なぜ子ども世代は親の介護問題にここまで悩まされなければならないのか
プレジデントオンライン / 2021年1月5日 9時15分
■「親の介護」に人生を翻弄される50代の子供世代の苦悩
筆者が、『親の介護は9割逃げよ 50代からのお金のはなし』(プレジデント社)を上梓したのは2015年のこと。
タイトルの文言から、「親の介護はとにかく大変だから、避けられるものなら避けたほうがよい」といった指南書をイメージする人も多かったようだが、狙いは違うところにあった。
高齢期の親をサポートする筆者のようなアラフィフの子ども世代に向けて、共倒れにならないように親の介護や病気、お金とどう向き合っていけばよいのかをファイナンシャルプランナーの立場で書きたかったのだ。
あれから5年以上が経過し、親の介護問題に悩む子ども世代からの相談は確実に増えた。しかも、問題は複雑・深刻化している印象がある。
長引くコロナ禍によって、勤務する会社の給与やボーナスが減額され家計が悪化する子ども世代が増えていることも一端にあるのではないだろうか。
しかし、よくよく考えてみると、介護される側の70、80代以上の親世代の中には、自分の親の介護を経験していない人も少なくない一方で、今の子ども世代は親の介護問題に大いに悩まされている。このギャップは何のだろうか。
今回のコラムでは、親の介護の状況と世代間の認識のズレについてご紹介したい。
■父の遺産は1500万円「これで母の介護費用はまかなえますか?」
12月上旬、関東地方に在住の会社員・明石亮介さん(仮名・53歳)から、地方で暮らす実母(79歳)の介護について相談したいと依頼があった。
昨年、実父が亡くなり、預貯金や生命保険、実家の売却代金など遺産は1500万円。このお金と公的年金で、実母のこれからの老後や介護費用をまかなう予定だという。
実母は、半年前に脳卒中で倒れて現在は入院中。ただし、まだ寝たきりというわけでもなく、杖をつかって歩くことはできるし、介護認定は要介護度1だった。判断能力もしっかりしている。
ただ、明石さんの自宅に引き取って一緒に住むことはできないので、住み慣れた地元の周辺で、高齢者施設を探しており、見つかり次第、退院して入所するつもりだという。
明石さん曰く、
「父はくも膜下出血で亡くなりました。救急車で運ばれた病院で、そのまま最後を迎えました。ですから、介護などはほとんどありません。言い方は悪いですが、ラクでしたね。入院中も母が世話をしていましたし。でも、これからの母の介護や病気になったときのお金を考えると、いったいどれだけかかるか分からないし、このお金で足りるのかどうか心配で……」
聞けば、明石さんのお子さんはまだ小学生。教育費はまだまだかかる。加えて自分の年齢を考えても老後資金も視野に入れて準備を進めていかねばらなない。
高齢の親のことは気にかかるが、正直に言うと、自分たちに火の粉がかからないか、事前にきっちり知っておきたいという心積もりのようだ。シビアなように感じるかもしれないが、FPの筆者から見れば、この判断は冷静で間違っていないと思う。
相談者の多くは、漫然とお金を使い果たした後で、「どうすれば良いでしょうか?」といって相談に来るケースが大半だからだ。
明石さんは、こちらが提示した具体的な施設にかかる費用をはじめ、介護費用、医療費などの概算をいくつかのパターンに分けてシミュレーション結果を確認し、「だいたい、どのくらいのお金のかけ方なら大丈夫か目安がわかって、ほっとしました」と満足して帰っていかれた。
■なぜ、今の子ども世代がここまで親の介護問題を考えるのか?
明石さんのように、親の介護費用について把握しておきたい、どう備えればよいか知りたいといった相談は増えている。年代的には50代~60代が中心だが、中には40代から相談を受けることもある。どこかしら今の子ども世代は、親の介護に直面することを怯えているようにも見える。
くり返しになるが、介護される側の親世代は介護の経験がほとんどないという人も珍しくない。「そういえば、(親の介護は)していませんね。当時は、同居する家族が面倒をみるか、病院に入院してそのままとかだったでしょうか」といった高齢者が多い。
では、なぜ今は変わってきたのか? その理由として、次の3つが考えられる。
①高齢者の増加・医療の進歩による長寿化
人口は減少しても高齢者数(とくに75歳以上)は増え続けている。さらに、医療が進歩したことで、がんや脳卒中、心筋梗塞といった重篤な病気にかかっても、すぐには死亡するような事案が減った。その反面、再発や重症化のリスクは高まり、一定の介護期間がかかるようになってきた。
②家族のスタイルの変化
核家族化が進み、同居家族が減り、介護の担い手が少なくなった。共働き世帯の増加で、従来の「同居する長男の嫁が義両親の直接介護をする」などは、もはや期待しにくい。
③少子化
きょうだいがいなければ、両親の介護(あるいは未婚の伯父伯母など)を子ども一人で担うことになる。また、きょうだいがいても、疎遠になっていたり、きょうだい間の暮らしの経済格差があったりして、協働しにくい。
要するに、ひと昔前であれば、高齢者が何か病気にかかれば「あとどれくらい」ということが家族はなんとなく理解できた。また、子どもの数や同居家族も多かったので、家族が分担して直接介護をしたり、長男の嫁が世話をしたりといったことも多かったはずだ。
実際、私が話を聞いた介護経験者の中には、嫁ぎ先の祖父母と両親、自分の親の合計6人の介護をしてきたという60代女性がいた。彼女は苦笑しながら言うのだ。
「本当に介護するために嫁にきたようなもんですよ。昔はそれが当たり前で、誰にも愚痴をこぼせなかったけど、もう大変でした。介護をするのもされるのも、もうこりごり。自分の子どもには、親の介護は絶対しなくていいからね! って言い聞かせてますよ」
小柄ながら元気いっぱいといった雰囲気の女性で、大変だったと苦労話を話しながらも、介護をやりきった自信と満足に満ち溢れていたのを覚えている。
■公的介護保険の導入で、介護は「措置」から「契約」へ
さらに、介護を取り巻く状況が変わったのは、2000年に公的介護保険(以下、介護保険)が導入されて以降ではないだろうか。
介護保険導入前の介護は「措置制度」が主流で、行政の窓口に申請すれば、行政が指定した老人ホームに入所するという流れだった。
「措置」とはやや聞きなれない言葉かもしれないが、最近はしばしば耳にするのではないか。例えば、新型コロナウイルス感染症に関する措置入院だ。感染症法第19条・20条に基づき、都道府県などは、コロナ感染症のまん延を防止するために必要に応じて、患者などを入院させることができる。
つまり、「命を守るための対応」として、現在も措置制度は機能しているわけである。措置制度の場合、国や自治体など公的な団体がサービスを提供しており、財源は税金になる。利用者は、支払い能力に応じた「応能負担」が基本で、対象はおもに低所得者層や、身寄りがない人、経済的な理由で支援を必要としている高齢者だった。
しかし、高齢者の増加で、国の負担は増大し公費ではまかないきれない。
そこで、介護保険が導入された。介護保険では、利用者が自由に希望する事業者や介護サービスを選ぶことができ、利用者と事業者間の「契約制度」が主流となった。
その財源は、40歳以上の人が支払う保険料で、利用者は、保険適用内で1~3割を負担し、受けたサービスの分だけ費用を支払う「応益負担」となっている。
介護保険制度では、利用者が自由にどのような介護を受けたいかサービスを選べる。これは一見よさげなしくみだが、選択するためには情報が必要となり、誰かが判断しなければならない。サービスを受けた分、費用もかかってくるので、コストに対するベネフィットのバランスの検討も欠かせない。
高齢の親にそれを委ねきれない場合、子どもが決定権者となって、サービスを取捨選択し、時には、費用の負担もしなければならなくなった。このように、親の介護が、より身近な問題として考えざるを得なくなってきたのだ。
■子のココロ親知らず? 親と子の介護に対する認識はギャップ大
その一方で、介護に対する意識は、親と子で大きなギャップも生じている。
アクサ生命保険では、親を持つ40歳~59歳の男女と、子どもがいて介護された経験がない60歳~79歳の男女を対象に意識調査を行った(2019年)。
これによると、介護の担い手に関する「親の介護は誰が担うのがよいか?」という質問に対して、40代・50代の子世代が考える担い手は、1位「自分自身」(57.2%)、2位「介護サービスの職員」(36.0%)、3位「自分の兄弟姉妹」(30.4%)となり、半数以上の子どもが自分の役割および責任と考えていることがわかる。
そして、60代・70代の親世代が希望する、自身の介護の担い手は、1位「介護サービスの職員」(49.6%)、2位「配偶者」(41.2%)、3位「子ども」(24.6%)と、子ども世代とはまったく異なる。
本心では、面倒を見てもらいたいと思っていても、恐らく、子どもには迷惑をかけたくないという親心のあらわれなのだろう。あるいは、介護に不慣れな子どもに世話をしてもらうよりも、プロにやってもらった方が、精神的にも肉体的にも楽ということかもしれない。
さらに、興味深いのは、子どもにしてほしいと考える親の介護の内容についてである。
60代・70代で、自身が要介護状態になったときに、子どもに介護してほしい人へ、自身の子どもに望む介護の内容を聞いたところ、「話し相手になる」(77.2%)が最も高く、次いで、「買い物(食品や日用品など)」(62.6%)、「病院や介護施設への送迎」(61.8%)などが続く。
また、男女別でも、[男性>女性]は「話し相手になる」で14.2ポイント差。[男性<女性]は「買い物」19.6ポイント差、「お金の管理」18.0ポイント差、「家事」15.8ポイント差など、やってほしい介護の内容に違いがみられる。
いずれにせよ、「排泄や入浴の手伝い」、「リハビリ・運動の手伝い」といった、子どもがしなければならないのではと、覚悟を決めている“THE介護”的な身体介助のニーズは、親にとっては優先順位が低いようだ。
■親子間の介護に対する認識のズレを解消する、たったひとつの方法
では、こうした親子間の介護に対する認識のズレを解消し、上手に賢く親の介護問題をクリアしていく方法はないのか。
筆者が多くの相談事例を踏まえて言えるのは、まず認識のズレについては、日頃から、できるだけ親子間、きょうだい間のコミュニケーションを円滑にしておくこと。介護を含め、親がどんな老後を望んでいるのか、子どもは耳を傾けてほしい。
とはいえ、かしこまって、「今日の議題は介護問題です」などと切り出す必要はない。
普段の日常会話の中に、親の気持ちや要望が透けてみえるヒントが隠されている。それを見逃さないようにすることが肝心だろう。
筆者の事例を出そう。先日、母の兄(筆者の伯父)が90歳で亡くなった。コロナ禍ということもあり、身内だけの家族葬で済ませたのだが、葬儀に参列した母から報告の電話の際に「私も、(伯父と同じ)家族葬でいいからね。近所の人を別に呼ばなくても、あれくらいこじんまりとした葬式でも十分だったわ」などと言っていた。
これも親の一つの意思表明で、これらの情報の積み重ねで、介護の方向性も決まっていく。
■親の介護の問題をほったらかしにすると後でツケを払わされる
そして、介護問題をクリアするために欠かせないのが「時間」「お金」「情報」の3つである。この3つは、相互に作用しあっている。
つまり、介護が発生するまでにまだ時間の余裕がある場合は、情報を入手し、お金を節約する方法がないか模索できる。時間がなければ、お金をかけるしかないが、情報があれば、効果的かつ合理的なお金のかけ方ができる、といった風に考えておこう。
なお、冒頭で親の介護問題に悩む子ども世代が増えていると書いたが、厳密には、真面目に考えている派とそうでない派の二極化が進んでいるというのが正しいかもしれない。自治体や介護業者などに丸投げして、「親の面倒はみられません。お金も出しません」といった子どもも少なくないと聞く。
家族の事情は、その家族にしかわからない。筆者自身も親に対して反発し、一切の連絡を絶っていた時期があるので、それに関してとやかく言うつもりもない。
しかし、親の介護問題を考えることは、自分のためでもある。なぜなら、ほったらかしにしておいて、こじらせるよりも、その前に対策を講じておいた方が心理的にも経済的にも被害は少ないのが確実だから。
それに、将来は自分自身も介護状態になる公算が大きい。その時に上手に介護を受けるための“予習”も兼ねていると考えれば、ちょっと前向きになれるのではないだろうか。
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ファイナンシャルプランナー
CFP1級FP技能士。日本総合研究所に勤務後、1998年にFPとして独立。著書に『50代からのお金のはなし』など多数。
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(ファイナンシャルプランナー 黒田 尚子)
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