デマやフェイク情報が氾濫する中で、毎日心穏やかに生きるために必要なこととは
プレジデントオンライン / 2021年1月17日 8時15分
■孤独と無力感が最大のストレス要因に
テレビをつければ朝・昼・晩と新型コロナウイルス感染症関連のニュースが流れ、インターネットでも常に情報にさらされているような状態が続く。まるでデイトレーダーのように、これだけ毎日みんなが数字に一喜一憂する状況は珍しく、それが生命に直結する数字であればなおのこと、疲れている人が多くなるのも無理はありません。
今は主体的にコントロールできない無力感を日々味わわされ、生きている実感や仲間とのつながり、世界との一体感といったものを感じる「晴(ハレ)」の部分が失われた状態。そうした無力感や孤独感から、人は他者への暴力性と自傷行為という2つの行動を起こしやすくなっています。自分を傷つける行為という意味では、酒を飲んで全能感を得るといった依存症なども同じといえるでしょう。
さらに人々を追い込んだのは、不要不急という言葉で8割の人との交流を避けなければならなかったことです。それによって2割の人との付き合いが想像以上に重要になり、その間の人間関係が問われるようになりました。よほど相思相愛で良い関係であれば別ですが、生活様式の変化から、子どもたちは学校に行けず、親はリモートワークに切り替わっても家に居場所がないという人もいます。家族であっても四六時中一緒にいれば食傷気味にもなるでしょう。家での顔と職場で見せる顔は違うわけですから、気詰まりと感じる人は少なくないはずです。現にコロナ禍でDVや虐待が増加しているという報告があることからも、事態の深刻さがうかがえます。
■被害者ではなく正義の味方でありたい
こうした先行きが不安なときに、デマやパニックは引き起こされるといわれています。日本国内でも、古くは1923年の関東大震災直後、当時の被支配民族による日本人襲撃のうわさが元になって起きた日本人による他民族への暴行・虐殺、73年のオイルショックを引き金としたトイレットペーパーの買い占め、豊川信用金庫に対する取り付け騒ぎなどがありました。信金の取り付け騒ぎでは、就職が内定した女子高生が友人と交わした「信用金庫って危なくないの?」という他愛(たわい)ない会話が、親族などを経由して否定しきれないうわさとして拡大。実際に別の金融機関が破綻していたことも相まって、多くの人が預金を下ろしに殺到してしまったのです。
デマの拡散には、圧倒的に不条理な状況に置かれている中で、自分は不条理さの被害者ではなく、正義の味方でありたいという自己効力感が根底にあることが少なくありません。そして、人はわからない状態が長く続くことに耐えられず、わかりやすい説明に飛びつきやすいのです。事の原因や対象を明らかにすることで怖さを解消し、心の平衡を保ちたいのでしょう。
今回、感染予防策などの情報がまことしやかに流れた背景にも同じことがいえます。ただし、ワンクリックでリツイートというのは正義感を示すにはあまりにも安易すぎます。自分は良いものを広めたと考えるには、その手軽さはそぐわないと思うのです。
■過剰な情報量と終わりの見えない怖さ
新型コロナ関連でこれほどまでにデマやフェイクニュース、自粛警察が幅を利かせたのには、情報量の多さが一つの原因と考えられます。1日に何回も繰り返し、それも濃密な情報にさらされることで、心が傷つき弱くなっていってしまったのです。これは日本精神衛生学会による提言でも明らかにされており、情報に触れる時間を自己制御することが有益であると示されています。
また、終わりの期限が見えないという不安も相当なものです。スペインかぜのように第2波での死亡率が上がる、突然変異を起こしてウイルスの毒性が強くなるかもしれない、などももちろん不安要素なのですが、今がまんしている成果が本当に出るのかどうかわからないということが堪(こた)えるのです。人間は自分のやったことに手応えがほしい動物なので、自分一人が感染対策を行ったところでどうなんだと思いたくなるのも、うなずける話です。
さらに、みんなが傷つきやすい状況にあるときは、必要以上にナーバスになりやすくなるもの。人は皆違うのだからもっと鈍感力を持つべきなのですが、誰もがなんとなく不幸であり、不幸な人のほうが攻撃力はより高まります。そして、夢を語る人の近くには夢を語る人が引き寄せられるように、同じような人が集まってきやすいのです。
■生きていくことは思いどおりにはいかない
仏教の特徴を表す4つの教え(四法印)の一つに、「一切皆苦(いっさいかいく)」(この世のすべては苦しみである)という言葉があります。ここでいう「苦」とは思いどおりにならないという意味で、四苦八苦の四苦は「生老病死(しょうろうびょうし)」を指します。楽しいこともあるはずの「生きる」がここに入っているのは、結婚にせよ、職業にせよ、人間関係にせよ、人生は自分の思いどおりにいくわけではない、想定外のことが起こるからです。
その中で、苦を持つもの同士が、生きることや老いること、病にかかること、死ぬことを共に苦しみ、互いに支え合ったりご縁ができたりすることで、真の人間関係は築かれていきます。さらに、何もかも思いどおりにしたいという欲望や執着といった煩悩に気づくことによって、自己解放していけばよいのだと説いています。
順風満帆で生きてきた人は、普段はどちらかというと苦しみに対して共感的ではないのですが、この不条理な出来事が起きたことによって共感・共苦の感覚が出てきたように思えます。共に苦しむところから思いやりに転じることができると、まさにそれがご縁を結ぶということになり、人と人とのつながりが回復していきます。一方で、その苦しみを孤独と無力感のほうに向けてしまうと、冒頭のように自分が他者に対して暴力的になるか、あるいは落ち込んで自傷行為をするかのどちらかになってしまいます。自分はどちらの方向に気持ちをリードしていくのかが問われているわけです。
一切皆苦の苦は毎日起こるわけではありませんが、ビジネスにしても、天変地異にしても、想定外のことが毎年起こっています。ということは、ほとんどの人は想定外のことが起こることを想定して、日々生きているということ。それでも実際に想定外のことが起こるとやはり傷ついてしまいます。特にセルフマネジメントが得意な人、サクセスストーリーを思い描いている人というのは、こういうとき何もかもできなくなることでフラストレーションを感じやすくなります。今はどちらかというとサクセスよりもレジリエンス(精神的回復力)のほうが重要なとき。想定外のことが起きたときに立て直す力が求められていると考えたほうがよいでしょう。
つまり、想定外の出来事を想定内のこととして生きるためには、自分を支えてくれる知恵を得ること、すべて人生に織り込み済みとしていく気構えが大切なのです。
■過去のデマやパニックも初めての出来事の繰り返し
繰り返すようですが、想定外のことは人生で時々起こります。今回のコロナ禍のように日常や社会が急激に変わっていくと寂しい部分もありますが、例えばリモートワークの推進や、通勤時のラッシュアワー回避など、良かったと思える部分も同時に引き起こされます。失うものもあれば得るものもあるのです。孤独に関しても、周りの空気ばかりを読まずにすむといった良い面もあるのですから、何を取って何を捨てるのかということを一人一人が考える、またとない機会になるのではないでしょうか。
![Check! あなたは情報に振り回されやすいタイプ⁉](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/6/670/img_76c59d09784838ac6bdb59d029610c4d329772.jpg)
そうは言っても、われわれにとってこれほどの感染症は初めての経験です。社会心理学者が言うように、これまでに起こったデマやパニックと新型コロナは学術的には同じ構図なのかもしれませんが、オイルショックでの買い占めも、信金の取り付け騒ぎも、明らかに新型コロナとは違うと思ってしまいます。客観視して同じ構図に見えるほどわれわれは賢くないのです。だから同じようなデマの拡散が横行してしまう。そういう意味では人は学ばないし、いつまでもアマチュアのままでパニックにもなるのです。
■今、私たちに必要なのはマインドフルネスという感覚
現代の日本は、ミクロな世界に入り込んで周りが見えなくなっている印象があります。元来、日本人の行動は宗教的で、お天道(てんと)様やご先祖様、人の目を気にする民族でした。ところがSNSの発達で、実在の間柄であれば働くはずの自制が利かなくなり、さらに見ず知らずの人が過激な発言をあおるようにもなったのです。
今は「自分を制する」ことが必要なときです。この瞬間の体験に意識を向ける「マインドフルネス」の感覚を持つことが大切だといえます。メディテーション(瞑想(めいそう))やヨガをする、美しい景色を見る、神社でお参りするなどリラックスできる方法を探して、まずは自分の心の内を整理していくことから始めてみてください。
また、人生のゆらぎのときこそ発見が多いときでもあります。人生を再発見してもう一度再構築していけるかどうか、それには楽観的な視点を持っている人のほうが強いのは明らかです。たとえ根拠はなくても、それでも人生うまくいくと泰然と構えていられるか、終わらない不幸はないと考えられるかが問われています。
普段から不変的な、底力のようなものを身につけておくこと。そして、悩んでいるのがばからしくなる、くだらなく感じてくる、そう思えるような自分を超えた大きなもの、心のよりどころとなるものを見つけることが大切です。雄大な富士山を眺めて心を和ませる、そんな安らぎが今必要なのです。
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東京工業大学教授、リベラルアーツ研究教育院長
1986年よりスリランカで「悪魔祓い」のフィールドワークを行った後「癒やし」の観点を早くから提示し、生きる意味を見失った現代社会への提言を続けている。代表作に『生きる意味』(岩波新書)、近著に『愛する意味』(光文社新書)など。
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(東京工業大学教授、リベラルアーツ研究教育院長 上田 紀行 構成=横山 久美子)
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