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イノベーションを起こそうとしてイノベーションを起こした人はいない

プレジデントオンライン / 2020年12月29日 9時15分

「iPhone4」を発表するスティーブ・ジョブズ氏(アメリカ・サンフランシスコ)=2010年6月7日 - 写真=AFP/時事通信フォト

これからのビジネスには何が求められるのか。独立研究者の山口周さんは「わたしたちの仕事を功利的・手段的なものから、自己充足的・自己完結的なものに転換する必要がある。それはアーティストの活動に通じるものだ」という――。

※本稿は、山口周『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■アーティストのように、経済活動に携わろう

高原社会(※編注)をより豊かで瑞々しいものにするためには、まず私たちの仕事を功利的・手段的なインストルメンタルなものから、自己充足的・自己完結的なコンサマトリーなものへと転換することが求められます。

(※編注)人類が長らく夢み続けた「物質的不足の解消」を実現しつつあり、長らく続けた上昇の末に緩やかに成長率を低下させている現在の状況を、本書では「高原への軟着陸」というメタファーで表現している。

さて、このように指摘すると、すぐにでもビジネスパーソンをやめて享楽的な人生を謳歌するアーティストになって作品を作れ、と言われているのかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、それは誤解です。筆者は、あたかもアーティストやダンサーが、衝動に突き動かされるようにして作品制作に携わるのと同じように、私たちもまた経済活動に携わろう、ということを提案しています。

20世紀後半に活躍したドイツの現代アーティスト、ヨーゼフ・ボイスは「社会彫刻」という概念を唱え、あらゆる人々はみずからの創造性によって社会の問題を解決し、幸福の形成に寄与するアーティストである、と提唱しました。

世のなかには「アーティスト」という変わった人種と、「アーティスト以外」の普通な人種がいる、というのが一般的な認識でしょう。しかし、そのような考え方は不健全だ、とボイスは言っているのです。

■現代アーティストは気まぐれに作品を作っているわけではない

この点は誤解されがちなのでここで注意を促しておきます。

現代アーティストというのは、何も気まぐれに絵具の滴をキャンバスに垂らしたり、真っ二つに割った哺乳類をホルマリンのケースに格納したりしているわけではなく、彼らは彼らなりの視点で見つけた「どうしても看過できない問題」を、彼らなりのやり方で提起し、場合によっては解決しようとしているのです。ビジネスが「社会における問題の発見と解決」にあるのだとすれば、本質的にこれはアーティストが行っていることと同じことなのです。

近年、ビジネスとアートはさまざまな領域で近接しつつあります。そもそも仕掛けたのはお前だろうというお叱りを受けそうですが、個人的には違和感を覚えることが少なくありません。というのも、この「アートとビジネスの近接」は多くの場合、「ビジネス文脈にアートを取り込む=Art in Business Context」か、またはその逆に「アート文脈にビジネスを取り込む=Business in Art Context」という議論がほとんどで、「ビジネスとアートをまったく別のモノとして捉えている」という点で共通しているのです。

■ビジネスを「アート」として捉える

このような枠組みを前提にした取り組みを続けている限り、アートはやがて、かつてもてはやされ、やがて弊履を捨てるようにして忘れ去られた数多くの経営理論やメソッドと同じように、ビジネス文脈での流行スキルの一つとして消費されて終わることになるだけだと思います。

アーティスト
写真=iStock.com/gorodenkoff
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gorodenkoff

根本的にそれは違うだろう、と思うんですね。本質的に、いま私たちに求められているのは、ビジネスそのものをアートプロジェクトとして捉えるという考え方、つまり「Business as Art」という考え方だと思います。

文明化があまねく行き渡り、すでに物質的な問題が解消された高原の社会において、新しい価値をもつことになるのは、私たちの社会を「生きるに値するものに変えていく」ということのはずです。そして、そのような営みの代表がアートであり文化創造であると考えれば、これからの高原社会におけるビジネスはすべからく、私たちの社会をより豊かなものにするために、各人がイニシアチブをとって始めたアートプロジェクトのようにならなくてはいけないと思うのです。

■わざわざ「CSV」を掲げる状況でいいのか

ボイスが「社会彫刻」という概念を唱えたのは1980年代のことですが、それから40年の時を経て、やっと、誰もがアーティストとして社会の建設に携わることが求められる時代がきた、ということです。

これはまた、CSV=Creating Social Valueということが、そこかしこで喧しく言われるようになったこととも関連しています。私自身はもちろん、CSVという考え方には賛同しますが、逆に言えば、わざわざ「Creating Social Value=社会的価値の創造」と断らなければならないほどに、私たちのビジネスは「社会的価値を生み出す活動」とはかけ離れたもの、いやむしろそれはしばしば「DSV=Destroying Social Value=社会的価値の破壊」とでもいうべき活動となってしまっている、ということでもあります。

ビジネスの本義が「社会が抱える課題を解決すること」あるいは「社会をより豊かな場所にすること」だったのだとすれば、あらためて「なぜ、こんなことになってしまったのだろう」ということを考えなくてはいけない時期にきているのではないでしょうか。

すでに何度も確認してきた通り、私たちの世界はすでに経済合理性限界曲線の内側にある物質的問題をほぼ解決し終えた「高原の社会」に達しています。このような「高原の社会」において、これまでに私たちが連綿とやってきた「市場の需要を探査し、それが経済合理性に見合うものかどうか吟味し、コストの範囲内でやれることをやって利益を出す」という営みはすでにゲームとして終了しています。

これからは、アーティストが、自らの衝動に基づいて作品を生み出すのと同じように、各人が、自らの衝動に基づいてビジネスに携わり、社会という作品の彫刻に集合的に関わるアーティストとして生きることが、求められています。

■「経済合理性」だけでは活動が始まらない

多くの人が社会彫刻家という意識をもって社会の建設と幸福の実現に携わろうとすることで高原社会は本質的な意味でより豊かで、瑞々しく、友愛と労りに満ちたものになっていきます。

イノベーション
写真=iStock.com/alphaspirit
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/alphaspirit

大きく整理すれば、その活動は、本書の第二章の冒頭で示している次の二点になります。

1.社会的課題の解決(ソーシャルイノベーションの実現)
:経済合理性限界曲線の外側にある未解決の問題を解く

2.文化的価値の創出(カルチュラルクリエーションの実践)
:高原社会を「生きるに値する社会」にするモノ・コトを生み出す

普遍的問題についてはあらかた解決してしまった高原社会において、私たちに残された仕事は上記の二つしかありません。そしてこの二つの活動の実践には、どうしてもコンサマトリーな感性の回復が求められます。なぜかというと、上記の二つの活動は「経済的合理性」だけにたよっていたのでは必ずしも駆動されないからです。

■「強い衝動」がイノベーションを生み出す

ここから前述した二つのイニシアチブについて考察していきましょう。

まずは一点目の「社会的課題の解決」についてです。

コンサマトリーな思考様式・行動様式が社会に根付くことによってソーシャルイノベーションもまた推進されると思われます。なぜなら、社会的課題を解決するイノベーションは、必ず「その問題を見過ごすことはできない、なんとかしなければならない」という衝動に突き動かされた人によって実現されているからです。

筆者は2013年に上梓した著書『世界でもっともイノベーティブな組織の作り方』を執筆する際、スティーブ・ウォズニアックをはじめとして、世界中でイノベーターとして高く評価されている人物、およそ70人にインタビューを行いました。その際、判明したのは「イノベーションを起こそうとしてイノベーションを起こした人はいない」という、半ば喜劇的な事実でした。

彼らは「イノベーションを起こそう」というモチベーションによって仕事に取り組んだのではなく「この人たちをなんとか助けたい!」「これが実現できたらスゴい!」という衝動に駆られて、その仕事に取り組んだのです。

ここでポイントとなるのは、彼らイノベーターたちが「こうすれば儲かる」という経済合理的な目論見だけによってではなく、「これを放ってはおけない」「これをやらずには生きられない」という強い衝動……、それはしばしばアーティストにも共通して見られるものですが……によって、それらのイノベーションを実現させているということです。

■アーティストとアントレプレナーの共通点

過去のイノベーションを調べてみれば、核となるアイデアの発芽したポイントに、経済合理性を超えた「衝動」が必ずといってよいほどに観察されることが確認できます。

山口周『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)
山口周『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)

大雨のデリー郊外で、幼い子供二人を伴った家族がバイクに乗って移動している様を見て、「この人たちにも買える安価で安全な自動車が必要だ」と感じたラタン・タタ。

凍てつく真冬の夜に、屋台のラーメン食べたさに子供を連れて長い列に震えながら並ぶ人たちを見て「自宅で気軽に美味しいラーメンを食べさせてあげたい」と感じた安藤百福。

ゼロックスのパロアルト研究所で「コンピューターの未来」を示唆するデモンストレーションに接して「これは革命だ! このスゴさがわからないのか!」と叫び続けたスティーブ・ジョブズ。

20世紀前半、しばしば世界中で大流行して多くの子供の命を奪ったポリオを根絶するべく、ワクチンの開発に生涯を捧げながら、特許を申請せず、ワクチンの普及を優先したジョナス・ソーク。

このような「経済合理性を超えた衝動」は、アーティストの活動においてしばしば見られるものですが、同様の心性がアントレプレナーにもしばしば観察されるのです。

現在、ビジネスの文脈においてしばしば議論の俎上に上る、いわゆる「アート思考」とビジネスとの結節点はここにあります。高原社会において、必ずしも経済合理性が担保されていない「残存した問題」を解決するためには、アーティストと同様の心性がビジネスパーソンにも求められる、ということです。

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山口 周(やまぐち・しゅう)
独立研究者・著述家/パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。

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(独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周)

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