「変異種の感染爆発が政権に追い打ち」英国で進行中の"コロナ政変"の教訓
プレジデントオンライン / 2021年1月6日 15時15分
英国のボリス・ジョンソン首相は2020年12月24日、英国ロンドンの内閣府の内閣室からビデオ通話でウルスラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長に電話をかけた。 - 写真=PIPPA FOWLES/No10 DOWNING STREET/HANDOUT/AA/時事通信フォト
■英国とEUの土壇場での通商合意、有権者の反応は…
2020年のクリスマスイブ、欧州連合(EU)との間で通商交渉の合意に達した英国のボリス・ジョンソン首相は高らかに勝利宣言を行った。1月末にEUから離脱し、公約通りに年内に移行期間を終了するとともに、英国が望んだ形で自由貿易協定(FTA)を勝ち得たと満面の笑みで英国民に対してアピールを行った。
とはいえ、直後の12月28日に行われた世論調査会社ユーガブの調査によると、ジョンソン政権の支持率は31%だった(図表1)。前回12月20日時点に実施された調査からの上昇幅は、わずか4%ポイントにすぎなかった。ジョンソン首相のアピールにもかかわらず、英国の有権者の評価は厳しかったと言わざるを得ない。
保守党の支持者の多くがFTAの締結を望んでいたこともあり、仮にノーディールだったならジョンソン政権の支持率はさらに低下したはずだ。ノーディールでも構わないと強弁を張っていたジョンソン首相であるが、結局のところその真意は、何としても交渉の合意を実現することにあったと考えられる。
それに歯止めがかからない新型コロナウイルスの感染拡大もまた、FTA交渉の合意に皮肉ながら貢献した。11月以降、英国では厳しい制限措置が再開され、一時的に1日当たりの感染者数は減少した。しかしクリスマス前から感染力が強い変異種が猛威を振るい、1日当たり感染者数は過去最多を更新し続ける状況が続いている。
接種が開始されているワクチンに関しても、従来は1回目の接種から3週間後に2回目の接種を受ける方針であったのが、それを最大で3カ月後に変更し、1回目の接種を優先する方針に転換した。ワクチンの接種戦略をより「広く薄く」したわけだが、そうせざるを得ないほど、英国の感染状況は深刻を極めている。
そして1月4日には、イングランド全土で3回目となる都市封鎖(ロックダウン)が実施される運びとなった。最短でも2月15日まで、イングランドでは厳しい制限措置が行われる。医療崩壊を防ぐための措置だが、度重なる規制の強化を受けた人々の疲労は計り知れない。
■5月にはスコットランドとウェールズで地方選
新型コロナウイルスの感染対策が効果的に機能した国は非常に少ない。ファクターX仮説が物語るように、感染者の度合いになぜ地域差が生じるのか不明な点も多い。しかしながら新型コロナウイルスへの対応で、政権の支持率が上昇した国もあれば低下した国もある。欧州では前者の典型がドイツであり、後者は英国となる。
ジョンソン政権は当初、新型コロナウイルスの感染拡大に対して集団免疫路線を採用した。その後、感染の爆発を受けて厳しい制限措置に移行、4月には首相自身も罹患して一時入院した。その頃までは有権者も首相に同情していたが、自身の元側近カミングス氏の問題行動(都市封鎖中の長距離移動)などを受けて支持率は急落した。
こうした過程を経て英国の有権者は、ジョンソン政権による新型コロナウイルス対策に関して強い不信感を持つに至った。EUとのFTA締結といった生半可な成果では、政権の支持率を押し上げることなどできないわけだ。以上のような政治状況の下で、5月6日には北部スコットランドと西部ウェールズで議会選が行われる。
英国からの独立志向が強いスコットランドでは、20年1月のEU離脱を前後して与党であるスコットランド国民党(SNP)の支持率が50%後半をキープ、このまま行けば大勝すると予想される。SNP党首でもあるニコラ・スタージョン首相はジョンソン政権の許可にかかわらず、英国からの独立の是非を問う住民投票を実施する可能性に言及している。
独立志向が相対的に弱いウェールズでも、保守党は支持率で苦戦している。もともと労働党が強い土地柄である一方、前回19年12月の総選挙では保守党が躍進した。しかしその後は新型コロナウイルスの感染対策に対する不満から保守党の支持率は25%を割り込み、一方で労働党の支持率が40%程度まで回復している。
■2024年の総選挙で保守党が大敗するシナリオ
素直に考えれば、余程のことがない限りスコットランドとウェールズの地方選で保守党は議席を減らすことになる。とりわけスコットランドでは、住民投票の実施に向けた機運が高まり、ジョンソン政権との間で軋轢が生じることになるだろう。かつてスタージョン首相が述べたように、最短で今秋の住民投票の実施も視野に入る。
さらに22年5月には北アイルランドでも地方選が行われる。その北アイルランドでも、保守党と近い民主統一党(DUP)の支持率が徐々に低下している。ルシードトークがベルファストテレグラフの依頼で20年10月頭に実施した最新の世論調査での支持率は23%と、議会第2勢力のシンフェイン党の24%を遂に下回った。
感染対策で相当挽回しない限り、そして急激な景気回復を実現でもしない限り、ジョンソン首相が率いる与党・保守党には相次ぐ地方選で有権者による厳しい評価が突き付けられそうだ。そうなると、任期満了の場合で2024年5月2日までに予定されている総選挙でジョンソン保守党が大敗するシナリオが現実味を帯びてくる。
移行期間までは、仮想敵国としてEUを非難することで有権者の不満を多少は和らげることができただろう。しかし20年12月で移行期間を打ち切り、年明けから新協定に基づく通商関係に移行したことで、そうした方便は使えなくなった。ジョンソン政権は今後、より厳しい有権者の目に晒されることになる。
■英国もまた決められない政治に突入か
二大政党制である英国の場合、保守党の敗北は労働党の勝利を意味する。しかし労働党も一枚岩ではなく、EUとの関係改善を模索する動きもある一方、距離を置くべきだという意見も根強い。党としてのスタンスにまとまりを欠き残留派の票を集めきれなかったことが、前回19年12月の総選挙での敗北にもつながっている。
余程の神風が吹かない限り、次回の総選挙でジョンソン保守党が政権を維持することは難しそうだ。一方で、政党としてのまとまりを欠いている労働党が政権をうまく担えるかも定かではない。EU離脱に続き新型コロナウイルスの感染拡大というイベントが拍車をかけるかたちで、英国もまた決められない政治に突入したと言えよう。
政治の不安定はその国のカントリーリスク(投資対象国・地域の政治経済的な環境変化に伴い資産の価値が下落するリスク)の高まりにつながる。日系も含めたグローバル企業の英国進出は当面、見送られる展開が続きそうだ。当然、通貨ポンドの価値もまた低下を余儀なくされるというのがメインシナリオになるだろう。
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三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 副主任研究員 土田 陽介)
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