「1年で一番つらい日」箱根駅伝エントリー選手16人から"非出走6人"を選ぶ監督の苦悩
プレジデントオンライン / 2021年1月1日 8時45分
■ウラ箱根駅伝、走らざる者たちの涙の物語
箱根駅伝に出場できるのは往路5人、復路5人の10人だけである。
選抜されるために、その10人はこれまでいくつもの“関門”をクリアしてきたが、クリアできなかった者も多い。主役といえる出走ランナーたちの陰で、何人もの選手が悔し涙を流している。
筆者は、かつて東京農業大学の1年生だったときにたまたま箱根駅伝の10区に出場できた。その際、最上級生の“涙”を目撃した。当時4年生の先輩Aは練習で先頭を引っぱることも多く、実力的にはエントリーできる14人(現在は16人)に入っていた。
しかし、当時の監督は経験を積ませるために1年生を4人もエントリー。その先輩は最後のチャンスを逃した。エントリー選手発表の翌朝、その先輩は練習に現れなかった。そんなことはこれまで一度もなかったが、誰もその理由を聞かなかった。
■長距離部員40~70人から選抜される10人、残りは夢の舞台に立てない
通常、箱根駅伝を走る10人に選ばれるには、長距離部員40~70人のなかから激しい競争を勝ち抜かなければならない。人数だけを考えれば、さほど競争率が高いようには見えないが、部員全体のレベルが高い。3~4年連続で出場する主力選手もいるため、各学年十数人のうち、箱根を経験できるのは3~5人ほどだ。全国から集まった精鋭たちのうち、半数以上は夢の舞台に立つことができないまま、大学を卒業することになる。
箱根駅伝の常連校には毎年15~20人前後の1年生が入部する。そのうち10人前後がスポーツ推薦だ。高校時代の恩師や両親に期待されて入学してきたエリートといえるだろう。一方、スポーツ推薦以外で入部する選手もいる。筆者もいわゆる一般組だが、最初の“関門”は入部できるかどうかだ。
たとえば東海大は5000mで15分00秒以内が基準になっている。仮入部は認められるものの、一定基準をクリアするまでは準部員という大学もある。いずれにしても実力が“規定”に満たない選手は、早々に退部する運命にあるのだ。
上下関係の厳しさ、練習についていけないなどの理由で1年生はどんどん減っていく。以前取材した大学では、1年時の春には20人を超える長距離部員がいたが、4年生の箱根前には6人(+マネージャー転向2人)になっていたということもある。
加えて、2年時のどこかのタイミングで、選手のなかからマネージャーを1人出すという大学も多い。以前取材した名門校の主務を務めていたあるBもそうやって選ばれた。1年時の箱根が終わった後に、部員3人を呼び出したコーチは言った。
「このなかからマネージャーを出すから」
レギュラー争いだけでなく、チーム内の下位グループにも“見えないバトル”があるのだ。半年後の学年ミーティングでマネージャーに選ばれたBはその夜のことが忘れられないと話していた。
「僕は泣き虫なんですけど、その場では泣きませんでした。でも、ミーティングが終わって、ひとり暮らしの部屋に帰ってから泣きましたね。ひたすらひとりで泣きました。でも、精神的にも参っていたので、『やっと解放される』という気持ちもあったんです」
マネージャーを務める男子部員の大半は元選手だ。箱根駅伝の出場を夢みて入部するが、チームのために“裏方”にまわる。「自分も走りたい」という気持ちを押し殺して。そうやって、強豪校には独自のチーム構成が確立されていくのだ。
■選手登録枠の「16人」に入れても出走枠の「10人」に選ばれない
選手として残った者たちも箱根駅伝に出場するには、“2つの関門”をクリアしないといけない。最初は選手登録ができる「16人」のなかに入ること、次は出走する「10人」に選ばれることだ。
チームエントリーは毎年12月10日に行われるが、ここで外れると、その後にどんなに調子を上げても本番を走ることはできない。メンバー入りが微妙な選手たちにとって“運命の日”といえる。
しかし、その前から“メンバー選考”は始まっている。たとえば、日々のトレーニングは実力に応じて、A、B、C、Dのように各校3~5つぐらいのグループに分けて行われる。夏合宿ではAチーム20人とその他という具合に2チームに分けて行うケースが多い。そうなると、正月の本番の数カ月前にあたる夏合宿から選手たちは「16人」を強く意識する。
![ぬれた路面を走る人々の足元](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/0/670/img_d0947de15df63bb199c89253bb266c39418602.jpg)
チームエントリーは速い順に16人を選ぶのが普通の考え方かもしれないが、実際は違う。箱根駅伝では“山”があるため、山登りの5区と山下りの6区の候補を厚めに選ぶなど、特徴の異なる選手を組み合わせて選出するのだ。
たとえば走力的には20番目でも、下りを走らせたらチームで1番速いという“特技”を持つ選手だと、6区候補としてエントリーに入りやすい。反対に10000mのタイムはいいけど、ひとりでは走れないという選手はエントリーの段階で外される場合もある。
駅伝では単独走になるシーンが少なくないため、自分でペースを作り、確実に走れる選手でないと指揮官たちは怖くて起用できないからだ。また同じぐらいの実力なら、来季以降のことを考えて、下級生が選ばれる傾向が強い。
16人の登録選手はエントリー直前の「実力」が重要視されるものの、夏合宿の消化具合、主要大会の結果も考慮される。ただ、どんな選び方をしても、一部の選手からは不満がでる。1年間、箱根を目指してやってきたわけなのでそれは当然かもしれない。それでも、外れた選手たちもチームのために働かなければならない。
■「僕の箱根駅伝は終わった。でも僕たちの箱根駅伝は終わってない」
山梨学大・上田誠仁監督はメンバーから外れた選手が翌日の朝練習に一番乗りで来て、「僕の箱根駅伝は昨日で終わりましたが、僕たちの箱根駅伝は終わっていませんから」という言葉を聞いて、涙ぐんだ経験があるという。
エントリー16人に選ばれた選手たちは、全員がギリギリまで出走の準備をするが、外れた部員たちにも役割がある。まずは出走選手の付き添いだ。ストレスのない環境を整えて、レースに集中できるように、選手たちの身の回りをサポート。荷物の持ち運びはもちろん、選手の話し相手になり、リラックスさせる。レース前にサインをねだるようなファンからガードするのも仕事だ。大学によっては、沿道に立ち、前後チームのタイム差を計測して、選手に伝えるところもある。
それから各大学にはもうひとつ重要な役割がある。それは関東学生連盟としての仕事だ。箱根駅伝では加盟大学から「補助員」を出すことになっている。前回大会は日本体育大が120人、国士館大が70人、東海大が56人、順天堂大が55人、日本大が52人というように、トータルで1000人を超える陸上部員が「走路員」などの補助員を担当している。
本戦出場校だけでなく、予選会落選校からも補助員を出すため、前年の正月に補助員をして、その悔しさをバネに箱根路を走った選手も少なくない。
明治大・山本佑樹駅伝監督は出身大学の日大1年時に箱根駅伝予選会で見事日本人トップを飾りながら、チームは敗退し、本選出場はかなわなかった。箱根駅伝では、補助員として10区の最後、選手が走り込んでくる大手町でゴールテープを持ったそうだ。
■非出走の6人を決めるのは大みそかか元日「1年で一番きつい日です」
1月2、3日の本選に先立って、12月29日に「区間エントリー」が行われる。レースを大きく動かす他大の有力選手の区間を気にしながら、各校は自分たちのオーダーを決定する。1~10区までに選手名を入れるが、当日変更で補欠登録の選手を最大4人(今回は6人)入れることができる。
ライバル校にギリギリまで作戦を知らせない目的と、リスクマネジメントのために、この時点でベストオーダーを入れる大学はほとんどない。駆け引きをするのだ。
リスクマネジメントでいうと、予定の10人全員をエントリーすると、風邪や故障など当日変更を余儀なくされた場合に困ることがある。2区や5区など主要区間の選手にアクシデントがあっても対応できるように、エース区間を任せられる主力選手をあえて補欠登録しておくことが多い。
チーム内では当日変更される選手のことが事前に共有されても、チーム外の人間にはわからない。当日変更で外れる予定の選手たちは、家族が期待していることもあり、レース当日を複雑な思いで迎えることになる。
![出走前に握手を交わし友情を築く2人のアスリート](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/f/670/img_2f8c1b008d019b85bfc52f8e7b9ca744359590.jpg)
エントリーの16人には選ばれたものの10人の出走メンバーからは外れる選手はもちろんつらいが、それを決断する指揮官もつらい。東海大・両角速駅伝監督は、「外すことを告げたときに涙する者もいて、適切な言葉が出てこないのが悩ましいところなんです」と話している。國學院大・前田康弘監督も、「外す選手とは1対1で話をします。だいたい大みそかか元日ですけど、1年で一番きつい日です」というほどだ。
■出走する21大学210人を、補欠・裏方の1000人が支えている
補欠・裏方に回る非レギュラー部員は、おそらく1000人以上。
筆者は1年次に箱根駅伝10区を走った後、故障で走れない日々が続いた。2年時の後半から左脚の付け根が張るようになり、左脚をまっすぐ出せなくなった。スポーツ整形外科を中心にいくつもの病院をまわり、評判のいい治療院にもいくつか通った。しかし、脚は元に戻ることはなかった。寮のベッドのなかで声を押し殺して、何度も号泣した。いまでもそのときのことを思い出すと、胸が苦しくなる。
箱根駅伝は出走するのは21大学(関東学生連合含む)の210人だけではない。
補欠・裏方に回る非レギュラー部員は、おそらく1000人以上。その走らざる者たちにもそれぞれストーリーがある。スポットが当たらないだけだ。そのことを理解すると、1月3日のゴールシーンでは特別な感慨がわいてくるのではないか。走らざる者たちのためにも、選ばれし者たちには悔いのない走りをしてほしいと思う。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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