「今日ダメなら、おまえはトレードかクビだ」野村克也がそうボヤいた本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年1月10日 9時15分
※本稿は、野村克也・著『野村の結論』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■リーダーの器以上に、組織は大きくならない
チームは監督の力量以上には伸びないし、監督の器より大きくなることはない。これは組織論の原則であり、自分自身にも言い聞かせてきたことである。
つまり、組織が強くなれるかどうかは、リーダーの力量にかかっているということだ。
ならば、リーダーと呼ばれる人間は、どんなときも自分がレベルアップしていくことを目指す義務がある。
わたしも、「現状の指導方法でいいのか」「もっとよいやり方があるのではないか」と自分自身に問いかけ、グラウンドの外でも自分を磨いてきた。選手以上に自分を厳しく律し、「進歩しよう、向上しよう」という姿勢を周囲に見せる必要があるからだ。
では、器とはなにか。
人望、信頼、度量、貫禄、威厳といった人格的要素はもちろんのこと、表現力に優れ、的確な言葉を使えることも重要なポイントだ。野球に関する知識と理論、さらに戦略、戦術に長けていることは当然だが、人間社会は基本、言葉のやり取りで成り立っているからだ。
監督の器の要素をすべて備えている人は、皆無に近い。わたしがなんとか長く監督をまかせてもらえたのは、欠点こそあれ、選手やフロントから一定の信頼を得ることができたからだろう。
監督の器をはかるさまざまな要素のなかで、もっとも肝要なのは信頼、そして周囲から寄せられる信用だと思う。
■監督の最初の仕事は人間づくり
「組織やチームをつくるうえでいちばん大事なことはなにか?」と聞かれることがよくある。ひとつだけを挙げるのは困難だが、わたしは組織づくりの基本は「人間づくり」だと考えている。
監督の役割というとすぐにチームづくりとなるが、チームをつくるには、まず一人ひとりの選手をプロの選手としてつくらなくてはならない。人をつくってはじめてチームづくり、試合づくりに着手できるからだ。
人間づくりとは、簡単に言えば、人間形成である。
自由放任主義を唱える監督が増えてきたが、チームであり組織である以上、最低限まわりの人間が不快にならないだけの社会常識やルールは身につける必要がある。
わたしはヤクルトの監督時代、長髪、茶髪、ひげを一切禁止した。なぜなら選手のそういった姿に不快感を抱くファンに数多く出会っていたからである。
メジャーリーグを代表するニューヨーク・ヤンキースも、長髪やひげは禁止と聞く。伝統あるチームはやはり、人間的な節度や心構えについても厳しく律しているものだ。
人間形成には、そうした社会人教育以外に、その人物が持っている可能性、本人も知らなかったような能力、資質を開かせてやることも含まれる。
■「今日ダメなら、おまえはトレードかクビだ」
監督の判断ひとつで、選手の将来は大きく変わる。いわば、選手の「生殺与奪権」を握っていることを、監督は絶対に忘れてはいけない。
ヤクルトの監督時代、中継ぎや左打者のワンポイントなどで貴重な働きをしてくれた左腕投手がいた。
この選手は、驚くほど気が弱い男だった。ブルペンでは目を見張るようなボールを投げているのだが、「次の回からいくぞ」と言われただけで顔が真っ青になる。実戦のマウンドになると、まるで別人になってしまうのだ。
何度話をしてもマイナス思考に陥って、自信を持つようにいろいろ工夫しても効果なし。なかなか結果が出ないことに業を煮やしたわたしは、一か八かの賭けに出た。
試合前、彼に先発を告げ、続けてこう引導をわたしたのである。
「今日ダメなら、おまえはトレードかクビだ。いつまでもつき合っておれん」
とことんプレッシャーをかけることにしたのだ。そこまで追い込めば、火事場の馬鹿力で、開き直れるのではないかと期待したのである。
![ホームベースにタッチしているグローブとボール](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/6/670/img_866d56021b9f6debc13a1acf01d29628428901.jpg)
このショック療法は見事に成功した。追い込まれて腹を括った彼は、ブルペンで見せるような素晴らしいピッチングをしたのである。
もちろん、すべての選手にこの方法が効くわけではない。彼のように奮起して大化けする人間もいれば、さらに萎縮して潰れてしまう人間もいるだろう。
指導者は部下の仕事ぶりをフラットな目線で見て、それぞれに合った適切な指導を行う必要がある。
まさに、「機に因りて法を説け」「人を見て法を説け」である。
■人を育てるプロセスの3段階
人を育てるプロセスには「無視」「称賛」「非難」という3つの段階があると考えている。これは、あらゆる分野において人を育てる際の原理原則だろう。
新人や能力不足の選手は「無視」の段階である。無視というと無責任で冷たいように聞こえるが、「観察して見守っている段階」と言えばいいだろうか。
実力がないのに無視されてふてくされるようであれば、そもそも最初から見込みはない。無視された悔しさをバネに、「認めてもらいたい。そのためにはどうすればいいのか」を考えるところから、人の成長がはじまるのだ。
可能性が見えてきた選手は、「称賛」の段階になる。ある程度実力をつけてきたときは、褒めることがその選手の向上心を後押しするからだ。ただし、褒めてばかりだと、「自分は一流だ」と勘違いしはじめる。
そこで中心選手にまで成長したら、「その程度で満足してはダメだ。さらなる上を目指してほしい」という期待を込めて、あえて「非難」するのだ。
人は褒められているうちは、一人前ではない。いろいろと周囲から非難されるようになってはじめて一人前。「あいつが打たないから勝てない」「あいつがしっかり投げないから勝てない」などと言われ出して、やっと本物なのだ。
結果を出しているのに非難されるのは、実力が本物に近づいてきた証。よろこぶべきことなのだ。
■指導者は「人使い業」
ヤクルト、阪神、楽天の監督時代、わたしがもっとも力を入れたのがミーティングだった。
おおげさに聞こえるかもしれないが、身命を賭していたと言っても過言ではない。というのも、ミーティングは選手の信頼を得るための最良の機会だからだ。
なかでも肝心なのが、開幕前の春季キャンプで行うミーティングだ。シーズンオフのあいだ、野球と距離を置いていた選手の頭は新鮮な状態である。野球をしたいという欲求も高まっている。
![野村克也・著『野村の結論』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/9/200/img_49c5d35457ad764db27fcf35f792db79168447.jpg)
その状態の頭に、野球に関する知識はもちろん、自らの哲学や思想を叩き込めば、「監督は野球だけでなく、あらゆることをよく知っている」と驚き、感動してくれる。
感動は人を変える根源である。
感動はプラスの暗示をもたらす。
人はマイナスのことには感動しないものだ。逆に、感動すれば自然と動くようになる。「感動」とは読んで字のごとく、「感じて動く」ことなのだ。
プロ野球の指導者は、いわば「人使い業」。与えられた人材を育て、使い、動かして結果を出す。
その最大の武器を、わたしは言葉だと考えている。だからわたしは、コーチに対しても、「選手には何度でもかんで含めるように、懇切丁寧に説明しなさい」と言い続けた。
その言葉に感動すれば、選手たちは自ら動きはじめるからである。
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野球評論家
1935年、京都府生まれ。54年、京都府立峰山高校卒業。南海ホークス(現福岡ソフトバンクホークス)へテスト生として入団。MVP5回、首位打者1回、本塁打王9回、打点王7回、ベストナイン19回などの成績を残す。65年には戦後初の三冠王にも輝いた。70年、捕手兼任で監督に就任。73年のパ・リーグ優勝に導く。後にロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)、西武ライオンズでプレー。80年に現役引退。通算成績は、2901安打、657本塁打、1988打点、打率.277。90~98年、ヤクルトスワローズ監督、4回優勝。99~2001年、阪神タイガース監督。06~09年、東北楽天ゴールデンイーグルス監督を務めた。
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(野球評論家 野村 克也)
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