「DHC会長の差別発言」にサントリーがやってしまった"たったひとつの間違い"
プレジデントオンライン / 2021年1月7日 9時15分
■DHC吉田会長“予備軍”は山ほどいる
2020年末、DHCの吉田嘉明会長の「差別的文章」が炎上した。
公式オンラインショップに掲載された文章が、在日朝鮮人への差別的な表現を含んでいるとして批判を浴び、SNSでは「#差別企業DHCの商品は買いません」といった不買運動が呼びかけられたのである。
いまとなっては「ああ、そんなこともあったね」と思われるかもしれないが、実はあの騒動を見て「ウチもやばいかも」と肝を冷やした人たちがたくさんいた。企業広報の皆さんである。
吉田会長に限らず、創業社長というのは総じてキャラが強烈だ。メディアのインタビューや株主総会では殊勝な顔でおとなしくしていても、社員の前では差別発言、不謹慎発言連発という人も少なくない。
しかも、基本的にワンマンゆえ周囲もイエスマンだらけで誰もいさめない。つまり、たまたまバレていないだけの「吉田会長予備軍」は経済界に山ほどいるのだ。ということは、そのような経営者の横でヒヤヒヤしている広報もそれだけ多いということでもある。
■たびたびの炎上もダメージにはなっていなかったが…
一方で、「いちサラリーマンがトップの言動を心配したってしょうがないだろ」と開き直る広報マンもいるだろう。そういうスタイルの代表格がDHC広報だ。吉田会長の文章についてハフポスト日本版が取材を申し込んだところ、「ご依頼いただいた取材の件に関しまして、回答することは特にございません」と塩対応をした。
なぜこんなにひとごとなのかというと、絶対権力者の言動に対してコメントなどできるわけがないということに加えて、これまで大きな「実害」がなかったということも大きい。
実はDHCは子会社が運営しているネット番組などでもたびたび在日朝鮮人への差別的な発言がみられ、そのたびにネットで批判を集め、不買運動が起きている。しかし、それらは大幅な売上減などにはつながらず、大きなダメージにはなっていない。
こう聞くと、「なんだ、じゃあいざとなれば無視すりゃいいってことか」と思うかもしれない。しかし、危機管理広報というのは、その時の世間のムードもあれば、当の企業のブランドイメージやこれまで積み重ねてきた信頼などによってまったく結果が違ってくる。
■ワンマン社長の舌禍は内部告発の背中を押す
しかも、ワンマン経営者の「舌禍」というのは短期的な売上減といった直接的なダメージは大きくなくとも、それをきっかけにしてボディブローのようにじわじわと実害をもたらすケースも多い。代表的なパターンは以下の3つだ。
1.社員から内部告発が活性化する
2.「独裁」「もの申せないムード」に注目が集まる
3.ほかの不正やモラルを逸脱した行為がないか探られる
1に関しては、すでに文春オンラインで「DHC現役社員が告発」というキャンペーンが始まっている、ほかには、少し前の日本郵政のケースもわかりやすいだろう。
2019年3月の西日本新聞のスクープで、かんぽ不正が明らかになった後、経営陣が会見で終始責任逃れをした揚げ句、「問題は現場で起きている」などと「舌禍」とも取れる発言をした。これで現場の不満が爆発、全国の郵便局から相次いで不正の内部告発が寄せられたのは、記憶に新しいことだろう。
このようにワンマン社長の「舌禍」というのは、会社に不満を募らせる社員たちの内部告発の背中を押すことになるのだ。
■社長インタビューに同席する広報の態度でわかる
2の《「独裁」「もの申せないムード」に注目が集まる》というのも当然といえば当然だ。ワンマン経営者の「舌禍」は、周囲に誰も言動にブレーキをかける人間がいない、という組織の風通しの悪さが引き起こしている。
数年前、インタビューしたある創業社長もそうだった。お話をうかがっているうちに気持ちが乗ったのか、ある人たちについて「バカ」「死ね」など罵詈(ばり)雑言が飛び出した。しかし、同席した広報担当者は「いつもこんな感じです」と言わんばかりに笑顔でうなずくだけだった。当然、インタビュー終了後も特にフォローはない。
大企業の場合、基本的にサラリーマン社長が多いので、この手の「舌禍」をマネジメントするのが広報の大事な仕事となる。問題発言をしようものなら「今の発言ですが」と割って入って修正をしたり、インタビュー後に「記事では削除してくれ」と依頼したりというのが普通だ。
■炎上をきっかけに不信の目が集まると起きること
しかし、この会社はまったくそんなムードはなかった。「あのノリを外でやっちゃったら大変だなあ」と思っていた数週間後、くだんの社長はツイッターでの「暴言」で大炎上、謝罪に追い込まれた。
その際に、社長個人が叩かれたのは言うまでもないが、この会社の風通しの悪さもやり玉に挙げられた。トップが一般常識とズレた暴言をするということは、会社の内部も非常識なカルチャー、絶対君主に誰もモノ申せない空気があるのではないか、と勘繰られてしまったのである。
それだけならまだいいが、もっと別の大きな問題があるのではないかと疑いをかけられることもある。それが3の《ほかの不正やモラルを逸脱した行為がないか探られる》だ。
これも今の文春オンラインのキャンペーン報道がわかりやすい。「DHC会長が全社員に口コミサイトへ“サクラ投稿”奨励『ゴールド社員の称号を与える』《消費者庁は「非常にグレー」》」という記事では、吉田会長が社員に「サクラ投稿」をせよと呼びかけた、という内部告発が寄せられているのだ。
もちろん、これが事実かどうかはわからないが、あのような過激な文章を公表するくらいの人なのでさもありなん、という印象は否めないだろう。
■ネガティブなイメージが徐々に定着していく
実はこのあたりが、ワンマン経営者の「舌禍」の本当に恐ろしいところである。
トップの問題発言や不謹慎発言自体は、批判を受けても時がたてば忘れ去られる。謝罪をして鎮火する場合もあるし、企業としてもそこまで深刻なダメージはない。しかし、怖いのは「その後」だ。「舌禍」を呼び水にして、内部告発やメディアのキャンペーン報道が活性化して、「あれくらいの発言はするのだから、裏ではもっとひどいことをやっているのでは」とネガティブなイメージが徐々に定着していってしまう恐れがあるのだ。
では、このような事態を避けるにはどうするかというと、ワンマン経営者に自分の発言の重みをご理解いただくしかない。そんなことを言ったらクビだという人の場合は、筆者のような外部の人間を利用する手もある。
約13年間、300件近く経営者のメディアトレーニングや広報アドバイスをしてきたが、その中でかなりの割合で、「自分たちが言っても聞いてくれないので、代わりに注意をしてください」と広報担当者から頼まれることがある。部下に指摘されるより、外部のほうがまだ耳を傾けるというわけだ。
■“標的”にされてしまったらどうすればいいか
さて、ここまでは「舌禍」をする側について説明してきたが、最後に「舌禍」の標的になった側についても触れておきたい。今回で言えば、吉田会長に名指しで攻撃をされたサントリーのような立場になった際にはどうすればいいのか。
結論から先に言ってしまうと、「何も言わない」が正解だ。今回、サントリーは、J-CASTニュースの取材に対し「他社様のホームページに書かれていることについて、弊社からコメントすることは差し控えさせていただきます」と回答した。このサントリーの対応は間違っていない。
ただ、ひとつだけ蛇足だったのではないかと感じる対応があった。このコメントには以下のような続きがあるのだ。
「サントリーは人権方針を定めており、基本的な考え方として、社会の一員として、人権尊重の重要性を認識しております」
■やぶ蛇にならないよう余計な一言を避ける
何も問題ないじゃないかと思うかもしれないが、これはやぶ蛇になってしまう恐れもある。3年ほど前、サントリーは女性蔑視とも取れるビールのCMを流して炎上をしている。また、30年以上前、佐治敬三社長(当時)が、首都機能移転の議論が行われていた時期に東北地方に対する差別的な発言をして猛烈な批判を浴び、不買運動まで起きて謝罪へと追い込まれたこともある。
わざわざ自分から「人権」を持ち出すと、こういう過去が蒸し返される恐れがあるのだ。事実、東北差別発言については、今回の騒動で言及したメディアもあった。
つまり、「人権」に関しては、サントリー側にも苦い記憶があるのだ。そういうリスキーなテーマをあえて自らネタ振りをしてしまっている。ノーコメントのようで、結果として吉田会長が投げたボールを打ち返してしまっている。同じ土俵に上がっているのだ。
特に「人権」というのは、人種だけではなく、ジェンダー、労働、障害者など様々な問題と結びつけられて、ひとり歩きする恐れもある。そんな地雷だらけのテーマにわざわざ自分から首を突っ込むのは、灯油をかぶって火に飛び込むようなものだ。そもそも、「人権尊重」は現代社会では常識だ。当たり前のことを、こんなリスキーな局面でわざわざ言う必要はない。むしろ、「そこまで人権、人権って強調するってことは、何か後ろめたいことでもあるの?」とうがった見方をされる場合もあるのだ。
■やりすぎなくらい用心深いほうがいい
そんなことまで神経を使わないといけないのかと辟易とされるかももしれないが、SNS全盛の今、些細な言動が引き金で、壮絶なリンチを受け、「死」に追い込まれるような人たちが後を絶たないのも事実だ。
とにかく人の揚げ足を取りたくてしょうがない人たちが世の中にたくさんいることを踏まえれば、これくらいの用心深さがあってもいいのではないか。
いずれにせよ、最大の防御は、社外の人間について言及をしないということに尽きる。「人を呪わば穴ふたつ」という昔から語り継がれる戒めは、企業危機管理の世界でも通用する。ライバル社に対してイラッときているワンマン経営者の方たちも、そこはぜひとも心に刻んでいただきたい。
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ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)など。
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(ノンフィクションライター 窪田 順生)
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