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「罪悪感に苛まれた」あの"持続化給付金コールセンター"で起きていたこと

プレジデントオンライン / 2021年1月3日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/eakrin rasadonyindee

この夏、政府の持続化給付金をめぐってさまざまなトラブルが起きた。そのひとつが「コールセンターに電話がつながらない」というものだ。一体どんな問い合わせがあり、どんな対応が行われていたのか。元オペレーターがその内幕を明かす――。(第1回)

■「事業者の業務継続を支える」とは名ばかりの現実

「通常、給付までには2週間程度いただいております。恐れ入りますがもう少々お待ちいただけますでしょうか」

持続化給付金の申請者からの問い合わせに対して、相手が申請から2週間未満であれば、私は条件反射のようにこの決まり文句を唱えていました。各人のデータにきちんと当たっての進捗確認など、しません。なぜなら研修でそう指導されていたからです。業務中、手元に置いてあるトークマニュアルにも、はっきりそう図解されています。

持続化給付金とは、「感染症拡大により、営業自粛等により特に大きな影響を受ける事業者に対して、事業の継続を支え、再起の糧としていただくため、事業全般に広く使える給付金を給付」(公式ホームページより)する制度です。今年5月1日から来年1月15日まで申請を受け付けていて、給付条件を満たせば個人事業者で最大100万円、中小法人等なら最大200万円が支給されます。

私はこの夏から数カ月、『持続化給付金事業コールセンター』に勤務していました。ところが、コロナ禍に苦しむ相談者との接点となる場でまず最初に直面したのは、「事業者の業務継続を支える」とは名ばかりの現実だったのです。

給付金事務局やコールセンターの側の都合やルールに自ら縛られ、手助けを必要としている事業者をおざなりに扱う場面に何度も遭遇しました。正直に言えば、私自身がそうしてしまったこともあります……。

税金を原資とする事業の内幕を、少しでも多くの人に知っていただくべきではないか――。私はそう考えました。

これからの数回、今も胸の内に深く刻まれている記憶と、折に触れて残してきた記録を頼りに、持続化給付金コールセンターでの経験を手記という形で綴っていけたらと思います。

■自己申告で記載したプロフィールだけで合格

これまで私は、オペレーターとしていくつかの業種のコールセンターを渡り歩いてきました。

直近の仕事がこの春で契約満了し、次の仕事を探していたところ、『申請手続きについてのお問い合わせ対応』という募集が目にとまりました。

勤務地は自宅からさほど遠くない渋谷で、時給もまあまあ。応募資格はコールセンターでの勤務経験だけで、就業は数カ月という期間限定契約。面接はなく、書類選考のみで決定するとあります。

さっそく応募してみると、その日のうちに派遣会社から採用を告げられました。登録フォームに自己申告で記載したプロフィールだけで合格が決まっていたのです。担当者はこう言いました。

「派遣先は今年の5月から申し込み受け付けが始まっている『持続化給付金』事業のコールセンターで、制度への質問や申請者からの問い合わせに対応する業務に就いていただきます」

応募から1週間とたたず、業務が始まりました。

■具体的なマニュアルはなく、資料はサイトのプリントアウト

職場は、派遣先であるコールセンター運営会社の本社ビル内の2フロアを占有していました。

新人研修の日数は4日間。詳細な専用マニュアルがあるわけではなく、持続化給付金のホームページのプリントアウトと、電話応対フローチャートを中心に進められました。わずかな日数しか取れないだけに体系立てて丁寧に教え込むわけではなく、制度内容や電話応対ルールを駆け足でざっくりとさらうだけです。

コールセンターには、私の所属先も含めた複数の派遣会社からそれぞれオペレーターと、管理者であるリーダー、スーパーバイザーが送り込まれています。それに加えて派遣会社からのスタッフとは別に、フロア全体の監督、問い合わせがあった申請者のデータ照会、持続化給付金事務局との連絡などを担うコールセンター運営会社の社員も控えていて、我々のいるフロアだけでも総勢150名超の人間が働いているようです。

この運営会社は札幌、多摩、渋谷、市川、横浜、神戸、大分と全国7拠点に持続化給付金のコールセンターを構えているのですが、渋谷の規模が最大とのこと。

オペレーターからの質問を受けたり、入電者とのやりとりがこじれて「責任者を出せ!」と要望があった際に、電話を替わったりするのがリーダーで、オペレーター8人に1名程度の割合で配されます。

ヘッドセットと電話
写真=iStock.com/Chainarong Prasertthai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chainarong Prasertthai

その上にいるのがスーパーバイザー。各社に毎日2~4人がいて、リーダー陣でもわからない疑問に答えたり、自分の派遣会社からのスタッフ全体をまとめて、派遣先とのパイプ役などを務めています。

この3つのカテゴリーで派遣会社ごとにピラミッド型の組織を作り、フロア内で業務に就くエリアも各社単位で決められています。

■『対応の心構え』にあった業務の本質と問題

そして、のちに他の派遣会社の人たちとも言葉を交わすようになってわかったのですが、渋谷のコールセンターに配属されたスタッフの時給は、オペレーターが1300~1500円程度、リーダーが1600~1800円程度、スーパーバイザーが2100~2300円程度のようでした。

座学の研修が終了すると、1日だけOJTの場が設けられました。まずは、業務中の先輩オペレーターの対応の録音音声をモニターし、実際にどんな内容の入電があり、どう対応しているのかを把握します。 モニタリングしながらふと自分の前にあるボードに目をやると、こんな『対応の心構え』を印字した紙が貼られていることに、改めて気づきました。

・お困りの気持ちに配慮した、寄り添った対応をする(但し、回答自体は決められた範囲)
・制度を正しく理解し、お客様のほしい情報を正確・ていねいに提供する
Web/申請のガイダンス/FAQ等、情報が確実なもの以外、お伝えしてはいけません!

何か特別なことが書かれているわけではありません。しかしその言葉のひとつひとつが、自分の業務の本質と問題を恐ろしいほど射抜いていることに、やがて私は気づかされるのでした……。

■ピーク時には順番待ちが100人を超える時間帯もあった

入電者とのやりとりの流れがひと通り理解できたら、いよいよ実際の受電です。

持続化給付金の公式ホームページには、〈申請内容に不備等が無ければ、通常2週間程度で事務局名義にて申請された銀行口座に振込を行います〉と明記されています。ところが、5月の受付開始当初から給付金事務局の見込みをはるかに上回る申請数があったため、給付が大幅に遅れていることが各メディアで報じられていました。

さらに相談窓口であるコールセンターにも電話が殺到していて、オペレーターまでなかなかつながらない状況であることも、新人研修で伝えられています。私が配属された時期はそれでも少し落ち着いてきているようでしたが、最も慌ただしかった5月の申請受付開始当初は、電話をかけてもオペレーターまでたどりつかず順番待ちをしている方々の数が、渋谷のセンターだけで100人を超える時間帯もあったとか。

ここで、ある歪みが生まれてしまいます。

■照会をしないのは「苦肉の策」と言うけれど…

私たちは、入電者から審査の進捗状況や給付時期の見込みについての質問があった場合、申請日から数えてまだ2週間未満の方ならば、個々の状況を照会することもなく、まずは、「通常、給付までには2週間程度いただいております。恐れ入りますがもう少々お待ちいただけますでしょうか」と答えることになっていました。

相手がそれですんなり納得してくれればよし。でも何人かに一人は、なかなか電話を切ってくれません。そうした場合のみ、リーダーやスーパーバイザーといった管理者が専用データベースで入電者の審査状況を調べ、オペレーターが回答するという段取りでした。

とはいっても、我々は審査部門ではないので照会できる情報が限られている上、コールセンター側から入電者に伝えることが許されているフレーズは、極めて限定されています。だから照会したところでほとんどの場合、結局は同じように「恐れ入りますがもう少々お待ちいただけますでしょうか」としか返すことができません。それでも入電者は照会作業をひとつ挟めば、とりあえず自分の個別状況を調べてくれたという事実で気持ちが収まり、電話を切ってくれるのです。

申請から2週間以内で審査状況が進展することは現実的にほとんどあり得ないので、こうしたルールは確かに理にかなってはいます。研修で講師を務めていた社員によれば、コールセンターに電話がつながらないとの批判を踏まえ、入電者一人あたりにかかる時間をできる限り短縮し、なるべく多くの相談者や申請者がオペレーターと直接会話できる機会を作るための苦肉の策なのだといいます。

けれど一日でも早い受給を必要としているからこそ、自分の審査状況を尋ねてくるわけです。入電者と直接言葉を交わすオペレーターとしてはどうしても、相手の疑問や不安にきちんと応えていない罪悪感にさいなまれてしまいます。

■しばらく受電を続けていると、後ろめたさは消えた

例の『対応の心構え』では、

<お困りの気持ちに配慮した、寄り添った対応をする>

と謳いながら、その直後に

<(但し、回答自体は決められた範囲)>

と注釈がつけられていますが、まさにこのジレンマを表しているわけです。

さらにその次の、

<制度を正しく理解し、お客様のほしい情報を正確・ていねいに提供する>

に至っては、もはやブラックジョークです。

しかし私は、根が薄情なのかもしれません。しばらく受電を続けていると後ろめたさはいつの間にか消え、マニュアル通り、申請から2週間未満の方の問い合わせには「恐れ入りますがもう少々お待ちいただけますでしょうか」をいかにも感情たっぷりに、しかし機械的に繰り返すようになっていたのです。

■「これ以上時間かかったら、首つって死なないかん……」

決まり文句もいよいよ板についてきた夕刻、その日何本目かの進捗確認電話が入りました。

「申し込んでから1か月もたつのに、何の連絡もないんです。審査はどうなっとるんでしょう」

声の主は中年と思われる個人事業主の男性です。2週間以上が経過しているので管理者に照会してもらうと、まだ審査中でした。私が伝えられる回答は、申請直後の入電者に対するものと同じです。

「恐れ入りますがもう少々お待ちいただけますでしょうか」

男性がもう一度尋ねてきました。

「前に問い合わせた時もおんなじ答えやったんです。いつまで待ったらええんでしょう?」

それでも私は、こう答えるだけです。

「お気持ちはお察しいたしますが、もう少々お時間をいただけませんでしょうか」

すると男性はひとつ弱いため息をついた後、

「取引先にずっと支払い待ってもろとるのに、これ以上審査に時間かかったら、首つって死なないかん……」

と漏らして、静かに電話を切ったのです。関西あたりのイントネーションが感じられる彼の口調は、穏やかでした。むしろ、少し冗談めかしながら話を終わらせたようにさえ聞こえました。でもだからこそ最後のひとことが、血を吐くようなうそ偽りのない訴えに感じられたのです。断じて、思わせぶりのひと芝居などではなかった。なのにこちらは、紋切り型の言葉を返すことしかできません。

私はいったい、何のためにここにいるのだろう……。

OJTの翌日から、いよいよ本格的な業務に入りました。以降、私はさまざまな光景を目の当たりにし、さまざまな声を聴くことになるのでした。(1月4日公開の第2回に続く)

(元オペレーター 飯島 じゅん)

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