「年収1000万円超でタワマン住まい」を成功と考える人は、人生で失敗しやすい
プレジデントオンライン / 2021年1月2日 9時15分
※本稿は、山口周『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■「仕事に対して前向き」な日本人はわずか6%
私たちの社会はすでに普遍的な物質的課題の解消というゲームをクリアしています。すでに終了してしまったゲームに関わっても充実感を得ることができないのは当然のことですが、なぜか、この終了してしまったゲームに「つまらない、くだらない」とぼやきながら関わり続ける人が非常に多いということが、各種の統計からわかっています。
たとえば、これは前著『ニュータイプの時代』でも紹介したデータですが、社員意識調査のアメリカの最大手であるギャラップ社によると「仕事に対して前向きに取り組んでいる」と答える従業員は、全世界平均で15%となっています。
この数値からしてすでに驚くべきスコアですが、さらにヒドイことになっているのが日本で、そのスコアはなんと6%となっています。このような調査を行うと全般的に日本のスコアが低めに出ることはよく知られていますが、流石にこの数値を見れば「確実に何かが狂っている」ということは認めざるを得ないでしょう。
チクセントミハイがインタビューした創造的な人々であれば「素早く荷物をまとめてその場を立ち去ってしまう」ような営みに、9割以上の人が、かけがえのない人生を浪費している状況なのです。これは実に悲しむべき状況で、それこそ「社会的課題」だといえます。
■「この瞬間の幸福」への感受性が鈍っている
私たちの高原社会における労働を、かつてのインストルメンタルなものからコンサマトリーなものへと転換することを考えた時、カギとなるのは「幸福感受性」です。というのも、私たちはあまりにも長いこと「辛く苦しいことをガマンすれば、その先に良いことがあるよ」と学校や職場で洗脳されてきてしまったために、「いま、この瞬間の幸福」に関する感受性を著しく磨滅させてしまっているからです。
なぜなら、そのような「感受性の鋭さ」は、すぐに「つまらないこの状況からすぐに逃れたい」という衝動を引き起こしますが、そのような衝動の末に起こした行動は、往々にして厳しいペナルティによって戒められることになるからです。
結果として、この「幸福感受性」のアンテナを通電させる回路をカットし、規範に従順なロボットになることで利得が最大化されることを学習するわけですが、この感受性を回復できなければ、コンサマトリーな状態の回復など望むべくもありません。
■「とにかく、なんでもやってみる」しかない
ここまで、すべての人が自分の喜怒哀楽に素直に向き合い、真に自分が夢中になれることに皆が仕事として取り組み、仕事そのものから得られる悦楽や面白さが報酬として回収されるという高原社会のビジョンを提案してきました。
さて、このような提案に対しては「そのような社会はたしかに素晴らしいけれども、実際に自分のことを振り返って考えてみると、そもそも自分が何に夢中になれるのか、よくわからない」という戸惑いの反応があると思います。
たしかに、いくら幸福感受性が回復できたとしても、いまだやったことのないモノについて、自分が夢中になれるかどうか、を事前に察知することはできません。さて、どのようにすれば、自分が夢中になれる仕事を見つけることができるのでしょうか。
答えは一つしかありません。
とにかく、なんでもやってみる。
これに尽きます。友人である予防医学者の石川善樹さんは、ハーバード大学に留学していた際、あまりにも自分の興味範囲が広いために何からどのような優先順位で手をつけてよいかわからず、悩んだ挙句に指導教官だった教授に相談してみたところ、次のようにアドバイスされたそうです。すなわち「興味のあることは、全部やりなさい。興味のないことも、全部やりなさい」と。実に強烈なアドバイスですが、これは即ち「とにかく、なんでもやってみなさい」ということです。
■「正しい人生のあり方」にとらわれると失うもの
私たちは「いまを未来のために手段化する」というインストルメンタルな思考様式に浸かりきってしまっているので、寄り道をせずに最短距離でゴールを目指すのが「正しい人生のあり方」だと考えてしまいがちです。
しかし、そのような人生設計のもとに、無駄だと考えられる営みをすべて斥けて日々を積み重ねていけば、もしかしたら偶然に出合うことができたかもしれない「自分が本当に夢中になれる活動」に触れる機会もまた斥けてしまうことになります。
このような労働観が支配的になっている現在、私たちの「生」は実に世知辛い、レースのように殺伐としたものになってしまっています。これをこれからやってくる高原社会に持ち込むことはなんとしても避けなければなりません。
特に日本において問題だと思うのは「成功者のモデルイメージ」に多様性がなく、「成功」という概念の幅が極端に狭くなっているために、皆が一直線上に並んで序列の優劣を競い合うようなギスギスした状態になってしまっている、ということです。
私がここでいう「幅の狭い成功者のイメージ」とは、たとえば「有名大学を卒業してブランド企業に就職してバリバリ仕事をこなして年収を上げて都心の高級マンションに住んで高級外車を乗り回すようなセレブライフ」といったものですが、このようなイメージの実現に強迫的に捉われてしまうと、このイメージの実現に直接的に貢献しないと考えられる活動を全て「無駄」として切り捨ててしまい、結果的に本質的な意味で「より豊かで自分らしい人生」を見つける機会を逃してしまう可能性があります。
■「人生を見つけるためには、人生を浪費しなければならない」
大西洋単独無着陸飛行にはじめて成功したチャールズ・リンドバーグの妻であり、また自身も女性飛行家として活動して素晴らしい紀行随筆を残したアン・モロー・リンドバーグは次のような言葉を残しています。
人生を見つけるためには、人生を浪費しなければならない。
彼女の随筆にはそこここに柔らかな光を放つ宝石のような一文が埋め込まれていますが、これは中でも珠玉といえる至言でしょう。私たちは「浪費」や「無駄」という言葉に、非常にネガティブなイメージをもっています。でもその「浪費」こそが、自分らしい人生を見つけるために必要だとリンドバーグは言っているわけです。なぜなら「人生」は理性的に、先見的、効率的に見つけることができないからです。
■何に夢中になれるのかは、試してみないとわからない
私たちは、自分が何に夢中になれるのかということを、事前に先見的に知ることができません。なぜなら「夢中」というのは「こころの状態」なので理知的に予測することができないからです。
チクセントミハイが指摘しているように、多くの人は「夢中になれること」を見つけられないままに人生を終えていくわけですが、これがなぜそれほど難しいかというと、「夢中になれること」はいくら頭で考えてもわからない、いろいろなことを行ってみた後で事後的に身体感覚として把握することでしかつかむことができないからです。私たちが「知性」という言葉を聞いて普通にイメージするのとは大きく異なる「身体的な知性」が求められるのです。
自分が何に夢中になれるのかは、結局のところは試してみないとわからない。それがたとえ「何の役に立つのかわからない」ような営みであっても、多くの時間と労力の浪費と無駄の先にしか「人生」を見つけることはできないというリンドバーグの指摘は、多くのキャリア論に関する研究からも裏づけられています。
■キャリア形成のきっかけの80%は「偶然」
結果的に成功した人は一体どのようにキャリア戦略を考え、どのようにそれを実行しているのか?
この論点について初めて本格的な研究を行ったスタンフォード大学の教育学・心理学の教授であるジョン・クランボルツは、アメリカのビジネスマン数百人を対象に調査を行い、結果的に成功した人たちのキャリア形成のきっかけは、80%が「偶然」であるということを明らかにしました。
彼らの80%がキャリアプランをもっていなかった、というわけではありません。ただ、当初のキャリアプラン通りにはいかないさまざまな偶然が重なり、結果的には世間から「成功者」とみなされる位置にたどり着いたということです。
クランボルツは、この調査結果をもとに、キャリアは偶発的に生成される以上、中長期的なゴールを設定して頑張るのはむしろ危険であり、努力はむしろ「いい偶然」を招き寄せるための計画と習慣にこそ向けられるべきだと主張し、それらの論考を「計画された偶発性理解=プランド・ハップスタンス・セオリー」という理論にまとめました。
■「時間の無駄、時間の浪費」に見えることが大事
クランボルツによれば、我々のキャリアは用意周到に計画できるものではなく、予期できない偶発的な出来事によって決定されます。それでは、キャリア形成につながるような「良い偶然」を引き起こすためには、どのような要件が求められるのでしょうか? まずハップスタンス・セオリーの提唱者であるクランボルツ自身が指摘したポイントを挙げてみましょう。
・好奇心=自分の専門分野だけでなく、いろいろな分野に視野を広げ、関心をもつことでキャリアの機会が増える
・粘り強さ=最初はうまくいかなくても粘り強く続けることで、偶然の出来事、出会いが起こり、新たな展開の可能性が増える
・柔軟性=状況は常に変化する。一度決めたことでも状況に応じて柔軟に対応することでチャンスをつかむことができる
・楽観性=意に沿わない異動や逆境なども、自分が成長する機会になるかもしれないとポジティブに捉えることでキャリアを広げられる
・リスクテーク=未知なことへのチャレンジには、失敗やうまくいかないことが起きるのは当たり前。積極的にリスクをとることでチャンスを得られる
このクランボルツの指摘を先ほどのリンドバーグの指摘に重ね合わせてみれば、私たちが真に自分の人生を見つけるためには、一見すれば「時間の無駄、時間の浪費」に見えるような営みにも、積極的に参加することが大事なのだということがよくわかります。
■「人生100年時代」の豊かさを決める
このクランボルツによる研究結果を、日本の現在の就業状況と照らし合わせてみると、大きな課題が浮かび上がってきます。図表1を見てください。これは主要先進国の勤続年数別の労働人口構成比を整理したものです。
一見してわかるように、日本では「1年未満」の構成比が、平均と比較して極端に少ないことがわかります。
わかりやすく言えば「一度勤めた会社で長く働く傾向がある」ということです。「一意専心」「石の上にも三年」といった古い価値観にしばられた人にとって、この状況は好ましいように思われるかもしれませんが、こと「いろいろと試して自分の人生を見つける」ということを考えてみた場合、これは大きな阻害要因となります。
特にこれから「人生100年の時代」がやってくると、多くの人々は人生の中で何度かのキャリアチェンジをせざるを得ないのですから、自分がどのような活動に夢中になれるのか、逆にどのような活動にはシラけるかを、いろいろなことを試してみた上できちんと把握しているかどうかで、その人の人生の豊かさは大きく変わってしまうことになります。
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独立研究者・著述家/パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。
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(独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周)
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