スプリンゴラ著『同意』――実在の作家から受けた性的虐待への告発
プレジデントオンライン / 2021年1月5日 11時15分
■書くことが癒しになるという結論
フランスでベストセラーになったヴァネッサ・スプリンゴラ著、『同意』(内山奈緒美訳、中央公論新社)をご紹介したい。小児性愛の性向を持つ作家Gと14歳で交際した経緯とそこから受けた傷を、彼女の目線からつづったものだ。以前、この連載でご紹介した林奕含(リンイーハン)の『房思琪(ファン・スーチー)の初恋の楽園』によく似たテーマでもある。
自殺した林奕含の本が、古典の素養豊かな予備校教師による女子中学生への性的虐待をテーマとした小説であったのに対し、スプリンゴラの本は、まさに自らの小児性愛遍歴を文学作品につづってきた著名な作家、ガブリエル・マツネフによる、自分に対する性的搾取の事実を告発するものだ。いずれも、恋愛にあこがれる知的な少女に対し、知的優位に立つ中高年男性が、彼女が崇高なものだと信じた文学を用いて性欲のはけ口にしたという点で共通している。
スプリンゴラが言うように、父親による愛情や安心感の欠如、読書家としての嗜好、性に対する無知と早熟な興味、自己承認欲求と庇護への欲求が、少女が捕食者の餌食となるきっかけを生んでいたことは確かだろう。少女の純粋さや欠乏感をよく理解したうえで付け込み、支配下に置いた「G」に対し、彼女が次第に不信感を強める過程が描かれている。
■性的搾取を行った男が守られてきたという闇
問題は彼に不信を覚え、その「恋愛」に絶望したからといって、すぐに少女が立ち直れるわけではないというところにある。スプリンゴラは自らを犯罪の共犯者であるように感じ、自我の形成期に自分を成り立たせていた「神話」を信じられなくなることで、自分自身の存在意義がわからなくなっていく。性的搾取を「恋愛」として美化し、作家G自身の肥大した自我で少女を押し潰すことで、彼女自身が自然に身に付けていく自己表現の機会をも奪ってしまった罪は重い。
いったんは文学に対し不信感を覚えつつもソルボンヌ大学を卒業して編集者になったスプリンゴラは、同じ出版の世界に生きる彼が事あるごとに彼女について小説に書き、都合の良い解釈と人格否定を繰り返すことに耐えられなくなる。そして、ある日彼女は自分の周りの大切な人に背中を押されて、自分自身の声で自分の物語を書くことを決意する。書くことが癒やしである、という結論は、私自身の結論とも重なり、共感するところがある。
地位を確立したGが少女たちとの恋愛遍歴を都合良く描き、彼女たちの個性すらはぎ取ってしまう行為が被害者を傷つけることは言うまでもない。しかし、その暴力性だけでなく、作家、芸術家であることによって、性的搾取を行ってもその男が守られてきた業界の闇こそが本作の焦点だ。告発の要素が強い本だが、当事者が少女の心理を克明に描きつつ、その問題の普遍性を提示している点は大変興味深い。ぜひご一読を。
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国際政治学者
1980年、神奈川県生まれ。神奈川県立湘南高校、東京大学農学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。著書に『21世紀の戦争と平和』(新潮社)、『日本の分断』(文春新書)など。
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(国際政治学者 三浦 瑠麗)
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