「日本は環境後進国だ」というデマを、日本人はなぜ信じてしまうのか
プレジデントオンライン / 2021年1月8日 11時15分
■控え目は「美徳」というより「欠点」
元来、控えめなのが日本人の特徴で、過度な自慢話は恥ずかしいというのが国民の常識。ただ、自分自身が控えめだと、他人の自画自賛に気が付きにくい。それどころか、聞かされた話を丸ごと信じて感心したりする。こうなると控えめも、美点というより欠点に近い。
片や、世界の多くの国民は、他人の言うことをそのまま信じたりはしない。競合相手の乏しかったのどかな国(日本?)は別として、少なくとも隣国とせめぎ合い、侵略したり、されたりという時間を生きてきた国々では、簡単に人を信じたら、妻や娘をさらわれたり、命を失ったりする危険があった。そして、そのDNAは簡単には消えないらしく、皆、今でもかなりうたぐり深い。実は、ヨーロッパのほぼすべての国がこのカテゴリーに入る。
身近な例で言えば、日本の銀行でカードを作るとき、暗証番号を用紙に書けと言われるが、ドイツ人はそれを知るとビックリ仰天する。銀行に悪い人が1人もいないなどということを、彼らは想定していない。
■「既成事実を都合よくねじ曲げる」のは国際社会の日常
ドイツでは、暗証番号はコンピューターが勝手に考えた数列で、誰の目にも触れないまま自動的に印刷され、外からは絶対に見ることのできない封筒に自動封印されて、カードとは別に送られてくる。だから、暗証番号を忘れてしまえば、(ハッカーなどがいない限り)世界中で誰も知らないため、新しいカードを作ってもらうしかなくなる。
当然ながら学校教育でも、良きにつけ、悪きにつけ、「疑え!」ということを子供に教え込む。その背景には、「皆でヒトラーに騙されたから」というトラウマも潜むらしいが、これは少々怪しい。
ドイツ人は「皆でヒトラーに騙された」のではなく、「皆でヒトラーを信じた」のではないか。ただ、今になっては、それでは決まりが悪いので、騙されたことになっている。そして、その件に関してはなぜか誰も疑わず、皆で信じる。
そう聞くと、日本人なら「それはご都合主義ではないか」と考える。しかし、実際には、既成事実を自分たちに都合よくねじ曲げるということも、世界の国々ではかなり日常的に行われている。その際、つじつまを合わせるために他の国を批判することもまれではない。日本は、しばしば不当に批判されていると私は思うが、よりによって、日本人はそれさえそのまま信じてしまう。
■「日本が化石賞を受賞」と大騒ぎで報道するが実態は…
例えば、日本人が、信じなくてもいいのに信じているのが、日本は環境後進国であるという説。特に、日本メディアが、「日本が化石賞を受賞しました」などと声高に取り上げているのは醜悪である。
化石賞というのは、環境NGOのネットワークであるCAN(Climate Action Network)が出しているパロディー賞で、COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)にオブザーバーとして参加している彼らが、毎年やっている「悪ふざけ」のようなもの。
実際に化石賞についてドイツでは聞いたことがないから、小泉進次郎環境相が「大騒ぎで報道しているのは日本だけ」というのは本当だろう。それなのにWWFジャパンはホームページで化石賞のことを、「多くのCOP参加者が詰めかける一大イベントで、その様子は国内外のメディアを通して世界に発信され」とはしゃいでいた。
ちなみにこの「一大イベント」は、会場のフロアでやっている。
2019年の日本の受賞理由は、梶山弘志経産相の「火力発電所は選択肢として残していきたい」という発言。2020年は、小泉環境相が脱石炭や温室効果ガス削減に積極的な姿勢を示さなかったからだそうだ。
■エネルギー貧国で産業国の日本が停電を起こさないための方策
しかし、産業国日本が電力を安定供給するためには、火力発電所を当面の選択肢として残すのは当然のことだ。原発もろくに動いていない今、火力まで早急になくしてしまったら、間違いなく国が滅びる。エネルギー貧国の日本が停電を起こさないためには、電源は多角的に、安価に、そして周到すぎるほど周到に確保していかなければならない。
また、小泉環境相が脱石炭や温室効果ガス削減に積極的な姿勢を示さなかったからと言って、それがどうした? 資源エネルギー庁のウェブサイトによれば、「日本は2013年度以降5年連続で、温室効果ガスの排出量を削減しています。これはG20の中で日本と英国のみで、合計で12%の削減は、英国に次ぐ削減量であり、直近の着実な対策でも世界をリードしています」とあるではないか。
やることはちゃんとやっている。小泉環境相に落ち度があるとすれば、それをちゃんと発信しなかったことだろう。
![主要先進国の温室効果ガス排出量の推移](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/7/670/img_1706c1a933e12e60f78f2a83349b792e334351.jpg)
■日増しに明らかになっているドイツの失敗
日本はエネルギー貧国であるがゆえ、すでに1970年代より誰に言われなくても省エネに尽力してきた。今や、石炭火力の燃料効率は抜群だし、水素を燃料とする燃料電池の研究開発も世界一進んでいる。また、排出したCO2を分離・回収し、あるいはコンクリートの原料の一部や、燃料として再利用する技術など、最先端のところでしのぎを削っているのだ。
それに比して、日本のメディアがいまだに優等生のように報じているドイツでは、エネルギー政策の失敗が日増しに明らかになっている。2020年、ドイツが京都議定書で定めた温室効果ガスの1990年比の削減目標をギリギリで達成できたのは、ひとえにパンデミックで経済が停滞したおかげだ。そして、家庭用電気の料金はEUで一番高くなってしまった。
※編集部註:初出時、<(ドイツは、「たとえコロナがなくても達成できた」と言っている)>という記述がありましたが、不正確だったため削除します。(1月18日10時15分追記)
また、2022年末にすべての原発を止める予定だが、その代替電源の見込みも立っていない。最大電力需要の1.4倍もの再エネの設備があるものの、太陽も風もない時には、何か他の電源が要る。今はまだ火力があるからどうにかなるが、ただ、CO2フリーの原発の代わりに火力を投入すれば、CO2は減らない。
しかも、現在のドイツの目標では、2038年にはその火力も止め、2050年にはカーボンニュートラルを達成! ということになっている。現実味はないものの、意欲的な目標だ。そして、日本人はそれを聞いて恐れ入り、無責任なメディアが、ドイツを見習えと発破をかける。
■「EUと中国、温暖化対策主導」という報道はブラックジョーク
ところが米国は日本とは違い、ドイツを見習わないばかりか、ドナルド・トランプ大統領がパリ協定からの離脱を宣言した。COPはお金がかかるばかりで、環境のためには役に立たない。CO2は温暖化の原因ではなく、そもそも、人間が原因の温暖化が起こっているかどうかさえわからないというのがトランプ大統領の考えだ。
トランプ大統領と同じく、CO2を減らしても地球の温度は下がらないと考える学者は、実は多い。例えばキヤノングローバル戦略研究所の研究主幹、杉山大志氏によれば、猛暑も豪雨も山火事も温暖化のせいではないし、台風は今も増えておらず、シロクマは減っていない。しかも、2050年にCO2をゼロにしても、気温は0.01℃も下がらず、豪雨は1mmも減らないだろうとの予測だ。
しかしながら、ドイツはトランプ大統領の抜け駆けに怒った。そこで手を組んだのが、なぜかCO2排出量トップの中国。2017年、ドイツのアンゲラ・メルケル首相と中国の李克強首相の共同記者会見では、「われわれは国際的な責任を担う」(李克強首相)、「(神の)創造物を守るためにパリ協定が必要」(メルケル首相)と勇ましかった。
そして、それをメディアが、「EUと中国、温暖化対策主導」と伝えたのは、結構きついブラックジョークだった。
ちなみにこの2国の共通点は、自分たちのすることを“世界平和”や“惑星の未来”といった遠大な構想として世界に発信できるところだ。その実、多くは投資目的なのだが、そんなことはおくびにも出さない。日本人にはとてもまねができない。
■自画自賛しなければ誰もわかってくれないのが国際舞台
しかし、諦めては負けだ。大風呂敷は広げずとも、本当のことは言わなければならない。実は、日本にはCO2削減や省エネ以外にも、自慢できることがたくさんある。
例えばゴミの回収。日本人は、紙容器はきれいに洗ってたたみ、ペットボトルはふたとラベルを外す。これほど丁寧に、官民一体になってゴミを回収している国は世界のどこにもない。
![使用済みペットボトル](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/f/670/img_ef56abcadd05b2ae86eb523462ccaaf2500153.jpg)
ドイツ人がペットボトルを店に返却するのは、そうしないとボトル代が戻ってこないからだ(ただし、ラベルやふたは外さない)。また、他の包装材は全部一緒くたに集めるので、日本のように効率的にリサイクルできない。だから、今では「熱利用もリサイクル」という理屈をつけて、多くを焼却している。
いずれにしても、今になって日本が、何もやってこなかった国と同じスタートラインに並んで意欲的なCO2削減目標値を挙げろと言われるのは、ほとんど言いがかりに近い。
小泉環境相には、日本に戻ってぶつくさ文句を言うのではなく、2021年のCOPでは堂々と反論し、「世界に冠たる環境大国・日本」を、しっかりアピールしてほしい。多少、自画自賛しなければ誰もわかってくれないのが国際舞台なのである。
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作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。85年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。90年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『ヨーロッパから民主主義が消える』(PHP新書)、『ドイツで、日本と東アジアはどう報じられているか?』(祥伝社新書)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)など著書多数。最新刊は『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)。
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(作家 川口 マーン 惠美)
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