軍拡を進める中国を止めるには、日本が世界平和の旗振り役になるしかない
プレジデントオンライン / 2021年1月24日 9時15分
※本稿は、松本利秋『知らないではすまされない 地政学が予測する日本の未来』(SB新書)の一部を再編集したものです。
■FOIPというプラットホーム
【地政学の視点】英国の加入により欧州とアジアの距離が縮まり、経済も含めた安全保障の選択肢が増える。日本を軸とした繋がりから新しい世界が始まる予兆がある。
EU脱退後のイギリスがTPP加入に本気度を見せ、FOIP(自由で開かれたインド太平洋構想)をプラットホームにする安全保障と経済安全保障へと拡大・充実させてくる方向に向かっている。
もしイギリスが加われば、ヨーロッパとアジアの距離が縮まり、イギリスと日本の間に存在している南アジア、東南アジア諸国にとっても経済を含めた安全保障政策の選択肢が増えてくる。
問題は具体的な強化策を如何にして構築していくかだろう。
その第1の構成要素としてまず挙げなければならないのが日米同盟だ。これは安倍内閣の下で相当強固なものとなったと言えるだろうが、2020年の大統領選挙で浮き彫りになったアメリカ国内の分裂が今後より深刻化していくことが予想され、懸念材料となる。
次回の大統領選挙から4年ごとに、それまでの政策をちゃぶ台返しのように正反対のものに激変させることになるのを計算に入れつつアメリカの国内状況を見極めて、緻密な対米政策を積み上げていくことが必要だ。
そのためには、アメリカの世論を日本有利に導いていくマスコミ対策やら、政界に対する強力なロビー活動を強化していくことも重要課題となってくるだろう。この点で韓国は正確な金額は不明だが、アメリカ政界へのロビー対策費は世界第一だとされている。
■欠かせないASEAN諸国との連携
そして、重要なのが日本と東南アジア諸国との関係強化である。その点においては菅首相が最初の外遊先としてベトナムとインドネシアを選んだのは適切であった。この両国での首脳会談ではFOIP構想を発展させ、具体化していくプロセスを説明したという。
その極めて現実的なこととして、インドネシアに初の国産護衛艦を輸出する計画が進んでいる。インドネシア政府は南シナ海の排他的経済水域(EEZ)を航行する中国船を警戒し、違法操業を続けていた中国漁船を撃沈するなど中国の進出に神経をとがらせている。
日本から輸出されると言われているのは2022年に日本で建設が予定されている最新鋭の護衛艦で、無人機を使った機雷除去など様々な任務をこなせるのが特徴だ。日本から4隻を輸入し、4隻をインドネシアでライセンス生産する計画。フィリピンには2020年8月三菱電機の防空レーダーを輸出する契約が成立している。
ベトナム、マレーシア、インドなどとの交渉も始まっている。ベトナム海軍が購入したロシアのキロ級潜水艦の乗員訓練に日本が協力することも行われているようだ。
東南アジア諸国連合(ASEAN)は第二次大戦後日本の復興と発展とともに経済成長をもたらした。その間の日本からの投資や、技術援助が大いに役立っていることは言うまでもないだろう。政治的にも民主主義化が促され、インドネシアやフィリピンでは少なくとも過去20年民主的な選挙で政権交代がなされている。
![地球儀の東南アジア諸国](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/1/670/img_6131819fd6583778483780645c15343c307927.jpg)
■日本とASEANが共有している大切な価値観
日本との結びつきは強く、多くの国民が相互に交流し、その人数もコロナ禍の時期は別として年々増加の一途を辿っている。この良好な関係を更に進展させていくべきだろう。もし、この地域が中国の影響下に陥れば「自由で開かれたインド太平洋構想」の中心部に穴が開いてしまう。
東南アジアと中国の関係は古代からあり、長期にわたって中国人華僑が入り込んで根を生やし、経済界や政界、マスコミなどの社会の基盤を支える重要な位置で数多くの中国系の人たちが活躍している。
歴史的な事実と東南アジア諸国の社会構造を考慮すれば、当面の間この地域の諸国に「アメリカと中国のどちらをとるのか」という二者択一の選択を迫るのは得策ではない。無理強いすると歴史上数々の戦乱を潜り抜けて培ってきたこれらの国々のしたたかなバランス外交戦略に翻弄され、状況がより複雑化する可能性が高い。
日本はこの地域を取り込むよりは、自由と独立、経済の発展を支援する方が自国の利益になるだろう。日本が通常の経済協力だけではなく、海上の保安や、防災、法整備などの協力をしようとしているのはこの考えに沿ったものと言えるのだ。
2006年に発効したASEAN憲章では独立と主権の尊重、法の支配、民主主義の原則の支持、自由と基本的人権の尊重、国連憲章、国際法、国際人道法の支持などが謳(うた)われている。中には民主主義と言えないような国もあるが、ASEAN全体では民主主義と法の支配の原則を支持しており、日本との共通認識が存在している。
このことはまた、日本がヨーロッパ連合(EU)やアフリカ連合(AU)などの連合機構とASEANとの間を結ぶ接着剤的な役割を果たすことにもなり得るということだ。当然のことながら、台湾もこれに入ってもらうことでリムランド的役割を担うことが期待できるだろう。
■当面の最重要課題……対中国政策の国際的協力
このように、FOIPをプラットホームとして価値観を同じくする諸国が様々な協力関係を作っていくことになる。
まず、日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4カ国の首脳が、いつでも協議可能なサミットプロセスを構築し、将来的にはイギリス、フランスも加盟国に加えて、「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」との協力関係の具体策や、他の関係国(EU、カナダ、ニュージーランド)との連携の枠組みなどを具体化する作業に入ることになる。
![自由の女神やエッフェル塔など世界各国のランドマークのイラスト](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/1/670/img_71d08e81063b82481228485d37f18032300533.jpg)
例えば、コロナ禍の拡大・継続により、経済や金融の危機に直面している一部途上国に対して、財政危機や経済格差拡大などに対処する資金援助や経済改革支援の枠組みを構築することなども視野に入れた活動も必要となろう。
そして、当面の最重要課題である対中国政策の国際的協力の枠組み作りを急がねばならない。中国が急速な軍拡を進め、膨張政策をとっていることに対して、日本は自らの防衛力を高め、日米同盟関係の強化に努めることは当然として、クアッド(米国、日本、オーストラリア、インドによる「4カ国安全保障対話」)の広範囲な連携を利用した軍縮を目途としたインド太平洋地域の軍備管理の枠組みを作り出すことも重要である。
特に中国が中距離弾道ミサイルや巡航ミサイルなどの戦域打撃能力を増強させている現状を考慮すれば、中国、アメリカ、ロシアなどが加わるインド太平洋地域の軍縮・軍備管理枠組みを構築する考え方も現実味を帯びてきている。
米ソ冷戦時代には先制攻撃を受けたらそれに反撃し、互いに破壊に至るという「相互確証破壊」をコンセプトにした米ソの軍縮と軍備管理の枠組みが出来上がっていた。このことで冷戦時代は際どい所で安全保障環境の安定が図られていた。
だが、これはあくまでも米ソ間の安定化であって、中国のことは想定されていなかったと言える。中国が軍拡を続け装備の近代化を急速に進める中、アジアを中心とした安全保障環境の安定化を図ることは必要である。
■中国の優位性は退化の一途を辿ることになる
これまで中国は各国と個別に安全保障問題を扱ってきていた。例えば尖閣諸島での中国船衝突事件に絡む一連の事件の中で、日本向けのレアアース輸出禁止措置や、中国政府の依頼により中国国内で地盤の調査などをしていた日本の建設会社の技術者をスパイ容疑で逮捕して人質にするなど、近代国家としては信じられないような見境のない手段で恐喝し、さまざまなレベルで圧力をかける強硬策をとることができた。
それに対抗して、日本は新たなイノベーションでレアメタルを必要としない製品や、レアメタルに代替できる素材の開発、更にはインドから、いかなる政治的状況の変化があったとしてもレアメタルを日本に供給するという約束を取りつけた。
この例でも明らかなように日本は必要な技術協力を加盟国に供給可能である。これだけではなく、中国から供給されている様々な素材、サービスなどは加盟国の協力体制を強化することで、円滑に提供できる体制も組めるのだ。
これまで中国から受け取っていたものは必ずしも中国でなければ提供できないものではなく、東南アジア諸国で十分生産・供給可能なものがほとんどである。中国製品が世界に普及しているのは、中国内での経済格差が生んだ低賃金労働者による国際競争力の強さによるものでしかない。
この事実を冷徹に見極めれば、中国へ一極集中している基本原理が見えてくる。従って多様な要素を抱えている加盟国を適切にマネジメントすればバランスの良い効率的な供給が可能であり、少なくとも経済面での中国の重要性は相対的に低下し、中国の優位性は退化の一途を辿ることになるだろう。
■多国連携によって得られる大きな果実
この集団の枠組みでは、中国が個々の国に対してこれまでやってきたような経済のカードが中国に対して集団として使えるようになり、対中国政策の選択肢が広がる。いかに中国といえども、周辺諸国をはじめグローバルに結束した勢力には経済的にも軍事的にも抗うことは困難だからだ。
![松本利秋『知らないではすまされない 地政学が予測する日本の未来』(SB新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/7/200/img_070e70ebca27e1e91d07dd6991f055bb307252.jpg)
クアッドを基本としたインド太平洋からヨーロッパにつながるこの構想は中国の一帯一路構想を上回る規模の集団安全保障体制となり、軍事協力のみならず、経済、医療、宇宙開発、先端技術開発、サプライチェーンの多角化と安定化などを図るまさにマルチな機能を持つ枠組みに育てていくべきだろう。
こうなると中国の軍拡と装備の近代化はままならず、当然経済優先となり、軍備の優先順位は低下する。ここが中国に対して軍備・軍縮管理機構の構築を持ち掛けるチャンスとなる。その結果中国が軍備管理機構に参入することになれば、地政学的に見て北朝鮮は中国に引きずられるような形で大きな変化を起こす可能性が出てくる。
この枠組みの中で互いに攻撃しあう意図と意思がないことが確認できれば、日本との国交回復の道筋ができる。となると韓国の役割は明確にこれまでとは違ってくるはずだ。地政学的に見てリムランドである韓国が北朝鮮への防波堤としての存在から解き放たれ、政治的にはフリーハンドとなり、選択肢が一気に増える。
となれば、真の自由を得た民主主義下の国民として選択がどのような方向に動くのか、それこそ韓国国民の意志の問題であり、その結果は自ら負う覚悟を持つべき時なのだ。韓国が被った全ての不幸は1910年から1945年まで続いた日本の植民地支配のせいである……との歴史認識で新しい時代を生き抜いていけるかどうか、韓国は考えるべきだろう。
日本はこれら、クアッド拡大の具体策を実現させていくことを中核とし、未来を見据えた戦略を立てることに努めなければならない。
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ジャーナリスト
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)、『日本人だけが知らない「終戦」の真実』(SB新書)など多数。
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(ジャーナリスト 松本 利秋)
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