天井崩落で全身15カ所を骨折…67歳男性が「震災とコロナは同じ」と語るワケ
プレジデントオンライン / 2021年1月10日 9時15分
■10年たった東日本大震災、都内で九死に一生の男性が思うコロナ禍
10年前の東日本大震災では東北各県の被害がクローズアップされたが、実は東京都内でも7人(消防庁発表)の方が亡くなっている。そのうち2人の死亡者と、31人の重軽傷者を出した都内最大の「被災地」が九段会館(千代田区)だった。大ホールの吊り天井が落下、そこで行われていた専門学校の卒業式を直撃したのだ。
現在、葬祭コンサルタントとして活動している二村祐輔さん(67)は当時、専門学校の講師として式に参加。そして、石膏でできた天井の直撃を受けた。二村さんは全身15カ所を骨折するなどの重傷を負い、隣席に座っていた同僚の小池いづみさん(当時51)が即死。東日本大震災から10年目の節目に際し、二村さんがこの度、オンラインでインタビューに応じた。当時の生々しい状況を振り返るとともにその後の国や行政の対応や、防災の盲点を指摘した。
まず簡単に二村さんを紹介しよう。日本葬祭アカデミー教務研究室を主宰するなど長年、葬祭業界の指南役として活動してきた第一人者である。筆者は大学で共同授業を実施したり、シンポジウムでご一緒したりするなどのお付き合いをさせていただいている。二村さんは後進の育成にも熱心で、「葬祭学」という新しい分野を切り開き、専門学校や大学などで教鞭をとってきた。実務、教育の両面で「死」を見つめ、問い続けてきた人物だ。
■「席から腰を上げた瞬間、天井がドーンと落ちてきました」
くしくも二村さん自身が、東日本大震災では死に直面することになった。
当時、二村さんは東京観光専門学校の非常勤講師を務めていた。2011年3月11日は午後2時から行われた九段会館での卒業式に参加。二村さんの事務所スタッフでもあり、同校の講師としても同僚であった小池さんも一緒だった。午後2時46分、東京都心は震度5強の強い揺れに見舞われた。
「私は別件があって、20分ほど遅れて会場に入りました。すでに卒業式は始まっていて、ステージ上では生徒の表彰が行われているところでした。私は『お待たせ』と、先に座っていた小池さんに会釈をして彼女の左隣に座りました。しばらく経って、にわかにホールが揺れ始めたのです」
東日本大震災では東京では3分を超える長い時間、揺れたとされている。大ホールは1階席に加え、後部に2階席が設置された構造。卒業生、父兄、教職員など600人近くが着席していた。二村さんと小池さんはステージから3列目の中央のあたりの席に座っていた。
「ステージ上では照明がガシャガシャと大きく音を立てて揺れ、それが来賓の方々に落ちてくるのではとヒヤヒヤしながら見ていました。揺れはさらに大きくなってきて、司会の人が『落ち着いてください。出口に殺到するといけないので、指示があるまでその場に着席していてください』と繰り返しアナウンスをしていました。しかし、私はあまりにも揺れがひどいので不安になり、小池さんに『これはちょっと危ないね。外に出たほうがいいですよ』と告げ、腰を上げた瞬間、天井がドーンと落ちてきました。私たちは逃げる間もなく直撃を受け、床に打ち付けられたのです」
■落下した天井の総量は5トン以上、隣席の女性同僚は即死した
九段会館は軍人会館として1934年に完成した城郭風建築物である。地下1階地上4階の鉄筋コンクリート造りだ。竣工から2年後に起きた二・二六事件では鎮圧部隊の本部、戒厳司令部が置かれたことでも知られる。戦後はGHQが接収、1954年から日本遺族会が「九段会館」として運営していた。
事故が起きた大ホールの天井は竣工以来、定期点検はしていたものの補修などは行われていなかった。天井は石膏製で、230個のフックで吊るされていた。いわば、巨大な石板がしっかり固定されずに宙ぶらりになっていた構造だった。それが、長時間揺さぶられてフックの一部が外れ、全体のバランスが崩れて、連鎖的に脱落していったと考えられる。石膏の塊が1階会場の前部に落下した。落下した天井の総量は5トン以上にも及んだ。
「後に2階席にいた生徒に話を聞いたら、大きな絨毯が覆いかぶさるように落ちたらしいです。私は、左肩に強い衝撃を受け、前席との隙間の床に激しく打ち付けられました。隣の小池さんの様子を確認することはできませんでしたが、彼女はまともに頭に石膏の塊を受けてしまったようです。わずかな違いで小池さんは即死、私はかろうじて一命を取り留めました。この時、1列後ろに座っていた、もうひとりの講師先生も亡くなっています。私を含め助かった重傷者も、首の骨の骨折、両足骨折などひどいケガを負いました」
「私は事故直後、流血していたことは分かっていましたが、肩の骨が外に飛び出していたことには気付きませんでした。痛みは感じず、意識はしっかりとして終始冷静でした。天井が覆いかぶさったので視界がなくなり、真っ暗になっていました。会場からは『大丈夫かー』などの叫び声が聞こえてきました。気づくと口の中で何かがゴロゴロとしている。前歯が5本ほど折れているようでした。私はとっさに『歯をなくしてはダメだ』と思い、背広のポケットに入れたことを覚えています。私はすぐ近くにいるはずの小池さんの安否が気になり、声をかけて生存を確認したかった。けれども、『ひょっとして返事が返ってこなかったら……』と、お亡くなりになっている可能性が頭をよぎり、とても怖くなって、声をかけてあげられなかったのが正直なところです」
■診断は鎖骨や肩甲骨など15カ所の骨折に頭部の裂傷、前歯が5本欠落
二村さんは会場にいた生徒らによって救出される。卒業式で若い男性が大勢いたことが救出作業を早めることにつながった。二村さんらはレスキュー隊が到着するよりも早く、外に搬出された。しかし、二村さんが現場で察したように小池さんは既に息絶えていたと思われる。
「私たちは九段会館の駐車場に運ばれ、寝かされました。近くで心臓マッサージを受けている人がいましたが、それが小池さんかどうかわかりませんでした。救急隊が到着すると、トリアージ(重症度によって治療の優先度を選別すること)が始まりました。私は『なかなか運んでくれないんだな』と思いました。私は3年前に心筋梗塞を患い、以来、血液をサラサラにする薬を飲んでいて、お医者さんから『二村さん、ケガしちゃダメだよ。血が止まらなくなって死んじゃうからね』と厳しく言われていたので、救急隊にそのことをしきりに訴えました」
「とにかく、ものすごい崩落だった。私はてっきり首都直下型大地震で九段会館全体が崩壊、いや東京全体が壊滅しているに違いないと考えていました。九段会館の駐車場に寝かされ、青空を見上げると周囲のビル群はいつもどおり。九段会館も壊れていないし、普段の東京の日常が広がっている。なんだ、私がいた場所だけが被害に遭ったんだ、と初めて気付きました」
二村さんは救急車での道中、かなり時間が長く感じたという。病院に到着するまで、マイクで途切れなく「前をあけてください」と叫んでいた。この頃、すでに都内では大渋滞が始まっていた。二村さんは新宿区の大学病院に運ばれた。診断は鎖骨や肩甲骨、肋骨など15カ所の骨折に頭部の裂傷、前歯が5本欠落など。全治するまで2年ほどかかる重傷だった。10年が経過した現在でも肩の痛みがあるという。二村さんは全身をギプスで覆われ、長期の入院を余儀なくされたが、休む間もなく、大震災がらみの葬祭に関する相談が相次いだ。
「入院中、東北の被災地の行政や葬祭業から多数の問い合わせがきました。東北の沿岸に打ち上げられたご遺体を東京に運んで火葬する方法を教えてほしい、など。現地の行政は機能不全になっていましたから、私のところに相談が集中したようです。まだ、骨はくっついていませんでしたが20日間入院しただけで、主治医には無理を言って退院させてもらい、仕事に復帰しました」
■「私は初めて小池さんの死を実感し、涙を流しました」
小池さんの死亡を二村さんが聞いたのは翌12日、病院で。神奈川県藤沢で行われた小池さんの葬式には二村さんの家族が代理で参加した。
「妻がお葬式に向かう電車の車内で、向かい側に座った見ず知らずの女性が喪服を着ていたので会釈をしたそうです。すると、『小池の妹です』と。この偶然の引き合わせを妻から知らされて、私は初めて小池さんの死を実感し、涙を流しました。体が動けるようになって、小池さんのご家族への弔問に向かいました。一周忌のタイミングでは、藤沢にある小池さんが眠っている霊園から講演会の依頼が偶然に入り、不思議なご縁だなと思いました。
この時、初めて小池さんのお墓参りに向かいました。そこは何万基という数の墓が並ぶ巨大霊園。しかも、同じデザインの墓石が無数に並んでいるので探すのが大変です。しかし、なぜか誘われるように向かった目の前にあったのが、小池さんのお墓でした。すべては偶然か、いやきっと小池さんが引き合わせてくれたのだと思います。改めて死者とのつながりを強く意識した経験でした」
亡くなった小池さんともうひとりの女性の遺族、そして二村さんらは「建物の安全管理に問題があった」として、国や日本遺族会(古賀誠会長)を相手に刑事・民事の両面で告訴する。だが、日本遺族会は九段会館を廃業にし、建物を国に返還。刑事捜査では、「地震の規模が大きく、事故を予見することはできなかった」として立件は見送られた。二村さんの治療費は歯のインプラントやリハビリなどを含めて200万円ほど。治療費や弁護士費用は出たが、お見舞い金は200万程度であったという。
「災害は予見とそれに基づく防災措置が大事ですが、災害が起きてしまった後のことも重要です。例えば東京都は首都直下型地震を想定して、各地に防災拠点を設けています。私も視察しましたが、水や食糧、医薬品の備蓄は万全のようでした。しかし、死に関する準備は何もない。
具体的には、遺体を収める納体袋や棺桶、あるいは死者をすぐに供養できる造花や仏具など。大災害になったら、死者が出ることは必然です。そんなこと考えたくないという人もいるでしょうが、けっしてそこから目を背けてはいけないんです。
実際、東日本大震災直後、私は葬儀社から多数の遺体の扱いの相談を受けました。身元のわからないご遺体がブルーシートを敷かれた床に並べられている。私は『床に直にご遺体を並べるのはいけません。非常時だろうが机などを使って、手厚く安置してあげてください。花もあればお供えして』などとアドバイスしました。修羅場だからこそ、死のケアが大事なのです」
■コロナ禍で思う「人は歳をとって死ぬのではなく常に死と直面している」
2021年で大震災から10年が経過。この間、九段会館の建て替えが決まり、一部のデザインを残し、2022年に17階建の近代ビルに生まれ変わる予定だ。事故のあった大ホールも取り壊される。二村さんは時間の経過とともに、「過去」が忘れ去られることがあってはならないと訴える。
「私は長年、葬祭を仕事にしてきました。そこで大学の学生や業者さんには、過去の節目というのはとても大事だということを説き続けてきました。『過去にこういうことがあった』『こういう人が生きていた』などという、過去に基づく感性教育をもっとしていかないといけないと思います。東日本大震災の他にも8月15日の終戦記念日。国民はなんとなく追悼の気持ちを表しますが、だからといって、この日が国民の休日になっていて全国民で追悼するわけではない。時間の経過とともに関心が薄れ、亡くなった方への追慕の気持ちはどんどん失われています。どうも日本人は冷たいよね」
自然災害、緊急事態という点では同様の新型コロナ感染症の蔓延が続く。
「東日本大震災とコロナは重ねて見るべき。私は九段会館の事故を経験し『人は歳をとって死ぬのではなく、いつ何時も死と直面している』と実感しました。だから、常に死を意識して、日々、自分の役割を果たしていくことがとても大事なのです。ひとことで言えば、『人間至る所青山あり(どこでも骨を埋めるつもりで日々、精いっぱい生きること)』です」
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『仏教抹殺』(文春新書)など多数。近著に『ビジネスに活かす教養としての仏教』(PHP研究所)。佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事。
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日本葬祭アカデミー教務研究室代表
1953年生まれ。葬祭実務に18年間従事し、2千数百件の事例を経験。1996年にメモリアルビジネスコンサルタントとして独立。日本葬祭アカデミー教務研究室を主宰。2006年に東京観光専門学校に日本初となる「葬祭学科」を設立する。行政や葬祭業界主宰のセミナーでの講演のほか、『60歳からのエンディングノート入門』(東京堂出版)などの著作も多数。最新刊に『葬祭サービスの教科書』(キクロス出版)。東洋大学国際観光学部非常勤講師など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳、日本葬祭アカデミー教務研究室代表 二村 祐輔)
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