「国民の8割は65歳を超えても働きたい」なぜそんな統計結果が出るのか
プレジデントオンライン / 2021年1月14日 16時15分
※本稿は、坂本貴志『統計で考える働き方の未来 高齢者が働き続ける国へ』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
■高齢者は高い就業意欲を持つのか
まずは、次の引用をお読みいただきたい。2019年10月の安倍首相(当時)の所信表明演説である。
65歳を超えて働きたい。8割の方がそう願っておられます。高齢者の皆さんの雇用は、この6年間で新たに250万人増えました。その豊富な経験や知恵は、日本社会の大きな財産です。
意欲ある高齢者の皆さんに70歳までの就業機会を確保します。年金、医療、介護、労働など社会保障全般にわたって、人生100年時代を見据えた改革を果断に進めます。
(2019年10月4日、衆議院本会議における安倍首相の所信表明演説)
生涯現役、人づくり革命、人生100年時代、一億総活躍時代。働き続けることを良しとする世の中の風潮は近年急速に強まっている。
政府からのメッセージは実にわかりやすい。歳をとっても働くことはすばらしいことだから、そのための環境づくりを進めるというのだ。政府によれば、日本国民の8割が65歳を超えても働きたいと願っているのだという。
仮に、日本国民の大多数が継続雇用の下限年齢である65歳を過ぎても働きたいというのであれば、歳を取っても働きたいという国民の願いを叶えることは政府の大きな使命であるといえる。そして、実際にその前提のもとで高齢者が働ける環境の整備が着々と進められてきている。
■「70歳までの就業確保措置」が企業に迫りつつある
高年齢者雇用安定法(高齢法)において、過去55歳だった定年年齢の下限は60歳まで引き延ばされている。さらに同法によって企業は再雇用制度等の整備を求められている。定年延長や再雇用などの継続雇用制度の導入によって、企業は原則として65歳までの労働者を雇用することが義務付けられているのである。
今般、政府はこの取組をさらに一歩進め、70歳まで働ける環境を整備しようとしている。2020年3月には高齢法が改正され、改正後の高齢法第10条の2には、「定年の定めをしている事業主又は継続雇用制度を導入している事業主は、その雇用する高年齢者について、次に掲げる措置を講ずることにより、六十五歳から七十歳までの安定した雇用を確保するよう努めなければならない」と定められた。
同条の規定は、70歳までの就業確保措置を企業に迫るものとなっているのである。現状、この規定はあくまで企業の努力義務規定にとどまっており、その採否は個々の企業の意思にゆだねられている。しかし、最初に努力義務規定から入って後に義務規定に昇格させる手法は、立法政策上の常套手段だ。
■8割の人が65歳を過ぎても働きたいという政府の認識
政府は将来的に70歳までの雇用を企業に義務づけようとしている。これは火を見るより明らかである。そして、なぜこのような政策を政府が推し進めているかというと、その大前提となっているのが先述の「高齢者が高い就業意欲を持っている」という認識によるのである。
しかし、ここに一つの大きな疑問が生まれてくる。すなわち、本当に70歳まで継続して会社で働くことが日本国民の望みなのか、という率直な疑問である。そもそも、8割の人が65歳を過ぎても働きたいという政府の認識は、明らかに人々の実感とずれてはいないだろうか。
はたして人はこんなにも歳をとってでも働きたいと思っているのだろうか。このままでは日本の経済や財政がもたない。だから、国は高齢者を働かせることで日本が抱える問題を解決させようとしているのではないか。今、高齢者の就労に関わる政府の主張に、多くの人が強い違和感を抱いている。
実際に、一人ひとりの日本人は自身の老後の就労についてどのように考えているのだろうか。国がここまでして就業延長を行おうとしている背景には何があるのだろうか。そうしたところから解明していく必要がありそうだ。
■42.0%は「働けるうちはいつまでも働きたい」
何歳まで働きたいか。そう聞かれればあなたは何歳と答えるだろう。
定年である60歳までは働き、その後は悠々自適の老後を送りたいという人もいれば、再雇用の区切りである65歳までは働いてもいいと答える人もいると思う。今の時代、働くことを苦にしない人であれば70歳くらいまでは働きたいという人もいるかもしれない。逆に定年をまたずに今すぐにでもやめたい。そういう意見もあるのではないか。
高齢期の就労に関して、人々はどのような認識を有しているか。内閣府「高齢者の日常生活に関する意識調査」では、その答えと思わしきものを提供してくれる(図表1)。
同調査では、60歳以上の働いている高齢者に対して何歳まで仕事をしたいかを尋ねているのである。その集計結果によると、42.0%の人が働けるうちはいつまでも働きたいと答えている。
■歳をとるにつれて長くまで働きたいと思っている人が増える
この結果をもってして、内閣府「平成29年版高齢社会白書」では「70歳くらいまでもしくはそれ以上との回答と合計すれば、約8割が高齢期にも高い就業意欲を持っている様子がうかがえる」としている。これが、政府が依拠している「8割の人が65歳を超えても働きたいと願っている」という前提の背景にあるデータなのだ。
内閣府「老後の生活設計と公的年金に関する世論調査」でも類似した調査を行っている。同調査は15歳以上のすべての人を対象としている点で先の調査とは異なるが、やはり何歳まで仕事をしたいかを調べている。
その年齢は、60歳以下が25.7%、61~65歳が30.7%、66~70歳が21.5%、71歳以上が16.1%となっている。その他を除くと、再雇用の期限までに引退したい人が6割、それ以上働きたい人が4割といったところである。さらに、歳をとるにつれて長くまで働きたいと思っている人が増えるといったこともこの調査からうかがえる。
こうしてみると、高齢者の多くが歳をとっても働きたいと思っているということはたしかに正確な事実のように思える。
■「生活のため」にいつまでも働かざるを得ない
ところで、両調査の設問文はどうなっているのか。細かな文言の違いこそあるものの、両調査とも「あなたは、何歳ごろまで収入を伴う仕事をしたいですか」と聞いている。
しかし、改めてみると、この聞き方はなんともよくわからない聞き方ではないか。一見すると、なるほど働くことへの意欲を聞いている質問にも見える。しかし、異なる視点で捉えれば、生活のためにいつまで働かざるを得ないかを聞いているようにも見えるのだ。
多くの人は経済上の理由で歳をとっても働かなくてはならないから働く。これらの統計が指し示しているのは単にそうした事実なのではないだろうか。
■生活レベルが同じなら、半数近くが「今すぐやめたい」
リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」において、現在就業をしている人に対して「働かなくても今と同じレベルの生活が続けられるとしたら、仕事をやめたいと思いますか」と尋ねたことがある。本調査が先の調査と決定的に異なる点が、「働かなくても今と同じレベルの生活を続けられるとしたら」という前提を付している点だ。
同調査を集計してみると、全年齢で「強くそう思う」と答えた人は20.8%、「そう思う」と答えた人は25.9%にのぼった(図表2)。同じレベルの生活が続けられるのならば、定年を待たずして今すぐにでも仕事をやめたい人が半数近くいるのである。
同調査においても、60歳以上の年齢の人に対象を絞れば仕事を辞めたいという人は減ることが確認される。どうやら、高齢者の方が比較的に仕事に対して肯定的な感情を有している人が多いことは確かなようだ。
とはいえ、60歳以上の人に対象を絞っても「全くそう思わない」と答えた人は全体の10.5%、「そう思わない」と答えた人も27.6%に過ぎなかった。お金にかかわらず働きたいという人が少数派であることには違いないのだ。
■私たちはいつまで働くのか
しかも、これは就業している人に限定した数値である。就業意欲が低い人は既にやめてしまってサンプルから脱落しているだろうから、この数値は実際の感覚値よりも高めに出ている可能性が高い。
この結果をみると、8割の人が高い就業意欲を持っているという主張には違和感を覚えざるを得ない。どうやら、世の中の人は、高い就業意欲を持っているから高齢になってでも働きたいわけではなさそうなのである。そうではなくて、生活のために収入を稼ぐ必要があるから、多くの人は高齢になっても働きたいと思うのだ。
おそらく、これが高齢者が就労するかどうかの選択肢に直面したときの実際の姿なのだろう。これをもって、高齢者みなが高い就業意欲を持っていると評するのは、あまりに無理がある。
もちろん、仕事が生きがい足りえないものだと言うつもりは、毛頭ない。実際に、3人に1人の高齢就業者は、生活水準が変わらなくとも働きたいと思っているのだから。しかし、高齢者の労働を美化するような世の中の風潮には強い疑問を感じるのである。
■将来の私たちは「働かねばならないから働く」
超高齢社会の日本において、その経済・財政の状況が危機的なものとなっていることは周知のとおりである。つまり、「働きたいから働く」というメッセージはまやかしにすぎないのである。将来の私たちは「働かねばならないから働く」のだ。
こうした中、これまで勤めてきた会社で高齢者に現役世代と同じ仕事をさせることが、未来の日本のあるべき姿だとは思わない。経済が厳しい状況下にあっても、高齢期における安穏とした生活を私たちは守り切らねばならない。
高齢者が増え続ける未来において、安易にこれまでの会社で継続雇用を促すべきではない。経済のために働き続けなければならないという未来が、超高齢社会を迎えた日本における避けられない姿なのだとすれば、より多様な働き方の選択肢を示すことが必要なのではないか。
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リクルートワークス研究所研究員、アナリスト
一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了後、厚生労働省入省。社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府にて官庁エコノミストとして「月例経済報告」の作成や「経済財政白書」の執筆に取り組む。三菱総合研究所にて海外経済担当のエコノミストを務めた後、2017年10月よりリクルートワークス研究所に参画。
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(リクルートワークス研究所研究員、アナリスト 坂本 貴志)
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