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人の脳は簡単な操作で「B」と「13」を見間違える

プレジデントオンライン / 2020年12月27日 8時45分

出所=『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』

脳はモノや出来事をどのように認識し判断するのか。名古屋商科大学ビジネススクール教授の岩澤誠一郎氏は「脳には直感で判断するシステムと、分析・推論して判断するシステムがあります。前者は労なく働いてとても便利ですが、時にとんでもない間違いを生み出すこともあります」という――。

※本稿は、岩澤 誠一郎『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。

■脳の二つのシステム-素早く立ち上がる「システム1」

【岩澤】ビジネスを行っていく中で、将来のことに関する意思決定をしなければいけない局面が出てきます。その際(おそらく多くの場合暗黙に、でしょうが)、皆さんは将来起こり得るいくつかのイベントを想定して、そのうちイベントAが起きる確率は50%、イベントBが起きる確率は30%といったかたちで、それぞれのイベントの確率評価を行っているはずです。

人間はこうした確率の評価をどのように行っているのか? それは正しく行われているのか? 間違っているとするとどのように間違うのか? こういう問題を議論していきます。

実は、人間は確率の判断がとても苦手なのです。講義を通じて、皆さんにそのことを噛みしめていただきたいと思っています。

ところで、これからの講義の土台になっているのは、ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーという二人の学者による研究の成果です。この二人は心理学者として、人間の経済的な意思決定に興味を持って研究を進めました。

その結果、人間の現実の意思決定や行動は、伝統的な経済学が想定するような「ホモ・エコノミクス」-自分の利益を最大化するように合理的に行動する人間-の原理で説明できることばかりではないことを示しました。これは経済学においてとても大きな衝撃で、カーネマンはその功績により2002年にノーベル経済学賞を受賞しました(トヴェルスキーは1996年に死去したので共同受賞はできませんでした)。

■脳の「速いシステム」と「遅いシステム」

カーネマンたちの議論の土台にある考え方は「脳のデュアル・システム(二重過程)」と呼ばれるもので、人間の認識・判断のシステムは「速いシステム」と「遅いシステム」の二つから構成されている、というものです(図表1参照)(※1)

たとえば私が今、窓の外を見たとします。そうすると、まずは外の明るい雰囲気が伝わってくる。そしてそれが見慣れた東京駅丸の内口の光景であると感じます。このあたりまでは非常に「速い」認識なわけです。

一方、その東京駅の光景の中に人が何人いるのだろうと考えるとします。それは時間のかかることで、こうした思考に対応するのは脳の中の「遅い」システムなわけです。

脳の中の「速いシステム」は、知覚、感情、直感といったことにより動かされるもので、これを「システム1」と呼びます。「システム1」は立ち上がりの速いOS(オペレーティングシステム)みたいなもので、努力しなくても、自動的に素早く立ち上がってくれます。

一方、もうひとつの部分は分析や推論といった脳の活動に伴って動くもので、「システム2」と呼ばれます(※3)。「システム2」の立ち上げには労力が必要で、集中してコントロールしていないと動かない、しかもゆっくりとしか立ち上がらないという特徴があります。

■あなたの脳の中にある「システム1」「システム2」とは

「システム1」と「システム2」の違いと特徴を理解していただくために、図表2をご覧いただきたいと思います。

【図表2】「システム1」と「システム2」
出所=『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』

【岩澤】この図を見て、すぐに思い浮かぶことをおっしゃってください。

【A】真ん中が低いです。

【岩澤】そうですよね。そのほかにパッとわかることはありますか?

【B】左のブロックと右のブロックとで、ブロックの数が違っています。

【岩澤】そうですね。それもパッとわかりますよね。形が違いますから。

【C】どれもてっぺんだけ色が黒いです。

岩澤誠一郎『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
岩澤誠一郎『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

【岩澤】色もパッとわかりますよね。類似性、高さ、色ですかね。似ている、似ていないはヒトの「システム1」が持つ大変高い能力のようです。

たとえば我々は、東京駅の人混みの中で、知り合いに似ている人を発見すると「オッ」と思います。しかしこんな作業を分析的、解析的に行うのはとても難しいことで、たとえば人工知能(AI)はごく最近まで、ネコをネコと見分けることもできなかったわけです(※5)

類似性、高さ、色-そういったことはすぐにわかるのに対し、たとえば図表2の左のブロックの個数は何個ですか? と聞かれたらどうでしょう。それはもちろん、時間をかければ数えられるわけですが、時間はかかるし、それなりに労力を要しますよね。ブロックの体積や表面積を求めなさい、という問題に対しても同様です。こうした問題を解決する際に使用する脳が「システム2」なわけです。

■人の認識はコンテクストによって変わる

【岩澤】ここでひとつ注意しておきたいのは、ある特定の仕事が、常に「システム1」または「システム2」に割り当てられているわけではないということです。難しい仕事が、ヒントの与えられ方次第で容易な仕事に変わったりすることがあるからです。例をお見せしましょう。

【図表3】何と読みますか?
出所=『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』

【岩澤】この字はなんと読むでしょうか?

【D】「B」ですかね……。

【岩澤】そうかもしれません。他の意見、ありますか?

【E】「13」でしょう(笑)。

【岩澤】ですよね(笑)。果たしてこれは「B」なのか、それとも「13」なのか? ディベートをやってもよいのですが、今日一日かけても結論が出ないかもしれません(笑)。

■「B」なのか「13」なのか、人はどう見わけて判断するのか

【岩澤】一方、次の問題はどうでしょうか(図表4)。

【図表3】何と読みますか?
出所=『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』

【岩澤】今度は「この真ん中の字はなんでしょう」と聞かれても、あっという間に答えることができますよね。言うまでもなく「B」です。図表3の字を読むのは難しい仕事、「システム2」を使う仕事だったわけですが、同じ字を読む仕事が今度は一気に簡単になって「システム1」で対応することができるようになったわけです。

この仕事を簡単なものにしたのは、図表4で「B」の前にある「A」や、その後にある「C」ですよね。この「A」や「C」のことを「コンテクスト(前後関係、文脈)」と呼びます。「コンテクスト」が与えられると、人間はより容易に、直感的に物事を理解できるようになるようです。名商大ビジネススクールがケースメソッドを重視するのは、ストーリーのあるケースで議論すると、ビジネスの知恵を学びやすくなるからなのです。

もっとも、こうした「コンテクスト依存の理解」には怪しい面もあります。図表5を見てみましょう。

【図表5】何と読みますか?
出所=『ケースメソッドMBA実況中継 04行動経済学』

今度は真ん中の字は「13」ですよね。図表5の真ん中の字と全く同じ字であるのにもかかわらず、コンテクストが与えられた瞬間、我々はそれを違った字と認識するわけです。このケースではこの認識は適切なものであり、我々に素早くそうした認識をもたらす「システム1」は便利で有用なものなのですが、一方でこの事例は、コンテクストの与え方によってヒトの認識を意図的に操作することが可能になってしまうということを示唆します。

こうした問題については、あとでビジネスの文脈の中で考えることにしましょう(※9)

■ヒューリスティクスは便利だが、とんでもない間違いをする

ここで「ヒューリスティクス(簡便法)」という言葉を紹介しておきます。

ヒューリスティクスというのは、「問題を解決したり、不確実な事柄に対して判断を下したりする必要があるけれども、そのための明確な手掛かりがない場合に用いる、便宜的あるいは発見的な方法」のことです。

たとえば今、外に出たら遠くの空が黒い雲に覆われていたとします。そうしたら、気象予報士でなくても、ほとんどの人は「雨が降りそうだ」、と思いますよね。これがヒューリスティクスです。

ヒューリスティクスはシステム1の働きですが、とても便利なもので、我々も日常的に使っています。実際、我々の日常生活では、意思決定のほとんどがヒューリスティクスによりなされています。たとえば朝起きてすぐ、歯を磨くべきかトイレに行くべきか、ほとんど何も考えずに、瞬時にどちらかを選択しますよね。これはヒューリスティクスが「ここはやはりトイレでしょう」と教えてくれるわけです(笑)。便利ですね。

一方、「アルゴリズム」というのは「手順を踏めば厳密な解が得られる方法」のことで、この手順を考えるにはシステム2を動かす必要があります。

しかし我々の日常生活においては、アルゴリズムのような厳密な手続きに従って判断を下す余裕が常にあるわけではありませんよね。より素早く、大きな労力も必要とせずに答えを出すことができるヒューリスティクスは、なかなか素晴らしいものなのです。

しかしヒューリスティクスにはマイナス面もあります。ヒューリスティクスは完全な解法ではありませんので、時にはとんでもない間違いを生み出すこともあるわけです。

ここからは皆さんのヒューリスティクス、システム1がどのように間違いを犯すのか、それをいくつかのクイズを通じて体験していただきたいと思います。

以下、後編へ続く。

※1 「脳の二重過程」の議論についてはKahneman(2011)を参照。
※2 Kahneman(2003)Figure1を簡略化。
※3 「システム1」、「システム2」という名称はStanovich and West(2000)からカーネマンが借用したとされるが、Kahneman(2011)により人口に膾炙する用語となった。
※4 Kahneman(2003)
※5 ディープラーニング(深層学習)の活用により、AIはこの点で飛躍的な向上を果たした(Markoff2012)。
※6 Kahneman(2003)
※7 Kahneman(2003)
※8 Kahneman(2003)
※9 たとえば広告の主要な役割のひとつはこのような認識操作にあると言ってよいだろう。特に本章第4講のセイリアンスに関する議論を参照。

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岩澤 誠一郎(いわさわ・せいいちろう)
名古屋商科大学ビジネススクール教授
1987年野村総合研究所入社。証券アナリスト業務に従事。2006年から野村證券でチーフストラテジスト。10年にマネージングディレクター。12年から現職。13年に同大学経済学部長に就任。専門は金融経済学・行動経済学。International Review of Economics and Finance誌などに論文を発表。名古屋商科大学ビジネススクールでは、Behavioral Economics(行動経済学)、Corporate Finance(企業金融)などの科目を担当しており、受講生による授業評価が最も高かった教員に与えられるアウトスタンディング・ティーチング・アウォードを2016年度から4年連続で受賞。米ハーバード大学Ph.D.(経済学)。

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(名古屋商科大学ビジネススクール教授 岩澤 誠一郎)

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