「2人が死亡」ジェネリック薬の信頼を失墜させた睡眠剤混入の大罪
プレジデントオンライン / 2020年12月23日 18時15分
■警察が刑事事件として強制捜査する必要がある
福井県あわら市の製薬会社「小林化工」が製造した爪水虫の治療薬に睡眠導入剤の成分が混入していた問題で、厚生労働省と福井県、それに医薬品を承認審査する医薬品医療機器総合機構(PMDA)が12月21日、医薬品医療機器法に基づいて小林化工を立ち入り調査した。
小林化工によると、意識障害などの健康被害は150件を超え、飲んだ70代女性と80代男性が死亡した。服用者が車を運転中に意識を失う交通事故も20件以上起きている。
爪水虫の薬に睡眠剤を混入させるミスは、人の健康と命を預かる製薬会社として致命的である。任意の行政調査だけではなく、警察が刑事事件として強制捜査する必要があるだろう。
■製造の手順や品質検査がことごとく無視されていた
問題の薬は「イトラコナゾール錠50『MEEK』」。市販薬ではなく、医師の処方箋がなければ購入できない薬だ。今年9月~12月に出荷した9万錠に1錠あたり5ミリグラムの睡眠導入剤成分「リルマザホン塩酸塩水和物」が混入していた。1回あたりの最大投与量の2.5倍になり、意識がもうろうとする危険性が高い。
小林化工は1961年に設立された。安価な後発医薬品(ジェネリック医薬品)の製造や販売を行い、アレルギー性疾患の治療薬や抗生物質製剤を中心に扱っている。会社の規模は今年3月期の売上高が370億円、従業員数が800人ほどと小さい。先発医薬品を生産する大手の製薬会社とは違う。
目減りした原料を追加する作業で、担当者が成分の入った容器を取り違えた。一見、単純なミスのように思われるが、追加の作業は厚労省の承認を得ていなかった。2人一組で確認するという社内規定にも従わず、さらに品質の検査で異物の混入が疑われたにもかかわらず、そのまま出荷されていた。
厚労省が認めた製造の手順やダブルチェック、品質検査がことごとく無視されていた。開いた口がふさがらない。
■これでは製薬自体を信じることができなくなる
12日の記者会見で小林広幸社長は「一般的な感覚では間違えないレベルだ。担当者が失念していたとしか考えられない」と頭を下げた。だが、人の命に関わる製薬という業務に「失念」など決してあってはならない。プロとしての自覚に欠ける。私たちは製薬会社を信じ、薬を使っている。これでは製薬自体を信じることができなくなる。
足りないからと補充した爪水虫治療薬の成分と睡眠導入剤の成分は全く違う。しかもそれぞれ見た目の違う容器に入っていた。爪水虫治療薬の成分は高さ1メートルの大きな紙製の容器に、睡眠導入剤の成分は小さな平の缶に保管されていた。
開発費と時間のかかる先発薬ではなく、安い費用で手間を掛けずに製造できる後発薬を扱っているという安易な意識が、小林化工になかったのか。費用を抑えて利益だけを追求しようとするところはどうだろうか。小林化工は毎年のように自主回収を繰り返している。自主回収まで至らずに内密に処理したケースはなかったのか。経営トップが現場に無理難題を求めてはいないか。社内の風通しはどうか。ミスを表に出してその原因を探ることができる社風はあるのか。
一般的に医療ミスはその病院に内在する問題が強く作用して起こることが多い。製薬ミスも同じだ。小林化工には、考えられない事態を招く、組織的かつ構造的な問題が潜んでいるように思えてならない。
■サリドマイド、キノホルム…製薬の歴史は深刻な薬害の歴史だ
製薬の歴史は薬害の歴史でもある。服用した妊婦から手足の短い子供が生まれた睡眠薬「サリドマイド」。下半身が麻痺するスモン神経症を招いた胃腸薬「キノホルム」。視力障害で問題になった腎臓病治療薬「クロロキン」。さらには血友病患者が血液製剤でエイズウイルスに感染した「薬害エイズ事件」。血液製剤でC型肝炎ウイルスに感染した「薬害肝炎」。開頭手術の際の硬膜移植による「薬害ヤコブ病」。薬害は人命を奪う深刻なものが多い。
なぜこうした薬害は繰り返されるのか。多くのケースで製薬会社は兆候を無視し、目先の利益を優先している。行政も被害を小さく見積もり、監督責任を放棄する。その結果、対応が遅れ、被害が拡大する。薬害の構造は同じである。
■「小林化工による薬の自主回収は、この4年間で5件目」
12月19日付読売新聞の社説は「小林化工は薬を自主回収しているが、問題は極めて重大だ。病気を治す薬で命が脅かされることなど、あっていいはずがない」と訴え、経緯と問題点を書いた後、中盤でこう指摘している。
「小林化工による薬の自主回収は、この4年間で5件目だ。昨年10月には、胃潰瘍などの治療薬に発がん性物質が含まれていたことが判明した。今回と同様、厚労省の定めた3段階の危険度で、最も重大なケースに該当している」
「この時に、事実関係をしっかりと調査し、原因を究明して、再発防止に取り組んだのか。教訓を生かしたとは到底思えない」
ミスを繰り返す。その背景には組織的かつ構造的な問題が潜んでいる。それを行政や警察が調査や捜査によって明らかにしなければならない。その薬害の根本的な原因を探る第三者機関の介入も必要である。
最後に読売社説は「医薬品の自主回収は近年、増加傾向にある。薬への信頼が損なわれることがないよう、新薬を扱う製薬会社も含めて、製造工程や検査体制を改めて点検し、安全の確保に努めることが大切だ」と主張する。
失うのは「薬への信頼」だけではない。私たちの大切な健康も損なわれる。
■ひとつのずさんな企業のせいで、業界全体の信頼が揺らぎつつある
12月20日付の産経新聞の社説(主張)も「睡眠剤混入」を取り上げ、見出しで「信用の失墜は一瞬である」と指摘し、冒頭部分でこう書く。
「事故原因が明らかになるにつれ、そのずさんさにはあきれ返るばかりだ」
その通りだ。ずさん以外の何ものでもない。
さらに産経社説はジェネリック医薬品の信頼性について言及する。
「ジェネリック医薬品とは、厚労省の認可を得て製造され、新薬と同等の効き目が保証されたものだ。研究開発費を伴わないため比較的安価で流通する」
「『安かろう悪かろう』の風評を覆して信頼を得るため業界全体で取り組んできた結果、今年9月時点で政府目標の80%に近い78.3%まで使用割合を拡大させた」
「だがそうして得た信用も、一つの事故で逆風にさらされ、いともたやすく水泡に帰す。厚労省と業界団体は一丸となって各社の管理体制を再確認し、教育を徹底させてほしい」
医療費の高止まりを是正するうえで、ジェネリック薬の存在は重要だ。ひとつのずさんな企業のせいで、業界全体の信頼が揺らぎつつある。薬害について厳しく対応することが、信頼を取り戻す第一歩だろう。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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