「デジタル庁だけに任せてはいけない」日本のお役所を最短最速でDXさせる5つのステップ
プレジデントオンライン / 2021年1月15日 9時15分
■デジタル化に不可欠な「国民が享受できる利点」の明示
自民党が提出したデジタル庁への提言内容によると、デジタル庁を各省庁の調整機能的な組織にするのではなく、首相直轄で、強い権限を有した常設組織にしたいということです。
提言では、デジタル庁に権限を集約し、政府や地方公共団体、民間のデジタル化をけん引する強力な司令塔機能を持つことが大事だと記載されています。その内容を読むと、フラットな組織にして、年齢に関係なくデジタル人材を国内外から積極的に採用することなどがまとめられています。
取り組むべきアジェンダとしては、マイナンバーデータを中心としたマスターデータの整理や一元化、地方公共団体でおのおのに調達、整備、運用されているITシステムの共通化、デジタル化に不可欠な人材育成やリテラシーの育成などが挙げられています。
私がアメリカから見ていて感じることは、デジタル国家としては後れを取っている日本が、ハンコの廃止などから始まりデジタル化に取り組むことには期待が高まります。
しかし、国民にその理由や利点、目的が明確に伝えられておらず、データ統合やマイナンバー普及などの話ばかりが取り上げられ、具体的な省庁ごとのアジェンダが不足しています。かつ、デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)強化という言葉ばかりが先走り、政府のDX化の目的や戦略などの議論が足りないように思います。
■米国の戦略的なデジタル推進体制
例えば、米国ではトランプ政権にCTO(最高技術責任者)がいて、トランプ大統領に直接国家のIT戦略について策定、助言、実行を担ってきました。
米国CTOの役割は、米国での新興技術の開発を奨励し、米国企業が新しい技術を商業化して採用できるよう促し、米国民が21世紀の経済で成功するために必要なツールへのアクセスを改善および拡大することとあります。
また、アメリカ人労働者のために新技術の開発を促すこと、国外でのアメリカ発イノベーションを擁護すること、そしてアメリカ人の安全とセキュリティーを保護することなどの責任があります。
現在の米国CTOはマイケル・クラトシオス氏です。1986年生まれで、ピーター・ティール氏率いるベンチャーキャピタルであるシールキャピタルの元経営陣です。彼はトランプ大統領の支援者でもあり、投資家として幅広い技術を見てきた経験を生かして、以下の領域で政策に取り組んでいます。これらはバイデン政権に移行後は修正や更新される可能性がありますが、少なくとも政府のデジタル戦略の取り組みとしては参考になるのではないかと思います。
●クアンタムコンピューティング
●5G
●ブロードバンドコミュニケーション
●自動運転
●商用ドローン
●STEM教育
●応用製造
それぞれの領域で、国防省や司法省などの政府各省が取り組むべきアジェンダを作りこみ、その進行具合をチェックするためのKPI(政策成果目標)の策定などを行っています。
■国民のメリット、目的や戦略も具体的に示す米国
特にトランプ大統領が署名した「AIイニシアチブ」という大統領令に関して、アメリカの各省がどんなAI導入やAI活用をすべきか、その導入の進捗(しんちょく)を評価するための基準設定に関してまとめられた1年目の報告書には、非常に具体的にアジェンダが記載されています。
AIイニシアチブは6つの分野でゴールを掲げています。
●AIリソース(連邦政府が管理するデータやモデル)を開放する
●AIイノベーションへの障壁を取り除く
●AIが導入されたあとの働き方やリカレント(就労のための学び直し)教育を充実させる
●国際社会での米国のAIリーダーとしての地位を確立する
●米政府自体が信頼のおけるAIを進んで活用する
各連邦政府機関が独自のAI開発とAI活用のための戦略とプランを立てており、例えば、国防総省は軍事機能を高めて国防を強化するためのAI活用を推進し、運輸省は米国内の道路におけるAI活用方法や自動運転に関する法整備に当たるとあります。
また、米海洋大気局はAIを使って衛星データを活用し台風などを予測する手法の確立、米国立衛生研究所はAIによる医療診断やパーソナライズした治療を提案と、非常に戦略的です。
そして、米一般調達局はAICoEというAI推進ガイドラインモデルを開発し、各政府機関がAI活用のゴールを掲げるだけではなく、実際に課題を抽出して解決する手法の一つにAIを選ぶことを推進し、KPIの策定などを手掛けています。
AIイニシアチブと日本のデジタル庁が同じように比較できるわけではありません。トランプ政権下でこのようなアジェンダがどこまで成果を挙げたのか、という検証も必要ではありますが、少なくとも具体性があることで国民にとってのAIイニシアチブの理解も深まり、目的も明確になることが分かります。
■デジタル化を進める5つの要諦
単純に政府や公共団体などのDX推進を力強く推し進めると言っても、ハンコを廃止してRPA(ロボットによる業務の自動化)を導入をすればよいというものではありません。DXとはデジタイゼーション(デジタル化)とは似て非なるものです。
以下は元P&GチーフデジタルオフィサーのTony Saldanha氏の著書『Why Digital Transformation Fail』で紹介されていたDX実現までの5つのステップを私が訳してまとめたものです。ここで大事なのは、縦割りに管理されているバラバラなデータを統合する、作業工程の一部をツール導入で自動化するというのは、ステップ1である基礎ステップの一部にすぎないということです。
今回のデジタル庁が主眼としている各省や公共団体におけるシステムの共通化に関しても「なぜITシステムを共通化する必要があるのか?」という問いに的確に答えなければいけません。
例えば、私が経営する会社、パロアルトインサイトでもデータの統合やクラウド化などのプロジェクトを多く行っていますが、やみくもに存在する全てのシステムとデータベースを統合すればいいというものではなく、活用事例に基づいてデータ統合やクラウド設計を行います。
システム統合には膨大なコストとリソースが発生するだけではなく、目的なきデータ統合は余計な依存性をシステム内に生み出す可能性があり、本来であればバラバラなシステムだからこそ簡素化できていたフローが複雑化するリスクなどもあります。
それゆえに、システム統合の詳細に関しては、本質的なデータ統合の目的を議論しなければいけません。そのためには、活用事例を明確にすること、活用事例から逆算する形で関連性のあるシステムやデータの所在を明らかにし、構造理解をする必要があります。
■「DXのためのDX」という罠にはまるな
デジタル庁ではAI人材やIT人材の育成も大きなアジェンダの一つとして掲げていますが、こちらも具体的なところが伝わってきていないと感じます。
例えば、先ほどの米国CTOが担当するSTEM教育(※)の推進に関しては、以下のようにまとめられています。
※Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとったアメリカ発祥の造語。
①STEMリテラシーの強力な基礎を作ること
②STEM教育におけるダイバーシティとインクルージョンを高めること
③将来のSTEM教育を担う教員などのワークフォースの準備をすること
かつその目的に到達するために必要な道のり、その道のりを実現するためのオブジェクティブが各省庁ごとに記載されています。
デジタル庁に期待したいことは、「DXのためのDX」という罠にはまらずに「なんのためのDXなのか」「どんな課題解決のためのデジタル化なのか」を活用事例レベルで明確にして目的を定義づけることです。
そして、各省庁がその目的達成のために何をしなければいけないのか、オブジェクティブを明確にして連携体制を作らないと、何億円、何十億円もかけて各省庁や公共団体のシステム統合をしたはいいけれども国民の生活の質は変わらない、という本末転倒なことにもなりかねません。
課題は山積みではありますが、アメリカや台湾、シンガポールやエストニアなどのデジタル国家としての戦略作りが進んでいる国を参考にできるというメリットもあります。これを機に日本ならではのデジタル国家の強みが明確に定義づけられることに期待しています。
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パロアルトインサイト CEO
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAIプロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテックや流通AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手がける。著書に『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)、『私が白熱教室で学んだこと』(CCCメディアハウス)など多数。
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(パロアルトインサイト CEO 石角 友愛)
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