「政府と企業とマスコミが悪い」と思っている人に伝えたいこと
プレジデントオンライン / 2021年1月17日 9時15分
※本稿は、山口周『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■「いま、この瞬間の愉悦と充実を追求する」経済活動
私は、前の章において、主に「消費のあり方」を基軸において考察をすすめながら、私たちの経済活動を、「未来のためにいまを手段化する」というインストルメンタルなものから、「いま、この瞬間の愉悦と充実を追求して生きる」コンサマトリーなものへと転換することを提案しました。
そのような経済のあり方は、必要なものだけを買うというような寂しい消費のあり方ではなく、一方でまた、他者への優越を示すための消費の無間地獄のような奢侈でもない、真に自分と他者の愉悦や官能に直結する、人間的な衝動に基づく活動によって駆動される、と指摘しました。
このような主張は別に筆者のオリジナルではなく、すでに100年以上前からなされていました。ケンブリッジ大学でケインズの指導教官だった哲学教授、ジョージ・エドワード・ムーアは、彼の主著『プリンキピア・エチカ』のなかで、次のような社会ビジョンを提示しています。
この状態にできるだけ多くの人が至ることを目的にする場合にかぎって、個人的・社会的義務の執行は正当化される。人間の活動に合理的な最終目的を与え、社会の進歩を測る唯一の指標となりうるのは、このような意識の状態なのである。
■社会の進歩を測る指標がGDPでいいのか
ムーアによるこの指摘は、筆者が主張する「インストルメンタルな社会」から「コンサマトリーな社会」への転換という指摘と同じです。第二次産業革命の後期にあって文明化が著しく発展している社会において、ムーアは、あらゆる個人的・社会的営みの目的は、人々をしてコンサマトリーな状況に入らしめることにおかれるべきであり、社会の進歩・発展は、それがどれだけできているかという、ただその一点だけにおいて測られるべきである、と指摘しています。
このムーアの指摘は、GDPという指標がもはや無意味化している一方で、それに代わる新たな「成長を測る指標」を見いだせていない現在の私たちにとって、重大な示唆を与えてくれます。ムーアは、「交友から得られる喜びや美しいものを見たときに感じる悦楽」などに代表される「ある種のこころの状態」に、どれだけ多くの人が至っているか、が「社会の進歩を測る唯一の指標」になると言っています。そして、全ての個人的・社会的活動は、この状態を実現することを目的とする場合に限って正当化されると言っています。
■「便利さより豊かさ」「機能より情緒」「効率よりロマン」へ
このムーアの指摘を別の言葉で言い換えれば、それは「文明と技術によって牽引される経済」から「文化とヒューマニティによって牽引される経済」への転換ということです。私たちの高原社会を、より鮮やかに彩ってくれるようなモノやコトを生み出し、それを交換することによって、経済を駆動していくということです。それは「人間性と経済、ヒューマニティとエコノミーが一体化した社会」となるでしょう。
このようなコンサマトリーな社会においては、「便利さ」よりは「豊かさ」が、「機能」よりは「情緒」が、「効率」よりは「ロマン」が、より価値のあるものとして求められることになるでしょう。そして、一人一人が個性を発揮し、それぞれの領域で「役に立つ」ことよりも「意味がある」ことを追求することで、社会の多様化がすすみ、固有の「意味」に共感する顧客とのあいだで、貨幣交換だけでつながっていた経済的関係とは異なる強い心理的つながりを形成することになるでしょう。
■市井の人々が「衝動」からモノやコトを生み出す社会
それはたとえば……
・市井の人々が、あたかもアーティストが衝動に突き動かされて作品に関わるように、それぞれの活動に関わってモノやコトを生み出していく社会です。
・放っておけない世の中の問題を見つけ、それを解決することをビジョンとして掲げる人や組織に、共感する人々が集まって高いエネルギーを放射する社会です。
・目的意識を欠いた無限の成長というナンセンスを求めるような組織には誰も集まらず、誰もが自分のペースで夢中になれる仕事に没頭する社会です。
・見せびらかしや優越のためでなく、自分の生活を真に豊かで瑞々しくしてくれるモノやサービスを購入し、それらによってまた自らの感性や知性も育んでいく社会です。
・未来のために今を、あるいは組織のために個人を犠牲にしろと強迫され、人の尊厳が蔑ろにされることのない社会です。
・困難にある人が置いてけぼりにされ、周囲の人が罪悪感をもちながらも「構っている暇などないから」と俯いて見て見ぬ振りをしなくても良い社会です。
・誰もが自分が住みたい場所に住み、働きたい仲間と働いて、労働の喜びを感じられる社会です。
・子供たちが、資本主義社会の効率的で高機能な部品となるために、ではなく、高原の社会をより豊かで瑞々しいものにするための創造性を育むために、教育が行われる社会です。
・経済成長のためではなく、美しい風景のなかで人々が人生を送るために、さまざまな公共の開発・投資が行われる社会です。
■「経済活動」と「社会の豊かさ」を同調させる
すでに第一章で確認した通り、私たちの社会は、200年にわたって続いた熾烈な文明化の競争、効率化への強迫から、ついに解放され、さらなる上昇を求められることのない穏やかな高原社会に到達しました。
このような高原社会において、かつて私たちが経験したような高成長を志向すれば、それは必然的に非倫理的な領域への侵犯を伴うことになってしまいます。このような社会において、私たちの経済活動は、文明的な便利さを向上させることから、文化的な豊かさを向上させることへと転換し、経済活動と社会の豊かさの増進を同調させていくことが求められます。
■「3つのイニシアチブ」で確実に社会は変わる
さて、ではコンサマトリーな高原社会を成立させるためには、私たちは今後、具体的にどのようなアクションを起こせばいいのでしょうか。
基本は次の三つとなります。
イニシアチブ1:真にやりたいコトを見つけ、取り組む
イニシアチブ2:真に応援したいモノ・コトにお金を払う
イニシアチブ3:(1と2を実現するための)ユニバーサル・ベーシック・インカムの導入
社会変革というにはあまりにも些末な取り組みのように思われるかもしれませんが、私は、これらのイニシアチブを一人ひとりが実行していけば確実に社会は変化していくと考えています。現在の私たちに必要なのは、システムを根底からぶっ壊すようなショックではなく、さなぎの中でイモムシが一度溶け、それが静かに蝶へと変わるようなしなやかで美しい変化です。なぜなら、現在の状況を生み出しているのは、知らないところにいるどこかの誰かではなく、当の私たち自身だからです。
■自分自身も「問題のあるシステム」の一部だ
数多くの国際機関や企業と社会変革プロジェクトで協働した社会システムデザイナーのデイヴィッド・ストローは、何か複雑な問題を解決しようとするとき、まず必要なのは「自分自身が、解決しようとしている問題を引き起こすシステムの一部なのだ」ということに気づくことだと指摘しています。いかなる問題であれ、個々のプレイヤーがどのようにしてシステムに関わり、そして無意識のうちに意図せざる問題の発生に関わっているのかを意識することなしにシステムの改善がもたらされることはありません。なぜなら、そのシステムの中で、参加しているプレイヤーがもっとも自由にコントロールできるものは、システムそのものでも、あるいはシステムに参加している他者でもなく、自分自身でしかないからです。
現在の世界にはさまざまな問題が残存しており、多くの人が「政府が悪い、企業が悪い、マスコミが悪い、バカな奴が悪い」と他者を攻撃していますが、このような攻撃の先にやってくるのは「風通しの良い高原社会」とは真逆の、不寛容で、頑迷で、攻撃的で、排他的な、まさに「暗く淀んだ谷間」でしかありません。
■世の中を悪くしている原因は「自分自身」
もし、いま本書を読んでいるあなたが、世の中は悪い方向に動いていると感じているのであれば、その原因をつくっているのは他者でも政府でも企業でもなく、間違いなく自分自身なのだということをまず認識する必要があります。世界は小さなリーダーシップの積み重ねで大きく変化します。私たちのうち、ある一定の人たちの行動がほんの少しずつ、このような方向へとシフトすることで、100年後の世界は劇的に変化することになるでしょう。
日本では市民主導による社会革命を一度も経験せずにここまで来てしまったために、多くの人々は「そのうち政府に素晴らしいリーダーが出てきて変革を主導してくれるだろう」とぼんやり夢想しているだけで、自ら主体的に関わる、実存主義の言葉でいうところの「アンガージュマン」しようとする人は少ないように思います。社会を変革するのは行政や企業のリーダーの仕事であって、毎日の些事に煩わされている自分のような小市民が社会変革の主導者となることなど考えられないし、そもそも考える必要もない、という考え方です。
■世界を変える「小さなリーダーシップ」
これはつまり、世界を変えるのは「大きなリーダーシップだ」という捉え方ですが、実は社会が大きく舵を切るきっかけになるのは、意外や「小さなリーダーシップ」であることが多い、ということも事実です。たとえばアメリカにおける黒人差別是正の大きな契機となった公民権運動は、1955年にアラバマ州でたった一人の黒人女性=ローザ・パークスが、バスの白人優先席を空けるように命じられた際、これを断って投獄されたという、本当に小さな事件がきっかけになっています。いわゆるバス・ボイコット事件です。ローザは当時百貨店で裁縫の仕事をしており、特に人権運動家だったというわけではありません。この事件も、別に革命を起こそうとか公民権運動を主導しようといった「大きな意図」があって起こしたわけではなく、ただ単に「理不尽な命令には従いたくなかった」と彼女は述懐しています。
ここで発揮されているのはごくごく小さなリーダーシップでしかないわけですが、その小さなリーダーシップがやがてアメリカの歴史そのものを変えていくような大きなうねりになって全米の運動につながっていくことになったわけです。
私たちが所属している社会はいうまでもなく「複雑なシステム」で成り立っています。このような「複雑なシステム」は全体を動かすプログラムによって駆動されているわけではなく、システムを構成する個々のサブシステムの挙動によって駆動されています。個々のサブシステムの挙動の変化が別のサブシステムの挙動に変化を及ぼし、それがシステム全体の挙動を変化させるのです。この時、全体の変化をつかさどるのは行政や企業のリーダーではなくシステムの中にいる名もない個人となります。
■小さな個人の行動が、歴史を変える
サイエンスライターのマーク・ブキャナンは、その著書『歴史は「べき乗則」で動く』のなかで第一次世界大戦勃発の原因となったオーストリア皇太子の暗殺が、皇太子を乗せた自動車の運転手の道間違いによって発生している事例を取りあげて、歴史というのは大きな意思決定よりも、どこかで毎日行われているようなちょっとした行為や発言がきっかけになって大きく流れを変えるという、カオス理論で言及されるところのバタフライ効果について論じています。
バタフライ効果とは、もとは気象学者のエドワード・ローレンツが寓意的な仮説、すなわち、蝶の羽ばたきのような小さな撹乱が、遠隔地におけるハリケーンの要因となりうる可能性がある、という提言をもとにした用語です。これをそのまま社会現象に当てはめて考えてみれば、それはまさに、小さな個人個人のちょっとした行動、それはたとえば「一介の市民が差別的扱いに抗って命令を拒否する」といったようなものですが、が大きな歴史のうねりを作りだし、やがて世界のありようを変えてしまう可能性がある、ということです。
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独立研究者・著述家/パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ等を経て現在は独立研究者・著述家・パブリックスピーカーとして活動。神奈川県葉山町在住。著書に『ニュータイプの時代』など多数。
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(独立研究者・著述家/パブリックスピーカー 山口 周)
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