「失われた40年になりかねない」2度目の緊急事態宣言が残す禍根
プレジデントオンライン / 2021年1月8日 15時15分
■抗しきれず再発出……早くも対象地域拡大への動き
1月2日、小池百合子東京都知事を筆頭とする1都3県の知事が政府に緊急事態宣言の再発出を要請したことに伴い、政府はこれを前向きに検討、7日付で再発出に踏み切った。
事前報道では政府・与党は再発出に否定的であり、仮に踏み切るにしても18日召集の通常国会で特措法改正案を取りまとめるのが優先だと言われていた。改正案をもって、休業・時短要請に応じない事業者への罰則規定を設け、感染症対策の実効性を担保することが優先という主張は論理的にも納得感があるものだった。
しかし、知事たちが独自に時短要請に踏み切り、またその傍らで菅義偉内閣の支持率低迷が報じられる中、抗しきれずに再発出に至ったという印象が強い。再発出を拒み続けても、知事たちは執拗に要請を続け、それが支持率を下押しする展開が目に見えていたので、宣言の要請をされた時点でもう勝負は決まっていたと言える。
話はこれで終わらないだろう。これまでのパターンに照らせば、恐らく1都3県に限らず、他の府県も緊急事態宣言を要請してくる可能性がある(早速、そのような動きは散見され始めている)。
これを拒否し続ければ支持率に響くだろうから、恐らく矢継ぎ早に宣言対象を広げる中で「宣言、全国一律へ」という見出しが目に浮かぶ。期間も2月7日までで終わるとは思えず、延長含みだろう。暗く、長い期間になることに備えたい。
■企業・家計への禍根…経済の低迷をもたらす猜疑心
2度目の緊急事態宣言の発出という今回の決断は、日本経済に禍根を残すように思われる。昨年4月に出された1度目に比べて、その影響はあまりにも大きい。その理由を、これから紹介する経済指標で紹介したい。
昨年4~6月期の緊急事態宣言時にもさまざまな賛否はあったが、未知なるショックに対しては致し方ない面もあった。しかし、その後に感染が小康状態に入った夏および秋は「冬になったら感染者は増えるので、それに耐え得る医療体制作り(医療資源の最適配分)を急ぐ」という話だった。少なくとも多くの人はそう思って過ごしていたはずだ。
冬場に感染者数が新しい波を迎えるという展開は既定路線であり、そうした試練を「新しい生活様式」で乗り切るというのがウィズコロナ時代の新常態だと専門家会議も提起していた。
単なる感染症対策を生活様式と表現するのは大仰だと筆者は思う。しかし、そう言われた以上、多くのサービス事業者はコストを払っても地道な感染症対策を行い、営業を展開してきたはずである。
そうして頑張った結果が「感染者(厳密には検査陽性者)が増えたので店を閉めろ」という施策や2度目の緊急事態宣言の発出であるとすれば、民間部門(家計+企業)に強い猜疑心を植え付けてしまう恐れがある。
■企業業績へのとどめ、冷え込む消費者心理
財務省「法人企業統計」で企業業績の動向に目をやると昨年4~6月期の大崩れから7~9月期は復調傾向が鮮明である(図表1)。
とはいえ、前年比マイナスである状況は変わらず、感染者の増加ペースが速くなり始めた10~12月は再び失速が推測される。今年1~3月期はこれにとどめを刺す格好になる。
もちろん、今回は時短営業が可能な点で前回宣言時とは異なるが、「20時閉店」という制限は人件費を筆頭とする営業コストを踏まえれば、「やらない方がまし」という判断もあり得るほど厳しいものだろう。そもそも時短営業措置は店内の人口密度を上げるだけで逆効果というまっとうな指摘もあったはずだが、これも考慮された様子はない。
なお、家計部門の心理にも悪化の兆しがある。1月6日、内閣府より発表された12月消費動向調査は、消費者態度指数(2人以上の世帯・季節調整値)が前月比▲1.9%ポイントの31.8%となり4か月ぶりに前月を下回った(図表2)。
2度目の緊急事態宣言を受け、恐怖心をあおる偏向報道は一段と強まるだろうから1月、2月は間違いなくもっと悪化するだろう。結局、消費者心理はコロナ以前の水準に到達せずに2番底を探りに行くことになる。当然、個人消費は出なくなる。
かかる状況下、日本全体で見れば病床が空いていても医療崩壊という言葉は毎日飛び交っている。それはなぜなのか。解決できない理由には何があって、どうすれば解決できるのか。その辺りの説明が尽くされていないゆえの禍根はどうしても残ってしまわないだろうか。
■企業も家計も強まる「貯蓄が正義」という観念
禍根とは言い換えれば不信だ。為政者の政策対応への不信は景気の先行き不透明感と直結してくる。
先行き不透明感が強くなれば家計や企業の抱く消費・投資意欲は低下する。GDPの需要項目で言えば、個人消費、住宅投資、設備投資などが減少する話になる。
ラフに言えば、「不安だからお金を使わない」という判断が家計や企業にとって合理的なものと見なされやすくなる。
実際、あの米国でも貯蓄率が歴史的高水準で高止まりしている現状がある。長年、日本の企業部門の内部留保が多過ぎると揶揄(やゆ)されてきたが、今回のショックではそれが緩衝材となり大惨事に至らなかったというのは事実だ。
そうした「不幸中の幸い」とも言える「意図しないサクセスストーリー」があったところへ、さしたる判断基準もなく政治的駆け引きの中で私権制限が決定されるとすると、家計・企業部門の消費・投資意欲は中長期的に一段と抑制される懸念がある。
そうした「民間部門の貯蓄過剰」の傾向こそが物価や金利が低位安定する真因であり、世界的に進む日本化の震源なのである。
■「失われた40年」につながりかねない
図表3は2020年7~9月期までの日本の貯蓄・投資(IS)バランスを見たものである。厳格な経済活動制限を経て、家計部門の貯蓄過剰は急増し、企業部門では貯蓄過剰状態が横ばいとなっている。
企業部門の貯蓄過剰が極端に増えていないのは、売り上げが立たない中でコストがかさんでいるため営業余剰(要は利益)が増えないからだ。いずれにせよ家計、企業を合計した民間部門全体では貯蓄過剰が急増している。
この貯蓄過剰を、政府部門が貯蓄不足になることで何とかカバーしているというのが今の日本経済の姿である。大きな貯蓄(供給)を掃くための借入(需要)が存在しないので、お金の値段である「金利」は必然的に上がらない。
日本経済は「失われた30年」を通じてそのような姿が維持されてきたわけだが、現状ほど極端な姿になったことはない。もちろん、2020年に出現した極端な姿は経済活動制限という特殊な政策の結果であり、永続性を期待するものではないかもしれない。
だが、今後も断続的に緊急事態制限やこれに類する措置が打たれるのだとすると、図表3に示す「ワニの口」のように開いた「民間部門の超・貯蓄過剰と政府部門の超・貯蓄不足」という構図が常態化するのではないかという怖さがある。それは「失われた40年」につながりかねない構造変化である。ちなみにこうしたISバランスの姿は程度の差こそあれ、欧米も同じ様相を呈している。
こうした世界では賃金はもちろん、物価や金利も上がりようがなく、ひたすら拡張財政とそれを支える金融緩和を頼りに経済活動を営む低体温の経済が展開される。
2回目の緊急事態宣言を受けて、「貯蓄という正義」という観念は一層強まるだろう。少なくとも2021年に到来する「次の冬」を無事に越せるまでは、そう考える家計、企業は多いはずである。(2021年1月7日時点の分析)
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みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、JETRO入構、貿易投資白書の執筆などを務める。2006年からは日本経済研究センターへ出向し、日本経済の短期予測などを担当。その後、2007年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、年2回公表されるEU経済見通しの作成などに携わった。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。著書に『欧州リスク:日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、14年7月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、17年11月)、『リブラの正体 GAFAは通貨を支配するのか?』(共著、日本経済新聞社出版、19年11月)。TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』、日経CNBC『夜エクスプレス』など。連載:ロイター、東洋経済オンライン、ダイヤモンドオンライン、Business Insider、現代ビジネス(講談社)など
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(みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト 唐鎌 大輔)
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