「産み控えが増えた」コロナ後の大少子化に向けて中目黒の保育園が準備すること
プレジデントオンライン / 2021年1月20日 15時15分
■「大少子化」が始まる
年の初めになると、各メディアは「大予測」とか「今年活躍する50人」といった特集を組む。もはや年中行事になった感があるが、たとえノーベル賞学者を100人集めて予測させても、予測というものは必ず外れるものだ。
「今年活躍する50人」にしても、43人くらいは活躍しないで消えていってしまうのが現実ではないか。
人間がやることだから、予測や予言は絶対に当たらないのである。ヘブライ語のことわざには「人間は計画を立て、神はそれを笑う」というのがある。
その証拠に昨年初め「新型コロナが世界の災いとなる」と予測した人は世界中にたったひとりもいなかった。予測や予言は話半分に聞くか、もしくは冷笑的に対処しておくものだろう。
さて、これから始める話は予測ではない。確固たる事実だ。しかも、現在も進行している。それがコロナ禍の影響による出生数の減少、「大少子化」の始まりである。
大少子化が続いていけば、人口は減少し、マーケットは縮小する。ビジネスパーソンは来(きた)るべき危機に備えて、何をしたらいいのだろうか。
なお、この危機は日本だけのことではない。人口大国であっても、コロナ禍の昨年、今年は出産を控える夫婦が少なくなかった。現在は目先の緊急事態宣言、飲食店、旅行関連企業の窮状に目がいってしまうが、私たちはやがてやってくる危機に自分たちの責任で準備し、対処しなければならないのである。
ここで早くから大少子化に気づいて警鐘を鳴らしていた保育事業者コビーアンドアソシエイツ代表取締役の小林照男氏に実態と対策を聞いてみた。
■緊急事態宣言が浮き彫りにした保育の重要性
小林氏が代表を務めるコビーグループは現在、39施設(学童クラブ含む)、約3000人の児童を抱える。園の規模は全国10位前後だ。来年度は新職員70人を採用予定。
【野地】小林さんは保育園の代表として二十数年間、子どもたち、保護者と触れ合ってきました。まず、子どもたち、保護者の様子ですが、緊急事態宣言で何か状況に変化がありますか。
【小林】前回の緊急事態宣言(2020年4月~5月)の間、私どもの保育園と学童クラブはすべて開けていました。それは今回も変わっていません。
すると、地域によって明らかな変化が見られたのです。都心にある園の登園率は1割前後。残り9割の家庭は在宅勤務をしながら子どもを見ていたわけです。
一方で都市郊外にある保育園の登園率は7割程度。保護者は地元の小売店であったり、地元で学校の先生をやっていたり、医療関係者だったと思います。在宅勤務できない仕事に就いていたので、子どもたちの登園率が高かったのです。
自治体からの要請で、登園自粛や休園という形をとりましたが、利用がまったくないという園はありませんでした。保育を必要としている保護者は、どのエリアにも必ずいたのです。保育がエッセンシャルワークであることを改めて認識しました。
緊急事態宣言が出ても、多くのお父さん、お母さんは保育園を利用しているのですね。
特に0歳、1歳といった乳児の保護者の場合、在宅勤務はよけいに疲れるという声をよく聞きました。子どもたちはママやパパが家にいれば遊んでもらえると思うから、パソコンに向かっていても容赦しません。「抱っこして」と寄ってくるんでしょう。会社勤めより疲れた、白髪が増えたと言っていた保護者もいます。
■妊娠届の件数は25%も減少
【野地】では、本題です。小林さんが生まれる子どもの数が激減していると気づいたのは昨年のいつ頃からですか?
【小林】母子手帳の発行部数が激減した2020年5月の妊娠届出数の数字を見た時です。女性は妊娠したら市町村の役所または保健所に妊娠届を提出して母子手帳をもらいます。母子手帳の発行部数は翌年、生まれる子どもの数に表れる。
図表を見ていただければ昨年5月の妊娠届の数が平年よりも約25%も少なくなっていることが分かります。従来、妊娠届が多いのは5月と10月、それが昨年はどちらも減少しています。
今年、つまり、2021年は昨年に比べて生まれてくる子どもの数は2割くらい減るんじゃないでしょうか。これはもう、大変なことです。保育園だけの問題ではなく、さまざまな分野に波及してくるわけですから。
■晩婚化に加え「産み控え」が起きている
【野地】コロナ禍では、「時計の針が進んだ」と言われています。これまで在宅勤務、時差出勤のような働き方改革はなかなか進まなかったが、新型コロナ禍の影響で、とたんに現実となった。少子化についてもこれまでは緩慢に進んでいたのが、それに拍車がかかったのでしょうか。
【小林】専門家による分析が必要ですが、私はそうだと感じています。そして、危機はこれだけではありません。たとえ、コロナ禍が終息したとしても、私は出生数がすぐに元に戻ったり、まして、上向いたりするとは思っていません。
【野地】それはどうして?
【小林】それが産み控えです。昨年、コロナ禍で出産を控える人が増えたと読んでいます。それで出生数が減ったのです。
おそらく「今年はやめて、来年以降にしよう」と決めたのでしょう。ところが、今年になってもまだ終息するかは分かりません。すると、もう1年延ばす。もしくは2年、延ばすかもしれません。
仮に2年延びるとなれば、今は晩婚化も進んでいますから、例えば女性の初産年齢はさらに上がるでしょう。
■この流れはもう戻らないかもしれない
【小林】初産の平均年齢(30.7歳、2016年時点)を超えてしまうと、第1子は産んだとしても、2人目、3人目をやめてしまうのではないか……。
今の日本は2人兄弟姉妹が平均値ですが、今後は1人っ子に近づいていくかもしれない。この流れが元に戻るには何年もかかるし、もしかすると戻らないかもしれない。
【野地】小林さんが言ったようなことは現実に進行しているわけですね。
【小林】妊娠届出数を今年も注視していけば一目瞭然でしょう。また、産み控えによる影響に関しては完結出生児数(結婚持続期間が15年から19年の夫婦の平均出生子ども数)を見ていけば分かります。
さらに、もうひとつデータがあります。厚生労働省は毎年、12月に翌年の人口や出生数などの推計値を出すのですが今回は初めて見送っています。昨年は出生数だけでなく、喜ばしいことですが、実は死亡の数も減っているのです。高齢者がコロナ禍で外出を控えた影響と言われています。
日本は子どもが生まれないだけでなく、高齢者が長生きをする社会ですが、それが大きく進行したのが昨年です。
■待機児童問題は解消するが…
【野地】大少子化という危機に対して、御社はどうやって対応していこうと思っているのですか。
【小林】少子化が進むとマーケットが縮小していきます。これまでは待機児童が問題になっていましたけれど、2021年からは待機児童は減少するでしょう。そして、その状況が続いていくでしょう。
すると、どうなるのか。これまで認可保育園には子どもたちは何もしなくても、入ってきました。
それが、今後はたとえ認可保育園であっても、園の方から子どもたちに「来てください、選んでください」とアピールする時代になるわけです。
同じように小学校、中学校、高校、大学、そして企業も少なくなった数の子ども、学生を奪い合う時代が来るでしょう。さらに、商品、サービスの企業も少なくなっていく消費者に対してアピールしなければならない。それが大少子化なんです。
■あえて陶器とガラスの食器を使う理由
【野地】小林さんが初めて園を作った頃は無認可で、子どもに来てもらうために、ずいぶんとアピールしたと聞きました。
【小林】はい。無認可だと認可園よりも料金を高くしなければならない。しかも、始めたばかりだから周囲の評価もありませんでした。預けるお父さん、お母さんにしてみればリスクが大きいわけです。なんといっても、命よりも大切な子どもを預ける相手ですから。
【野地】その頃は何かくふうしましたか。
お金もなかったから、お金をかけることはできなかった。ただ、情熱。そして、サービスの品質を上げることでした。例えば、私どもの園では発足してからプラスチックの食器は使ったことがありません。陶器とガラスです。子どもが割っても、「陶器は落とせば割れる」といった体験をしてもらうためです。本物に触れること、それが教育だと思いました。
また、保育士は子どものあこがれでなければいけないと思ったので、園長、当時は私ですけれど、子どものお迎え、見送り時は必ずスーツを着るようにしました。保育士も仕事中は特注したユニフォーム姿で、ジャージは禁止。今も続いているサービスです。とにかく本物に触れてもらうのが私どものサービス品質です。
■情熱と体験が子どもを育てる
【小林】また、私がアメリカに留学していたこともあって、ハロウィーンのシーズンには園の希望者の子どもを連れて、アメリカへ短期留学のような旅に出かけました。ひとり30万円くらいかかるのですが、「せひ、連れて行ってほしい」という保護者が何人もいたのです。
「コビーは本物に触れさせる教育をしている」と聞いた保護者のなかには片道2時間もかかって、預けに来る方もいました。園の人数は少なかったけれど、私も保護者の方々も精いっぱい、子どもに愛情を注いでいました。今でもその気持ちでやっています。ただ、アメリカへ連れていくことは認可園になってからはさすがにできませんけれど。
【野地】情熱ですね。情熱と体験が子どもを育てる。
【小林】それから25年が経ちました。当時の子どもたちが年賀状をくれたのですけれど、医者になっていたり、海外でひとりで会社をやっていたり、スポーツやデザインの分野で活躍して世界的な賞を獲っていたリ……。
みんな、「あの体験を忘れない」と覚えてくれています。結局、子どもにとって役に立つことって、知識の詰め込みではなく、心に響く感動の体験だったんです。
私は大少子化時代になったら、さらにサービス品質を向上させることが生き残りにつながると保育士に言ってます。ちやほやすることじゃありません。心に響く感動の体験を増やすこと。それも本物の体験です。
■誰でもできるようなサービスは通用しない
【野地】なるほど、私もひとつの例を知っています。スーツのAOKIホールディングスは東京オリンピックの日本選手団公式服装(開会式の服と結団式などの式典服)を担当することになりました。40社近い、ライバルと競って選ばれたのですが、決め手はサービスです。AOKIは1600人の日本選手・スタッフ一人ひとりをすべて採寸すると確約したんです。
出場選手が正式に決まるのは開会の40日あるいは30日前でしょう。これまでは既製のサイズを直して開会式に間に合わせていた。すると、アスリートの体は腕なり、太ももなり一部の筋肉が発達しているから、腰や太ももでサイズを合わせると、ぶかぶかの服になってしまう。
開会式の行進で日本選手団のユニフォームがあか抜けない感じに見えるのはデザインもあるけれど、みんな、ぶかぶかの服を着て歩いていたから、はつらつとして見えなかった。
ところがAOKIは300人のフィッターを揃えて、昼夜兼行で採寸して型紙も作る。「そんなことまでやるのか」というサービスをやらなくてはダメだと思う。笑顔がよいとか挨拶してくれるとか名前を覚えてくれているレベルの、誰でもできるようなサービスではもう大少子化時代には通用しないのではないでしょうか。
■子どもだけでなく親へのサービスも向上させる
【野地】さて、保育園です。具体的にサービス品質の向上では何をするのですか。
【小林】今年の4月、千葉県の流山に新しい園をオープンさせますが、保護者向けのカフェを作ります。大人だけのスペースで園児は入れません。お迎えに来た保護者がほっと一息する場所を作りたい。仕事から子育てと、スイッチを切り替える時間を作ってもらいたいからです。
保護者は仕事帰りに子どもを迎えに行き、そのまま買い物や帰宅して家事に取り掛からなければならない。息をつく暇もないんです。結局、子どもへの小言も増えてしまう。コロナ禍も続いているし、少しでもストレスを軽くしてもらいたいからです。ゆくゆくはカフェだけでなく、例えばお総菜、お弁当、野菜を売るなど、子育てをする人々のライフスタイルを支援するサービスも展開したいです。
【野地】体験を増やすこともやっていますか。
私どもの保育園は以前から、クリスマスには必ず「本物」のサンタクロースに来てもらっています。さっと衣装を着て白ひげを付けた職員ではなく、ちゃんと所作を研修で身に付け、豪華な衣装を着てメイクを施した別の園の職員がサンタクロースとして登場します。すべては子どもたちに本当にサンタクロースがいることを実感してもらうためです。
いつも会っている職員がサンタクロースに扮したとしても、子どもは嘘を見抜きます。ですから、クリスマスには本物を呼んで、ストーリーも設定も職員全員で共有するように徹底しています。
ただ、昨年はコロナ禍でサンタクロースに来てもらうことができなかったので、サンタクロースと子どもたちで手紙の交換をしつつ、特別なムービーを作り、園で見てサンタクロースの存在を感じる取り組みをしました。
■少子化時代を生き抜くための2つの提言
【野地】ありがとうございました。最後に、コビーアソシエイツを参考にして、少子化時代に立ち向かう企業、ビジネスパーソンは何をやればよいでしょうか。
【小林】私からふたつ提言します。ひとつは企業もビジネスパーソンも教育です。教育と言っても知識、情報を詰め込むことではない。
体験です。体験と情熱。そのふたつがサービスを向上させる。リモート時代ではあるけれど、こればかりは現実の体験を積ませるしかない。
JALのキャビンアテンダントはコロナ禍で仕事が激減し、コールセンターに派遣されていました。ああいった体験は飛行機に乗務してからでもサービスの品質向上に役に立ちます。真剣さを追求した実践の場でないとスキルは上達しないんです。
企業、ビジネスマンはサービスのスキルを上達させるためにも実際の仕事体験を増やすことでしょう。
■目に見えない世界を信じる人は本質を見抜く
もうひとつ、考え方の転換です。
目に見えない世界があることをちゃんと信じる。人が「よい、素晴らしい」と感じるサービスは受け手によってまったく違ってきます。笑顔をよいと思う人もいれば、貼り付けた笑顔はうっとうしいと感じる人もいます。
相手によってサービスを変えるよりも、優しい気持ちを持つ人間になるしかない。考えてやるのではなく、やらずにはいられないことをやるのがサービスです。
話は迂遠(うえん)になりましたが、わたしは目に見えない世界を信じている人がサービスの本質をちゃんと分かっていると思うのです。
なぜなら、世の中には目に見える世界だけを信じている人がいます。お金、肩書、よいとされる職業……。その人たちはサービスと聞くと、「何をサービスしてくれるんだ」と値下げを迫り、おまけをもらおうとします。しかし、人が感謝するサービスとはお金でもおまけでもありません。人の優しい気持ちです。つまり、目に見えないものなんです。
目に見えない世界があると信じなければ優しい気持ちのサービスを人に提供できるようにはならないでしょう。
コロナ禍は終息します。日常は戻ってきます。しかし、どんな職業にあっても、サービスの大切さは変わらないと思います。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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