「本当に1カ月で解除できるのか」中途半端な緊急事態宣言にある巨大リスク
プレジデントオンライン / 2021年1月8日 11時15分
■感染者が減らなければ、期限はズルズルと延びる
政府は1月7日、「非常事態宣言」を再度発出した。前回の2020年4~5月時とは違い、今回は東京都と神奈川県、千葉県、埼玉県の1都3県だけとし、全面的な休業要請ではなく、飲食店など業種を絞っての午後8時までの時短要請など“限定的”な対策に留めた。期限は2月7日までの1カ月としたが、これで新型コロナウイルスを封じ込めて感染者を減らすことができなければ、期限がズルズルと延びていくことになりかねない。
西村康稔担当相は前回とは違って“限定的”な対策に留めたことについて「エビデンス(証拠)がある」と強調した。1年近い新型コロナとの闘いの中で、「学んできた」と胸を張ったわけだ。つまり、昨年4月のように完全に人の動きを止めなくても、新型コロナは封じ込められるとしているわけだ。
だが、本当だろうか。さっそく厳しい予測が出されている。
西浦博・京都大教授(感染症疫学)は試算を公表し、昨年4~5月の宣言時に近い厳しい対策を想定しても、東京の1日当たりの新規感染者数が100人以下に減るまで約2カ月が必要だとした。さらに今回の飲食店の時短営業など“限定的”な対策では、2月末になっても新規感染者数は1300人と、現状と横ばいになると予測している。つまり、現状の対策では「生ぬるい」と言っているわけだ。
■第1波では経済への打撃を小さくできたが…
いったい政府は昨年の緊急事態宣言から何を学んだのだろうか。
明らかなのは、緊急事態宣言で完全に人の動きを止めようとすると、経済が大打撃を被るということだ。2020年4~6月期のGDPは1~3月に比べて年率換算で29.2%の減少と、戦後最悪の結果になった。7~9月はその反動で前の3カ月に比べれば22.9%増になったが、実態は「回復」と呼べるものではなく、前年同期比では5.7%の減少が続いている。
例えば4月の全国百貨店売上高は、日本百貨店協会の集計によると前年同月比72.8%減、5月も65.6%減となった。全日本空輸(ANAホールディングス)の4~6月期の国内線旅客は88.2%も減っている。大幅な赤字に転落する企業も続出。パートやアルバイトを中心に非正規雇用も大幅に減少した。
この経済の「猛烈な縮小」から人々の生活を守るために、特別定額給付金や持続化給付金などを支給し、雇用調整助成金の特例を導入して企業に雇用を維持させるなど対策を講じた。結果、第1波は諸外国に比べて影響を小さいまま封じ込めることができた。
■ブレーキとアクセルを踏み続けた菅政権
ところが、それ以降、政府の対応は「経済優先」へと大きくシフトしていく。安倍晋三首相の辞任を受けて就任した菅義偉首相は「Go Toトラベル」の継続にこだわり続け、新規感染者が増え始めてもブレーキを踏むことに躊躇した。
「Go Toトラベルで感染が拡大したというエビデンスはない」と言い続け、11月後半の3連休などは新型コロナ流行前を上回る人出が繰り出した。感染者が増えても「検査件数を増やしていることが一因」とし、「重症者は少ない」としたことで、国民の間から危機感が失せていった。
自粛を要請するなどブレーキをかける一方で、Go Toトラベルなどアクセルも踏み続けた結果が、12月以降の「感染爆発」につながったのは明らかだろう。“限定的”な緊急事態宣言というのは、まさにブレーキとアクセルを両方踏む「過去の失敗」の延長線上にある。
■封じ込めに有効なのは「短期決戦」のはず
1月7日に東京都が発表した感染確認者は2447人と過去最多を記録したが、全体の7割が「感染経路が不明」という。どこの誰からどうやってうつったか、ほとんど分からないわけで、酒を伴う会食が原因とするにはエビデンスが十分ではない。
もちろん、可能性がある以上、会食を制限するのは対策としては正しい。だが、午後8時までに営業を短縮すれば感染者が増えない、という話にはならない。欧米のようにレストランなどは一斉に休業要請するのが、新型コロナを封じ込めるには取るべき手だろう。
酒の提供は19時までとなると、居酒屋などは事実上、営業できていないのも同然だ。店舗に補償金が支払われるといっても人件費などを考えれば経営を成り立たせるのは不可能に近い。感染拡大のためのブレーキとしては不十分な上に、経営も危機に瀕するとなれば、極めて中途半端な対策ということになる。
4~5月の教訓は、思い切って経済を犠牲にすれば、感染拡大は食い止められるということだ。1カ月耐えれば、その先に明かりが見えるということなら、経営者も従業員も辛抱できる。「短期決戦」で思い切った経済停止を行うことこそ、新型コロナ封じ込めには有効なはずだ。
■迅速に助成金を届ける仕組みもできていない
本来、経済を止める一方で、人々の生活を守る術を考える必要があるのだが、結局、政府の動きは鈍いままだ。昨年4月には国民1人当たり10万円の特別定額給付金の支給を決めた。全員に一律とすることで短期間に支給できるという話だったが、実際は、支払いに膨大な手間と時間を要した。
行政のデジタル化が進んでいないことが原因とされ、菅首相は「デジタル庁の新設」を指示したが、実際にデジタル庁ができるのは早くて今年9月。データベースの整理やシステム構築などを考えれば、実際にシステムが稼働するのは3年から5年はかかる。つまり、昨年の教訓から学んでいれば、本当に支援が必要な人に迅速に助成金を届ける仕組みを真っ先に整備すべきなのに、一向にそれは整っていない。
米国は年末の12月21日に、総額9000億ドル(約90兆円)に及ぶ新型コロナ対策を盛り込んだ法案を可決した。そこには2度目となる現金給付も盛り込まれている。成人・未成人ともに1人当たり600ドルが支給される。ただし、今回は全員に給付するのではなく、2019会計年度の年収が7万5000ドル超の場合、原則100ドルを超過するごとに5ドルずつ減額され、年収9万9000ドル以上の成人には支給されない。
つまり、本当に困窮している人に支給する仕組みとしているのだ。失業保険についても、1週間当たり300ドルを追加で給付することを決めた。
■冬の感染爆発は「想定内」だったはずだ
もしかしたら冬になれば感染爆発が起きるということは、菅内閣が発足した時から「想定内」だったはずだ。危機管理は最悪の事態を想定することが基本である。営業停止を求めることになれば、営業補償だけでなく、失業したり給与が激減する人が急増することも分かっていたはずだ。そのために、個人に助成金をどう届けるか、とりあえずの方法を構築しておく必要があった。
今回の新型コロナに伴う経済危機の特徴は、飲食業や宿泊業の現場で働く弱者を直撃していることだ。今回の緊急事態宣言による対策で事態はさらに深刻化する。1カ月の「緩い」対策の結果、感染者が減らなかった場合に時短措置が延長されるようなことになれば、現場での解雇や雇い止め、廃業、倒産が激増することになるだろう。そうした現場の弱者を救う日本のセーフティーネットがあまりにも貧弱であることが露呈することになりかねない。
1月7日の夜に会見した菅首相の言葉は、どこか他人事のようで、国民の心に響くものとは言えなかった。給与も賞与もほとんどカットされていない政治家や高級官僚には、現場でとたんの苦しみを味わっている弱者の気持ちは分からないのだろうか。過去から謙虚に学び、将来のリスクへの対策を講じる。危機を想定できない政府が国の存亡を危うくする。
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経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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