、医療物資について、入手可能で、公平にアクセスでき、負担可能な水準であるよう尽力する」と宣言。これに加え、「習近平国家主席が公表した20億ドルの国際援助を活用した、新型コロナウイルスの影響を受けたパートナー国に対する経済支援」とその定義を明確に述べている。
こうした政府による旗振りのもと、「健康のシルクロード」は着実な成果を生み出しはじめた。
AFPによると、世界を代表するEコマース大手となったアリババは、アフリカ、中東向けのワクチン供給拠点となる倉庫をエチオピアとアラブ首長国連邦(UAE)のドバイに建設。一方、中国政府はブラジル、モロッコ、インドネシアなどにワクチン生産施設の建設を始めている。
「ワクチンを各国に送って、それぞれの国民を助ける」という格好にはなっているが、こうした目に見える拠点を一帯一路の関係国にとどまらず、中南米へも手を広げている。コロナ禍を通じて、結局は中国を利する形になっている事実は見逃せないだろう。
■ワクチンが「外交の具」となっている
なお、中国製ワクチンは、中国国内ではまだ承認されていないが、医療従事者や外交官などに限っては中国国内で緊急使用されている。中国政府は「100万人以上に接種したが重大な副作用はない」とし、「物流業者や公共交通機関の職員らも対象に加える」と発表している。
中国では目下、ワクチンに対する国際的プレゼンスを高めることが最大課題だろう。国内より先に、国外承認を先に得たというのは、今後「ワクチン外交」に大きな弾みとなるに違いない。
お正月を前に、日本では感染拡大が収まらない。各国でのワクチン承認の報道が広がる中、どのような作戦で承認、接種と進めていくのだろうか。すでにワクチンが「外交の具」となる中、適正な時期、入手方法で接種が広がっていくことを期待したい。
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ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)
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