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「売買手数料は必ずゼロになる」SBI証券が無料化に邁進するワケ

プレジデントオンライン / 2021年1月22日 9時15分

SBIホールディングス 北尾吉孝代表取締役社長/1951年、兵庫県生まれ。74年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。野村證券事業法人三部長などを経て、95年ソフトバンクに入社、常務取締役に就任。99年より現職。SBI大学院大学の理事長兼学長なども兼務する。

SBI証券は手数料を安くすることを徹底してきた。その背景にはSBIホールディングスの北尾吉孝社長の戦略があるという。どういうことか。そして、北尾社長はこれからの金融業界をどう見ているのか。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授が聞いた――(第2回/全2回)。

※本稿は、デジタルシフトタイムズの記事「金融再編が加速する中、SBI北尾社長が描く地銀との共創・国際金融都市構想・ネオ証券化に、元銀行・証券マン田中道昭教授が迫る」を再編集したものです。

■「ネオ証券化」で手数料ゼロを目指す

【田中】前編で顧客志向や顧客中心主義という話が出ましたので、「ネオ証券化」についてうかがいます。住信SBIネット銀行は、「ネオバンク化」を日本でも真っ先に実現されていますが、次に来るのはネオ証券化、次世代の証券業というところです。

売買の手数料をゼロにすると宣言されていらっしゃいますが、ただ単に売買手数料をゼロにしただけなら収益が上がりません。北尾社長の狙いは、より顧客志向、カスタマーセントリックを強めてその先に見据えるサービスで収益を上げていくところだと思うのですが、なにを見据えているのでしょうか。

【北尾】できるだけたくさんのお客さまに、できるだけ喜んでいただく。それに尽きると思います。

ただ、それを追求して手数料をゼロにしても、一企業として利益が上がらなければ駄目になってしまう。ですから手数料ゼロを具現化して、どうやって利益が上がる体制を作っていくか。これが知恵ですね。我々としては、2、3年後にはそういう形にしようと着実に動いています。

■資本主義社会のひとつの哲理

【北尾】同業他社からは「北尾さんのところはそれでいいかもしれないけれど、我々はついて行けませんよ。お客さまをみんな取られて、独り勝ちの世界だ」とも言われるのです。ですが、批判を受ける独占というのは、例えば政府からある種の特権を与えられているようなケースです。

私が時々批判の対象にしている東京証券取引所は、パブリックカンパニー(株式公開企業)になっていますが、なんとなく“公”の臭いがして、市場を独占している。だから証券保管振替機構の手数料や清算手数料など、あのグループが提供する手数料は高いままです。

一方で、我々のようなケースは最終的に競争に勝ち抜いた上での“独り勝ち”です。その競争もお客さまにプラスになるための競争です。昔の独占という、モノポリーの概念は買い占めて値段を高くして儲けようというものです。我々はそうではなく、できるだけ安くして、できるだけマーケットシェアを取っていく。そのほうがお客さまにとっていいのではないか、ということですね。

業界を潰してもいいのかなど、いろいろ批判もあるかもしれないですが、それぞれの企業が知恵を出し戦略を立てて、どうお客さまにプラスになる世界を作っていくかを考えなければいけないですね。企業における重大な意思決定になるわけで、できないところはもう仕方ない。これは資本主義社会のひとつの哲理です。

ですから「北尾さん、それは独禁法違反じゃないか」と言われても、独禁法違反にどうしてなるの? と。我々はお客さまに喜んでもらうことをして、お客さまが最終的に我々の証券会社を選んだ、そういうことだと思いますね。

■まず「破壊」から入る

【田中】そうですね。そういう意味で北尾社長の大戦略が常にすごいなと思うのは、今回のネオ証券化でも、まずは顧客のために価格破壊から入り、ゼロにしてしまうというところです。おそらく必ずしも現時点では、万全の準備ができていらっしゃるわけではないでしょう。

そもそもインターネット証券を始められた時も、売買手数料をぐっと下げられた。常にディスラプターで、常に自己破壊をされていると思います。今回のそのネオ証券化で売買手数料をゼロにするというのも、まず先にそれらのための破壊ありきなのでしょうか。

立教大学ビジネススクールの田中道昭教授
立教大学ビジネススクールの田中道昭教授

【北尾】2、3年後には、そういう状況が確実に作れると思いますよ。私はヘーゲルの弁証法、量質転化の法則が非常に好きで。これは、量が増えれば質が改善する、質が改善すればまた量が増える、量が増えたらまた質が、というものです。

我々SBI証券はDay1から徹底的に手数料を安くせよと言っています。「いや北尾さん、そんなことしたら大赤字になりますよ」と皆が心配しましたが「いや、そうじゃない。いっぺんやろう。私が責任を取る」とやり出した。

■「そんな(安い)手数料に」できる理由

【北尾】やってみたら、お客さまの数がどんどん増えるわけです。お客さまの数が増えたら、いろいろなお客さまのニーズがあるから、もっとシステムを補強し、品ぞろえを豊富にしなければいけない。あるいはコンプライアンスも充実させる必要がある。そうやって質的改善がなされると、さらにまた量(お客さま)が増えていく。

この好循環の中で、我々は、多くの人が言う「そんな(安い)手数料に」できているのです。今でも野村證券とうちを比べると、同じ銘柄を同じ株数買うのに、野村證券ではSBI証券の23倍の手数料を払わないといけない。お客さまにとっては、なんでそんな不合理なことをしないといけないのだとなるでしょう。

もしそこに合理性があるとしたら、それは唯一、野村證券がリコメンドする(勧める)株が全部当たる(値が上がる)ということです。それ以外のことではあり得ないと、私は言い続けてきています。こういうことをはっきり言うものですから、既存の、エスタブリッシュのところからは「北尾さんはけしからん」という声が出るのですが、私が向いているのは、常にお客さま、常に投資家です。彼らに一番いいことをやっていくということです。

■「ネオ証券化構想」は、セールスフォースに似ている

【田中】そういう意味では、今回のネオ証券化構想で、私がすごく似ているなと思ったのが、カスタマーセントリック、顧客中心主義で事業展開してきたセールスフォースです。

セールスフォースという会社はマーク・ベニオフさんという方がCEOをされていて、99年にセールスフォースを創業した際に立てた天命はカスタマーサクセス。それまでは請負型で相当な金額をチャージしていたものを、ソフトウェア・アズ・ア・サービスという形で、サービスとしてソフトウェアを提供した。課金形態も今でいうサブスクですよね。

サブスクリプションというのはご存知の通り、顧客側で成功が起きないと契約を継続してくれないわけで、それに切り替えた。ソフトウェア・アズ・ア・サービスのSaaSに対して、今回されているのはセキュリタイゼーション・アズ・ア・サービス、つまりはサービスとしての証券業のようなもの。その中核にはカスタマーセントリックがあり、顧客側でカスタマーサクセスが起きないと収益が上がらない、サービスとして提供していくということでいうと、2者間では非常に類似点がありますよね。

■あらゆる中で一番大事なのは「量」

【北尾】そうですね。例えば銀行は、機能が物凄くたくさんあります。この機能を、それを欲する企業にどんどん提供しましょうと。それが住信SBIネット銀行で進めている「ネオバンク化構想」です。そんなことをして商売大丈夫? と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それによって我々の顧客基盤もぐっと増える。こういう戦略の一番重要なところは、お客さまの数ですね。

SBIホールディングス 北尾吉孝代表取締役社長

先ほどの量質転化の法則も、毛沢東の『矛盾論』に書かれている「量の蓄積が質を規定する」というのも、量というのはあらゆる中で一番大事ということです。だからこの量をいかにとるか、そのためには質も良くないといけない。そして、お客さまが一番何にセンシティビティ(敏感)かというと、サービスに対する価格です。

価格に対するセンシティビティが一番高ければそこを徹底的に、極限まで追求するということになります。実際にアメリカではそういう現象が起こっているわけですよね。これを日本企業がやらないのなら、いずれアメリカ企業が参入してくるでしょう。

【田中】誰かがやるわけですね。

【北尾】誰かがやるわけです。これはインターネットの進化がもたらす、一つの必然だと思いますね。

■ネット時代の組織形態は「生態系」が最適だ

【田中】そういう意味ではインターネット証券を作られ、競合もたくさんいらっしゃいましたが、今はかなり明暗が分かれています。価格を下げながら規模の経済で勝負し、そこを起点に量から質を作るということで、見逃せないのは北尾社長の戦略の中の、企業生態系エコシステムです。まさしくそのエコシステムを作っていらっしゃるから、複数の事業を展開しているから、つまりは事業間シナジーを創造しているから、価格を下げても戦えるところが相当大きいのではないでしょうか。

【北尾】一度にできるわけではありません。Latecomer's advantage(後発性の利益)で、1つの出来上がった生態系から、新しく出発した会社はものすごい恩恵を被ります。我々は証券から出発し一定の成功を収めた後、2007年に銀行を作った。すると証券のお客さまが、銀行サービスも利用するようになる。そうすると、顧客獲得費用は大幅に下がるわけです。ですから私は、生態系という考え方がインターネット時代の戦略上、適切な組織形態だと思いますね。

【田中】おっしゃる通りですね。Appleも然りです。形式的に7割くらいの売上をハードで上げていますが、実際何で勝負しているかというと、ハードだけではなくてソフト、サービス、エコシステム全体でマーケットシェアをとっている。そういう意味ではSBIグループ自体も今や特定の事業と、特定の商品、サービスだけではなく、エコシステム全体で勝負しているという感じがしますよね。

立教大学ビジネススクールの田中道昭教授

■ネットワーク価値の時代に入った

【北尾】それが、私が言い出したネットワーク価値というものです。これを徹底的に追求する時代がくると。かつてセブン・イレブンの創業者・鈴木敏文さんが、私に「ダイエーのような価格訴求の時代は終わりました。価格が安いからという理由で、人はものを買わないのです。これからは、価値訴求の時代に入ります」と話してくださいました。その品物の根源的な価値にお客さまはお金を払うのだと。

その話をお聞きして、しばらくインターネットの世界でやってきた私が思ったことは、我々はネットワーク価値の時代に入ったということでした。ネットワークとしていかにお客さまに価値を提供するかということです。例えば、家を買いたいというお客さまがいれば、様々な不動産、物件の情報が必要になりますし、家を買うときには、住宅ローンの情報も必要です。そして、火災保険、ついでに車を買うとすると自動車保険が必要というように、家を買うという1つの行為に対して、様々な波及的な情報に対するdemand(需要)が出てくる。あるいはサービスに対するdemand(需要)が出てくる。それを全部私どものグループで提供できたら、非常に強いものになるのではないかと。そういう発想です。

■プラットフォーム思考を取り入れたい

【田中】そうですね、生態系エコシステムというところですよね。

【北尾】そう。それで今度はプラットフォームという考え方を我々グループとして追求すべきだと考えています。プラットフォーマーのところに全ての、例えば証券では、リクイディティ(流動性)が集まること、このリクイディティが全てです。手数料をゼロにしても売り買いのリクイディティが集まれば、その中でマッチングができる。そうなれば、手数料がゼロでもいいのです。そういう世界にもっとなれると思い、今、私は強くプラットフォーム思考を取り入れたいと考えています。

■デジタル金融商品が、定着していく時代へ

【北尾】さらに今は、デジタルの金融商品が出てきています。今後は1つの金融商品として位置付けられていくと考えています。

ですからちょうど自主規制団体としてSTO(※)協会を作り、セキュリティトークンを、次の時代の金融商品として提供していこうと思っています。

※STO Security Token Offeringの略。電子的に発行された法令上の有価証券であるセキュリティトークンで資金調達を図る手法。ブロックチェーン等のデジタル技術の活用で既存の手続きを効率化し、発行・管理コストの削減、証券の小口化や即時決済等が可能となる。

【田中】金融の一番のデジタルトランスフォーメーションは、STOなどその辺ですし、北尾社長がすごいなと思うのは、ブロックチェーンにしても仮想通貨にしても、真っ先に仰っていました。

私も何度も決算発表会にお邪魔していますが、北尾社長の決算発表会は、いつも資料も200ページほど、時間も1時間半くらいに及びますし、ある時はブロックチェーンの勉強会みたいな感じもし、ある時は仮想通貨の勉強会みたいな趣もあり、その時のフィンテックの最先端のお話を知行合一(※)でされていらっしゃると思っています。常にどういうところにアンテナを張っていらっしゃると、そういうことができるのでしょうか。

※知行合一 陽明学の命題のひとつ「知識は行動を伴う・一体である」という意。

■アメリカは日本より5年進んでいる

【北尾】いろいろなものにアンテナを張っていますが、例えばアメリカがどういう動きをしているかは、常に何年も前から意識しています。ソフトバンクの孫さんと一緒に資料を作っているとき、アメリカは日本より、例えばインターネットの世界は5年ほど進んでいました。だからアメリカで成功しているものを日本に連れてくればいいのではないかと。これがタイムマシン経営という言い方にはなりましたが、何事も先達はあらまほしけれ(※)、先達のアメリカ、これをまずウォッチしておく必要がありますね。

※先達(せんだつ)はあらまほしきことなり どんな些細なことにも指導してくれる人は欲しいものだということ。

【田中】そういう意味では、例えば証券では、チャールズ・シュワブ(※)などでしょうか。

※チャールズ・シュワブ 米国サンフランシスコに本社を置く、1971年創業のオンライン取引を中核とする証券会社、金融持株会社である。株式の売買委託手数料ゼロを実施。

北尾:そうですね。常にそういうものを見ています。ロビンフッド(※)が手数料無料で出発した、それに対してチャールズ・シュワブはどういうタイミングで同じような戦略で迫っていくのか。そういうのを常にみています。これは非常に大事です。

※ロビンフッド 米国でミレニアル世代向け金融サービスとして大きな注目を集めている手数料無料のオンライン証券会社。

SBIホールディングス 北尾吉孝代表取締役社長と立教大学ビジネススクールの田中道昭教授

■新入社員の小論文は全て目を通す

【北尾】それからもう一つは、若者の感性です。我々の時代と違って、今の人はもう片手でパパっとスマホを操作しますよね。我々は両手でやらないとできません、もう全然違うわけです。私は例えば新入社員が入社したら、隔週で小論文を書いてもらう。それに全部目を通します。そこから何を得るかというと、若い人がどういうふうに感じているか、この流れを読むのです。年寄りの方ばかりを見ていたら進化がない。若い人の方を見て、書を見て、ショートエッセイを見てというようなことから流れを読むのです。

例えばeスポーツ。私は自分でゲームをやることはないですが、これがいけそうだというのは感覚的に若い人から教えてもらうことができる。ですから、すぐ事業をやりなさいとなるのですね。そういう意味では普通の会社のdecision makingとは全然スピードが違います。

若いからと排斥することはないですし、「下問を恥じず」と『論語』にあるように、身分の下の者に対して質問すること、これを孔子は恥じる必要がないと言われているわけですね。私もそうだと思います。だから分からないことは、若い人の意見を聞き、質問することは質問し、調べることは調べる。徹底してそういうことをやっています。そういうことなしに、なかなか時流には乗れないです。

■成功体験を忘れ、次の世界に行く

【田中】なるほどですね。さすがに謙虚でいらっしゃいますね。

【北尾】この時流に乗るというのは、一時点での成功体験にあぐらをかいていたら絶対にダメです。成功体験は忘れ、次の新しい世界に行く。だからさっきおっしゃっていただいたように、例えば四半期ごとの決算発表での私の発表の中には何か常に新しいことがあるはずです。

【田中】ありますね。

【北尾】ええ。それはその3カ月間で、もう新しいことをやろうとしているわけです。

【田中】同じことをお話しされていても、アップデートされていますよね。

【北尾】そう。そこに改善や進化がないといけません。

■地銀が「自己維新」するために必要なこと

【田中】そういう意味で「自己維新」(※)を次のキーワードにさせていただきたいのですが、自己維新というのは北尾社長が書かれている本の中でも、安岡正篤先生の著作を北尾社長が解説されている本の中にも出てくる概念です。尽心、知命、立命というプロセスから構成されている。

※自己維新 歴代首相の指南役で北尾氏が師と仰ぐ安岡正篤先生が提唱する、君子(人格者)の重要な条件として挙げている概念。尽心(心の限りを尽くすこと)、知命(天命を知ること)、立命(自己の運命を確立すること)の3つの要素からなる。

自己維新は、おそらく今手掛けようとされている地方創生にも非常に重要な概念だと思います。地銀が本当に自己維新していくためには、尽心・知命・立命が非常に重要になってくると思いますが、今これからやられようとしている地銀との提携・共創、地銀の再生を自己維新、尽心・知命・立命というキーワードで読み解いていただくと、どういうプロセスになるでしょうか?

【北尾】まず尽心というのは心を尽くす、ですね。心を尽くすというのは一生懸命になって、徹底的に現状を分析し、それにどう対応するかを考え抜くことです。

【田中】自得(※)ということですね。

※自得 自分の努力によって自らを徹底的に理解すること。体験を通して悟ること。

■自助・共助・公助の精神に基づく「第4のメガバンク構想」

【北尾】自得というのは、自らを得ると書きます。例えば今の地方銀行が、どういう世界に置かれているのか。これから10年後がどうなるのか、自分のことを自分でよく分からないまま経営していると、茹でガエル(※)になってしまうかもしれないですね。だから徹底的に現状を把握し、そのためにいろいろな分析をし、人の意見を聞き、その上でどうやって自分たちを変えたらいいかを考えていかないといけないですね。

※茹でガエル ビジネス環境の変化に対応することの重要性、困難性を指摘するために用いられる警句のひとつ。

【田中】尽心はどうでしょうか。実際の地銀の経営陣は、そこから再スタートしようという気概はお持ちでいらっしゃるのか、あるいはもっと重要なのは、金融DNAを、スタートアップ企業のようにDay1にまで刷新しようとか、そういう気持ちは一緒にお仕事されていてお持ちでいらっしゃると思われますか。

【北尾】私が掲げた“第4のメガバンク構想”は、メガバンクが3つあるから4つ目という意味ではなく、一種の共同体だと考えています。上杉鷹山公が唱えられた三助の精神(※)。自助、共助、公助です。この精神で、自らを変えていくということです。

※三助の精神(思想) 江戸時代の米沢藩主上杉鷹山が唱えた思想。自分のことは自分で守る「自助」。そして地域で助け合う「共助(互助)」。さらに行政がカバーする「公助(扶助)」の3つからなる。

SBIホールディングス 北尾吉孝代表取締役社長と立教大学ビジネススクールの田中道昭教授

■銀行ごとにATMを変える必要があるのか

【北尾】変えようという強い意志を持たないと自らを変えることはできません。人間は、自らを築くのは自分自身でしかない。何度、人が言っても変わらないですね。まずそこの部分で、徹底的に自らを築くという強い意識を持ってもらう。これを私は皆さんにお願いしています。その意識を持たれた上で、我々なりに外部からの分析をします。そして銀行側でも内部で自ら分析をしてください、それを合わせて正しい処方箋を書きましょうというやり方ですね。

そして共助というところでは、例えばATMはそれぞれの銀行で別々に持っているのが現状ですが、共助という観点では、皆が同じATMを使って同じ通帳で良いのではないですかということです。今、通帳が各行で違うから、ATMも別になっているわけですよね。そんなことをする必要はなく、ましてやATMは、キャッシュレスの世界になっていくと、いつまで使い続けるかも分かりません。ですからその共助、みんなで同じようなシステムを使うのですから、システムの費用など、共通化できるところで共通化しましょうということです。

公助の部分は、これは今政府や地方公共団体も随分と地方創生、地域行政の強化という中で、色んな配慮をされていますよね。それはそれでされたらいいと思います。

■トカゲが尻尾を切るのは、危機を感じた時

【田中】そういう意味では、まずは最初の自助ありきだと思うのですが、その自助ありきやDay1、あるいは今北尾社長がおっしゃった上杉鷹山の自助・共助・公助の三つというのは、実はケネディ大統領の有名なフレーズ、“Ask not what America can do for you, ask what you can do for your country.”(※) も元々参考にしたというぐらい、まずは問うべきは、「自分は何ができるのか」が先なわけです。それを自分自身に問いかけることができるような人たちなのでしょうか。

※Ask not what America can do for you, ask what you can do for your country.
1961年第35代米国大統領に就任したジョン・F・ケネディの大統領就任演説の有名な一節。「わが同胞、アメリカ市民の皆さん。国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを考えようではありませんか。」という意味。

【北尾】変わろうと追い詰められた時に人間は変わることができるのです。例えば生物の保護色も、トカゲが尻尾を切るのも、追い詰められて危険を感じて、危機を感じた時にそういう生態的変化が起こるわけです。例えば、100年の歴史があるような銀行で、たまたま自分が今頭取だけど自分の時には潰せないと、こういう気持ちです。なんとかしなければと、行員たちもみんなが思う。それがひとつの強い気持ちになり、ひとつの意志となり、同じベクトルを向いた意志となってくる。そこが契機となって変わっていくのだろうと思います。何も契機がない状況の中で変われと言っても、ぬるま湯に浸かっているほうが楽ですから、中々変われない。

■今から「3年後」を考えなければ駄目だ

【田中】そういう意味ではようやく「天の時」が来たというところはあるのでしょうね。

【北尾】だと思います。このコロナ禍で、公助で貸し出ししても、3年間保証ですということになり、どんどん貸し出しが増えました。3年後、貸した企業が右肩下がりになれば、またシリアスな問題になっていくわけです。

私はもう3年後を考えないと駄目ですよと非常に警鐘を鳴らしています。我々の対応の仕方も3年後に向けて、銀行だけではなくその銀行の貸出先である企業、中小企業がどういう風にして収益力を上げていくか。そちらの方にかなりウェイトをかけています。

【田中】そこがないと、そもそも地銀の永存もないですよね。

【北尾】だから私はまず東和銀行と地元企業を支援するファンドを作り、そのファンドで色々モニタリングをし、資金的な援助をしながら、地方企業を助けていく。

■日本最大規模のVCを持つという強み

【北尾】幸いなことに、我々はSBIインベストメントという日本で最大規模のベンチャーキャピタルを持っています。ベンチャーキャピタルというのは、もう本当に生まれたばかりの会社にお金を入れ、それを育てて株式公開させることが使命ですから、そういう企業育成に慣れています。ですから今はグループの生態系の中に、そういうファクションを担う会社があることが我々の強みなのです。

【田中】そうですよね。第4のメガバンク構想の中核は、今まで築き上げられてきた企業生態系エコシステムを活かして、それをメンバーの地銀に活用してもらうというところでしょうね。

【北尾】この間ある頭取さんとお話しをしたら、「北尾さんの所には色々お世話になってきたけれど、グループの色々な会社さんのお世話にもなっているということが今回よく認識できました」と言われたのですね。それぐらい我々のグループは広く様々なサービスが提供できると思うのです。そういうものを全部導入したら、それだけでも収益力はかなり変わってくるはずです。

■「ヒト・モノ・カネ」をいかに地方へ持っていくか

【田中】「金融を核に金融を超える」というビジョンを掲げられていたタイミングがあったと思いますが、金融を超えるというのも、今こそ「天の時」が訪れているのでしょうか。

【北尾】そうですね。地方創生は簡単に言えば、ヒト、モノ、カネをどうやって地方に持っていくかということですね、持って行き方には様々な形がありますが、その過程の中で、金融を核に金融を超えるというのが具現化されていくと思います。

【田中】そうですね。今、ヒト、モノ、カネを地方にというお話がありましたが、私自身、国家の競争戦略の研究もさせていただいていて、スイスの研究をした時、スイスがご存知のように軒並みいろいろな競争力ランキングで上位に来ているのは、一言で言うとすごく優秀な人材やグローバル企業の本社がスイスに移ってきているからだと。

どうして優秀な人材と企業がスイスに移っているかというと、ビジネス環境と生活環境と教育環境が三位一体で揃っているから、みんな家族を連れて移るわけです。そういう意味で日本の地方というのは、おそらく生活環境は優れていますが、今まではビジネス環境が整っていませんし、ましてや教育環境も整っていない。でも今こそデジタルトランスフォーメーションで三つともうまく、三位一体でできるようなタイミングが到来していると思うのですが、その辺はいかがでしょうか。

■地方創生のロールモデルはスイスとドイツ

【北尾】一極集中は、例えばこのコロナの問題でも難しいとなっているわけです。それまで一極集中の問題は、例えば交通渋滞とか、そういうことでしたが、コロナ禍でこんなにウイルスは広まりやすいのかということになり、ポストコロナでは分散型社会を具現化していく必要がある。分散型社会ということはイコール地方創生ということです。

今スイスのお話がありましたが、スイスもそういうところが優れていると思いますし、もう一つ優れた所はドイツだと思います。

【田中】先日の決算発表でも、ドイツをだいぶ取り上げられていましたね。

【北尾】ドイツでは産業クラスターをどんどん作っていて、ベルリンに行けばベルリンの、フランクフルトに行けばフランクフルトの、デュッセルドルフに行けばデュッセルドルフの、それぞれの地域に別々の産業が育っている。それぞれ大規模な飛行場もありますしね。ドイツ人は戦後、実に計画的に土地づくりを、随分先まで考えてやってきた。日本人は、残念ながらそういう発想がなかったということですね。

【田中】そういう意味では、北尾社長が今お作りになられている地銀の連合というのは、それぞれの地域で産業クラスターを作っていくというのが天命でもあるのでしょうね。

■外国人が「東京より大阪」を選ぶワケ

【北尾】そうでしょうね。もちろん政府のスマートシティの計画も関連法案が国会を通過したわけですから、色んな地方でスマートシティを作っていけばいい。中国で言えば戦略特区ですね。それでそこには、どうやってヒト、モノ、カネを集めるか、当然ながら税の優遇など、様々なことをやらないといけない。

例えば今、次世代の国際金融都市構想があります。私は大阪・神戸がいいと言っているのですけどね。先日、外国人と色々話していて、「あなたは東京と大阪とどっちがいいと思う?」と聞いたら、大阪がいいと言うんです。「なんで?」と聞いたら京都や奈良に近いからと。日本のトラディショナルな文化に触れる機会は、外国人にとっては非常に大事なわけですね。ですから、週末にそういうところにぱっと行ける立地がいいのではないかと思うわけです。

それから食べ物も、私自身が関西人だから思う部分があるのかもしれないですが、どちらかと言うと大阪は食い倒れ、京都はもともと京野菜から何から全部揃って、長い間のキャピタル(首都)だった強さがあるわけで、料理も美味しいと思います。あと必要なのは教育だとか病院とか、そういう類です。全部、英語が通用するようにしていかないといけないということですね。

神戸なんていうのは昔から外国人が早くから移住して、山の高台に洋館を作って今でも観光名所になっています。あるいはモロゾフというチョコレート屋さんも、ロシアから来たわけですよね。長い間日本に定住していた外国人もたくさんいたのです。異国情緒豊かな港町ですし、ああいう雰囲気も住居としていいのではと思うのですけどね。

■大阪・神戸で進める国際金融都市構想

【田中】国際金融都市構想は直近の四半期決算でも、相当力を入れてご説明されていらっしゃいましたし、北尾社長が大阪・神戸を勧める中、同じタイミングで、SBIホールディングスの社外取締役を務められている竹中先生は東京と仰っていました。

なんとか日本に香港の受け皿になるような国際金融都市をということだと思いますが、北尾社長の場合は国際金融都市構想に先ほどのデジタルアセットやSTO、トークンエコノミーなど、様々な物を集中して投入されてくるのかなと思います。そこにかける想い、戦略としてはどういうものがありますか。

【北尾】これは大変大きな事業です。これを成功させるために、SBIグループとして何ができるのか。STの流通市場をそこに作る、先物の世界の発祥の地である堂島の商品取引所を株式会社化して総合取引所にゆくゆくは変えていくとか、そういうことを具体的にやっていかないといけませんね。

あるいはベンチャー企業の誘致です。我々は世界中のベンチャー企業に投資をしており、特にフィンテック領域については世界でも極めて評価される投資集団です。その我々が投資したところ、これから投資するところにアジアの拠点として関西、大阪に来てくれと声をかけていくわけです。机上の空論ではだめですから。

■東京は20年間失敗し続けている

【北尾】過去20年間、3度にわたって、東京を国際金融都市にという構想がありました。具体的に何を、誰がどう動いているのかと言うと、誰も動いてないのではないかと。世界的にみてもそういう話になっています。むしろはじめは、東京がロンドン・香港なんかよりずっと上だったのに、それが全部東京から香港に逃げてしまっているわけですね。そう考えると、東京はもう20年の間十分試してみたのではないか、3回大きな波が来て全部ダメだった。だから今度は大阪・神戸でやったらいいと、私は思うのですね。

ただ、どこでやろうとデジタルの世界は全部インターネットで繋がっているわけです。ですから東京、東京と言う必要性もない。大阪であろうがどこであろうが、すぐにそちらに簡単なオフィスを作り、そして全部電子的に情報は流れていくわけです。

【田中】そうですよね。そもそもデジタルアセットを扱う証券所な訳ですからね。

■大阪の不動産費は東京の40%で済む

【北尾】そういうことです。ですからそれよりもむしろ、大阪の不動産費は東京に比べて40%ですから、物凄くコスト軽減になります。人件費も東京の方が高い。そういうことを考えると、出ていくコストは大幅に関西の方が安いということになりますね。

そもそも関西圏は地盤沈下と言われて久しいです。これを国として何とかしようというのが地方創生でしょう。ふるさと納税も、菅総理が官房長官の時に言われ、あそこまで発展し、多くの地方に潤いを与えていますよ。東京から逃げていくお金はものすごく多いですよ。

東京というのは地方から来た人の集合体でもあるわけで、そういう人たちが地方を、自分の育ったところに何かしたいと思うのは当然の心情の吐露ですよね。そんなこと考えると、東京、東京と躍起になる必要もないと。

それより、このcongestion、混みすぎというのは確かに便利ではありますが、これを何とかしないといけない。それから地盤沈下の都市を作ってはいけない。これが基本だと私は思います。

■今でも、49歳で見つけた天命は変わらない

【田中】そういう意味では、知行合一にこだわる経営者が、このタイミングで「地の利」を得、「天の時」で、相当大きなお仕事をされるタイミングが到来していると思います。

常に自己維新を続けられている北尾社長ですが、このタイミングで尽心、知命、立命、そして自己維新というキーワードで、ご自分の天命を表していただくとするとどういう感じになるでしょうか。

【北尾】私は49歳の時の天命を結局今まで変えることなく、70歳近くになったと考えています。あの時、一番の社会的弱者は誰なのだろう? と考え、その時の結論は子どもだったわけです。

当時、子どもへの児童虐待が増え始めている時でもあって、この子ども達というのは、本来は最も深い愛情を与えてくれる親から虐待を受けるような状況になっている、これを何とかしないといけないと思いました(※)。インターネットで様々なサービスを提供しながら、出来る限りの金融商品の受益者に対して最大限の顧客メリットを提供しようと。あの時考えたことは変える必要性がないと思っています。

※児童の自立を支援し、産業界に児童福祉の啓発を行うことを通じて、児童福祉の充実及び向上に寄与することを目的に、2005年より、財団法人 SBI子ども希望財団(2010年に公益財団法人に移行)を運営。

【田中】もう全く変える必要がないわけですね。

■生きることは、希望を持って前進し続けること

【北尾】自分で自分の考えを進化させながら、それを具現化していくだけだと。そういう意味では変えることがなく今日まで来ました。それが本当に天命かどうかはわからないですが、「有志竟成(ゆうしきょうせい)」という言葉が『後漢書』にあるように、志あれば事遂に成るということで、そういう志を持ってこの20年以上の歳月を進んできたことは間違いないですね。だからその志を今度は具現化していく。そのためにはどうしたらいいかと考えています。

【田中】60分にわたってお話を伺いさせていただきました。デジタルシフトタイムズの天命、ミッションやビジョンには「その変革に勇気と希望を」ということを掲げています。最後に、自己維新をやっていこうという経営者、リーダーに対するメッセージをカメラに向かってお話しいただければと思います。

【北尾】名司会者でおられましたけれども、長時間の私の拙い話を聞いていただきましてありがとうございました。最後に私のメッセージとして皆さん方にお送りしたいことは、生きているということは希望を持って常に前進し変化していくということだと思っています。

pessimistic(悲観的に)に生きるのではなく、常に明るい未来を頭の中に描いて、勇気をもっていろいろなことにチャレンジしていく。中国古典の『易経』にあるように「積善の家には必ず余慶(よけい)あり。積不善の家には必ず余殃(よおう)あり」で善行を積み重ねれば必ず余分の恵み、余恵が天から与えられるものだと、私は自分自身の体験を通じて確信しています。幸、多からんことを祈ります。

【田中】ありがとうございます。今日はデジタルシフトタイムズ兼「SBI大学院大学特別講義」としてお届けさせていただきました。北尾社長、本当に今日はありがとうございました。それでは、これで失礼いたします。

SBIホールディングス 北尾吉孝代表取締役社長と立教大学ビジネススクールの田中道昭教授

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北尾 吉孝(きたお・よしたか)
SBIホールディングス代表取締役社長
1951年、兵庫県生まれ。74年慶應義塾大学経済学部卒業後、野村證券入社。野村證券事業法人三部長などを経て、95年ソフトバンクに入社、常務取締役に就任。99年より現職。SBI大学院大学の理事長兼学長なども兼務する。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略、及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)などを歴任し、現職。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』(以上、PHPビジネス新書)、『GAFA×BATH 米中メガテック企業の競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)などがある。

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(SBIホールディングス代表取締役社長 北尾 吉孝、立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭)

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