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「デビュー戦から三連敗」頭を抱えた田中将大を変えた野村克也のシンプルな一言

プレジデントオンライン / 2020年12月31日 9時15分

2009年4月29日、完投した田中将大(右)から、監督通算1500勝のウイニングボールを受け取る楽天の野村克也監督(クリネックススタジアム宮城)[代表撮影] - 写真=時事通信フォト

どの組織にもリーダーに求められる役割には共通点がある。今年2月に亡くなった野球評論家・野村克也氏は「目先の勝利にこだわるあまり、肝心の『人』を殺してしまっては意味がない。結果を残すことはもちろん大切だが、それ以上に大切なことがある」という――。

※本稿は、野村克也・著『野村の結論』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■一流にあって二流にない“感性”

人間の最大の悪は、鈍感である──。わたしはそう信じている。

一流になる人間は、みな感じる力を持っている。些細なことに気づくから自ら変わることができ、その変化が大きな進歩につながる。

だから、一流の選手は総じて修正能力に優れている。一度の失敗でどこが悪かったのかに気づけるので、同じ失敗を二度と繰り返さない。2回、3回と失敗を繰り返す者は二流、三流。4回も5回も繰り返す者は、もはやプロ失格である。

失敗を失敗として自覚できない、もしくは失敗の原因を分析する力がなければ、失敗を糧に成長することはできない。だから、「最大の悪は鈍感」なのだ。

「感じる力を持っている人間は絶対に伸びる」

これは、半世紀以上プロ野球の世界で生きてきたわたしの実感である。

一部の天才を除けば、プロのレベルであれば、一生懸命練習しても技術力に大きな差は生まれない。一流のバッターも、二流のバッターも技術的にはそれほど変わりはないのである。

ではなにがちがうのか? それは頭である。一流と二流のちがいは「頭脳と感覚のちがい」だと、わたしは思っている。

二流の人間というのは、鈍感なのである。

■新人・田中将大にかけた言葉

鈍感な人間というのは、感動したりショックを受けたりすることが少ない。

初登板で頭が真っ白になり、自分の投球ができず打ち込まれる新人投手はいくらでもいる。しかし、冷静になって試合を振り返ったときに、悔しさが込み上げてきて表情にまで出る新人はなかなかいない。そうなるのは、それだけショックが大きかったのだろう。だが、その心に負ったダメージが、新たな目標を生み出すエネルギーになる。

田中将大のデビュー戦は、黒星こそつかなかったが散々な結果だった。1回3分の2を投げて、打者12人に対し6被安打、3奪三振、1与四球、6失点。相当悔しかったはずである。田中は、そこからさらに2試合勝てなかった。

どうして勝てないのかとひとりで悩み考え込んでいたので、わたしは「マウンドで声を出してみろ」と声をかけた。嫌というほど悩み抜いたのなら、最後は気持ちだということだ。

結果、田中はプロ入り4試合目にして初勝利。しかも完投勝利というおまけつき。完全に壁をひとつ乗り越えたのである。

とことん凹むということは、感性が鋭いということである。これは、どんな仕事においても大切な要素だ。指導者が心がけるのは、そのマイナスに反応している感性をプラスに反応するようにすることだろう。それさえ意識しておけば、いつかきっと成功へと導ける。

感性が鋭く、とことん凹む人間は、それだけ見込みがあるからだ。

■リーダーのもっとも重要な役割

選手が成長できるかどうかは、本人が気づくかどうかにかかっている。指導者の立場から言えば、気づかせてやれるかどうかである。

だから、指導者は選手に対して気づきのヒントを与える。

たとえばバッティングなら、力が伝わる理にかなったフォームや内外角へ投げられた厳しいボールへの対応の仕方、基本的な相手バッテリーの配球パターンなどについて、「こうやってみたらどうだ」「こういう対応の仕方がある」とアドバイスを繰り返す。指導者自身の考え方や理論を強制するのではなく、あくまでもヒントを与えるというスタンスだ。

ここで気づく選手は伸びる。鈍感だったり、素直に受け入れる謙虚さがなかったりする選手はなかなか気づかないが、それでもヒントを与えて待つ。

指導者は、気づかせ屋であることを自覚することだ。

選手が間違った努力をしないように、本人が気づいていないことを具体的に指摘してやるのが大切な役割である。それは、技術的指導に限定されるわけではない。技術力や天性にはどうしても限界がある。それを補うのは知恵である。

そして最終的には選手たちに人間的成長を促すことが、指導者のもっとも重要な役割だとわたしは思っている。

「人間的成長なくして技術的進歩はなし」。わたしが選手たちに、もっとも気づいてほしかったことである。

■「オレが育てた」という思い上がり

イギリスのことわざに、「馬に水を飲ませるために水辺へ連れていくことはできても、水を飲むかどうかは馬自身の問題だ」というものがある。これはある意味、人を育てる真理と言ってもいい。

一軍で通用する長所や武器を見出し、それを磨く方法を教えたとしても、指導者ができるのはそこまで。選手の側に自分から「覚えよう」という意識や姿勢がなければ、絶対に身につかない。「教えられるより覚えろ」なのだ。

結局のところ、教える側としてはただ見守ってやるしかないのである。

「あの選手を育てたのは、あの人ですよ」などと言われることがある。わたしも言われたことがある。言われて悪い気はしないし、本人はすっかり「オレが育てた」とその気になる。しかし、これは錯覚である。

「オレが育てた」と自負している人がいるとするなら、思い上がりもはなはだしい。水辺に着いて馬が水を飲むかどうかは、馬次第。「育てる」のではなく、「育っていく」のが真実なのだ。

指導者は、道案内役に過ぎない。だから、「育てる」というのは思い上がりなのかも知れない。ただし、教えられる側も「育ててもらえる」と甘えてはいけない。育っていくには、指導する側、される側がお互いに自分を律することが必要なのだ。

■部下の信頼を得るための条件

リーダーが力を発揮できる最大で唯一の媒介は、「言葉」である。

その言葉に選手たちがどれだけ胸を打たれるかで、そのリーダーの値打ちが決まると言ってもいい。リーダーは、自らが発する言葉で部下を感動させなければならないのだ。つまり、信頼されるリーダーの条件のひとつは、説得力のある言葉を備えているかどうかにある。

そのために、リーダーにはさまざまな知識、経験、視点が求められる。部下から、「この人はよく勉強しているな。目のつけどころがいいな」と思われることをきちんと言葉で伝えることができて、はじめて信頼や尊敬につながっていく。だからこそリーダーは、常に選手より一歩先をいかなくてはいけないのだ。

スラスラと上手に話す必要はないが、リーダーは的確な言葉を使い、表現力に富んだ説得力のある話をしなければならない。それができれば、聞く人の心に残り、信頼感の礎になる。リーダーは、言葉の大切さをいま一度かみしめてほしい。「言葉は力なり」である。

わたしは、説得力のある言葉を使えるようになるために、とにかく書物を読んだ。そして、そこに出てくる言葉に自分の経験や身につけた技術などを結びつけていった。わたしの話に説得力があるとすれば、そのときに読んだ書物の賜物である。

■王、長嶋に勝った唯一のこと

結果を求められるのがリーダーだが、目先の勝利にこだわるあまり、肝心の「人」を殺してしまっては意味がない。これは、企業も同じではないだろうか。目先の利益ばかりを優先して、本当ならこの先何年も会社を支えられるはずだった人材を潰してしまうこともあると聞く。

そうなってしまっては、チームにとっても組織にとっても、目先のプラスよりマイナスのほうがはるかに大きい。結果を残すことはもちろん大切だが、人を残すことはそれ以上に大切。いい人材を残すことができれば、結果はおのずとついてくるものだ。

野村克也・著『野村の結論』(プレジデント社)
野村克也・著『野村の結論』(プレジデント社)

果たして、自分の歩いた道の後に、大きく羽ばたいた後輩たちが何人いるだろうか。どれだけの才能が開花しているだろうか──。

わたしは、選手時代は王貞治を、監督時代は長嶋茂雄をライバル視していた。いまのわたしがあるのは彼らのおかげだと感謝しているが、ひとつだけ彼らに自慢できることがある。「人気では長嶋と勝負にならなかったし、記録でも王に抜かれた。でも、人を遺したということでは、ふたりに勝てたのかな」と。

だからこそ、言いたい。

その人のもとからどれだけの人材が育ち、羽ばたくことができたか。リーダーとしての価値は、最後はそこで決まると言ってもいいのではないだろうか。

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野村 克也(のむら・かつや)
野球評論家
1935年、京都府生まれ。54年、京都府立峰山高校卒業。南海ホークス(現福岡ソフトバンクホークス)へテスト生として入団。MVP5回、首位打者1回、本塁打王9回、打点王7回、ベストナイン19回などの成績を残す。65年には戦後初の三冠王にも輝いた。70年、捕手兼任で監督に就任。73年のパ・リーグ優勝に導く。後にロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)、西武ライオンズでプレー。80年に現役引退。通算成績は、2901安打、657本塁打、1988打点、打率.277。90~98年、ヤクルトスワローズ監督、4回優勝。99~2001年、阪神タイガース監督。06~09年、東北楽天ゴールデンイーグルス監督を務めた。

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(野球評論家 野村 克也)

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