テスラやアップルのEVに、トヨタのハイブリッドはいつまで対抗できるか
プレジデントオンライン / 2021年1月15日 9時15分
■「アップルが韓国・現代と電気自動車で提携」に色めき立つ日本勢
「米アップルがいよいよ乗り込んできたか」――。年が明け、米国のアップルが韓国・現代自動車と電気自動車(EV)で提携するとの報道を受けて、日本国内の自動車メーカーの幹部は異口同音にこう漏らす。
米アップルは既存の自動車メーカーの車両を使い、自動運転の実証実験をカリフォルニア州などで数年前から実施している。ただ、どういう形で自動車産業に参入してくるのかは、日本勢にはよくわからなかった。
しかし、現代自動車が1月8日に出した声明でアップルと交渉しているのを認めたことで一気にトヨタ自動車やホンダなど国内の自動車メーカーは色めき立った。「資金力とブランド力を備えるアップルのEV進出が実現すれば、既存の自動車業界の勢力図は一気に入れ替わる」(大手証券アナリスト)からだ。
年明け前後に韓国メディアが「アップルが2027年の自社ブランドEVの発売に向け、車両や車載電池の生産などで現代自動車グループと協業する交渉を進めている」と報道し始めると、現代自動車は「アップルは現代自動車をはじめとする世界のさまざまな自動車メーカーと協議中であると理解している」とのコメントを発表した。
■アップルが進める「個人の好みに合ったクルマ」の開発
アップルはかねてモビリティー分野への進出に意欲があるとみられてきた。同社内では、約5000人が自動運転技術の開発に携わっている。2017年ごろから本社のあるカリフォルニア州内で公道走行試験を始め、2019年には米スタンフォード大学発の自動運転スタートアップも買収した。
アップルはiPhoneなどの開発を通じて半導体やセンサー、電池、人工知能(AI)などの技術を蓄積している。これらハードの技術にiPhoneやパソコンの「iMac(アイマック)」などから得られる個人データを融合して「個人の好みに合ったクルマ」の開発を進めている。
例えば、個人の運転履歴に合うエンジンやブレーキ、サスペンションなどの調整といった車両の制御のほかに、社内の空調や流れる音楽、到着地に向かう沿道での店舗情報の提供などもドライバーによって変えることもできるという。「いろいろなアプリをスマホの中に取り込んで自分仕様のスマホを作っていくのと同じように、自分仕様のクルマがアップルによってできる」(アップル関係者)。まさに「走るスマホ」の誕生を目指す。
■テスラは11日間でトヨタの時価総額分の株価が上昇
こうした動きはすでに予言されていた。現在、その先頭を走るのが米テスラだ。
現代自動車がアップルとの提携交渉をしていると認めた同じ1月8日の米株式市場。EVのテスラの株価が初めて11日連続で上昇した。
8日のテスラ株の終値は前日比8%高の880ドル02セント。2010年の上場来初の11連騰で、史上最高値も塗り替えた。この11日間だけで24兆円強も増え、時価総額は86兆円を超えた。日本で最も多いトヨタの時価総額(約26兆円)に相当する金額分、評価が上がったことになる。
「1日の株価の上昇でトヨタが買収できてしまう」(大手証券アナリスト)規模だ。
テスラは2020年に合計3回増資し、1兆円以上の資金を調達した。増資をしても株価は崩れるどころか急騰を続けており、成長投資の原資を容易に集められる。
米ブルームバーグ通信によるとテスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)の資産も、保有するテスラ株の急騰で21兆円近くに膨らみ、「マスク氏のポケットマネーでトヨタ株の過半を買えてしまう」(同)というほどに期待を集めているのだ。
■イーロン・マスク氏の本音は「トヨタなど眼中にない」か
トヨタと米ゼネラル・モーターズ(GM)の合弁工場を譲り受ける形でテスラがEVの生産を開始したのは2008年のリーマンショックの直後だ。リーマンショックでGMが経営破綻し、GMがトヨタとの合弁工場から離脱した後に入ってきたのがテスラだ。
その際、トヨタもテスラと提携、共同でEVの開発を進めたが、「充電スタンドなどが未整備の中でEVは時期尚早としてエンジン車やハイブリッド車(HV)にこだわった」(テスラ幹部)として、提携を解消した。
当時、トヨタは「テスラは所詮、車作りの門外漢だ。まともな車を作れない」と、相次ぐ生産トラブルや車両の不良に遭遇していたテスラを皮肉った。しかし、それから10数年たった今、マスク氏は民間で初めて宇宙船「スペースX」の有人飛行に成功するなど、「ものづくり」の分野でトヨタをあっという間に抜き去った。マスク氏にすれば「トヨタなど眼中にない」というのが本音だろう。
■ハイブリッド車にこだわれば、日本市場はガラパゴス化する
一方のトヨタはどうか。
菅義偉首相が政権発足後に打ち出した「カーボンニュートラル(脱炭素)」戦略。温室効果ガスの排出を2050年までに実質ゼロにするという方針が打ち出される中、自動車分野でも、2030年代半ばにはガソリン車の新車販売を禁止するとの原案が浮上していた。
当然、国内新車販売市場の約半分のシェアを占めるトヨタは即座に反応した。「販売が禁止されるガソリン車の中にHV車は除外するようにしろ」との指令が豊田章男社長から飛んだ。
トヨタ幹部は所管する経済産業省や自民党に日参した。その結果、なんとかHV車は対象外となった。だが、それで安心してはいられない。
大手証券アナリストは、「HV大国の日本でトヨタが“既得権益”を維持しようとすればするほど、日本市場はガラパゴス化する」と指摘する。
かつてスマホでNTTの「iモード」がたどった道だ。
トヨタにとっても、一気にEV化が進めばエンジンやトランスミッション(変速機)の開発や生産に携わる社員や下請けメーカーの雇用に関わってくる。
■有線通信時代の「交換機」にこだわって出遅れたNTTの教訓
かつてNTTはインターネットが日本に入ってきた際に今のトヨタと同様の悩みを抱えていた。当時、通信は有線の時代で、NTTは光ファイバーの全国への敷設を経営の最優先課題においていた。しかし、今のスマホに象徴される無線による通信がインターネットの到来で普及するにつれ、有線時代の「交換機」が不要になってきた。
交換機の開発・生産にはNTTグループ以外にもNECや富士通、沖電気(現OKI)といった「旧電電ファミリー」が関わっている。当時、NTTには「ネットの普及で交換機をサーバーやルーターに置き換えたら、交換機生産に関わっている数十万人の雇用が吹き飛んでしまう」(NTT幹部)との懸念があった。
NTTが光ファイバーの敷設にこだわる中、間隙を突いたのがソフトバンクだ。
駅前で「ヤフーBB」のモデムを無料で配布、会員同士の通話も無料にした。固定料金も初めて導入、顧客を抱え込んでいった。その後、ソフトバンク創業者の孫正義氏と個人的につながりのあるアップルのスティーブ・ジョブズ氏(故人)を通じて、iPhoneの日本での独占販売にこぎ着けた。
日本のネット社会の普及を見越したソフトバンクの怒とうの攻勢の前に身動きのとれないNTTは劣勢に立ち、今や国内スマホ市場でも収益力ではソフトバンクやKDDIに劣後する。
■日本電産の永守重信氏「車の価格は近い将来、5分の1になる」
トヨタもNTTと同じ運命をたどるのか。
トヨタは2016年1月、シリコンバレーにAI技術の研究開発拠点となる新会社「トヨタ・リサーチインスティチュート(TOYOTA RESEARCH INSTITUTE=TRI)」を設立した。そこにCEOとして米国防総省傘下の国防高等研究計画局(DARPA)のトップだったロボット開発の第一人者、ギル・プラット氏を招聘し、自動運転の開発を進めている。
しかし、「車にスマホの技術を乗せようとするトヨタと、スマホの延長線上で車を作るGAFAには根本的な違いがある」(アップル関係者)という。GAFAが重視するのは、顧客に提供するアプリや提供できるサービスだ。
車両、車体はスマホでいう「ケース」にすぎない。開発費や高度な技術が必要なエンジンや変速機がバッテリー(電池)やモーターに代われば、この「ケース」の費用も一気に減る。
車載用モーター分野の進出を急ぐ日本電産の永守重信氏が「車の価格は近い将来、5分の1になる」というのも、エンジンを積むガソリン車からモーター搭載のEVが主流になる中で「自然の流れ」となる。
■「トヨタもGAFAの下請けメーカーになる日も近いかもしれない」
トヨタもソフトバンクと組むなど、アプリ開発に力を入れるが、いまだ具体的な成果は出ていない。その間にも米アマゾン・ドット・コムは配送用のEVを開発し、製造は既存のメーカーに委託してすでに米国内で活用している。
車両開発の主体はGAFAなどネット企業にすでに移りつつある。「いずれ、トヨタもGAFAの下請けメーカーになる日も近いかもしれない」(前出のアップル関係者)
欧米ではガソリン車の販売が禁止されるほか、二酸化炭素を出す化石燃料を使って作った火力発電所から調達した電力で生産した部品を搭載した車両の輸入を認めないという動きも出てきた。
エンジンを併用するHVはEVが普及すれば価格面で対抗するのは難しくなる。トヨタが時間稼ぎでHVを維持する間に、世界はものすごい勢いでEV化の方向に突き進んでいる。国内でもソニーがEVの試作車を昨年披露した。参入への垣根が格段に低くなった自動車産業。日本の残された基幹産業がトヨタの「牛歩」のために、GAFAに席巻されるのか。変革に向けたトヨタ=豊田章男社長の覚悟が求められている。
(経済ジャーナリスト 矢吹 丈二)
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