「配達ゼロでも時給1150円」北欧系デリバリーが配達員に気前よくカネを払う理由
プレジデントオンライン / 2021年1月11日 11時15分
■「誰が最後まで残れるかが重要だ」
ミキ・クーシ氏が率いるウォルトは、2014年にヘルシンキで創業した。2016年からサービスを開始し、事業を北欧4か国に広げた後、チェコやギリシャ、カザフスタンなど中欧や南欧、中央アジアに進出し、2020年中に23カ国110都市以上に展開を拡大する予定だ。
ウーバー・イーツがエジプトやサウジアラビアなど、一部の不採算地域で撤退するなど事業の見直しに入っている中で、ウォルトはグローバルファンドなどから出資を受けるなどして資金を調達し、世界への進出スピードを加速させている。
日本には3月の広島を皮切りに札幌、仙台、福岡などに進出、東京では10月に渋谷区など中心部6区でサービスを開始した。日本での展開は2020年12月中に9都市に拡大。2年後に100都市に進出、全国展開を目指すという。
クーシ氏は「東京は、これまでウォルトが展開してきた世界中のどの都市よりも大きい大都会。フードデリバリーには競合他社が多いが、『誰が先に行ったか(Who is First)』ではなく『誰が最後まで残れるか(Who is Last)』が大事だ」と話す。
「経営、レストラン、配達環境などを整えれば、ユーザーは一番良いものを最後に取る。そうなれる自信は我々にはある。ただ忍耐(Patience)は必要で、最も重要な経営課題でもある。コロナ禍でニーズは加速している」
■「スーパーで食材を買い料理する層」を新規開拓
実は東アジア圏での進出は日本が初めて。「アジアに進出するために日本を選んだのではない。日本が最初からターゲットだった」(クーシCEO)というこだわりを見せる。
これは日本が米国、中国に次ぐ世界第3位の出前市場とされており(UBS銀行推計)、フードデリバリーに市場開拓の余地があるとみたためだ。さらに「フィンランドと同じで人件費が高い」(同)という、一見マイナスの共通項を、プラスに転じる戦略に商機を見いだした。
「フィンランドは、人件費が高く、人口密度は低く、街のサイズは小さい。フードデリバリーのビジネスには『最悪の環境』だ。でも上手くやれれば、どこの国でも成功できる。日本で『アプリを使って30分で配達する』文化を根付かせるのは時間がかかるかもしれない。だが日本のフードデリバリーはまだ伸びる余地がある。スーパーマーケットで食材を買って、自宅で料理するような人たちを取り込みたい。(先行企業と)既存のパイを食い合うよりは、新規需要を開拓したい」
例えば各国のマクドナルドの時給を比較すると、フィンランドは1000-1200円前後、米国1000円前後、日本900円ほど。対してハンガリーなど旧東欧諸国は概ね300円台だ(ウォルト・ジャパン調べ)。高い賃金コストは経営を圧迫しかねないが、克服できれば強靭な体力となる。
その日本市場には初期投資で100億円を投入。これまでに展開した都市では進出後12~24カ月での黒字化を果たしている。現時点では欧米の主要各国への進出計画を明らかにしていないが、東京での成功を試金石とし、その先の展開を温めているふしがある。
アプリ分析調査会社「フラー」(千葉県柏市)によれば、国内におけるフードデリバリーアプリの月間利用者数は、上位5社(ウーバー・イーツ、出前館、楽天デリバリー、マックデリバリー、menu)の2020年11月時点の実績が前年同月比2.7倍。ウォルトは広島でサービスを開始した直後の2020年4月から、同11月までで5倍となった。
同社はアンドロイドユーザー約15万台を対象に、アプリの利用ログの推計値を調査している。シェアは2020年11月時点で、ウーバー5割超、出前館3割超と上位2社が8割以上を占めている。
フラーのアプリ関連メディア「App Ape Lab」の日影耕造編集長は「この1年は、エリア拡大と人々の生活様式の変化の両面で開拓余地が大いにあり、劇的な伸びが生じた。対象外のエリアが地方を中心に全国にまだまだ多数存在しており、2021年も開拓余地はある。ウォルトの利用者数の伸びは上位5アプリをしのぐ勢いがある。今後はアプリ内での『心理的な安心・安全』をいかに担保できるかといった、価格競争以外の部分で差別化が進む」と話す。
■配達が無くても1150円……北欧流「サステナブル経営」
ウォルトは寒冷地であるフィンランドで、天候や交通の状況に応じて効率よく配達できる独自のアルゴリズムを持ち、配達時間の短縮に取り組んできた。「1つの最適化ルートを出すために100の数値を使うこともある」(クーシ氏)。厳しい環境で鍛えたシステムなら、他の地域ではたやすく応用できる。日本でも札幌や仙台、盛岡といった寒冷地での展開を優先させて実績を積んできた。
さらに「北欧流」の手法は、企業の持続性を問う「サステナブル経営」にも生かされている。個人事業主でもある配達員には、事前に稼働時間を登録すれば最低報酬を得られる「最低賃金保証制度」を導入している。事前に稼働時間を登録すれば、その間に配達がなくても、東京なら法定最低賃金を上回る1150円が支給される。配達中の事故についても傷害補償制度を導入している。
待遇の手厚さは他のフードデリバリー事業者をしのいでおり、配達員を確保しやすいという。
「大きな費用をかけたマーケティングを行わなくても、口コミや紹介で来てくれる人が多い。ウォルトで働くことに満足度が高いからだ。報酬も大事だが、加えて柔軟に働ける選択肢があることが重要で、フェアな報酬体系とのバランスを取っている。北欧の企業として、サステナブルな経営をしていきたい」
■若き成功者、見据える先は
創業者兼CEOのミキ・クーシ氏は31歳で、大学中退後、テクノロジーイベント「Slush」を世界有数の祭典に育て、東京開催まで実現させた手腕を持つ。飲食業界とは無縁だったが、米サンフランシスコを訪れた際にウーバーの配車サービスを知り、フードデリバリーの起業を思いついた。3月には英フィナンシャル・タイムスが選ぶ「Europe's Fastest Growing Company2020」(欧州で最も早く成長中の企業)で初登場2位に選ばれた。
「Wolt」はフィンランド語からの引用ではなく、特に意味のある言葉ではない。「『フード』を連想させない、短い響きの音を考えたらこうなった」(クーシ氏)。青字に白抜きのロゴマークは、ヘルシンキの空と雲をイメージしている。
クーシ氏31歳、副社長のマリアンネ・ビックラ副社長は28歳と、ウォルトの経営陣は若い。フィンランドでは、そういう若い才能を引き上げる風土があるという。
「フィンランドでは、ノキアが失速したことで多くの人材がスタートアップ企業に向かった。国全体が優れた才能の活用に前向きでゲーム会社のスーパーセルもその一つ」
スーパーセルは、2016年に中国のIT企業、テンセント傘下に入り、企業価値が約100億ドル(約1兆円)と評価されたモバイルゲーム企業。CEOのイルッカ・パーナネンはウォルトを資金面で支援、クーシ氏のメンター的存在でもある。
■「総合ロジスティックス企業」を目指すには
ウォルトが目指しているのは総合ロジスティックス企業だ。
「フードデリバリーはローカルサービスのゲートウェイという位置づけ。人は1日3回、食事をするのでビジネスの接触機会は多く、飲食店は地域で一定の経済規模を持っている。将来的にはあらゆる日用品を地域の小売店から30分以内で配達する総合ロジスティックス企業を目指したい。(アマゾンのような)大企業が大きな倉庫をもって配達するのではなく、ローカルのお店からすぐにお届けするサービスを確立する。『インターネットが全てを変えた』と言われる時代。『ウォルトが大きな影響を与えた』と言われる存在になりたい」
収束の見えない「コロナ禍」で、国内ではコンビニエンスストアから日用品を配送する「ネットコンビニ」の需要が高まりつつあり、すでにファミリーマートやローソンは、ウーバー・イーツと組んだ試験的な配送を一部の地域で始めた。
セブン&アイ・ホールディングスは物流会社を活用したグループの総合的な物流網の構築を急ぐ。百貨店から外食、スーパー、コンビニまで傘下企業の配送網を一括管理する仕組みで、すでに都内のセブン‐イレブン・ジャパンでは、ネット上で受けた注文を物流会社が店舗で受け取り、最短30分で届けるスピード宅配を行っている。
対するウォルトは、すでに大手コンビニエンスストア、スーパーマーケットなどと契約交渉を進めており、2021年上半期には日用品の配送サービスを始める計画だ。
コロナ禍で拡大するデリバリー需要をどこまで取り込むことができるのか。それが日本での成否を分けることになりそうだ。
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ジャーナリスト
元全国紙経済記者。早稲田大学大学院文学研究科演劇専攻中退。米コロンビア大学大学院客員研究員、放送大学非常勤講師(メディア論)、秋田テレビ(フジテレビ系)コメンテーターなどを歴任。著書に『出世と肩書』(新潮新書)『釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝』(世界文化社)
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(ジャーナリスト 藤澤 志穂子)
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