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「コロナ死4000人vs.肺炎死10万人」という数字をどう読むべきか

プレジデントオンライン / 2021年1月17日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/da-kuk

わが国の新型コロナの累計感染者数が30万人超、死者が4000人超となった。精神科医の和田秀樹氏は「例年のインフルエンザの死亡者数は、現状のコロナのそれと規模感が近い。またインフル関連死は例年1万人、通常の肺炎死も毎年約10万人になっている。政府は新型コロナ対策を打つ際、もう少し冷静に数字を見て判断してもいいのではないか」という——。

■医師が「2度目の緊急事態宣言」に違和感を覚えた理由

コロナ感染拡大に伴い、1月7日に東京と神奈川、埼玉、千葉の1都3県で、そして13日には大阪、愛知、福岡など7府県が加わり、11都府県で緊急事態宣言が出された。

宣言発出に関しては「対処が遅すぎる」との声が多い。確かに重症者が増えたことや数千人の入院待ちの患者が生じるなど、医療崩壊が現実的なものになっていたし、1月7日に都内だけで2447人の感染者が確認されるなど、「感染爆発」との表現も大げさではない状態だった。

ただ、死のリスクを常に抱える高齢者を専門とする医師である私は、政府が2度目の宣言を出したことに若干違和感を覚えた。まだワクチンも打てず薬もないコロナという得体のしれない感染症に対する恐怖心は私にもある。コロナ陽性者が入院できないまま自宅で亡くなるといったニュースを心から残念に思う。だが、批判を覚悟で言えば、いささか怖がりすぎではないのか。

そう考える理由のひとつは、コロナ感染者数が累計約30万人まで増えながらも、コロナの死者数は現状、例年の季節性インフルエンザのそれと規模的にはそれほど大きく変わらないということがある。インフルエンザの年間の平均推定感染者数は約1000万人で2019年のインフル死者数は3575人(厚生労働省)、この数字はもちろんワクチンや抗インフルエンザ薬利用が可能なうえでの数字だ。いっぽう、コロナ死者数は2021年1月15日時点で4059人だ。

■コロナ死4000人vs.例年のインフルエンザ関連死1万人、肺炎死10万人

インフルエンザの死者は、医師が死因をインフルエンザと認めた数であり、肺炎を併発したり、インフルエンザによって持病が悪化したりして亡くなった数は含まれない。インフルエンザに関連する死亡者数は年間約1万人と推計されている(関連死亡者数には、インフルエンザが直接的に引き起こす脳症や肺炎のほか、2次的に起こる細菌性の肺炎、また、呼吸器疾患や心疾患といった持病の悪化など、間接的な影響によって死亡した人の数も含まれる

※インフル関連の死者、年約1万人 注意すべき合併症は

それに対してコロナの場合、持病があるほど重症化しやすいとされており、全数とは言わないまでもコロナ感染で持病が悪化して亡くなった数も、「コロナ死」にカウントされていると思われる。そう考えるとインフルエンザのほうがコロナよりむしろ死者数は多いといえる。

例年、インフルエンザで3000人から1万人(持病の悪化も含む)亡くなることを知っている人であれば、もしくは、通常の肺炎で毎年10万人の命が奪われると知っている人であれば、コロナをここまで怖い病気と思わなかったかもしれない。

■「感染者数」で考えるべきか「死者数」で考えるべきか

私が緊急事態宣言発出に違和感を覚える2つめの理由は、コロナの感染の危機を問題にしたり、非常事態宣言や飲食店の時短要請をしたりする場合に、「感染者数」を基に行うことが多いということだ。

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー(上)あなたの意思はどのように決まるか?』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー(上)あなたの意思はどのように決まるか?』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

季節性インフルエンザの場合、その感染の危機を問題視するとき、基本的には死者数を基に行う。「今年は3000人の死者が出た」といった報道はされるが、感染者数を報じることはほとんどない。

ある行動をする際、「何に判断基準を置いて」それを実行するか。その基準によって人の判断は大きく変わる。

たとえば、心理学の用語に「フレーミング」がある。心理学を経済学に応用しノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは、その著書『ファスト&スロー 上・下』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)において、フレーミング効果とは、「問題の提示の仕方が考えや選好に不合理な影響を及ぼす現象」(早川文庫版、下巻、237頁)と定義している。

■同じ現象でも「思考のフレーム」によって結論はがらりと変わる

カーネマンと同僚のエイモス・トベルスキーが、医師に対して、A:1カ月後の「生存率」が90%と提示した場合と、B:1カ月後の「死亡率」が10%と提示した場合で、彼らが手術を選ぶか放射線治療を選ぶかを実験した。

表現・アプローチが異なるだけで、結局、AもBも同じことを言っているが、Aと言われて手術を選ぶ医師が84%いたのに対して、Bと言われるとそれが50%に減ることがわかった。つまり、「生存率」というフレームで考えるか、「死亡率」というフレームで考えるか。命を預かる医師という専門職でさえ、判断ががらりと変わってしまうのだ。

さらに、カーネマンが同著の中で提示したフレーミング効果の検証のために行った有名な実験がある。「アジア病問題」と言われるものだ。

600人の死が予想されるアジア病という伝染病について2つのプログラムのどちらを採用するかという問題である。

Aは200人が助かるプログラム、Bは600人が助かる確率は3分の1で誰も助からない確率は3分の2。

AもBも助かる人数の期待値は200人なのだが、Aを選ぶ人が72%、Bを選ぶ人はわずか28%だった。

フレーミング効果の検証とアジア病問題

ところが、「死ぬ数」を強調して同じことを別の言い方に変えて聞いてみたら答えはまったく違っていた。

Cは400人が死ぬプログラム。Dは誰も死なない確率は3分の1で600人が死ぬ確率は3分の2。この選択だとCを選ぶ人はわずか22%でDを選ぶ人は78%もいたのだ。

フレーミング効果の検証とアジア病問題

助かることを強調するか、死ぬことを強調するかで、こんなに判断が変わってしまうということだ。

コロナ対策を国が考える場合、その思考や判断のフレームワークの基準に「感染者数」を置いたら、感染者数を減らすことが最大の目標になるし、そのためにはどんな市民の生活の制限もいとわないことになるだろう。

しかし、緊急事態宣言のような施策は影響力が極めて大きい。経済はもちろん、前回指摘したように自殺者の増加や、高齢者の運動機能・認知機能の低下、あるいはコロナに対応できる免疫機能の低下にもつながるという問題も出てくる。

逆に、「感染者数」でなく「死者数」を減らせばいいというフレームワークの基準になれば、コロナ患者を入院させる医療機関の充実や一般市民の免疫力を上げる(栄養管理など)ための啓もうにもっと力を入れるということになるだろう。

■一度できた思考のフレームを変えることが難しい

厄介なのは、カーネマンに言わせると、一度思考のフレームが出来上がってしまうと、別のフレームを与えられても(カーネマンの例でいけば、死亡率でなく生存率というフレームに変更、コロナの例でいけば、感染者数でなく死者数に変更)、異なる判断をする人がまずいないだろうということだ。

フレームの再構成(リフレーミング)には大変な努力とエネルギーを要するので、リフレーミングしなければならない明白な理由がない限り、私たちの大半は、意思決定問題を当初フレームされた通りに受け身的に受け入れるということだ。

一度できた思考のフレームはそれほど変わることが難しいものなのだ。

現在の、コロナ対策の判断を「感染者数で行うフレーム」が正しいのか間違っているかは私にはわからない。しかし今後、ワクチンが普及すると、このフレームが新しい判断の邪魔になる可能性は大きいと見ている。

Covid-19ワクチンの注射の準備
写真=iStock.com/Ridofranz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ridofranz

ワクチンというのは、インフルエンザワクチンの時によく言われるように、感染者を減らすことより、感染した際に重症になりにくくするという効果が期待できるものだからだ。

現在認可されているコロナのワクチンは、コロナウイルスに暴露した際に、PCR陽性率も下げることは報告されているだろうが、ゼロにはできないし、かなりの数の陽性者は残るだろう。

ただ、ワクチンの普及によって、コロナが死を招くリスクは大きく下がる。

ワクチンが普及し、死者数が激減しても、感染者数を気にするフレーミングが続き、いつまで経っても市民生活に規制(これに副作用があるのは前述の通りである)が続くのではないか……。そんな私の不安が杞憂(きゆう)であってほしい。

ついでにいうと、読者の皆さんには、この機会に自分の判断のフレームワークをコロナ問題に限らず、誰かの受け売りではなく、自分の頭で考え内省する習慣をもってもらえると幸いである。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)
国際医療福祉大学大学院教授
アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化した「和田秀樹 こころと体のクリニック」院長。1960年6月7日生まれ。東京大学医学部卒業。『受験は要領』(現在はPHPで文庫化)や『公立・私立中堅校から東大に入る本』(大和書房)ほか著書多数。

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(国際医療福祉大学大学院教授 和田 秀樹)

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