あなたは「コロナでインスタント食品が売れた理由」を説明できるか
プレジデントオンライン / 2021年1月14日 9時15分
※本稿は、橋爪大三郎『人間にとって教養とはなにか』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■教養を学ぶときに大切な3つのポイント
教養を学ぶのには、目の前の目的がない。「この問題を解決するので、この本を読む」というものではない。とにかく、何でも読む、何でも知る、のが教養かもしれない。
だからと言って、巨大な教養の森にいきなり分け入るのは、無謀というものです。
では、どうしたらいい? 道しるべが必要です。ポイントは3つ。これを、今後のガイドにするといいでしょう。
1、バランスよく学ぶ
2、「ほんもの」に触れる
3、納得して、楽しむ
ひとつずつ、説明しよう。
まず、その1。教養は、バランスが大事。
たとえば、やたら鉄道に詳しいけれど、政治がからきしわからない、のでは、教養とは言わない。これでは、鉄道オタクです。
鉄道に詳しいのは、いいことなのです。でも、バランスも大事。鉄道だけに偏っているのが、問題なのです。
学問は、この世界の成り立ちや仕組みに迫るものです。
この世界は、物理や化学や天文や、政治や経済や社会や、文学や歴史や哲学や、家族や育児や介護や、医学や数学やコンピュータや、…がごっちゃになった全体です。そしてそれらは、すべてつながっている。そのつながりを、つかむことが大切なんです。
このつながった全体の、ある部分を物理という。ある部分を政治という。ある部分を文学という。学問は、便宜上分かれていますが、もともとはつながっていると考えなければならない。
■新型コロナでインスタント食品が売れた理由は?
たとえば、新型コロナウイルスの影響で、外出しにくくなった。インスタント食品の売れ行きが伸びた。それも、カップ麺より袋麺が売れ行き好調だという。なぜだろう。
学校も休校で、テレワークで、みな家にいる。家族がそろって食事をする。でも毎回、ちゃんと料理をするのは大変。安くて手軽につくれるのが、インスタントラーメンだ。結論として、売れ行きが伸びた。これは、何の学問の話だろうか。
新型ウイルスは、生物学。感染症の治療は、医学。流行を防ぐのに、外出を制限するのは、公衆衛生学(病気になったひとが、ほかのひとにどう影響するか、などを研究します)。ウイルスが怖い、感染が怖いという心理が働くのは、社会心理学(あるひとの心理が、ほかのひとの心理にどう影響するか、などを研究します)。栄養バランスを考えるのは、栄養学。政府が外出を控えるように指示したのなら、政治学。家族が疎ましくなってコロナ離婚になれば、社会学や法律学の話にもなる。――という具合に、コロナひとつをとっても、すべての学問がつながっているわけだ。
■いろいろな専門家の本を読むことで、教養が深まる
人間は、政治だけでも、経済だけでも、生きていない。政治も経済も何もかもひっくるめた、まるごとの人間として生きている。社会は、そんな人間の集まりです。
さて、学問には、それぞれの専門家がいる。彼らの仕事は、このまるごとの人間を、ひとつの切り口から見ることだ。たとえば、経済の専門家は人間を、生産と消費をする存在として見る。医学の専門家は人間を、骨と肉と生理のかたまりとして見る。法律の専門家は人間を、権利や義務の主体としてみる。こういう切り口で、人間をみるのは正しい。そして、役に立つ。
けれども、なんの専門家でもないひとが、ひとつの切り口だけにこだわって、別の切り口が見えなくなってしまうのはよくない。教養を深めていくには、こうしたいろいろな切り口があることを、まず知ることが大事です。
それには、いろいろな分野の本を順番に読むことです。あるときは政治の本を読む。あるときは経済、またあるときには哲学の本を読む。理系がちょっと苦手なひとでも、サイエンスの本を読んでみる。
本になにが書いてあるかも、大事です。でももっと大事なのは、どんな切り口で、書いてあるかなのです。そして、いろいろな切り口があることを知ることです。いろいろな切り口の、関係を考えてみることです。
それぞれの本は、専門家が書いたものだから、ほかの学問とどうつながっているのか、教えてくれません。でも、いろいろな本を読んでいると、「あれ?」と思う瞬間がある。政治の本にはこう書いてあった、経済の本にはこう書いてあった。その関係はどうなっているのか。
この疑問は、大事な疑問です。そして、いろいろな本を読む、楽しみなのです。
そういう、疑問のポケットをたくさん持っているのが、教養の深い人間です。答えのない問題に、自分なりの答えを出すことができるかもしれないんです。
■世の中には「偽物の本」があふれている
さて、教養の身につけ方、その2。「ほんもの」に触れること。
ほんものは、偽物でないもののこと。
じゃあ、偽物とはどんなものか。
あるアイデアを最初に誰かが考えた。本に書いた。そのアイデアは素晴らしいのだが、かなり難しかったとする。
そこで、その本から適当なところを抜き出して、「わかりやすく説明します」という名目で、でも大事なところを抜かして、読みやすくまとめた本を別な誰かが書いたとする。この本は偽物だ。
偽物は、とても親切そうな顔をしています。「元の本を読むより手っ取り早く理解できますよ」と、甘い言葉をささやいてくる。だけど、読みやすいほうの本を読んだことで元の本を誤解してしまうとしたら、問題です。
世の中には、偽物があふれています。偽物のふりまく歪んだ知識から自分を守るため、ほんものに触れる心構えが重要です。世の中に本がたくさんあるけれど、読むのはほんものだけにするぞ、と覚悟すれば、読むべき本は、ほんのひと握りなんです。
■「ほんもの」には、多少の歯応えがある
では、どうしたらほんものと出会えるのか。
ふた通りの方法があります。
ひとつは、古典(あるアイデアを最初に考えた誰かが、自分で書いた本)を読むことです。外国語の場合は、その翻訳書でもよろしい。それでも、多くの場合、古典そのものを読むのは、かなりハードルが高い。
そこで、もうひとつは、古典をしっかり勉強した人が書いた、まっとうな解説書を読むこと。偽物でない、まっとうな解説書の探し方は、本書の第3章で説明しています。
これなら、古典よりもとっつきやすい。とは言え、それなりに歯ごたえがあるかもしれない。(歯ごたえのなさすぎる本は、いちばん大事なところが抜けていて、偽物の可能性が高いから、要注意。)
偽物は、ほんものの顔をしていますから、見分けるのは困難。ほんものに触れると、ああ、さっきのは偽物だった、とわかる。ほんものに触れていくと、だんだん偽物を見分ける力がつきます。
ほんものに触れようと思ったら、多少の歯ごたえは覚悟しなくてはいけない。
では、その難しさとどうつきあうか。
■すべての本は現実社会の「攻略本」
私たちは、複雑な現実を生きています。
たとえば、経済学の本のほんものは、たしかに難解で複雑です。でも、現実の経済のほうが、もっとずっと難解で複雑です。
経済の本は、3時間や5時間で読めるかもしれない。でも、いきなり現実の経済を読み解いてしまうなんて、不可能に近い。
だから、経済の本を読むんです。ほんものの経済の本であっても、現実の経済よりは簡単だ。しっかり読めばわかるように、書いてくれてはいる。その内容を踏まえて、現実の経済を眺めたほうが、手っ取り早くその内実をつかむことができる。
つまり、書物は、現実社会の「攻略本」みたいなものなんです。複雑なゲームには必ず「攻略本」があるでしょう? ゲームを上手にクリアしたい人は、お金と時間と労力をかけて、攻略本を読む。ちょっと大変でも、そうする。なぜかと言えば、そうしたほうが結局、手っとり早くクリアできるからだ。
古典や、古典のよい解説書を読むのも、似たようなもの。読むのにある程度、労力も時間もかかるけれど、読まないよりは読んだほうが、ずっとこの現実世界のことが読み解けるようになるのです。
■教養は自分が納得して楽しめればいい
そして、教養の望ましい身につけ方、その3。自分が納得して、楽しむこと。
自分で楽しむ。満足する。これが大切。
つまり、教養は、自慢するものではないということです。
教養にもとづいて、発言したり行動したり、してはいけないのではない。本書の第5章でもすすめているように、読んだ本について考えたことを発信したり、誰かと感想をのべあったりするのは、学びを深める。よいことです。
でもこれは、教養をひけらかすのとは違う。教養があると思ってもらうために発言したり行動したり、はただの嫌味です。
教養に触れるのは、まず、楽しいから。楽しいから学んでいるうちに、結果的に、答えのない問題に自分なりの答えを出す準備が整うのです。要するに教養は、どこまでも自分のもの。自分が納得して、楽しめれば、それでいいものなんです。
ちょっと教養がついたかな、と思うと、そのことを誰かに認めてもらいたい、という心理になるひとがいます。けれどもそれは、やめておこう。みっともない。それに、その程度ではまだまだ教養が足りないことは、まる見えです。教養は自然ににじみ出るもの。そうでなければ尊敬されません。
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社会学者
1948年神奈川県生まれ。大学院大学至善館教授。東京工業大学名誉教授。77年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。『4行でわかる 世界の文明』(角川新書)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『皇国日本とアメリカ大権』(筑摩選書)、『中国VSアメリカ』(河出新書)など著書多数。共著に『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書、新書大賞2012を受賞)、『日本人のための軍事学』(角川新書)など。
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(社会学者 橋爪 大三郎)
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