「辞めなきゃよかった」50歳で介護離職した元大企業管理職がそう悔やむワケ

プレジデントオンライン / 2021年1月20日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazoka30

「最後の親孝行」と意気込んで、介護離職を選ぶ人がいる。だが、その選択が正しいとは限らない。ファイナンシャルプランナーの井戸美枝氏は、「育児・介護休業法で、介護休暇や介護休業、勤務時間の短縮などさまざまな支援策が定められている。勢いで離職する前に、それらの制度の利用を検討してほしい」という――。

※本稿は、井戸美枝『残念な介護 楽になる介護』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。

■年間で約10万人が介護を理由に会社を辞める

ケース:父母70代。娘40代シングルマザー、別居。
P子さんは43歳、小学校の娘がいるシングルマザーです。大学卒業後、勤めた会社で働き続け、産休・育休を経て中間管理職になりました。ある日、実家の母(75)から電話がかかってきました。父(78)が体調を崩し、母が病院に連れていったら、そのまま入院してしまったというのです。
重要な会議があったのですぐに帰省できず、週末、子どもを連れて実家に帰りました。母から聞かされたのは、父が末期のガンだということです。パニックに陥ったP子さんは、しばらく会社を休んでそのまま実家に滞在することにしました。
「自分が実家に戻って父を看取りたい」――。P子さんは休み明けに出社した際、上司に「退職して実家に帰ります」と告げてしまいました。

ある日突然、親が倒れて、介護と仕事の両立が難しいと感じると、気持ちが離職に傾いてしまいがちです。1年間で約10万人が介護を理由に会社を辞めると言われていますが、介護離職は「介護破産」の入り口です。

生命保険文化センターが、過去3年間に介護経験がある人に介護費用などを聞いた2018年度の調査によると、介護生活をするにあたり、住宅の改修や介護用ベッドなどの購入を含めた初期費用は約69万円、月々の介護にかかる費用の平均は7.8万円でした。

介護経験者が実際に介護を行った期間の平均は4年7カ月(54.5カ月)で、4年以上介護をした割合も4割を超えています。単純にこの数字を組み合わせると、高齢者1人の介護に必要な金額は494万1000円で、これに日々の生活費が加算されます。

月々高齢者が受け取る年金が、7万8000円を下回れば、介護費用の不足分と生活費は家族が負担しなければなりません。仕事と介護の両立が困難になり、介護のために離職を選ぶと、再就職したとしても良い職につくことができず、経済的困窮に陥ることがあるのです。

■「最期ぐらい親孝行したい」があだになる

さらにこんなデータもあります。明治安田生活福祉研究所とダイヤ高齢社会研究財団が2015年に発表した「仕事と介護の両立と介護離職に関する調査」報告書によると、介護のために転職した正社員が新職場でも正社員として働けたのは、男性が3人に1人、女性が5人に1人です。転職前後の年収を比べると、男性は557万円から342万円と4割減り、女性は350万円から175万円と半減しています。

また、2013年1月に厚生労働省が行った「仕事と介護の両立に関する労働者アンケート」調査では、退職して介護に専念した場合、39.0%の人が「経済面で負担が増した」と回答し、さらに「非常に負担が増した」と回答した人は35.9%にもなりました。介護で会社を辞めてしまうと、その後の人生設計が狂ってしまうことが多いのです。

Q夫さん(65)は介護離職の経験者です。子どものころ、両親にかわいがられて育ち、「自分が親の面倒をみるしかない」と考えていました。そして、P子さんと同じく、ガンを患った父の面倒をみたいと、15年前に会社を辞めてしまいました。

大手企業で正社員として働き、管理職に昇進してからは高給取りになっていました。両親と同居して悠々自適のシングルライフを満喫していたところ、人生が一変したのは父のガンが発覚してからです。父を病院に連れていくのに有給休暇を消化するようになり、「これ以上休むと職場に迷惑がかかる」と思い始めます。プロジェクトのリーダーになるなどやりがいを持って仕事に取り組んでいたので、人一倍責任感も強かったのです。

■「あと2週間、会社を休んでいれば…」

「父の世話をしたいから会社を辞めたい」と直属の上司や同僚に伝えると、引き止められましたが、勢いで介護離職をしてしまいました。退職金と貯金を合わせて数千万円あるので、何とかなると思ったのが間違いでした。何でもお金で解決する習慣だったため、貯金がみるみる減っていきます。一番の誤算は、退職してからなんと2週間後に父が亡くなってしまったことです。「あと2週間、会社を休んでいれば辞めずにすんだかもしれない」と、後悔しました。

■2016年の法改正で、介護する人への支援内容が大幅に拡充

「最期ぐらい精いっぱい親孝行をしたい」と、盛大な葬儀を行い、お墓も建てました。その費用は合わせて850万円にのぼります。その後、同居の母に認知症の症状が出始め、Q夫さんが知らないところで、訪問販売やテレビショッピングで布団やネックレスといった高額な商品を買い込んでいたことが発覚、Q夫さんが支払いを立て替えるアクシデントもありました。

再就職先でもトラブルが続きました。知り合いの紹介で再就職しても、給料は前職の半分程度です。貯金を取り崩す生活を送り、母が他界した後、葬儀を行ったところでついに貯金が底をついてしまったのです。

一方、同じく「ガンの父の最期を看取りたい」と思った冒頭のP子さんは、「父の面倒をみたいので会社を辞めたい」と上司に告げたとき、上司から「介護休業制度を使ってしばらく休んだら」とすすめられました。

1992年、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(通称:育児・介護休業法)が施行され、この法律で定められている「介護と仕事を両立させるための支援制度」として「介護休業」と「介護休暇」が盛り込まれました。2016年には、介護離職者数の増加を受けて大きな法改正が行われて、支援内容が大幅に拡充されています。

老人の手をとる介護者の手
写真=iStock.com/sakai000
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sakai000

■1.介護休暇

介護休暇は、病気やケガ、高齢などの理由で要介護状態になった家族を介護する従業員に対して与えられる休暇です。介護をともなう休暇の申し出には、有給休暇ではなく介護休暇で対応することになります。

〈取得できる日数〉
要介護状態にある対象家族1人につき、年間最大5日(対象家族が2人以上の場合は10日)取得できます。排泄・食事介助などの直接的な介護や、買い物や書類の手続きを行う場合などにも利用できます。2021年1月1日からは、介護休暇を1日単位、または時間単位で取得することができるようになりました。
ただし、「日々雇用」の従業員、労使協定を締結している場合に対象外となる人は取得できないので確認しましょう。

〈介護休暇を取得できる対象者〉
介護休暇は、正社員をはじめアルバイトやパート、派遣社員や契約社員も取得できます。ただし、「入社6カ月未満」「1週間の所定労働日数が2日以下」の従業員は、労使協定で対象外になることもあります。

〈取得申し出の方法と給料〉
介護休暇の申し出は、「書面による方法」とは限定されていません。有給休暇の取得時と同じ手続きなど会社によって定められているので、規約で確認をしておく必要があります。また、急遽、取得せざるをえない状況も考えられるため、当日の電話による申し出、事後における申し出もできるかどうか確認しましょう。また、有給・無給については、法的に定めはないので会社によって異なります。

■2.介護休業

介護休業は、負傷や疾病、身体もしくは精神の障害などの理由から2週間以上「要介護状態」にある対象家族(配偶者、父母、配偶者の父母、子、祖父母、兄弟姉妹、孫)を介護する場合に取得できる休暇です。

ここでの要介護状態とは、負傷、疾病または身体上もしくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり「常時介護を必要とする状態」を言います。常時介護を必要とする状態とは、要介護2以上、または厚生労働省の判断基準に該当する場合を言います。

〈取得できる日数〉
要介護状態にある家族1人につき3回まで、通算93日まで取得できます。

〈介護休業を取得できる対象者〉
介護休業は、日々雇用を除くすべての従業員が取得できます。ただし、有期契約社員は、申し出時点で次の要件を満たすことが必要になります。

①入社1年以上であること。
②介護休業取得が可能な93日を経過して、6カ月以上の契約が認められていること。なお、入社1年未満の従業員、1週間の所定労働日数が2日以下の従業員と、介護休業取得後93日以内に雇用関係が終了する従業員は、労使協定により対象外になることもあります。

〈取得申し出の方法と給料〉
介護休業を利用するためには、休業開始日の2週間前に書面等で事業主に申し出る必要があります。
介護休業は自分が介護を行うだけではなく、仕事と介護を両立するための準備期間(社内の両立支援制度の確認、介護認定の申請、ケアマネジャーとの打ち合わせ、介護施設の見学など)としても利用したいところです。また、介護休業中は、介護休業給付金が支給される場合がありますので、大いに活用しましょう。

〈介護休業給付金〉
一定条件を満たすと、介護休業終了後に介護休業給付金が支給されます。ただし、休業中でも、社会保険料や住民税の支払いが必要です。

介護休業給付金=休業開始時の賃金日額×支給日数×67%相当

■3.勤務時間の短縮等

〈所定外労働の制限(残業免除)〉
労働者からの請求により、対象家族1人について、介護の必要がなくなるまで残業の免除が受けられます。1回につき、1カ月以上1年以内の期間で回数の制限はありません。

井戸美枝『残念な介護 楽になる介護』(日経プレミアシリーズ)
井戸美枝『残念な介護 楽になる介護』(日経プレミアシリーズ)

〈深夜残業の制限〉
深夜残業の制限を請求すると、午後10時〜午前5時の深夜残業が免除されます。1回につき、1カ月以上6カ月以内の期間で回数の制限はありません。

〈所定労働時間の短縮措置等〉
所定労働時間(勤務時間)の短縮、フレックスタイム制度、始業・終業時刻の繰り上げ・繰り下げ、労働者が利用する介護サービス費用の助成、そのほかこれに準じた制度のいずれかの措置を取ることが義務づけられています。介護休業とは別に、利用開始から3年以上の期間で2回以上の利用が可能です。
また、会社によっては独自の両立支援策を定めているケースがあります。新型コロナウイルスの感染拡大で、在宅でのリモートワークが進みましたが、在宅介護をする従業員に対してリモートワークを許可している会社も増えています。
さらに、外部の専門家を紹介して、介護相談の場を設けている会社もあります。介護は一人ひとり状況が異なります。仕事との両立の仕方やおすすめの介護サービスなどを教えてくれることもありますので、会社でどのような支援策があるのか人事担当者に問い合わせてみましょう。

■「子どもの教育費のことを考えると、退職を思いとどまってよかった」

前述のP子さんは、上司のすすめで介護休業を3カ月取得することにしました。その間、実家に戻り、父が要介護認定を受けるときの手続きを母に代わって行うなど、父の介護のキーパーソンになりました。P子さんが仕事に復帰したとき、どのように父のサポートをするのか、母や姉と何度も話し合いました。

父は結局、半年後に亡くなりましたが、子どもの教育費のことを考えると、「退職を思いとどまってよかった」と感じており、職場内でほかの社員に対してアドバイスをする役割をかって出ています。

また、Q夫さんは、賃貸住宅を追い出される前に、知人のすすめで自治体の福祉事務所に出向いて生活保護が受けられるかどうか相談しました。その結果、生活保護を受けられることになり、保護費を受給している間、ハローワークで職業訓練を受けて再就職することができました。

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井戸 美枝(いど・みえ)
ファイナンシャル・プランナー(CFP認定者)
関西大学卒業。社会保険労務士。厚生労働省社会保障審議会企業年金、個人年金部会委員。『大図解 届け出だけでもらえるお金』(プレジデント社)、『一般論はもういいので、私の老後のお金「答え」をください』(日経BP社)、『残念な介護 楽になる介護』(日経プレミアシリーズ)など著書多数。

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(ファイナンシャル・プランナー(CFP認定者) 井戸 美枝)

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