「ローン地獄は絶対いや」90平米で月8.5万円の賃貸に住む中国人の本音
プレジデントオンライン / 2021年1月21日 11時15分
中国では「不動産が買えないと男性は結婚できない」と言われる。それだけ中国人にとって不動産の存在感は大きい。だが、最近は賃貸物件を選ぶ人も徐々に増えつつある。フリージャーナリストの中島恵氏は「これまでの中国人の『常識』が変わり始めている」と指摘する——。
■2LDK、家賃8万5000円の良物件
「不動産ですか? うちは不動産を買う予定なんて、全然ありません。もし不動産を買ったら、毎月住宅ローンの返済をしなければなりませんよね。『不動産奴隷』になんて、絶対なりたくない。それに夫は自営業ですから、この先、いいときもあれば、悪いときもある。現に、昨年はコロナでだいぶ収入が減った時期がありました。
不動産ローンに縛られてギチギチした節約生活を送るよりも、できるだけ今の生活を楽しみたいんです。私たち、別に不動産を持ってなくても、今のままで十分幸せですから」
上海市在住の李越さん(仮名、32歳)は、あっけらかんとした表情でこう語る。夫婦ともに地方出身で、上海で出会って結婚して4年。3歳になる子どもと故郷から出てきた自分の両親の5人家族で、家賃5500元(約8万5000円)、2LDK(広さ90平方メートル)の賃貸マンションに3年前から住んでいる。
上海市中心部からそれほど遠くないわりには安い物件で「築年数がけっこう経っていたので、掘り出しものだった」という。確かに、比較的きれいなワンルームだったら、今の相場では同程度の5000元(約7万5000円)くらいはするので、それと比べたら、かなりお得な物件だ。広さ90平方メートルというと、日本人のイメージでは「広い」と感じるかもしれないが、玄関前の廊下など共用スペースも含めるため、実際に使用できるのは、この7~8割。中国では普通のサイズだ。
■貯金は1000万円でも「家は買わない」
私と李さんとは、李さんが結婚する以前からの友人関係だが、彼女のSNSを見ていると、休日に親子3人で子ども向け動画を見ながら、リビングでダンスをしてみたり、両親も含めた5人でリゾート地の海南島にバケーションに出かけたりと、とても楽しげな様子。車も夫婦で2台持っていて、それぞれが出勤時に使用している。
李さんは会社員で月給は手取り8000元(約12万円)。夫の仕事は月によって変動が激しいが、大きな仕事が入った月には7万元(約100万円)くらいのときもある。貯金も日本円に換算して1000万円ほどあるというから、一見すると、生活にはとても余裕があるように見えるのだが、それでも、冒頭の理由で「不動産を買うつもりはない」ときっぱりいう。
今、この李さん夫婦のように、中国では独身の若者や若い夫婦を中心に「あえて賃貸派」がじわじわと増えている。これは4~5年前の中国では考えられなかった、まったく新しい現象だ。
■「家を買って1人前」だったのが…
中国では、ここ20年ほど、社会全体で「不動産を買って当たり前だ」という風潮が非常に強かった。中国ではかつて住宅分配制度が施行されており、人々は定められた住居に住んでいて、日本のように自由に好きな住宅を選んで購入することはできなかった。
その後、住宅制度改革が始まり、分譲住宅が建設されるようになって、1990年代後半から、不動産を購入できるようになった。だから、自分の財産になる上、転売もできる不動産は、中国人にとってのどから手が出るほど欲しいものだったし、現在もまだ大半の人にとってはそういう存在だ。
とくに男性は結婚する際、「不動産を必ず購入しなければならない。そうでなければ一人前の人間ではないし、結婚する資格がない」というのが通説のようになっていたし、不動産を買えないような(甲斐性のない)男性は結婚が難しいとさえいわれてきた。
だが、昨今では、必ずしもそうではなくなってきている。
背景にはいくつかの要因がある。第一に不動産価格が高騰しすぎてしまい、一般の会社員にはなかなか手が出なくなってしまっているという経済的な理由だ。地域によって異なるので一概にいえないが、上海市なら、中心部以外にある中古物件でも日本円で5000万円以上、新築ならば1億円以上はする。
![中国の不動産店の広告](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/e/670/img_0e6c507d1fb20a952e3c675d80144696353311.jpg)
中国の都市部では、戸建ては富裕層以外にはあまりないので、これはマンションの価格だ。そのため、両親が子どものために1軒プレゼントしてくれる、などの場合を除いて、結婚の際に男性側がまず家を買うことは困難になりつつある。
■「不動産奴隷」になりやすい戸籍の問題
第二に戸籍の問題がある。例えば上海市の場合、上海市以外の出身者は、職場がたとえ上海市で、上海市出身者とまったく同じ仕事をしていても、上海市の戸籍を有していないため、上海市で新たに不動産を購入する際、5年以上同市に税金を納めなければならないなど(都市によって基準は異なる)、いくつもの条件を課せられる。
これには上海市の住民を優遇し、都市人口をコントロールする政府の措置が関係しているのだが、それは北京市なども同様だ。このように、都市出身者と地方出身者の間に歴然とした「差別」が存在するため、もともと都市出身ではない人にとって、不動産は単に価格が高いというお金の問題だけでなく、それ以外のハードルが存在する。これが、これまでも不動産を購入する際の大きな足かせになってきたし、現在も変わっていない。
そのため、地方出身者が都市で不動産を購入するには、その都市の戸籍を有する人と結婚するか、都市の戸籍を有する人の養子になるか、何年もその都市で働いて、自力で諸条件をクリアするしかなかった。自力で購入する人の中には、毎月の高額なローンの支払いに苦しみ、冒頭で李さんが話していたような「不動産奴隷(中国語では房奴)」になってしまい、毎日の食費を削るような人も出てきて、社会問題になったこともあった。
■これまでになかった転勤や転職も増えた
しかし、最近は、こうした不動産の高騰や戸籍に関する問題だけでなく、働き方の多様化やライフスタイルの変化、中国人式の「メンツ」にこだわらない生き方をする若者が現れている。不動産が欲しいけれど買わないのではなく、あえて自分は賃貸を選ぶという積極的な賃貸派が増えてきたのだ。
働き方の多様化とは、例えば、以前なら、上海市出身者は上海で就職し、上海で同じ上海人と結婚することが一般的だったが、現在はそうとは限らなくなった。北京の大学に進学し、そのまま北京の企業に就職したり、深圳の企業に就職したりすることもある。大学で出会った人が四川省の出身で、その人と結婚したら四川省に住むこともある。
日本では、当たり前すぎるほど当たり前のことだが、中国では急速な経済発展により、10年前よりも人の移動が激しくなり、生まれた場所以外のところに(一時的な場合も含めて)住み、その土地でさらに転職するなど、これまでになかった状況が生まれた。
ライフスタイルやお金の使い道も変わった。従来の中国人なら、一流大学を出て、政府や一流企業に就職し、30歳になるころまでに結婚。結婚と同時に新居を購入し、子どもを産むことが理想的で、それが育ててくれた両親への恩返しだったし、自分のメンツも立つ「中国人として立派な生き方」だった。
■中国人の「常識」が変わり始めている
だが、競争激化により思うような企業に就職できなかったり、結婚相手が見つからなかったりして、そうしたオーソドックスな生き方ができなくなってきた。加えて、そういう親が望むような生き方をしても、必ずしも自分自身が幸せを感じられないと考える人が、若者を中心に増えてきたのだ。
![中島 恵『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/3/200/img_931de41c39192eba16ddaed38d8e261f282629.jpg)
不動産を買うのは、確かに今でも中国では立派な人間かもしれないが、そういう旧来の考え方に賛同せず、自分で稼いだお金は、自分の視野を広げる海外旅行や趣味に使ったり、家族で美味しいレストランに行ったりするなど、別のことに使いたいと思う「自分は自分」という考えが芽生え始めている。
このような流れもあり、近年は賃貸物件も増えてきており、市場では以前よりも不動産を借りやすい状況になっている。以前なら、上海市で何軒も不動産を所有している家主を誰かに紹介してもらい、その人と直接契約するなどの方法が主流だったが、今では日本と同様に、町の不動産店や、不動産店のアプリで物件を探して見学に行くなどの方法が増えている。
今後、「結婚後も肩ひじ張らず、ローンに縛られず、別に賃貸のままでいい」と考える李さん夫婦のようなニューファミリーや、結婚を望まない独身者が増加することを考えると、この20~30年、中国人が「常識」だと思ってきた不動産を持つことに対するこだわりや考え方は大きく変わっていくのではないか、と予感させられる。
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フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)がある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)
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