「現実世界にモブキャラはいない」私たちがブサイク女子マンガを強く推すワケ
プレジデントオンライン / 2021年1月2日 9時15分
※本稿は、トミヤマユキコ『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)の巻末特別対談「少女マンガはなぜブサイク女子を描き、わたしたちはなぜそれを読むのか?」を再編集したものです。
■「ブサイクヒロイン」のよさとは
【トミヤマ】能町さんご自身もマンガの描き手として、キャラクターに情がうつるようなことはありますか?
【能町】私は最初からそうでありたいと思っています。というか、私はモブキャラというものを作りたくないんですよ。たまたま出てきた通行人ですら本当は設定を決めたいくらい。だって、現実世界にはモブキャラはいないわけじゃないですか。
【トミヤマ】その通りですね。言われてみれば、能町さんの作品は確かにモブがいないですね。逆にいえば、モブとして扱われがちなひとを主役にしたらどうなるか、という実験がされている気もします。
私は『ときめかない日記』と、その前に書かれた『縁遠さん』がすごく好きなんですよ。そこらへんにいそうなアラサーOLたちの話ですが、トレンディドラマ的な世界ではモブとされるようなひとたちを、メインに据えて描いている。それはある意味、ブサイク女子マンガとつながっているところがありますね。
「ブサイクヒロイン」ってヒロインであることの理由を常に求められているようなところがあって、キャラ設定が細かいことが多いんですよ。「明るく元気!」みたいな一本調子のキャラではどうにもならなくて、もう少し重層的というか、解像度を上げたキャラが形作られている。ストーリー自体はけっこうベタでも、性格とか感情は細かく描かれていることが多い。
■「なぜこの人を好きになったの?」など問いが多い
【能町】確かに、一般的な美人のヒロインよりディテールが細かいですよね。
【トミヤマ】「ブサイク女子」のマンガって、問いが多いんですよ。恋愛するにしても、なんとなく好きになることはなくて、「なぜこのひとを好きになったの?」とか「好きになったらどうしたいの?」とか、常に問いを突きつけられる感じがある。「なんだかわからないけど好き!」みたいな理由が許されないんですよ(笑)。頭を使って考えることや、理性的であることを要請されるというのは、大きな特徴だと思います。
【能町】2007年に刊行した『くすぶれ!モテない系』というイラストエッセイで、「モテない系」とされる女の子を描いたことがあります。男の子にモテるためにいろんなことをする「モテ子」に対し、本来だったら「文化系女子」や「サブカル女子」的に言われていたひとをあえて蔑んで「モテない系」と名付けた。なぜそれを描いたかというと、その頃はあんまりそういう「非モテ」なひとたちがフィーチャーされていなかったんです。まだ赤文字雑誌も売れている時代でしたし、女の子といえば「モテ」に向かうもの、という感じだった。
■反省した「圏外ちゃん」というキャラ
【トミヤマ】その感じ、わかります。ここ10年くらいで一気に変わりましたよね。
【能町】その空気のなかで、私はカウンターとして「モテない系」と自虐しつつ、「こういう女の子の層ってじつはたくさんいるよね」という話を描いたんです。でも、自分で「モテない」って言っちゃうことで自虐が強くなりすぎると嫌だなと思って、当て馬として「圏外ちゃん」というキャラを作ったんですよ。その子は一切モテないし、それを全く気にしてなくて、ファッションもなにも気にしないという、まったく男のひとの視野に入らない感じの女のひとを描いたんです。でも、それに関して私は今けっこう反省しているんです。
【トミヤマ】そういう子を登場させたことを?
【能町】いや、その「圏外ちゃん」のバックヤードを何も考えていなかったことに。
【トミヤマ】なるほど!
【能町】「モテない系」をフィーチャーするためだけに当て馬として用意してしまったので、その子にもそうなるに至った何かがあるということを捨象しちゃって、少年マンガのブスキャラくらいの軽さで描いてしまった。だから、十数年経って考え方が変わることもあるなと思いました。その経験もあって、やっぱりモブキャラというものは極力作りたくないなとどんどん思うようになりましたね。
■ブサイクさを丁寧に腑分けできるかどうか
【トミヤマ】長く活動されていると、アップデートというか、気づきがあるものなんですね。昔は「圏外ちゃん」くらいはいいだろうと思っていたのに、自分への要求が高くなるにつれ、許せなくなっていく。でも、要求が高くなる分だけ優しい世界になっていくということだと思うんですよ。
「ブサイク女子」というカテゴライズって残酷ですけど、それをマンガで丁寧に描いていくことは、ある種の優しさだと私は思っているんです。使い捨てのキャラとして描いて終わりではなくて、ブサイクさを丁寧に腑分けしていくことで、キャラを「個」として描くことになると思うので……マンガ家の先生は実際に自分の手で描かないといけないですから、キャラのことを考えてないと描けないでしょうし、それはやっぱり優しさであり愛だろうと。
【能町】確かにそれはそうですね。
【トミヤマ】ブサイク女子マンガを読んでいて嫌な気持ちにならないのは、根底に愛があるからなんじゃないかと思います。
■作品を通して自分のコンプレックスが投影される
【トミヤマ】ブサイク女子マンガを読んでいるとき、そこに自分のコンプレックスが何らかの形で投影されますよね。この主人公はどうやってコンプレックスを乗り越えていくんだろう? ということをわりと本気で知りたくて読んでいる気がします。
たとえば『エリノア』って本当に悲しい話で、たった30時間美人になっただけでなんでこんなひどい目に遭わなきゃいけないんだ、というのが、他人ごとで済ませられないし、本当にやりきれない。「私はエリノアじゃなくてよかった、ラッキー!」とは思えない。
【能町】思えないですね。一応最後に「幸せだったのではないでしょうか」って書いてあるけど、童話としてそう締めたら綺麗だというだけでしょう。
【トミヤマ】一方で、容姿に関するコンプレックスが大きなテーマになるのって、やっぱり思春期ならではですよね。私は実家がメガネ店なんですが、高校生になってメガネをつくってもらったとき、父が両目の間隔を測る機械を使いながらふと「ユキちゃんって普通のひとより目が離れてるね」って言ったんです。当時はそれが美しくないって意味じゃないか、とすごく気になってしまって。大人になってから父に、多感な時期にそういうことを言わないでほしいとクレームをつけました(笑)。
■大人になるとブサイクの定義は広くなっていく
【能町】マンガでも、シンプルに顔の造形について悩んでる、というのは思春期が多いですね。思うに、大人になるにつれてブサイクの定義が広くなっていくんじゃないですか。老三姉妹のマンガ、松苗あけみ先生の『カトレアな女達』も、年齢とちぐはぐな若いおしゃれをしてるから異様な感じだというだけで、容姿そのものはブサイクではないですもんね。
【トミヤマ】そうですね。あと、年をとると、悩みがもっと複合的になるんでしょうね。美しくないという悩みだけに集中できない。
【能町】そうですね。現実社会はほかの悩みもたくさん出てくるから。
【トミヤマ】家庭と学校しか場所がなかった学生時代と違って、大人になると世間が広がるし、いろんなひとと出会います。「あれ? なんか自分よりかわいくないのにめちゃくちゃモテているひとがいるぞ」みたいなことに気づきだすと、顔面の問題だけに悩んでいられなくなる。「なぜモテないんだ?」っていう別の問題も生まれてくるわけで、その複雑さをきちんと描かないと、大人のブサイク女子の話は成立しにくいかも。美人=幸せという図式がそう簡単には成り立ちませんから。
■それぞれの思春期は?
【能町】それが第一の悩みではなくなるということですね。トミヤマさんの思春期はどんな感じでしたか?
【トミヤマ】私は諦めが早かったですね。横浜育ちなんですけど、当時はギャル文化全盛期で、ハイビスカスの造花を頭につけてルーズソックスを履いてエスプリのトートバッグを持って渋谷のセンター街に行くのが、いちばんイケてるひとたち。自分はそっち側の人間じゃねぇ、ってわかった瞬間に、顔の具が所定の位置についてたらもういいや、みたいな気持ちになって(笑)。
【能町】そういう話を聞くと「都会だな」と思いますね(笑)。私は茨城だったので、東京は近いけど日頃から行く感じはないし、みんなオシャレ感度自体がすごく低かった。そういう意味で容姿について切実な悩みはなかったので、平和だったのかもしれないです。高校生にもなると、そういうことでいじめられてる子もいなかったし。
【トミヤマ】他人から容姿をジャッジされるかされないか、というのは環境によってかなり違いますよね。大学で教えていても、まわりからジャッジされまくって大学生になった子と、ジャッジされずのびのび育ったんだろうなという子では、明らかに様子が違います。
■「少女マンガってこんなにも多様なんだよ!」と伝えたい
【能町】でも、だからといってブサイク女子マンガに共感できないかというと、そんなことは全然ないんです。自分より格上な感じのひとに話しかけるときの自分のキョドリ方とか、ちょっと何かあると嫌われたんじゃないかとか、自分がコンプレックスを持ってひとと接するときの「あるある」がすごく描かれるので、それはすごくわかります。そこでがんばって無理めなひとと恋愛してみよう、みたいな気持ちは一切なかったですけど(笑)。
【トミヤマ】本当に、コンプレックスが全くないまま大人になるって難しいですよね。誰しも生きていると「人生ままならねぇな」っていうことはあるから、誰にとってもブサイク女子マンガはおもしろいし、救いにもなるだろうと思います。
それから、美男美女によるキラキラした恋物語に乗れないひとたちにも、この本を通して「少女マンガってこんなにも多様なんだよ!」って伝えられたらなと。今回掲載を見送った作品もありますし、私の知らない作品だってまだまだあると思うので、読者の方からの「あれが載ってないじゃないか」というツッコミは真摯に受け止めつつ、みんなでブサイク女子マンガについて考え続けていくような流れが作れたらうれしいですね。
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1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部、同大大学院文学研究科を経て、2019年春から東北芸術工科大学芸術学部講師。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーについて書く一方、大学では少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講義を担当。著書に『夫婦ってなんだ?』(筑摩書房)、『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、『大学1年生の歩き方』(共著、左右社)、『パンケーキ・ノート』(リトルモア)がある。
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エッセイスト/イラストレーター
1979年生まれ。2006年に『オカマだけどOLやってます。』(竹書房)でデビュー。著書に『縁遠さん』(文春文庫)、『ときめかない日記』(幻冬舎文庫)、『結婚の奴』(幻冬舎)など。マンガ、コラムの執筆活動に加え、『久保みねヒャダこじらせナイト』(フジテレビ)など、テレビやラジオでも活躍している。
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(ライター/研究者 トミヤマユキコ、エッセイスト/イラストレーター 能町 みね子)
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