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トヨタの新理念「幸せの量産」が、20年前の「トヨタウェイ」より本気である理由

プレジデントオンライン / 2021年1月1日 9時15分

新型MIRAI - 撮影=安井孝之

トヨタ自動車は新しい経営理念となる「トヨタフィロソフィー」をつくり、トヨタのミッションを「幸せを量産する(幸せの量産)」とした。この言葉の裏には、どんな意図があるのか。経済ジャーナリストの安井孝之氏は「これまで作成された経営理念を時代に合わせて新しくまとめたもので、今後のトヨタを考えるうえで非常に重要だ」と指摘する――。

■「究極のエコカー」と呼ばれるが、国内シェアは0.02%

トヨタ自動車は昨年12月9日、「究極のエコカー」と呼ばれる水素を燃料とするFCV「新型MIRAI」を発売した。2014年に市販FCVとして世界初で発売した初代MIRAIに比べ、スタイルは洗練され、航続距離(約850キロ)とパワーを向上させた。エコカーとしての魅力だけでなく、クルマとしての魅力を高めて、普及を目指したいという思いが、新型には込められた。

この新型MIRAIの発表会でトヨタの前田昌彦・パワートレインカンパニープレジデントが訴えたのは「もっと普及させる」ということだった。そのために初代に比べ生産能力を10倍(年産3万台)に上げ、「社会を支える様々なモビリティへの転用を目指す」と語り、FCVの心臓部である燃料電池システムの「外販」に努めることを強調した。

その際に付言したのも「幸せの量産」だった。燃料電池システムの外販と「幸せの量産」はどうつながるのか。少し説明が必要だ。

「究極のエコカー」と呼ばれるFCVではあるが、現在、日本で売られているのはトヨタのMIRAIとホンダのクラリティ(リース販売)の2車種。FCVの国内販売シェア(2019年度)はわずかに0.02%(約700台)と苦戦が続いている。価格が高いことと水素ステーションの整備が遅れていることが理由である。

■「量産効果」でコストは初代の半分以下に

価格を引き下げるとともに、ステーションが増えなくてはFCVの普及はままならない。メーカーとして主体的に取り組めるのは価格の引き下げである。新型では燃料電池システムを高性能・小型化を実現するとともに製造段階の生産性を格段に引き上げた。それでも生産台数が増えない限りは、期待される量産効果による価格引き下げは実現できない。そこで出てきた考え方が燃料電池システムの外販である。

トヨタは新型MIRAIの発売に際して、虎の子ともいえる燃料電池システムをトラックやバス、重機のメーカーに外販し、FCVトラック・バスなど商用モビリティを積極的につくってもらう戦略を本格的に打ち出したのだ。乗用車の枠を超えて燃料電池システムの導入を広げることで、中核システムの量産化を実現し、コスト低減につなげることを目指す。この量産効果も含めると、生産コストは「大幅に下がる」(前田プレジデント)といい、燃料電池システムのコストは初代の半分以下になるとみられている。

今回の「外販」は中核システムをとにもかくにも量産し、価格低減を図り、「究極のエコカー」であるFCVを普及させる、という強い意志の表れである。それは「幸せの量産」というミッションを果たすことにもなる。

■トヨタとLIXILが共同開発した「モバイルトイレ」

新型MIRAIの発売から3週間近く前の11月下旬、横浜市で開かれたイベント会場に一風変わったトイレが設置された。車いすを使っている人が外出先でも快適に利用できる移動型バリアフリートイレ「モバイルトイレ」が初めてイベント会場に現れた。トヨタとLIXILが共同開発した。

モバイルトイレと車いすユーザー
撮影=安井孝之
モバイルトイレと車いすユーザー - 撮影=安井孝之

車いすで移動している人にとって外出先でのトイレ探しは難題である。オフィスビルや商業ビルには最近ではバリアフリーの多機能トイレが設置されることが多くなったが、野外でのイベント会場などでは整備が遅れている。障害者が気軽に野外イベントに参加できる状況には至っていないのが実情なのだ。

そんな社会課題を改善しようとトヨタの社会貢献推進部が動いた。自動車メーカーのトヨタは移動型のトイレの外枠をつくるのはお手の物だが、トイレ自体の製造には疎い。住宅設備メーカーのLIXILに協力を求めたのが2019年9月だった。共同開発が本格化したのは2020年1月からで、入社4年目のトヨタ試作部の板野美咲さんらがモバイルトイレの担当となった。

LIXILグループの中でトイレ設備を作っているのは旧INAXで、その開発部門は愛知県常滑市にある。板野さんの豊田市と常滑市との行き来が始まった。車いすユーザーや福祉工学の専門家などにもヒヤリングし、詳細が固まっていった。板野さんは「試作部では部品の製作に従事し、エンドユーザーの声を聞く機会はあまりない。今回の開発ではエンドユーザーの声を聞き、つくり上げる大切さを学びました」と話す。こうした試みも「幸せの量産」への一歩となる。

モバイルトイレ内部
写真提供=トヨタ
モバイルトイレ内部 - 写真提供=トヨタ

■利益追求だけでは「市場」からは評価されない時代

企業活動にとって企業の存在意義を問うビジョンやミッションをまとめた経営理念はなくてはならない。経営理念が蔑ろにされると、ともすれば売上高や利益だけをあげていれば経営は安泰、となりがちだ。だが今はSDGs(持続可能な開発目標)が重視され、それぞれの会社がどのように社会課題の解決に挑んでいるかが問われる時代である。

利益を上げることはSDGsを実現するにはもちろん必要だが、利益追求だけでは消費者を含めた「市場」からは評価されない時代となったのである。ましてや個人も企業も持続可能性が揺らいでいるコロナ禍ではなおさらである。

トヨタが「SDGsに本気で取り組む」と2020年5月に表明し、11月の中間決算の説明会の場で10月に社内でまとめた新しい経営理念「トヨタフィロソフィー」を披露した。その場で「幸せの量産」をミッションとして表明したのは、企業が今の時代に目指すべき道を考えれば必然であった。

■2000年前後には「拡大路線」に傾斜、リーマンで躓いた

2009年に豊田章男氏が社長に就任し、2021年で12年となる。2011年に「もっといいクルマをつくろうよ」と豊田社長が語り始め、トヨタの体質を変えようとした。当初は「これまでもいいクルマをつくっていたのではないか。何をいまさら」と批判する声もあり、評判は必ずしも良くはなかった。だが在任期間が10年を超えて、企業体質の変化はたしかなものになりつつある。

今回、トヨタは「幸せを量産する」というミッションを掲げたことで、今後はその息の長い実践が問われることになる。

トヨタには1935年に定めた「豊田綱領」という経営理念がある。「研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし」「華美を戒め、質実剛健たるべし」といった5カ条からなる。だが、そこから離れ、2000年前後には販売台数や利益をひたすら追求する拡大路線に傾斜した時期があった。

トヨタフィロソフィー
画像提供=トヨタ
トヨタフィロソフィー - 画像提供=トヨタ

その拡大路線は、リーマン・ショックで大きく躓いた。経営理念は経営者が交代したり、業績が浮き沈みしたりして、徐々に忘れ去られてしまいかねないものである。それは多くの企業の歴史をみれば否定できない事実である。

■「出した利益を何に使うのか、だれのために使うのか」

11月の中間決算説明会でトヨタフィロソフィーに書き込んだ「幸せの量産」は長期にわたって持続できるのか。筆者はその覚悟を聞いた。

写真提供=トヨタ
豊田章男社長 - 写真提供=トヨタ

豊田社長はこう答える。

「フィロソフィーは決してゴールではない。スタートポイントだと思っている。今後、状況が変わり、次のトップが悩んだ時に、羅針盤として活用してもらえればいいと思っている。利益を追求することは悪いことではないと思う。出した利益を何に使うのか、だれのために使うのか、そういったことを理解した人間をつくっておくことが大事なのではないかと思っている」

つまりは経営者だけでなく社員が自分の血肉となるように経営理念を理解して、迷った時には理念に戻って考えられるかどうかが大切なのだ。問題は、そこまで経営理念を役員、社員みんなにどう徹底できるかどうかだ。

■「トヨタウェイも、書類を配っておしまいだった」

1990年代以降、「トヨタ基本理念」(1992年)、「トヨタ行動指針」(1998年)、「トヨタウェイ2001」(2001年)など、いくつかの新しい理念が策定された。豊田社長の側近である小林耕士取締役は「過去、トヨタウェイとかいろいろつくられたが一つも徹底されなかった。書類を配っておしまいだったからだ」と指摘する。そのうえで「番頭」を自任する小林取締役が社長と役員、社員との橋渡し役となって、社長の思い、考えを伝えるとともに、社員の考えを会社の戦略に盛り込んでいく役割を担うという。

小林耕士取締役
写真提供=トヨタ
小林耕士取締役 - 写真提供=トヨタ

もちろん豊田社長自らも社員に何度も経営理念を語り掛け、それを受けて社員が考えた施策を素早く会社の新しい戦略に盛り込むという実績を積み重ねることで、経営理念が根付いていくのだろう。それを経済環境や業績に関わらず、愚直に続けるしかない。

豊田社長は「その利益をどう使うんだ、何のために使っているんだ、どういう意志でやっているんだということを、厳しく批判も含めて指摘していただきたい」とも言う。

日本最大の企業が「幸せの量産」を持続的に実行できるかどうかは、トヨタ自身の努力とともに、消費者、株主など多様なステークホルダーの絶え間ないチェック機能にかかっている。

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安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

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(Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之)

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